12.飴と鞭
マリーは熱心に二人を指導した。
もちろん、指導するにあたり、歌に関する本やダンスに関する本を読み込んで指導に当たった。
歌に関しては、二人とも問題がなかった。
もともと歌が上手な二人に、本で覚えた技術的なことを伝えると、さらに歌が磨かれた。
特に二人の歌声が重なると、うっとりするほど綺麗なのだ。初めて二人の歌を聞いたとき、マリーはとても感動し、思わず泣いてしまったほどだ。
ダンスに関しては、少し苦戦していた。
マルクスとフュルテゴットは幼馴染みである。そのため、息はぴったりなのだが、マルクスはまだ恥じらいが捨てられないらしく、動きがぎこちない。またフュルテゴットは、ところどころに気まぐれに自分のアレンジを加え、マルクスを困惑させたり、悪いときにはマルクスにぶつかることもあった。
そして、歌とダンスを同時に行うと、どちらかが疎かになることが多い。
最初から上手くとはまったく思っていなかったが、ここまで苦戦するとも思っていなかった。
なぜなら、二人ともなんでもそつなくこなせる人だからだ。
だから、何回か指導すれば、ある程度形になるのでは、とマリーは楽観視していた。
しかし、その考えがは甘かったらしい。
練習を始めて一ヶ月が経過したが、まだ全然マリーの満足する出来ではない。
だからといって、諦めるマリーではなかった。マリーにはマルクスの素晴らしさを皆に知ってもらうという大きな野望があるのだ。それを叶えるまで、諦めるつもりはこれっぽっちもない。
マリーはより熱心に、ときには自演も交えて、二人の指導に当たった。
「マルクスさま、動きが遅いです! もっと大胆に! フュルテゴットさま、勝手に動きを足さないでください! 歌が疎かになっていますよ!」
声を張り上げて指導するマリーの指示通りに二人は動く。
騎士という職業柄、体力のある二人だが、さすがにずっと歌いっぱなし、踊りっぱなしの状態はキツイようで、息が上がり、大粒の汗をかいていた。
そんな二人の状態を見て、マリーはいったん休憩を取ることに決める。
適度に休憩を入れた方が上達が早い──そう本に書いてあったのだ。
「──はい、そこまで! 休憩にしましょう」
「やっと休憩かぁ~」
「疲れた……」と、フュルテゴットが地面に座り込む。マルクスも息を切らせながら、両膝に手をついて汗を拭う。
マリーはそんな二人に近づき、タオルと飲み物を渡した。
「よろしければどうぞ」
「いつもありがとう、マリーさん」
はにかんでお礼を言うマルクスに、マリーはきゅんとする。
このために差し入れを持参してきていると言っても過言ではない。むしろ、それが目的である。フュルテゴットの分はマルクスのついでだった。
マルクスは笑顔で渡したのに対し、フュルテゴットには真顔でタオルと飲み物を渡す。
「フュルテゴットさまもどうぞ」
「……前から思っていたけどさ。マリーちゃんの俺に対する態度とマルクスに対する態度、全然違うよね」
「あら、そうですか? 気づきませんでした」
「……そういうつれないところも俺は好きだけど」
「まあ、ありがとうございます」
ふふ、と愛想笑いをするマリーにフュルテゴットはため息を溢す。
そして疲れた顔をしてマルクスを見る。
「良かったな、マルクス。モテ期がきて」
「なんの話だよ……」
「マリーちゃんに尽くされておまえは幸せ者だよ、って話!」
「はあ……?」
不思議そうなマルクスに対し、マリーは「そんな……わたしは別に……」と照れた。
マリーが尽くすことによってマルクスが幸せになれるのなら、こんなに素晴らしいことはないと思う。
「……あ、そうでした。わたし、マルクスさまにお願いしたいことがあって」
「おれにお願いしたいこと……?」
警戒したように言うマルクスに、マリーは悲しくなった。
(そんなに警戒しなくてもいいのに……わたし、警戒されるようなことしたかしら……?)
今までの自分の行動を思い返し、首を傾げた。
残念なことに、最初の頃の不審な行動のことはすっかりマリーの記憶から消されていた。
「はい。催しをするときの衣装の相談をしたくて」
「衣装……? 騎士団の制服でやるんじゃないの?」
マリーの話が意外だったのか、マルクスはきょとんとした顔をした。
それにマリーは首を横に振る。
「いえ、それだと目立たないので、お二人には制服ではなく、お揃いの衣装を着ていただきたいのです。マルクスさまは服に関してお詳しいでしょう? だからお二人の雰囲気や、この催しに合う衣装を選んでもらえないでしょうか?」
マルクスは、服が好き。
だからマリーのこの提案には喜んでくれると踏んでいた。
(マルクスさまには無理をさせてばかりだもの。こういうご褒美があってもいいはずだわ。それに、これはマルクスさまのためにもなることだし)
フュルテゴットに対するご褒美については、まったく考えていなかった。
マリーの頭の中の八割はマルクスのことでいっぱいなのだ。マリーの中では比較的どうでもいい存在であるフュルテゴットのことを思いやる隙間は、残念なことにマリーの頭の中には存在しない。
「おれが選んでいいの?」
「はい。ぜひお洒落なマルクスさまに選んでいただきたいです。フュルテゴットさまも、それでいいですよね?」
「……マリーちゃん、それって俺にわざわざ聞く必要ある?」
俺に選ばせる気なんてさらさらないくせに、と恨みがしそうな目でマリーを見つめるフュルテゴットに、マリーは「なんのことでしょう?」と惚ける。
フュルテゴットは不貞腐れた顔をしつつ、「……まあ、異論はないけどさ」と答えた。
「では、決まりですね。マルクスさま、衣装選びをお願いいたします」
「……」
「マルクスさま……?」
いつも律儀に返事をしてくれるマルクスが黙り込み、マリーは不安になった。
少し強引すぎただろうか。マルクスなら喜んで引き受けてくれると思っていたが、それはマリーの都合の良い解釈だったのだろうか。
「……うん、よし」
マルクスは小さくそう呟くと、マリーを見て楽しそうに笑った。
「なんとなくイメージは固まったから、衣装に関してはおれに任せて」
キラキラと目を輝かせてそう言い切ったマルクスに、マリーはほっとする。どうやらマリーの予想通り、喜んで引き受けてくれたようだ。
(目を輝かせるマルクスさまはやっぱり素敵ね……! 服のこととなると、すごく活き活きとされるのも、マルクスさまらしいというか……)
楽しそうに衣装のことで話をしているマルクスとフュルテゴットを、マリーはにこにことして眺めた。
マルクスが楽しそうだと、マリーまで楽しくなる。
この提案をして良かった、と心からマリーが思ったとき、不意にマルクスと目が合い、マリーの心臓がどきりと高鳴る。
こういう不意打ちにマリーは弱い。いつになくそわそわし、顔が熱くなる。
「マリーさん、ちょっとお願いがあるんだけど」
「お願い、ですか……?」
突然のマルクスからのお願いに、マリーは首を傾げる。
マルクスのお願いなら、ありとあらゆる手段を用いて叶えると誓っているので、多少の無理なことではノーと言わないが、マルクスのお願いはそんな大変なことではないだろう。
優しく、遠慮しがちなマルクスのお願い。それはいったいどのようなものなのか、純粋に気になった。
「嫌なら断ってくれていいんだけど……今度、街に衣装を見に行きたいんだ。それに付き合ってくれないかな?」
マルクスのお願いに、マリーは目を丸くした。
それをどう捉えたのか、マルクスはしょんぼりした顔をして「やっぱり嫌だよね……」と言う。
「い、嫌ではありません! むしろ、お付き合いさせてください! どこへでも喜んでついて行きます!!」
「本当? 無理していない?」
「まったく無理なんてしていません!」
(むしろ、こんなチャンス逃す手はないわ……!)
憧れのマルクスと一緒に出かけられるのである。全財産を注ぎ込んでも、この機会を逃すつもりはない。
「そっか……良かった」
ほっとしたように笑うマルクスに、マリーの胸はずきゅんと撃ち抜かれた。
少しあどけなさの残る、少年のような笑顔。今まで見たことのないマルクスの笑顔だった。
(こ、この笑顔は反則だわ……! 絵に描いてずっと保管したい……わたしに絵の才能があったら良かったのに……!!)
残念ながら、マリーに絵の才能はない。
だから、今の笑顔をマリーはいつでも思い出せるように、必死に頭に焼けつけた。
「二人だけで買い物行くなんてズルい! 俺も行きた……」
ズルいと騒ぎ出したフュルテゴットを、マリーは無言の圧で黙らせる。
フュルテゴットは、笑顔なのに目が笑っていないマリーを見て、固まった。
(せっかくのマルクスさまとのお出かけですもの。フュルテゴットさまには申し訳ないけれど、邪魔はさせないわ……!)
「良かったら、フュルテゴットも一緒に──」
マルクスがフュルテゴットも誘おうと口を開き、マリーはさらに圧をかけた。
するとフュルテゴットはびくりと震え、なにかを思い出したかのように手を叩いた。
「──ああ! そうだった! 俺、いろいろ予定があるんだった! だから、残念だけど買い物には付き合えないなあ!」
「え? まだいつ行くか決まってないし、フュルテゴットの予定がないときに合わせるけど……」
不思議そうに言うマルクスに、フュルテゴットは焦った顔をする。
「え、ええっと……ほ、ほら! 俺はマルクスと違ってモテモテだからさ! 女の子たちからひっきりなしにデートの誘いが来て、しばらくは予定が埋まっているんだよ!」
「そこでおれを引き合いに出さなくてもいいだろ!」
マルクスはムッとした顔をして「モテないのは余計だ」と言うのに、フュルテゴットはあはは、と笑う。
「……まあ。とても残念です、フュルテゴットさま」
「はは……ごめんね?」
渇いた笑顔を浮かべるフュルテゴットを、マルクスは不思議そうに見つめる。
それに対しマリーは、上機嫌に笑う。
(これでマルクスさまとデートができる……!)
夢みたい、とうっとりしているマリーを見て、フュルテゴットはしょうがないなぁ、と困ったように笑ったのだった。




