新たな一歩
新しい章に入る前に、一回挟みました
「……ん、ここは……?」
目をこすりながらキョロキョロと辺りを見回す忍。状況整理が追いついていないのか、やたらとぼうっとしている。そんな忍を見て、俺はとても微笑ましい気持ちになった。
「よかった、気がついたか」
アイテム欄からお茶を取り出し、オブジェクト化して忍の首筋にぴとっとあてる。そこまで冷えたものではないがストレージに仕舞っている飲食物は入れた時の状態を保つので、買ってすぐ保管した冷たいお茶だった。
「ひやぁっ!つめた!」
忍が驚いて跳び上がる。くりくりの目は驚きに見開かれ、微かに体を震わせている。跳び上がった拍子に身に着けていたシャツが肩からずり落ち、少し危ない状態になってしまった。
「ははは、ごめんごめん」
まだ目を白黒させている忍の頭をそっと撫でる。一瞬ビクッと体を震わせるが、後はされるがままだった。しばらくそのまま撫で続ける。
「…………の……」
「ん?何か言った?」
「……さんの……翔さんの……!」
気がつくと忍の体が小刻みに震えていた。少し頬が紅く染まり、額を汗がそっと伝っている。嫌な予感を抱きつつ忍の右手を見ると、ついこの間と同じスキル発動の光を纏っていた。
「……翔さんの……バカぁ!」
「へぶぅ!」
振りかぶって放たれた平手打ちがいつかのデジャヴのように同じ軌道を辿り、そしてそのまま俺を反対方向へ弾き飛ばした。頬に赤いエフェクトが弾け、視界の左端に見えるHPゲージを少しだけ減らした。揺れる視界の先で、頬を少しだけ膨らませた忍が腕を組んで俺を見下ろしているのが見えた。
「だからごめんってば!もう許してよ……」
「もうっ!せっかくカッコいいって思ってたのに……、やっぱり翔さんは変態さんなんですねっ!」
あの後、平手打ちで俺をスタン状態にした忍は素早くいつもの装備を身に纏うと、そのまま拗ねてそっぽを向いてしまった。そして今なお目を合わせてくれない。俺はさっきから忍に謝り続けているが、全く取り付く気配もない。
「だからごめんって!あの恭介って奴に追い詰められて気を失った忍が、ちゃんと生きててまた会えたのが嬉しかったからつい悪戯しちゃっただけだよ!」
「っ!そんな嬉しいこと言われても許しませんからっ!……確かに恭介から助けてくれましたし、物語の主人公みたいでかっこいいなって思いましたけど……!」
そのままブツブツ独り言を言い続けた忍だったが、その後何とか普通に接してくれるようになった。それまでに俺がどれ程の思考を重ね、苦労したか、それはまた別の機会に……。
「とにかく翔さん、クエストクリアおめでとうございます。無事に新しい力を得たようですね」
「ありがとう、忍の助けがあったこそだよ。あのソードマンキラーは強かった……」
「ああ、あの時はホントに死んじゃうかと思いました」
忍があの凶悪なソードマンキラーを思い出して苦笑いを浮かべる。全く、チートみたいなクエストボスもいたもんだと俺もいつの間にか苦笑いしていた。
「その後は恭介から助けていただいて、本当にありがとうございました」
恭介、という名前に抵抗があるのか、微かに忍の体が強張る。その様子を見逃さなかった俺は、気になっていた恭介というプレイヤーとの関係を聞いてみることにする。
「忍、その恭介っていうあのプレイヤーとは知り合いなのか?」
忍は恐らく無意識に拳を握り締めていた。何かある。そう思った俺の勘は、間違っていなかった。
「恭介、洛斬恭介は私達暗殺者が集められる裏クエストを仕切る幹部です。元々現実でも問題児だったらしく、度々事件を起こしていたそうです」
驚いた、まだこのバインド・ゲイムが始まってそう日にちは経っていないのに、もう敵対するプレイヤーと、それを纏める組織が存在していたのか。少し焦りを覚えるが、それを表に出さないように忍に話の続きを促す。
「私はこの暗殺者という職業が嫌いでした。この他のプレイヤーに疎まれる職業でこの先クリアできるかもわからないゲームに囚われるのは、どうしても我慢出来ませんでした。なのでその恭介に、私はある高難易度裏クエストを受けさせてもらったんです。それが翔さん、貴方のPK任務でした」
「……わからないな、どうして俺みたいなごく一般的なプレイヤーのPK任務が出るんだ?アイテムドロップを狙ったPKだとしたら、俺は全く条件に合わなかったと思うが……」
疑問をそのまま口にする。そう、確かに今でこそシュナイデンライトという強い片手剣を持っているが、恐らく忍が俺を狙って来た時はまだ持っていなかったはずだ。俺なんかをPKしてもメリットが全くない。
「暗殺者ギルドが狙っているのは強い武器を持っているプレイヤーだけではありません。クリアに関する情報を持っているプレイヤーも狙うのです。ゲームクリアしてしまえば、この自由に暴れられる世界は消えてしまうのですから」
「情報……?俺だってこの世界のことは全く知らないが……?」
「いいえ、翔さんはプレイしていたはずです。このデスゲームの舞台にとてもよく似た、一つのMMORPGを」
このデスゲームに似たMMORPG、そんな物は俺の知る限り一つしかない。それに気がついた瞬間、俺が狙われた理由が、全て理解できた。
「MMORPG『バインドゲイム』。翔さんや優真さん、その他今この世界でトッププレイヤーであるはずの数人がプレイしていたゲームです」
「なるほどな、似てる以上、攻略に関する情報を持っている。だから優先して潰すってわけか」
「はい、そういうことです」
忍は一呼吸置いてお茶を飲んだ。忍の口から明かされるこのゲームの裏側。その話を理解するために頭をフル回転させながら聞いている俺も、一旦深く深呼吸して気持ちを落ち着けた。
「私がこの高難易度裏クエストを受けた理由は二つ。一つは生き残るため、報酬目当て。そしてもう一つは、死ぬためです」
「だろうな。忍がプレイヤーキルをしたことない、したくないのは初めて襲われたあの時に気づいたし」
「結局返り討ちにあいましたけどね。そしてその時、恭介から忠告を受けていたんです」
「忠告?」
「このクエスト、失敗したらお前もどうなるかわからないぞ、と」
「……なるほどね」
恐らく恭介は忍の性格とクエストのレベルの高さから忍がクエスト失敗することを予感したらしい。クエスト失敗で帰還、なんてこと、裏クエストでは許されることではないだろう。
「そして恭介がクエスト失敗した忍を口封じに殺しに来たってところか」
「そういうことになりますね」
ふぅ、思わず溜息が溢れる。このゲームの裏側でまた別勢力が動いていたなんて。想像はすれども本気で考えもしていなかったことが普通に起きていたようだ。恭介にも目をつけられたし、これからは裏ギルドの連中にも警戒しなければならない。
「あの……、もしもの時は、私を置いて逃げてください。あくまでも私が第一目標だと思うので……」
忍が遠慮しがちに言う。瞳には弱々しいながらも決意の色が見えていた。だが俺は忍を囮に逃げたりなんか、しようとも思わない。忍の頭の上に静かに手を置き、そのままゆっくり撫でる。
「あ、あの……」
「忍、俺は忍を見捨てたりなんかしない。確かに出会ってまだそんなに経ってないし、裏ギルドの連中が狙ってくるのもまずは忍だろう」
困惑の表情で見つめる忍を、正面からしっかり目を合わせる。
「だけど俺は、もう自分のパーティメンバーを失いたくない。優真を助けられなかった分、今度は俺が、全力で誰かを守るんだ!」
忍の目が驚きに見開かれていく。俺はそれを見ながら立ち上がり、忍の方へ手を差し伸べる。
「行こう、忍。俺達で、このくそったれなゲームを、終わらせてやろうぜ!」
忍の瞳に涙が集まる。少し涙が溢れた泣き顔の忍は、そのままにっこり笑った。それは、これまでのどんな表情よりも、素晴らしい顔に思えた。
「はい、行きましょう、翔さん!」
次こそ新しい街へ向けて出発できると思います!
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