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秘め恋  作者: 蒼崎 恵生
30/32

終止符の先へ


 生きているのか死んでいるのか分からない。


 アスマートフォンのアラームを反射的に鳴り止ませたマサは、ベッドに沈めていた半身をのっそりと起こした。


 バイトを辞めてからどうも張り合いがない。何事にも無気力になってしまう。大学の講義には連日寝坊してしまうし、夜もダラダラスマートフォンの動画やテレビを見て夜更かしをしてしまう始末。そうなると当然寝るのが遅くなってしまい翌朝は寝坊。悪循環だ。人は適度に忙しくしていた方が良いというのは本当らしい。


 一日のうちに何度もアオイの顔を思い出してはため息をつく日々。


 夏の間ずっとイクトのアパートに居座っていたリオが、夏休みの終わりと同時に地元に帰った。地元に戻る前、リオはマサの元を訪れた。マサのアパートの玄関先で二人はしばし立ち話をした。その時彼女に言われた言葉が、マサの頭をいまだに巡っている。


「イクトんちに居たらさ、イクトの大学の友達のユミって子が遊びに来てね、私、その子にものすごく怒られたの。『元彼頼るとか姑息なことしてるから誰の本命にもなれないんだよ!』って。あの感じ、絶対イクトのこと好きだよねー。知らない人にいきなりそんなこと言われてはじめは頭にきたけど、あの子の言ってることが図星すぎて。自分のしてることがだんだん馬鹿らしくなってきた。イクトに頼るのも、マサ君に執着してるのも」


 リオなりに自分の言動を省みたらしい。彼女は更にこんなことを言った。


「アオイさんに出会って変化したマサ君のことが気になってどうしようもなかった。それって逃した魚は大きかったなーって気持ちなのかと思ったけど、そうじゃなかった。私達、同類だったんだよ」


「同類? どこが?」


「自分中心にしか動けないところ」


 たしかに。今でも身勝手な部分は多々あるが、高校時代の俺はもっとやばかったもんな。


「だから私、きっと無意識のうちにマサ君に仲間意識を持ってたんだと思う。なのにアオイさんと出会ってからマサ君はビックリするくらい人が変わって……。ああ、もう私とは違う世界にいるんだなぁって。それが面白くなかった」


 リオの表情は晴れ晴れしていた。整った彼女の造形が綺麗に見える。


「昔のマサ君もそうだったんだろうけど、結局私は男とか恋を利用してただけ。誰のこともまともに好きじゃなかった。言い寄られて良い気になってたけど、それって結局自分をないがしろにしてすり減らしてるだけの行為なんだって思った。だからもう、簡単に恋愛に飛びつくのはやめる」


 私の価値を決めるのは男じゃない、私自身だよね。


 そんなことを言い残し、リオは地元へ帰っていった。


 そうだな。全くその通りだよ。


 マサはリオの言葉に深く考えさせられた。中身がない空っぽの器を、女子と繋がることで埋めようとしていた。誰のことも見ようとしなかったし愛そうともしなかった。相手がどう思おうが無関心。欲望という簡単な言い訳を見つけて目の前の問題を誤魔化し続けた。


 クズの極みだった俺を変えてくれたのは、アオイなんだよ。


 会いたい。彼女に。

 だけど、彼女は今旦那と順調にいっているらしい。先日アオイを訪ねたイクトが教えてくれた。

 だったらもう、身を引くしかない。


 アオイが幸せなら、それでいい。


 海に行った時の画像。満面の笑みを浮かべピースサインを作るアオイを見て、目尻から涙がこぼれた。


 これからもそうやって笑っててね。きっと、ずっと。

 


 結婚生活は、多少の我慢と平穏な日常を貫けば静かに進んでいくものなのだと、最近つくづく思う。


 仕事を終わらせ義母の家に寄った後、アオイは目的もなくただただ夜の街をドライブしていた。ひとしの夕食は家政婦が用意してくれている。今日も彼は早めの帰宅をしているだろうが、彼と話したいことも特に見つからなかった。


 自分がこうなってみて初めて、両親に心から感謝できるようになった。かつては冷ややかな家庭を維持する両親に軽蔑や失望を覚えたりしたものだが、いざ自分が近い状況に立たされてみて初めて見えることもあった。仮面夫婦も楽ではない。ある意味では楽なのかもしれないが、心からの幸せを放棄して生活しているのだから精神感覚が麻痺してしまう。社会の常識や人間関係のしがらみといった目に見えないもののために、人として大切なものが削ぎ落とされていくようで。


 そんな暮らしをし続けてくれたおかげで私は育ってこられたんだよね。


 もし今、仁との間に子供ができたら、果たして自分は実の両親のように表面的にでも夫婦を続けていけるのだろうか? 思考した瞬間、寒気がした。


 私には無理だ……。


 このままいけば、確実に自分と同じ思いを子供にさせてしまう。親は隠しているつもりでも子供には伝わる。互いに好きあっていない男女の様子は不自然さしかない。生まれた子供に窮屈きゅうくつで寂しい思いをさせてしまう。


 なぜ、仮面夫婦がいけないのか。なぜ、世の中で不倫がこうも叩かれるのか。他でもない、何の罪もない子供が傷つくからだ。大人だけの問題ですめばいい。誰が倫理を踏み外そうが自己責任。傷つこうが傷つけようが自分の中で処理すればいい。けれど、子供はそうはいかない。


 真琴も、私も、親の勝手さに傷ついて、振り回された子供。


 そんな風に心に傷を負った子供はどうなるか。真琴のように自立心の強いタイプに育てばいいが、無力感を埋めようと安易に恋にすがる子供も出てくる。それでは悲劇の繰り返しになってしまう。


 私はどうしたい?


 まだ、子供のことはどうなるか分からないけど。もし子供が生まれたらどんな家庭を築きたい? どんな相手とだったら幸せな家庭を守り続けていける?


 スマートフォンが着信を知らせる。相手は真琴だった。スピーカーモードにして電話に出た。


「今、私も真琴と話したいと思ってた」


『以心伝心だねー! 家?』


「車であちこち適当に、目的のない旅」


『えっ! こんな時間に一人で?』


 真琴は思いのほか驚いている。


「理由はないんだけど、なんかね、まだ家に帰りたくないなーって……」


『それ危険信号。時間があるなら今からうちに来てくれる!?』


 冗談めかしながらもとがめるような口調の真琴。元はと言えば目的のないドライブ。終わらせることに未練も抵抗もない。アオイはすんなりOKし、進路を真琴のアパートへ向けた。


 真琴と会ったのは日付が変わる時間帯だった。念のため仁には帰宅が遅くなると連絡し、彼女の家に上がった。夜食にと冷凍食品を温めたもの数点とソフトドリンクの大きいペットボトルを取り出し、真琴はアオイをもてなした。


「うちの親、正式に離婚したよ。さっきの電話ではそれだけ伝えようと思ったんだけどね」


 自分のコップに注いだ麦茶をひとくちだけ飲み、真琴は言った。


「アオイもさ、いい加減やめな」


「…………」


「幸せなフリ。順調なフリ。本当はもうけっこう限界きてるんじゃない? 仁君との生活に」


 言われた言葉をゆっくり飲み込むように、アオイは両手のひらをグッと握りしめた。










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