12.
「嬢ちゃんが動いた! ケイカ、防御膜を張らせろ! 何でもいいから自力で張れるもん、張れっ!!」
ずっとサクラの動きを注視していたジュリは早口で叫び、自らも法術を唱え始める。
同時にケイカが後方へ指示を出す。
「全員、三位防御! 段階を上げられる者はいくらでも上げろ!」
ジュリはもとよりケイカも言っていることが無茶苦茶で強引だが、やらなければ命の危険にかかわるだろうことを部下たちは瞬時に理解した。反問することなく実行に移す。
神武官は十位段階中、一位を最上位として最低五位までの法術を使いこなせなければ認証を得られない。
ちなみにジュリとケイカは一位段階の《地の遮膜》を張ることができる。物理的な衝撃阻止に加え、熱気や冷気も遮断する強固な術だが、広範囲に張れないのが難点であった。
さらに三位の《蒼の氷膜》となると、物理的攻撃は馬や熊などの大型動物の突進に耐えられるぐらいの強度はあるが、水の起源素であるため、対になる火の起源素による攻撃には相殺されてしまう。
どちらにしても法術は術士によって能力の段階が異なる上、威力にも左右される。いわば術士の素養によって術力に高低差が出るというわけだった。
神武官たちの、各自で呟かれている唱文が次々に重なり合い、それが唱和となって周辺にどんどん大きく響き渡っていく。
しかしサクラが放った風の刃は、唸りを上げて神武官たちの唱和を突き破ってしまった。
低空飛行してきた風は、神武官たちの騎獣を容赦なく打ち据え、足や胴をなぎ払われた獣たちは悲痛な叫び声を上げて次々に倒れていった。神武官たちは放り出され、たちまち陣形が崩れた。
凄まじい衝撃波に耐えながら、ジュリは眼を剥いてケイカを振り返った。
「ちいっ! ケイカッ! さっさとあれを呼び出せ! あんなもん、何発も撃たれたらたまったもんじゃない!」
「もう合図は出してます! 少し時間稼ぎをしないと!」
「時間稼ぎね。まったく、いきなり出鼻を挫かれるとは。警備隊の二の舞はごめんだってのに! ケイカ、滅茶苦茶でいい。適当に矢の雨を降らせろ。風向きを変えてやる!」
「了解!」
ケイカが伝令を回している間に、ジュリは掌を外に向け、指先を唇が触れるくらい近づけると、口中で唱文をすばやく唱え勢いよく両手を前へ突き出した。
「さっさと斉射しろ!」
ジュリが言うや否や、彼女の両脇や後方から一斉に矢が飛び立った。
「よし、行け!」
ジュリの両の掌から風と炎が同時に発生した。唸りを上げて矢の後を追う。
炎は矢の先に集まり、風が矢の飛行速度を速める。出来上がった炎の矢は凄まじい勢いを伴ってサクラたちへと襲いかかった。
「おいっ」
ハヤトが切羽詰った声を発したと同時に、ユキナは唱文を呟いていたが、それより早く、再びサクラが腕を振り下ろした。
ゆるやかな弧を描き急速接近していた炎の矢は、サクラが二度目に放った風の刃で瞬時に霧散された。
「すっげー」
素直に感心したハヤトは、肩に乗っているユキナに再度問いかける。
「なあ、あんたたち本当に何者だよ。あいつの力、法術じゃねえよな。なんにも唱えてねえもん」
「まあね。話すと長くなるから落ち着いたら聞かせてやるよ」
心なしか疲れたような息を吐くユキナを見つめながら、ハヤトは念を押した。
「絶対だぞ」
そんな二人の会話を背後で聞きながら、サクラは前方を睨みつつ呼吸を整える。
「次で動きを封じる。これ以上の騒ぎはごめんだから、大人しくしてもらうわ」
サクラがそう呟いて剣を構えた時、甲高い音とともに上空から突風が吹き込んできた。
思わず眼を瞑り顔面を腕で覆ったサクラは、暴風に煽られながら何とか顔を上げた。またしても甲高い音がする。これは動物の鳴き声、咆哮?
「今度は何だよ!!」
背後でハヤトの怒鳴り声が聞こえる。
サクラは視界が何かに遮られたように暗くなっていくのを感じながら、眼に映る物体を認めて絶句した。
暴風を起こしながら浮かんでいる“それ”は、巨大な鳥に見えた。
ひとつもやわらかく見えそうにない鋼のような羽に覆われ、人間など虫と同様に突き刺せるだろう太く鋭い鍵爪やくちばし、金色に輝くぎょろりとした眼に耳をつんざく大咆哮。色彩は頭とお腹が白で、背や尻尾、翼は黒と茶が交互に配色されている。
「こりゃあ、鷲、かねえ。ただでかくしたにしちゃ、体型の均整が取れてない。他に何か掛け合わせてるな」
ユキナが飛ばされないよう翼でハヤトの首にしがみついた態勢で、ぼそりと呟いた。その視線は厳しい。
「こいつも魔術で創られたものなのか? ……一体ここの神殿は何を研究してるんだ」
ハヤトの呟きを逃さず、ユキナは問うた。
「おまえさん、調べてたんじゃないのかい? 神殿の内部を」
「……むかつく話だけど、法術を扱えないおれにとっちゃ神殿は未知の世界なんだ。見たくても見えないものがある。……昔だって入れる部屋は限られてもんな。ここの場合、研究塔の《創生》も《白雲》も侵入することはできたけど、実験室とか保管室みたいなところには入れねえんだ。たぶん術をかけてんだろな。惑わされちまう」
苦々しい口調のハヤトに、ユキナは翼で首元をぱたぱたと叩いてやってなぐさめた。
「ま、当然だな。簡単に暴露できるような研究じゃないんだから。こんなもんはさ」
単調な間合いで送られてくる暴風に耐えながら、二人は上空を睨みつける。
「どうすんだよ。あんな化け物相手に」
「相手にできるかい? あれを」
「は?」
切り替えされて、ハヤトはまぬけな声を上げた。そんな少年を取り合うことなくユキナは叫んだ。
「まともに相手するだけ馬鹿をみる。サクラッ!!」
そして振り返ったサクラに片翼を翻してみせた。
「逃げるよ! あの巨大鷲に《閃珠》を投げつけてやるから、その隙に大通りを突っ切るんだ!」
「わかった!」
素直に頷いてみせたサクラと疑問を投げつけるハヤト。
「何すんだ!?」
「あの化け物に光を投げつけて眼くらましをする! まともに見るんじゃないよ。眼が焼けちまうからね!」
「んな物騒なもん!」
「つべこべ言わず走れ!」
翼で頭をぺしっと叩かれ、むっとしたハヤトだったが、すぐさま身体を反転させて駆け出した。
サクラも剣を鞘に入れて続いた。
駆け出す二人を見て、巨大鷲は獲物だと認識しているのか、咆哮を上げながら大きく羽を広げてふわりと上昇した。急降下しようと態勢を変えているのだ。
すかさずハヤトの肩から飛び立ったユキナが、巨大鷲の羽ばたきから生じる爆風から逃れるように急速上昇すると、その間、口中で唱えていた唱文を成立させ、たちまち全身を光らせたかと思うと、光の玉を作り出し、勢いよく敵陣のど真ん中に投げつけた。
巨大鷲の足元辺りでそれは破裂し、まばゆい光の欠片が四方八方に飛び散った。
「みんな伏せろーっ!!」
ユキナの動きを追っていたジュリの叫びが全員に届いたかどうか。
射すような光の乱舞に辺りは昼間以上の明るさに覆われ、視界が白く、さらには無色透明になり何もかもが見えなくなってしまった。




