10.マリーの作戦①
マリーは一日で必要最低限の準備を整え、マルクスとの約束の日を迎えた。
きっとこれならマルクスさまの悩みを解決することができるはず──そう信じて、いつもの場所へ向かう。
一番乗りはマリーだった。
そわそわと落ち着かない気持ちを持て余し、頭の中でシミュレーションを繰り返す。
大丈夫、上手くやれる。そう言い聞かせていると、マルクスがやって来た。
「こんにちは、マルクスさま」
「こんにちは」
優しく微笑むマルクスに、マリーは心癒やされ、二日前にフュルテゴットから受けた精神的な痛手が洗われるかのようだった。
やっぱりマルクスさまが一番だわ、と改めて確認し、マルクスの素晴らしさにしみじみしていると、マルクスが少し戸惑った顔をして、言った。
「マリーさん、この間話したことだけど……」
「はい。お任せください! 準備は整えましたから」
「いや、そうじゃなくて……」
なにやら言いづらそうにしているマルクスにマリーは首を傾げる。
マルクスは少し迷ったようだが、マリーを真っ直ぐに見て、口を開く。
「あれから考えたんだけど……これはおれの問題で、きみを巻き込むのは違うと思うんだ。おれのために考えてくれたのは嬉しいけど、やっぱり、これはおれが自分で考えて──」
「あれー? なんでマルクスがいんの?」
マルクスの台詞の途中で、無駄に明るい声が乱入した。
声のした方を見ると、相変わらず派手な金髪に、騎士とは思えないだらしのない格好をしたフュルテゴットが、マルクスを見て不思議そうにしていた。
「フュルテゴット……? どうしてここに?」
「それはこっちの台詞だよ。なんでマルクスもここにいるわけ?」
「──それは、わたしが呼んだからです」
マリーは二人ににこやかに話しかけた。
「わたしがお二人をここに呼んだのは、他でもありません。毎年恒例の騎士の催しについて、お二人に提案したいことがあったからです」
「二人に……?」
目を見開くマルクスに、マリーはしっかりと頷いた。
「フュルテゴットさまには、以前、少しだけわたしの考えをお話させていただきましたが、改めて説明します。わたしがお二人に提案したいのは──『お二人で歌とダンスをする』というものです」
「……歌とダンス……?」
「二人で……?」
マルクスとフュルテゴットは二人同時に首を傾げた。
それに、マリーは目を輝かせて説明をした。
「騎士の催しは一人でやらなけれならないという決まりはありませんよね? わたし、以前からお二人は息ぴったりだから、一緒になにかすれば素敵なんじゃないかな、と思っていたのです」
「息ぴったりって……それは、フュルテゴットとは腐れ縁のようなものだから……」
「やだな、マルクス。俺たち、親友だろ? 苦楽をともにした仲じゃないか!」
「親友……? おれ、おまえに迷惑かけられた記憶しかないんだけど……」
「過去のことにうじうじしていたらだめだぞ、マルクス。それだから女にモテないんだ」
「関係ないだろ、それ!」
いつものノリで会話をし出した二人に、マリーはにこにことする。
普段のマルクスの様子を間近で見ることができて嬉しい。
(マルクスさまは同僚の方とはこんなふうにお喋りするのね。少し砕けた感じも素敵だわ……!)
ずっと二人の軽快な会話を聞いていたいが、そういうわけにもいかない。
マリーは笑顔を崩さず、話しかける。
「やはり、お二人はとても仲良しですね」
「仲良しじゃない!」
「そうそう。俺たち仲良し!」
マルクスとフュルテゴットは同時に正反対なことを言う。
そんな息ぴったりの二人に、マリーはくすくすと笑ってしまう。
笑い出したマリーを見て、マルクスは困った顔をし、フュルテゴットはにこにことして「笑った顔も可愛いね」と言う。
フュルテゴットの言葉はスルーし、マリーは再び話を再開する。
「……ごめんなさい、話の途中でしたね。マルクスさまもフュルテゴットさまも、とても歌がお上手です。それに、ダンスもお得意ですよね? お二人の印象は対照的ですし、これはわたしの主観ですけれど……お二人が横に並ぶと華が増します。歌とダンスを組み合わせる……ありそうに思いますが、過去、そうした催しをした騎士の方はいらっしゃいません。ですから、物珍しくて良いのでは、と」
国王は新しいことが好きだ。
今までにない試みをすれば、父の目に止まりやすく、関心を寄せやすい。
それに、二人の歌とダンスの技量があれば、より華やかになり、周囲の注目を集めやすくなるだろう。一人よりも二人でやった方が目立つならば、二人でやるべきだ、とマリーは思う。
「俺とマルクスで歌とダンスねぇ……それって片方が歌を担当し、もう片方がダンスをするってこと? だったら、別に二人でやる意味はないんじゃない?」
「いえ、片方が歌い、片方が踊るのではなく、二人一緒に歌いながら踊るのです。もちろん、盛り上がりなどを考えて、片方だけが歌うということもありますが、基本的には歌と踊りを同時にこなしていただきます」
「……それって言うほど簡単じゃないよね」
「ええ、そうですね。でも、お二人ならできると信じています」
にっこりと笑って言い切ると、フュルテゴットは黙り込んだ。
そしてにやりと笑う。
「……言うね」
「わたしは思ったことを言っているだけですから。……どうでしょうか。なかなか良い案ではないかと、我ながら思っているのですけれど……」
好戦的にフュルテゴットに笑いかけたあと、マリーは不安そうにマルクスを見て話しかけた。
この感じだと、恐らくフュルテゴットは乗ってくれるだろう。
しかし、マルクスはあまり気乗りしない様子だ。眉間に皺を寄せ、考え込んでいる。
「……確かに、一人でやらなけれならないという決まりはないけど……でも、複数人でやっている騎士は見たことがない」
「そうですね。過去の記録を見る限り、ここ数年は一人で催しをされている方ばかりです。しかし、過去に例がないわけではありません」
「でも……」
マルクスは渋い顔だ。
マリーはなんとかマルクスの心を動かせないかと、頭を働かせる。
しかし、マルクスを納得させられるような理由などは思い浮かばない。
この案ではだめだったか、とマリーが諦めかけたとき、おもむろにフュルテゴットが口を開いた。
「──いいじゃん、やろうぜ、マルクス」
「フュルテゴット……」
「俺たちで新しい歴史を作ればいいだけだろ。考えようによっては、俺たちが二人で組んで成功すれば、他の騎士たちの芸に幅を持たせられる。みんな似たり寄ったりの芸しか披露できてないし、陛下もそんなんじゃ飽きるだろ? 陛下のためにも、新しいことに挑戦してみるべきだと俺は思う」
「フュルテゴットさま……」
まさかのフュルテゴットの支援に、マリーは感動した。その内容も、確かにと納得できるものである。
実はフュルテゴットはとても良い人なのでは──とマリーが思いかけたとき、フュルテゴットが再び口を開く。
「それに──俺は目立ちたい!!」
「……」
「……」
せっかくの説得力も、最後の台詞ですべて台無しになった。ある意味、フュルテゴットらしいといえばらしい。
しかし、マリーからしてみれば、なぜそんな余計なことを言うの、と言いたかった。先ほど思いかけた『フュルテゴット良い人説』は即決で否定された。
──拳を握り、「目立って女の子にモテたい」と熱く語るフュルテゴットを、このときほど憎く思ったことはないと、後にマリーは語った。




