その後
やり切った。 ハッピーエンド成分を追加した。
もう一回読み直してみた。
ハチャメチャな内容だった。
王宮のエイマンの執務室。 臣籍降下した、エイマンは粛清した反逆者達の領地を纏め、その領主となり、公爵位を賜った。 願い出て一代限りとし、自分の死後は、ハンデンブルグ公爵家、及び、マイノンラスター公爵家に引き渡す事にした。
その領地は、過ぎ去りし日に、ハンデンベルグ公爵令嬢を不当に貶めた者達の領地でもあった。 彼をして、傀儡と無し、王家、王権に反旗を翻そうとした輩。 哀れにも、それと知らずに、手を貸してしまった、その子弟達。
今では、少し、後悔もある。 彼等もまた、有能な者達で有ったかもしれないからだ。
彼の者達は、係累も含め、国家反逆罪と断罪され、処刑台の露と消えた。 王国の五家の公爵家、七家の侯爵家の内、一家の公爵家と、二家の侯爵家がこれにより消滅。 兄王太子にとって、エイマンの断罪は彼の王権を強化した事に他ならなかった。
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臣籍降下した際に賜った、ヨーグ公爵を名乗っている。 正確には、エイマン=ファスト=ヨーグ公爵。 王弟にして、一代公爵。 さらに、民部省長官の任にも就任しており、兄王、ルパート=フォン=ハイデベルガー国王陛下の良き片腕、懐刀として、他国にもその名を轟かせている。
国王陛下が、外務、軍事を司り、周辺国に睨みを利かせていられるのも、彼の高い内政能力と手腕が、国内統治を完璧に行っているからであり、その能力は計り知れないと、他国からは重要視されている。
このような現状から、彼には降り注ぐように縁談が国内外の貴人達から申し込まれているが、これを頑として受け付けず、独り身を貫き通している。 兄王も一度、彼の身を案じ、それとなく妻となるべき者を進めてた事があった。
「陛下。 御無用に御座います」
「何故だ? 女性に興味が無いのか?」
「お戯れを。 私の立ち位置をお考え下さい。 邪なる事を考える輩が一番に考える事。 隙を見せる事は、この国に要らぬ争いを引き込みます。 それに、陛下には実に立派な王太子殿も居られますし、幾人もの王子、王女様が居られます。 もう、わたくしの子が必要な状況ではございますまい」
「……国に殉じると言うのか?」
「それを、女性に負わしまして、危うく不幸にする所で御座いました。 全てはわたくしの責に御座います。 故に、妻は要りませぬ」
「それほどまでに…… 判った。 もう言わぬ。 その責務は重いぞ。 耐えられのか?」
「耐えて見えましょう。 彼女もそうしておりました。 わたくしも出来ぬわけは無いでしょう」
「……全く、お前は…… 国王ではなく、兄として言う…… たまには息を抜け。 王子達、王女達もお前をしたっている。 たまには顔を出せ」
「……仰せのままに」
左胸に拳を当て、深々と一礼する、エイマンに、やれやれと云うような溜息をつくルパート国王陛下。 退出の合図を出すルパート。 音もなく彼の執務室を退出するエイマン。 その後ろ姿を見ながら、そっと、ルパートは呟く。
「ペルラの事を、お前は、それほどまでに……」
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深夜の執務室。
従卒に休みを与えても、自らは決して終わるまで、休まないエイマン。 シンと静まり返った執務室に、ノックの音がする。
「誰か」
「マルグトに御座います。 閣下」
「何用か」
「新任の事務官についてに御座います」
「入れ」
マルグトは、ヨーグ公爵家、筆頭執事。 元近衛騎士のマルグトは、エイマンが特別信頼を置く人物でもあった。 自ら茶道具を持ち込み、書類で一杯になっている執務机を横に、ティーテブルにその茶道具を置く。 サッと薫り高い茶を入れると、自分で飲み始める。
「なんだ、呉れないのか?」
「殿下の茶は侍女が用意します。 これは、わたくしの分で御座います故」
「お前まで、私の側に女を置くつもりか?」
「別に、他意は御座いません」
しらっと、嘘を吐く。 マルグドは、彼の主人の余りの女気の無さに、心配もし、苛立ちもしている。 教条的すぎる、余裕が無さ過ぎる。 いずれ、壊れてしまうと、常に思い続けている。
しかし、今度の人事は彼の《 隠し玉 》でもあった。
彼の主人でもある、エイマンは事務官に途轍もない能力を要求する。 彼の要求に応えようとするあまり、数人では有るが、病院送りに成ってしまった程なのだ。 今は十数人体勢で、彼を支えているが、不満気な様子を隠しもしない。
そんな中、格別に優秀な人材を手に入れた。
本国の学院で学び、さらに隣国で高みに至ったその者は、数多の誘いを断り、王城の事務官に応募してきた。 最初は雑務を担当していたが、あっという間に、煩雑な書類を処理し、山の様に積み上がっていた未処理の書類を片付けてしまった。
その者を引き抜くのに、ちょっとした昔の貸しを大量に使った事は、殿下には秘密にするつもりだ。 民部省長官付きの事務官として、下調べや、書類の作成を行わせてみれば、その速さと正確さは、他の事務官とは一線を画している。
そして、その者は ” 女性 ” だった。
主人の驚く顔を想像して、密やかに笑みを浮かべる。
「で、優秀なのか?」
「おや? 最近、深夜まで執務をされて居る殿下が、お気づきになりませんか? 資料が今までよりも、整理され、濃密な内容になってきているなのですが? おかげで、閣下に付き合って起きている、わたくしの眠る時間も減ってきております」
「……確かにな。 全て私が目を通さねばならないモノだし、以前より格段に速く処理している…… なるほど。 善き人材を見つけ出したものだな」
「殿下の元でお手伝いするのが、夢であったそうです。 事務官としては、最高の人材ですな」
「ほう、貴様にそう言わせる者か…… 楽しみだ」
「では、今日の所は、この辺でお休みください。 おいぼれには、睡眠が必要なのです」
「よく言う、何日も寝ずに戦野を駆け巡った貴様が言うべき言葉では無いな」
「ははは、寄る年波には勝てませぬ故。 いいですな、明日は、きちんとした格好で執務を執り行って下さい。 何事も、最初が肝心ですからな」
マルグドは、そう言うと、自分で持って来た茶器をさっさと片付けて、退出していった。 仕方ないとばかりに、エイマンも執務を切り上げると、何日も帰っていなかった、王城の自室に向かった。 久しぶりにベットで眠る事になったが、マルグドの云う通りかもしれない。
何事も、はじめが肝心だと。
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翌朝、朝早く目覚め、着衣を整え、軽い食事を取った後、執務室の扉をくぐる、エイマン。 髭も辺り、髪も撫でつけ、法衣も新しいものに変えた。 どんな者が来ても、十全に対応できる。
目の前の書類に、集中する。
そう言えば、近頃の書類は良く纏まっている上に、文字も綺麗で読みやすい。 これを作成した者が、今日着任する新人の事務官ならば、さぞや優秀なのだろうと、そう思う。 しかし、少し…… ほんの少しだが、違和感もある。
書かれている文字が柔らかいと感じていた。
文章自体には、なんら問題は無い。 いや、とても優秀である。 読みやすく、判りやすい。 図表も的確に描かれている。
” ……なにか…… ”
引っ掛かる物を感じていた。 彼の胸の内には、不思議な感覚が、湧き上がっていた。
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コンコンコン
「誰か」
「状況報告と、纏まった資料をお持ち致しました、大公閣下」
「入れ」
執務室の扉を開ける、その先に、一人の事務官が書類鞄を手に、入って来た。 文官の制服を、キッチリと着込み、髪は後ろに一つに纏めている。 モノクルが、鼻にかかっている。
その姿に、エイマンは言葉を失い…… 顔を見詰めてしまった。
かつて、誓いを捧げた相手が、そこに立っている。
文官の固い制服の胸は大きく押し上げられ、一つに纏められてはいるが、夢にまで見た淡い金髪。 何より…… 何より、忘れられない、その笑顔。
自分ではない、他の者にのみ、与えられていた、その笑顔が、目の前にあり
そして、
自分に向けられているのだ。
「エイマン=ファスト=ヨーグ公爵閣下。 本日只今をもって、殿下付きの事務官を拝命致しました、ペルラ=ファリス=ハンデンベルグ 着任いたしました。 どうぞ、よしなに」
「……」
「閣下?」
「ペルラ……か」
「はい、ペルラに御座います。 やっと、想いが通じました。 ……思うがままにせよとの思し召し。 思うがままに、させて頂きました。 殿下の御側に…… 仕える事が出来ます…… どうぞ、御側に」
ホロリと涙が頬を伝う二人。
その様子を、マルグドは物陰から眺め、大きく頷くと、
執務室の扉を閉め、足早にその場を後にした。
文才の無さに絶望した。
でも、後悔はない。
たまたま時間が空いたので、こんな話どうだろって、思いついた。
楽しんで頂いたら、幸いです。
以上、真面目な人達の、婚約白紙撤回、純愛悲恋の物語でした!