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111 二人の思い

 アバネシー領北東の都市には、兵が集まっていた。


 アバネシー公が第一王子ウィルフレド・ノールズを支持したのに対し、その次男ヤニク・アバネシーはペール・ノールズに与しており、領内においても一触即発の状況だったのである。


 そして今、ヤニクが治める北東の都市を守る兵に対し、アバネシー公が兵と、ルーデンス魔導伯から派遣された魔術師たちが相対していた。


「クリフ殿。やけに敵の守りが堅いようですが、いかがいたしましょうか?」


 そう尋ねたのは、アバネシー公が頼りにしている騎士の一人である。

 この戦況において、指揮官は名目上彼になっている。領主の意に従わず勝手に兵を動かしたヤニクはすでに敵という扱いになっており、それを討伐するのはアバネシー公でなければならないからだ。


 だが、実質的には、これはもはやアバネシー公とヤニクの戦いではない。かといって、第一王子ウィルフレドと第二王子ペールの戦いでもなかった。


 最も政治的な理由からは離れた者たちの――聖域を狙う者たちの、千年前から続く因縁に終止符を打つための戦いだ。そして彼らに付き従う者たちが、その中で見いだした未来へと向かうための戦であった。


「おそらく、敵はここを絶対に落とさない覚悟でしょう」


 ここはノールズ王国で聖域に接している唯一の土地だ。ルーデンス魔導伯としてはなんとしても得たい通行の要所であり、一方でアスターとしてはここを拠点としてアバネシー領を落としてしまえば、ノールズ王国、デュフォー帝国の北部を東西にわたって支配することが可能になる。


 それゆえに、この戦いはなによりも大事な、落とせない一戦であった。だからこそ、ヴィレムも魔術師隊の隊長を送り込んだのだ。


 緊張感が高まる中、クリフは冷静に都市の様子を眺める。あそこには、無辜の民がいる。アバネシー公の市民がいるのだ。それゆえに、大規模魔術で一気に消し飛ばしてしまうわけにはいかない。そして、相手もそのような方法を望んでいたわけではない。いや、そのような無駄な魔力を使おうとはしなかったと言ったほうが正しいか。


 都市の市壁を越えて現れたのは、十数名のローブをまとった魔術師たちだ。彼らは皆、軽やかな動きを見せており、熟練の兵であることが窺える。


(……あれが、アスターの切り札か)


 禁術を用いたところで、技術がなければただ力ばかりが強まるだけだ。しかし、この魔術師たちは皆が皆、有象無象とは明らかに違う実力を持っていた。


 そして、その手には深緑の輝きがある。


 ――竜銀だ。


 ヴィレムが聖域に近いこの土地を得ようとしたように、アスターもまた、ここでその恩恵を受けようとしていたのだ。


 クリフは歯噛みしながら、敵を見据える。

 彼の手にはめられた緑の指輪の感触を確かめながら。


(トゥッカ。いよいよこのときが来たぞ。ようやくお前と俺たちの戦いが実を結ぼうとしているんだ)


 彼が守りたかった平和な日々を思い出す。そしてそれを守っていくために必要な戦いを経て、ようやくその先に待つ繁栄が見えてきた。


 だから決して守り抜いてきたものを、トゥッカが命を賭してまで大切にした意志を、覚悟を奪われてはならない。


 なにがあろうとここで勝ってみせる。


 クリフは竜銀の指輪を変形させると、一振りの剣を生み出した。その扱いにはすっかり慣れており、自在に操ることができる。


 あれからひたすら訓練した。少しでも戦えるように、未来に繋がるように必死で生きてきたのだ。もはや剣の扱いが下手だと笑われた少年はいない。


「私たちがあの魔術師を討ちましょう」


 クリフは騎士にそう告げると、視線を魔術師隊の者たちに向ける。百人近い数の彼らの多くは、中隊長クラスの者だ。そしてそれだけ長い間研鑽を積んできたということでもあり、長くこのときを待っていたということでもあった。


「この戦いは我々の戦いだ! ルーデンス魔導伯が思い描いた未来へと続く足がかりとなる一戦、絶対に負けられない!」


 剣を掲げたクリフに呼応して、魔術師隊の者たちが竜銀を掲げる。そして彼らは各々の武器を手にすると、いよいよ動き出した。


「行くぞ!」


 クリフを筆頭に駆ける魔術師たちを目に、多くの兵は動かない。いや、動けなかった。

 疾駆する魔術師たちの早さについていけなかったのだ。


 そして彼らは知っている。この争いがより高次なものであり、魔術師ならざる者たちが介入する予知などないことを。


 クリフは敵を見据える。

 向かってくるアスターの魔術師に対し、こちらは数倍の人数がいる。アスターは大々的に動くことができなかったため、育成もこっそり行わねばならなかったから、頭数を増やすことはできなかったのだろう。


 しかし、敵はやはり例の兵を持ち出してきた。

 数十のそれらは、大剣を手に魔術師たちのあとに続いている。


「まがい物の魔術師風情に負けていられないぞ!」

「ここで矜恃を示せ!」


 先頭を行くクリフは風刃の魔術を放つと、敵はすぐさま竜銀を盾に変形させて防いでしまう。


 それを見てクリフは続く攻撃を控えた。

 魔術師の戦いは数手先を読むものだとヴィレムは言っていた。そしてどちらが先に魔力がなくなるかの消耗戦であるとも。だから無駄な攻撃を減らすことが適切なのだろう。


 けれど――


「食らえ!」


 飛び込んだクリフは勢いよく剣を敵の盾に叩きつけた。

 それにより姿勢が崩れると、すかさず風刃の魔術で相手を包囲する。


 咄嗟に風壁の魔術で凌いだ敵の魔術師であったが、そのときには盾のないところから、切っ先が狙ってきていた。


「くっ――!」


 思わず相手は距離を取る。クリフの剣はローブを切り裂き、片手を裂く。


 魔術師の戦いが魔術で決まるのであれば、すでに勝敗は始まった時点でおおかた決まってしまっているのだろう。けれど、剣の戦いは一瞬一瞬で勝負が決まる。


 再生の魔術を用いる敵に対し、クリフは告げる。


「お前のところの親分は古い魔術にこだわっているようだが、生憎とルーデンス魔導伯は新しいことが好きでな。付け焼き刃の剣じゃないんだ。魔力がなくとも戦えるように、と魔術師らしくない力だって叩き込まれてきた」


 ヴィレムは魔術のみならず、剣での戦いも行ってきた。それだけ実戦を経験するということでもあったのだろう。帝都にこもっていたアスターには考えられない戦い方であったに違いない。


 そしてそれゆえに、魔術師隊の者は魔術を、剣を自在に操って敵を翻弄しつつあった。


 クリフは続けざまに切り込むと、相手は竜銀を盾に用いつつ、土の魔術でさらに守りを固める。のみならず、大量の幾何模様を生み出して、クリフを包囲し始めた。


 が、クリフは迷うことなく飛び込んでいた。

 そしてクリフが生み出した幾何模様は、相手のそれをことごとく打ち砕いていく。解除の魔術だ。


「あいつはもっと、強かった!」


 クリフは叫びとともに、風の魔術で敵の盾を押し上げた。瞬間、胴体ががら空きになる。


 一瞬で懐に入り込むと、クリフは剣を横に一閃。鋭い緑の軌跡が濃紫を断った。

 動けなくなった相手に、彼は炎の魔術を浴びせる。轟々と燃える炎の中、魔術師はもはや頽れるばかりだった。


 クリフは一瞬だけ、トゥッカのことを思い出した。

 かつて彼と稽古したとき、竜銀を用いるトゥッカに剣では勝てず、魔術による戦いで辛勝した。けれど今、彼は竜銀を用いて敵を切っている。


(俺はお前の分も強くなれただろうか?)


 その問いかけを最後に、クリフは意識を切り替えた。

 魔術師隊の者たちは今もなお戦いを続けている。そしてたった一人倒したところで、まだ敵はいるのだ。


 クリフは緑の剣を翻した。



    ◇



 北東で聖域を狙う拠点を巡った争いが起きる中、ヴィレムはアバネシー領の北西に来ていた。


 主都は西寄りにあり、ペール・ノールズの陣地もこの西にあるため、敵は総戦力を持って攻めてくることが予見されていた。


 そしてヴィレムがその領境に到着したときには、迫る大軍があった。アバネシー公の戦力だけでは到底守り切れないほどの数だ。


 けれどヴィレムは動揺もせずにじっと敵を見据える。そんな彼の隣でクレセンシアが呟いた。


「いよいよ、ですね」

「ああ、いよいよだ。ようやくこのときがやってきた。……聖域を取るのは、俺たちだ!」


 ヴィレムは高らかに宣言し、そして敵勢の中に魔術師の姿を見つけた。


(アリスター! お前との因縁も、ここで終わらせる!)


 彼は魔術師隊の者たちの先頭に立った。



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