番外編 マリーの制服大作戦(後)
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一週間後、マルクスが少し緊張した面持ちで話しかけてきた。
「王女殿下、お時間を少しいただいてもよろしいですか」
緊張しているせいか、いつもより堅苦しい口調だ。
マリーはむうっと眉間に皺を寄せ、つんと顔を背けた。
「……いやです」
「えっ」
驚いた顔をするマルクスを、マリーはジト目で見つめる。
「マリー」
自分の愛称を口にすると、マルクスがはっとした顔をして、気まずそうに眉を下げる。
「そう呼んでくださいとお願いしました。マリーと呼んでくれないマルクスさまになんか、わたしの時間はあげません」
そう言い切ると、マルクスは困った顔をする。
そんなマルクスの顔を見るのも好きだ。もっと困らせたくなる。それで嫌われるのがいやだから、しつこくはしないけれど。
「す、すみません……あの、マリーさま。おれの話を聞いていただけませんか……?」
弱ったように言うマルクスに気分を良くしたマリーは、にっこりと笑った。
「はい、もちろんです。敬称を取ってくださったら、さらに良いのですけれど」
「ははは……ご冗談を……」
力なく笑ったマルクスに、マリーはむっとする。
冗談ではない。いたって本気である。
しかし、それをここで言ったところで平行線で終わることは目に見えているので、マリーはニコニコと笑顔を浮かべた。
「それで、マルクスさまのお話というのはなんでしょう? あれですか? マルクスさまのマルクスさまによるわたしのためのコンサートを開催……」
「しません」
キッパリと否定され、マリーは悲しくなった。
だけど、今のやり取りはすごく息が合っている感じがした。まるで夫婦みたい、と心の中で舞い踊る。
「まあ、残念。では、なんでしょうか?」
しつこくし過ぎると嫌われる。
マリーはあっさりと引き、本題を問う。
「はい。先週、マリーさまからご依頼いただいた制服の件なのですが」
「ああ! もうできたのですか?」
マルクスが考えた制服はどんなものだろう。
わくわくと期待を込めた目でマルクスを見ると、彼は少し恥ずかしそうにはにかんだ。
「……はい。マリーさまにはまだ色をお持ちではないので、どうしたものかと悩んだのですが……おれなりに、マリーさまに似合う色をと考えて、デザインしました」
こちらです、と差し出された紙には、制服のデザインが描かれていた。優しめなタッチで、丁寧に細かく描かれたそれには、いろいろ注釈が書き込まれている。それはマルクスが真剣に考えてくれた証のようで、マリーはそのデザイン画が愛しく思った。
デザイン画には綺麗に着色もされていた。
衣装の形や大まかなところは今、マルクスが着ているものと変わらない。だが、襟や袖の部分や、配色がまったく違う。
今、マルクスが着ている制服は青色だ。袖や襟の部分は黒く、襟の部分には階級を現すバッチを付ける。
だが、マルクスが持ってきたデザイン画の制服の色は白だった。そして、襟はマリーの瞳と同じ、マリンブルー。釦は金色で、細かな装飾の類は金や銀色だった。
「これが……マルクスさまの思う、わたしの色……?」
じっとデザイン画を見つめながら呟くと、マルクスは「はい」と穏やかな声で返事をした。
「マリーさまは誰にも染まない〝白〟がお似合いだと、俺は思いました。騎士の衣装としては、汚れが目立つのでどうかとも思ったのですが……」
「どうして、ですか? わたし、結構個性的な方だと自覚しているのですけど……」
白は嫌いではないけれど、自分の色ではないと思っていた。きっとマルクスが選んでくれるのは、桃色とか、そういう可愛い色を選んでくれるのだろうな、と勝手に予想していた。
「そうですね。マリーさまは俺の知る令嬢方とは違います。だからこそ、純粋で、なににも染められていない白が似合うと思いました」
「そうですか……」
マルクスから視線を外し、再びデザイン画を見たマリーに、マルクスが不安そうに「マリーさま……?」と声をかける。
「お気に召さなかったでしょうか……?」
しゅんとした様子のマルクスに、マリーは慌てて首を横に振った。
「いいえ! とっても素敵な制服だと思います! それに、マルクスさまにとてもよく似合いそうですし……本当に、すて、きで……」
そう言っている最中に、ポロリとマリーが涙を零す。マリーは自分が泣いていることに驚いた。
悲しくはない。むしろ、嬉しくて、嬉しくて堪らない。
「ごめんなさい……本当に嬉しいです。実はわたし、自分の色をなににするか決めかねていて」
ぽつりぽつりと、マリーはマルクスに語る。
「自分の色なんてわからなくて……わたしの色はマルクスさまたちも身につけなければならない色だから、余計に悩んでしまって。わたし、好きな色とか考えたことがなくて、王女としてお披露目されると決まってからも考えなくてはと思ってはいたのですけれど……わたしだけのことだし、あとでいいと思って逃げていたら、マルクスさまたちがわたしの騎士になって……それはすごく嬉しいことでしたけれど、そうなると色を決めなくてはならなくなって……」
言いながら、マリーはなにを言っているのかわからなくなった。違う、わたしが言いたいのは、そんなことではない。
「マルクスさまに、わたしの色を選んでもらえたらいいのに、と思ってしまったら、もうそれが良い考えだとしか思えなくなってしまいました。だからわたしは制服を考えてほしいとお願いすれば、決まっていないわたしの色をマルクスが考えてくれるだろうと思って、とっても狡いお願いをしてしまいました……」
ごめんなさい、と謝るマリーに、マルクスは少し困ったような顔をした。
「そう言ってくだされば、一緒に色を考えたのに」
「わたしの嫌いなところを、マルクスさまに見せたくなかったのです……」
なんて子どもっぽい。マリーは見栄っ張りな自分が情けなかった。
マリーはマルクスに嫌われないように、毎日必死だった。マルクスの嫌がるギリギリのところはどこか、見極めて。我儘もどこまでなら許してくれるか、試すようなことをして。
マルクスに好かれようと、必死だった。
「マリーさまはおれに頼るのがお嫌いですか?」
「え……?」
目を見開いたマリーに、マルクスは優しく微笑みながら、ハンカチを取り出し、優しくマリーの涙を拭った。
「それとも、マリーさまが頼れないほど、おれは情けないのでしょうか」
「ち、違います! そんなことは決して、ありません!」
大きな声で否定すると、マルクスはどこか安心したような顔をした。
「それは、良かった。ならば、なにか困ったことがあれば、おれに頼ってください。必ずマリーさまの力になると誓います」
「で、でも……」
「それに……頼ってもらえないのは、とても寂しいです」
マリーの言葉を遮り、マルクスは弱々しい笑みを浮かべて言ったマルクスに、マリーのハートはずきゅんと射抜かれ、ぽっと顔を赤くした。
まるで捨てられた子犬のような顔だった。貴重なマルクスの表情をしっかりと頭に焼き付けながら、マリーは謝った。
「ご、ごめんなさい……これからは、なにか困ったことがあったら、マルクスさまに相談しますね」
そう言ったマリーに、マルクスさまには輝かしい笑顔を浮かべて「はい」と頷いた。
そんなマルクスにマリーはぽうっと見惚れ、いけない、と首を横に振った。
「で、では、これでお父さまにお願いしてきます! そして……わたしの色は〝白〟にすることにします」
そう早口にマリーは言って部屋を出ていく。
その途中でメイドをナンパ中のフュルテゴットに会い、八つ当たりのように彼を引っ張って父の元に向かったのだった。
◇◆◇
「聞いたよ、マルクス」
マリーの元へ向かう最中、ニコニコとしたコンラートに遭遇し、会うなりにそう話しかけられた。
マルクスは首を傾げ、「なにをでしょうか」と尋ねると、コンラートは笑みを深めた。
「制服の話」
「ああ……マリーさまからお聞きになったのですね」
「〝白〟の制服をデザインしてんだってね? マリーがすごく喜んでいたよ。完成するのが楽しみだって」
「そうですか」
素直に喜んでいるマリーの姿が思い浮かび、マルクスは頬を緩めた。
「まさか君が〝白〟を選ぶなんてねえ……」
しみじみと呟いたコンラートに、マルクスはにこりと笑みを返す。
「……そんなに意外ですか?」
「いや? 別に。私としては少し微妙な気持ちだけど、良いセンスをしていると思うよ」
「はあ」
適当に相槌を打つと、コンラートはにっこりと笑う。
「マリーも本当の意味を知れば、きっと喜ぶよ」
「……」
マルクスはにこりと笑みを保ったまま、黙って一礼をして去っていく。
そんなマルクスの後ろ姿を見送っていると、フュルテゴットがやってきた。
「ちわっす」
「おや、フュルテゴット。もしかして、さっきの会話聞いていた?」
「もちろんですよぉ。いやあ、マルクスも拗らせていますよねぇ。本当に楽しい」
「悪趣味だな……」
「コンラート殿下には言われたくないです。もう、直接言っちゃえばいいのに」
「それができないから面白いんじゃないか」
「……殿下は悪趣味というよりも、人が悪いですよね」
呆れたように言ったフュルテゴットに、コンラートはくっくっと喉を鳴らす。
「とにもかくにも、前途多難な二人だ」
「同意します」
コンラートとフュルテゴットは二人して笑い合う。
〝白〟はなににも染まらない色。そして、なにでも染まる色でもある。それをマリーの色だと言ったマルクスの真意。
──あなたを染めたい。
そんなマルクスの想いをマリーが知るのは、まだ先の話だろう。




