12話 美味しい料理
一ヶ月経って二人は無事、新婚旅行に訪れていた。
場所は国境を一つ越えただけの隣国。
文化はルビナたち国とさほど変わらず、人々の様子も違いがない。
そして立ち寄った街は国境すぐなので、どちらの国の言葉でも大体通じてしまう。
その様子に、「タイラーはわざわざここへ来る必要があったのか?」と言うような目をしてルビナを見ていたが、その考えは宿屋へついて、夕食にありついた時に拭い去られたようだった。
「うまい……」
タイラーはルビナの正面で一品目に出てきた料理を口にした途端、目をまん丸にして料理を凝視した。
「ほんっとに、国境ひとつ越えただけでこの違い。謎だわ。うちの国は本当に舌がどうかしていると思わない? ねえ、タイラーこれも食べてみて」
ルビナはタイラーに自分の皿も差し出し、味見をさせた。
タイラーはそれにも口をつける。その味も彼の想像していたものとは随分と違ったらしい。また驚いて目をパチクリしている。
「ね、美味しいでしょ?」
「本当だな」
「ねっ」
ルビナはタイラーにニッコリと笑いかけた。
自分の考えが正しかったことを証明することができて会心の笑顔だった。
タイラーは食事の手を止めて、その顔をじっと眺める。
「これなら、君が旅に出たいと言ったのも頷ける」
「そうでしょ。やっぱり料理は美味しくなくちゃダメよ。もちろんみんなあれが美味しいと思っているのかもしれないけれど、他の味を知ったらもうだめ。あんなの食材に対する冒涜だわ。もっと美味しくなるのに、努力しないなんて、どうしてかしら」
「本が規制されているからかもしれないな……こう言う離れた場所の知識は、やはり本の中で知るしかない」
「貴方は本を読んだことがあるんだものね」
「ああ」
タイラーは子供の頃、書庫に入り込んで本を読んだのだ。
それで痛い目も見たが、本を否定する気はないらしい。
ルビナはその事に勇気づけられてタイラーに提案した。
「ねえ、この後本屋に行きたいわ」
「本屋に? 君はこの国文字を読めるのか? そういえばさっきもメニューをさっとみただけで頼んでいたが……」
ルビナはうっと黙り込んだ。二つの国の言葉が入り乱れるこの国の雰囲気に流されて、うっかりしていた。前世の記憶のおかげで喋れる他国の言葉をナチュラルに口にしていたらしい。
でもまあ、そんなにまずいことではないだろう。貴族教育に周辺国の外国語も多少は含まれていたはず。私は女の子だから実際はやっていないんだけど。
ルビナはアハハと明るく流す事にした。
「でも、タイラーだって喋っているじゃない」
「私は流石にな。若い頃に周辺国の言葉は大体教育されている」
「なるほど、元王子様は大変ね。でも私は少し知ってるだけよ」
「だが文字を読めるんだろう?」
「それも少しよ。でも大丈夫、私が欲しいのは料理の作り方の本だから。簡単な言葉しか使われていないわ。沸騰したら火を止める、とかね」
ルビナが戯けていうと「なるほど」とタイラーは声を出して笑った。あら、珍しい。
タイラーは寛いで料理を楽しみ、二人の時間を楽しんだ。
やはり料理が美味しいと言うのはいいものだとルビナは思った。
そして夕食が済んで部屋に帰ると、二人きりの時間を楽しんだ。
二人は初夜を迎えてから、ますます仲良くしている。
最初の夜こそ「大変な目にあった」と思ったルビナだったが、結局何でも慣れるもので、回数を重ねるごとに痛みや違和感というものは無くなっていった。そして今ではとても心地よく過ごすことが出来るようになっている。
タイラーは大人の余裕か、ルビナの事をとても気遣い、色々と訪ねながら先へ進んでくれた。そしてその後も、どちらにも不満がないよう、とても気を付けてくれる。
夜の行為は優しく、二人はどちらも楽しんでいる。
ルビナは前世のサーカスの女たちが夜はこの行為に耽ってばかりいたように見えたのも、致し方ない事だと今は思っていた。
だからといって、前世で試してみなかったことを勿体無がったりはしないが。
やはりこういうことは、好きでもない相手とはしたくはないなと思うからだ。
そう思えるくらいにはタイラーを好ましく思っているのだと、ルビナは眠ったタイラーの顔を眺めながら思うのだった。
二人は翌日、本屋に向かった。
本というのはとても高価な品物で、何冊も手に入れようと思うと金がかかって仕方がない。
しかし公爵であるタイラーはとてもお金持ちなので、大量に買うことができるはずだ。そう見込んでルビナはたくさんの本を抱えて歩きまわっていた。途中で他の本を物色していたタイラーがそれに気づき、慌ててそれを預かってくれる。そして二人で会計へ向かった。
「家には持って帰れないのに、こんなにどうするんだ?」
タイラーのいう通り、本は娯楽に含まれるので、規制されている自国にはもって帰れない。
不便だが、仕方がない。
「宿に帰ってから、必要な部分だけ紙に書き写す気よ」
「……なるほど。だがそれだと、観光する時間がなくなるんじゃないのか?」
「仕方がないわ。観光より料理のレシピの方が大事だもの」
「……そうなのか」
タイラーは意外そうに固まってしまった。
「何か聞きたいことがある?」
「本当にそれ以外には興味がないのか?」
「そんなことはないけど……そうね、貴方が手伝ってくれれば早く終わるけど?」
「もちろん手伝うとも」
「よかった。私が本を書き写している間、貴方が一人で酒場に行ってそこのウェイトレスとイチャイチャする気だったらどうしようかと思ったわ」
ルビナはタイラーをからかった。彼はびっくりしてまた目を見開く。
彼はこの国に来てびっくりしてばかりね、とルビナは思う。
「……なんてことを言うんだ。私は他の女とイチャついたりしない」
「本当?」
「ああ、本当だ」
タイラーは会計の終えた本を両手に持つと、手が塞がったままルビナに顔を寄せ、こめかみにキスを落とした。
「君を置いて酒を飲みにいったりなんかしない」
タイラーの反応にルビナはふふっと笑った。
「ねえ、冗談よ」
「ああ。わかった」
「貴方って、外でもこんな事できるのね」
「君のおかげで変わったらしい」
タイラーはすまし顔で言った。
「お客さん、イチャつくなら外でしてくださいよ」
二人がハッとして見ると、店主が目の前でニヤニヤしながらこちらを見ている。まだ店の中にいた事に気が付き、二人は慌てて店外に出た。
それから顔を見合わせてクスクスと笑い合った。




