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17.



「どうぞ、お掛けください」


 客間に通された三人は素直に従い、シン=クナ神殿第二神官長と対峙した。

 サクラの本心としては、今まで追い回してくれた主犯と顔を突き合わせて話をするなどしたくなかったのだが、他の二人が当然のように中に上がり込むし、このやたらと美形な御仁と一戦交えるかのごとくやる気満々な雰囲気を出しているので、自分を主張できない彼女は自然な流れで長椅子の真ん中に納まっていた。

 さらに落ち着かない原因として、何故か相手はサクラの真ん前に座り視線をじっと当ててくるのだ。それはまさかサクラを話し相手とするつもりなのだろうか。

 まさかそんなはずはと、内心で空笑いしたサクラだったが、そっと左右に視線を走らせた途端、身体が硬直してしまう事実に思い至った。

 自分の左側にはハヤトが座っている。彼は言動が大人顔負けの迫力を持ち、しっかりとした考えを持った子であるが、そう子供なのである。どこからどう見ても外見はサクラより背丈も低い子供なのだ。話の主導権を握れる立場ではない。

 それに彼は巻き込まれたほうだ。この騒動に。

 しかしハヤトも神殿や館通りに不法侵入しているので追われる理由がなくはないが、それはまた別問題だろう。

 そして右側にはユキナがいる。サクラの肩に乗っているのではなく、直に長椅子の上に止まっていた。ちゃんと足を立たせ胸をそらせて、さあ来いとばかりに。

 きっとユキナとしてははりきっているのだろう。ようやく主犯とお目見えして相手の真意を確かめられるし、出方次第によってこちらはどう反撃しようかと、頭の中で色んな策を講じているはずだ。

 たぶん自分が会話を成立させられるものと、きっと思っている。あのやる気満載な瞳のきらきら加減は気持ちが高揚している表れである。

 しかしサクラは溜息をつかずにはいられなかった。


(まさか忘れてないわよね。自分が今鳥の姿をしているってこと。向こうがユキナさんの正体を知るはずないってことを)


 一人は少年、もう一方は鳥。ならば相手にとって話し相手となるのは必然的に自分ということになる。


(いったいどうすればいいの……)


 早くも弱気になってうろたえてしまうサクラであった。

 一方で、サクラが一人うじうじと悩んでいることなど両端の面々は当然気づいていた。

 困惑顔で膝に置いた手を握ったり開いたりと忙しない様子を見れば一目瞭然である。昨日の昼間に会ったばかりのハヤトでさえサクラの性格を把握しつつあった。そっぽを向いて小さく溜息をついている。

 そしてユキナも最初から自分の正体を暴露して、この美形すぎて一癖も二癖もありそうな神官長と真っ向からやりあってもいいかなとさえ考えていた。

 サクラに相手ができるはずないと端からわかっていることなので、あとは頃合いを見計らってなるべくこちらに有利な状況に持っていかなければと先々のことを思案していたのだが、やはり先手を打つには情報が少なすぎる。


(ま、サクラの応対なら逆に相手を錯乱させられるかもしれんし。だが下手するとドツボにはまる可能性もなくはない、か)


 一応育て親として彼女の性格を把握しているユキナとしても、時々とんでもない展開を引き寄せてくれる不可思議な運までは計算できないでいた。

 さて、神官長自ら淹れてくれたお茶を見つめて固まっているサクラを前に、異様なまでの美を有した御仁は悠然と構えて話を切り出した。


「ではまず、自己紹介をしていただけますか? あなたはどこの誰で何の目的でこの町にやってきたのですか?」

「は……えっと」


 緊張のあまり手がじっとりと汗ばんでくるのを揉みほぐしながら、サクラは意を決して答えようとした。

 ところが神官長はそれを遮った。


「あなたの素性、旅の目的は昼間あなたに応じた神官から伺っています。名をサクラさんとおっしゃる。薬術士であり向学のためと薬の原材料となる植物や鉱物を求めて諸国を渡り歩いていらっしゃるとか。大変勉強熱心でおられるのですね。それが本当なら神殿側としても資料の見聞はもちろん、採掘場の案内や研究所の見学など協力させていただきますし、旅で培われてきた知識や体験を学生たちに披露してくだされば彼らにとっても勉強になりますから、双方ともによい交流ができましたでしょうに。なにゆえあなたはご自分が法術士でもあることを隠されていたのですか? しかもかなりの能力をお持ちのようだ。ならばどこかの神殿で高い位を授かっているのではないですか? そうなるとこの町を訪れた真の理由があるのではと疑いをかけてしまいます。これについてご返答願えませんでしょうか?」


 やわらかな口調と神官特有の包容力を感じさせる空気を醸し出し、実に穏やかに訊ねてくれるが、微笑の中で煌めく宝玉のように瞬く瞳は、珍しい紅い色という色味のすごさも相まって、強烈な威圧感を覚えさせた。

 サクラは眼を逸らせずにいたが、緊張感が返って思考の混乱を防いでいたらしく、意外や落ち着いて相手を観察していたのだ。


(こんな人を前に、この町の人たちってよく礼拝とかできるわよね。気が休まるどころかまともに相談とかできそうにないと思うんだけど)


 自然と身体の力が抜けてくサクラに横でハヤトが感心した眼を向けている。やっぱりただ者じゃないと疑っている眼でもあるが。

 サクラは小さく息を吸い込むと思い切って話し始める。


「あの、たぶん何を話しても信じてくれないと思いますけど」

「なぜそう思うのですか?」

「すでに術力を見られているからです」

「では信じるも何も事実がそこにあるのですから有り体にお話いただいて構わないと思いますが」


 サクラはちらりとユキナを見遣った。

 それに対しユキナは小首を傾げるだけだった。

 サクラはその仕草を「好きにしていい」と判断した。何故か。


「私は正真正銘、薬術士です。ほかには剣術を少したしなんだ程度の、こちらの町の方針だと私はまだ学生の身分だと思います。訳あって薬術の勉強のほかにも旅の目的がありますけど、私は法術士ではありません。そんな能力は一欠けらもないんです」


 お腹にぐっと力を入れて精一杯相手を睨んでみせたサクラだったが、神官長の表情は一切変わらず声音もそのままに切り返してきた。


「その言葉を信じたとして、昨夜の事実をどう説明してくださるのですか?」


 サクラはわしっとユキナの胴を掴むと、そのまま神官長の前に突き出した。


「この鳥が法術士なんですっ!」


 びしっと言ってのけたサクラと突き出された鳥を眼の前にして、さすがの眉目秀麗な神官長も眉根がぴくりと引きつらせた。

 当の鳥もどきユキナも一瞬思考と身体が固まってしまった。

 いったいぜんたいこの娘はどういう紹介の仕方をしてくれたのか。

 論点がずれている気がしないでもないが、ユキナは早々に自分の正体を暴露してくれようとする娘に呆れつつ、とっくに諦めてもいた。

 そして神官長のほうも立ち直りが早かった。

 小首を傾げて鳥をしげしげと見つめ、すっと手を出して触れてみようとしたのだ。


「だ、だめですっ」


 慌てたサクラは即座に引っ込めた。ユキナを膝の上に乗せる。

 神官長はまだ鳥を見つめながらサクラに問いかけた。


「確かにこの鳥にも何らかの術の効力があるように感じていたのですが、たとえばあなたは神殿の御神木に《透眼》の術がかけられていることを見抜かれた。そして術を解除するためにこの鳥を飛ばし遠隔操作で解いてしまわれた。このようにあなたは生きた鳥を使って……見たところ姿は一般の鳥とは言い難いものですが、至って自然に生息している生き物の波動を利用して術力を御神木に伝えさせたのではないかと考えておりました。そう推測すると、やはり術を行使したのはあなたであるとしか思えないのです。それでも否定なさいますか?」


 サクラは思わずがくりと頭を垂れた。


(すごいなー。よくそんなふうに考えられたものだわ)


と感心さえしてしまった。


「あのですね。この鳥はただの鳥ではないんです」

「わかります」


 そこで頷かないでほしいと、気力を挫かれそうになりながらも何とか耐えた。


「ではなくて! 私たちの旅の目的というのが、この鳥にかけられた術を解く方法を探しているんです。この鳥は本当は人間なんです。そして法術士でもあるんです!」


 サクラの力みが胴をつかむ手から伝わって、ユキナは気持ちでは冷静に諦観の溜息なんぞをつきたかったのだが、あんまり締めつけるわ、ぷるぷると興奮だか緊張だかの振動が伝わるわで、吹き出したくなるのを懸命にこらえるはめになっていた。





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