13.
ジュリは光から逃れるためにうずくまりながら、怒りと不甲斐なさに歯噛みしていた。
周囲では咄嗟に反応できなかった部下たちの苦悶と恐怖に煽られた叫びが響き渡っている。
彼らを助けなければと身体を起こそうとするが、自分に覆い被さって光から守っている身体があった。しっかりと押さえつけられ身動きが取れない。
「ケイカッ! どけ!!」
「まだだめです! 《閃珠》の効力は半時はあるんです! 今は耐えてください!」
「ばかやろう!! 幕を張らなくてどうする! 早く《水の漆黒》を張らないと!」
「今さら無理です! いいからじっとして!」
「てめえ、後で覚えてろっ」
《閃珠》という法術は、ただ光の塊を作って放つだけのように見えるが、そんな単純なものではまったくなかった。
光の中に無数の熱の粒子が詰まっているのだ。
起源素である光とは、太陽光と太陽熱のことで、天文学的には今のような深夜でも太陽は地上の裏側に回っているだけで当然存在しているのだとされ、その光や熱を感知することができれば、法術士の力量によって可能な限り自分の元に集められるという。
そうした熱の集合体でできた光の塊は、いわば小さな太陽だと言われている。
実際の太陽の熱量がどれほどのものかは、現在の学術では計測することなど不可能だが、昼間の降り注ぐ太陽光を一点集中させて測った温度は有に百度を超えるとされる。
ということは、そんな熱の粒子の塊が裂けて飛び散ったとなると、百度の熱が頭上に降り注ぐことになり、しかも放った術士の能力によって持続時間も異なるのだ。ケイカが言った半時とは、法術試験での合格基準であるため、最低限半時は熱の雨に耐えねばならないということだ。
だが、百度を超す熱に人間が耐えられるはずがない。
さらに光の明度も極端である。
普段、空に昇っている太陽の光を人間はまともに見ることができない。
直視すれば熱を含む強烈な光に、眼球のような何にも覆われていないやわらかな細胞粘膜は、簡単に焼けて融かされてしまい、失明すると言われているからだ。
《閃珠》の光は太陽から集めたもの。視力を奪われる可能性は充分あった。
身を守るための法術を行使できなかった場合、後に訪れる状況は否応なく想像できる。
ジュリは自分の上にいるケイカの荒い息遣いを感じながら、地面をかきむしり血が滲むくらい唇を噛みしめて唸り声を上げていた。
「くそったれが!!」
一方、館通りへ入ったサクラたちは、足を止めることなく西門へ抜けるために走り続けていた。
とにかく神武官の追尾から逃れなければと、何の躊躇もなく通りに入り込み、サクラやハヤトは気づくこともなかったが、ユキナは二人の頭上辺りを飛行しながら周囲を見渡していた。
「変だね。ハヤト、おまえさん、この通りには《守護膜》が張られているって言ってたはずだが、難なく入れちまったのはどういうわけかねえ」
それを聞いたハヤトは、今気づいたのか、大きく眼を見開いた。
「あ。そういやそうだ」
思わず呟いて自分の迂闊さにハヤトは渋面になる。
「何も考えずに入っちゃったけど、引っかからなかったわよね?」
サクラは不思議そうな顔で周囲を見渡した。
この館通りは、その名のとおり大きな邸宅が立ち並び、所有者は町の有力官僚や資産家たちといった高級住居区を二分した通りなのである。
それにしても各家々の玄関口や非常扉に普通は設置されているはずの灯りや、豪勢な庭を照らす観賞灯などが一切なく、人の気配すら窺えない。
ひっそりとした空気に三人は訝しんだ。
普段ここは深夜でも無駄なほど灯りをつけて、一般民に見せつけているのか他の邸宅と競い合っているのか、煌々と屋敷や庭を照らしているのだ。
それなのに、この様子は明らかにおかしい。
ハヤトが首を傾げた。
「何でだ? おれが以前来た時は本当に入れなかったんだ。ここを通過するには誰でも通行証を身につけなきゃならなくて、入り口にいる警備兵に身元を証明して、そいつをもらうんだ。夜になればそのおっさんもいなくなるから必然的に入れなくなる。ほんとかどうか、その《守護膜》の効果を見るために試してみたんだけど、入り口はもちろん、通りに面した屋敷の塀から侵入しようとしても拒まれたんだ。眼には見えないけど壁がある感じでさ、突き抜けられねえんだ。触ったからって警報が鳴るわけでも警備兵が出てくるわけでもないし、衝撃を受けたり金縛りに遭うわけでもない。だから単純な膜を張ったもんだけなんだと思ったんだ。それだけでも生身の人間や動物や虫だって入れやしないんだから厄介には違いないだろ? だからあんたたちに外してもらおうと思ってたんだけどさ」
それがどういうわけだか何の仕掛けもない。
ハヤトは見当もつかず肩をすくめるしかなかった。
サクラの肩に降りたユキナは、いまだ周囲に眼を向けたままで話し始めた。
「その程度の代物なら、法術士の誰でも張れるし外せられるな。基本中の基本だ、防御膜の。それにまあ張ってあった痕跡はあるな。定期的に張りなおしているようだし、術士も毎回違っているみたいだね。痕跡がまちまちだ」
「そんなことまでわかるのか? じゃあ誰が術を使ったかとかも特定できるわけ?」
「知ってる人間ならね。見分けるのはたやすいが。しかしいつも張ってあるものを現時点で外してあるってことは……」
「おびきよせられたってこと?」
サクラが眉をしかめて言った。剣の柄に手をかける。
ハヤトも辺りを注意深く窺った。すぐさま動けるように神経を集中させる。
「わかっているなら話が早い」
ふいの声に、三人は揃って身構えた。
向かっていた道の先に、忽然と少女が現れたのだ。
サクラたちのいる場所からだと顔立ちまではっきり見えないが、肩のところでくるりと巻かれた金色の髪がやけに目立っていた。
少女は手に灯篭を持っており、その明かりで遠目からでもどんな格好をしているかがわかった。
小さな身体は女性の神官服を纏っていて、肩掛けはなんと紫である。
「大神官の証……」
サクラは茫然と呟いた。その肩に乗っているユキナが忌々しく吐き出した。
「これはまた何の冗談だ? 子供を着せ替え人形のごとく遊興に耽ったものか、あるいは子供の姿は見せかけか……。どちらにしても悪趣味だ」
ユキナは口中で唱文を唱え始める。
「やめておけ。わからないか? 下手に術を使うと火がつくぞ」
「なに?」
ユキナは眼を剥き、すかさず唱文を変えた。
自分の羽に透眼の術をかけ、周囲を探り始める。
驚いたことに、辺りを漂う埃に発火の種と言われる《火粒》が忍ばせてあった。
「いつのまに……!」
この《火粒》は法術に反応する。生き物が普通に動作することには反応しないので、三人の動きを封じるには及ばないが、もし術を使用すれば辺りはたちまち火の海になること確実である。
身体は動かせるのだから強行突破するのは可能だが、その際、相手が何も仕掛けてこないとは限らない。
ユキナが逡巡していると、ハヤトが相手を詰問した。
「おまえ、何なんだよ。おれたちに何の用だ」
すると、少女は一拍置いて、ゆっくりとハヤトに視線を向けた。
「おまえは何だ」
たった今、ハヤトの存在に気づいたかのように言う。
「……何言ってんだ? あいつ」
ハヤトは自分が相手の眼中に入ってなかったことに気分を害すよりも、相手の動作や様子に不自然さを感じていた。
お互い何だ何だと話しにならない状態だったが、今度はサクラが口火を切った。
「もう一度訊くわよ。あたしたちに何の用?」
「おまえたちを連れてこいと言われた。大人しくついてきてもらおう」
そう答えると、少女はくるりと向きを変え歩き始めてしまう。
あっけに取られた三人は、揃って溜息をついた。
「ちゃんとついてくると思ってるのかしらね?」
「ついてこなかったら、どうとでも実力行使に出るんだろうよ」
「まったく、ほんとに何なんだよ」
ハヤトは腰に手をやり、再度呆れた口調で言った。




