110 東西南北、交わりて
竜騎兵隊のドラゴンは一斉に、大男へと向かっていく。その敵はすべて、デュフォー帝国の将軍へと向かっていたのだ。このままでは討ち取られ、敗北が決定してしまう。
やつらは魔術師の手勢ということもあり、皆が緊張を禁じ得ない。だが、それでも激しい闘志は燃え上がっていた。
「トゥッカの仇……!」
竜騎兵隊の一人が勢いよく、ドラゴンに敵を襲わせる。竜の爪は大男すらも押し倒し、鋭い傷をつける。
だが、それでも敵は止まらない。鋭い輝きの接近を感じてドラゴンが飛びしさったときには、その眼前を刃が過ぎていった。敵の腕は、背中側に対しても思い切り動いてきたのである。
そしてすぐさま上体を起こすと、竜騎兵隊には構わず、再び将軍のところへと駆け出そうとするのだ。
「隊長! 先に行ってください!」
「任せとけ!」
ヘイスはドラゴンにまたがっている足に軽く力を込めると、その意を汲んだ竜は激しい足音を立てながら敵へと走り始めた。
将軍は馬上でその有様を見ながら、息を呑んでいた。
彼にはどうすべきか、まったく見当がつかなかったのだ。
向かってくる大男はいともたやすく兵を蹴散らしていく。いくら前面を厚くしたところで、突き崩されてしまう。そのせいで士気はがた落ちで、果敢に飛びかかって時間稼ぎすらしようとはしない。
これまで幾度もの戦にて、彼は勝利を収めてきた。采配のみならず、自ら先陣を切って乗り込んでいったこともある。
だが、あのような化け物をどうやって止めればいいというのか。
そこで彼はようやく、皇帝マーカスデュフォーがわざわざ、西の田舎諸侯に姫君を送った理由を理解するのだ。
走るドラゴンは、味方ですら畏怖を覚えてしまう迫力がある。
そして先頭を駆る姫君の婚約者はそれさえも自在に操り、敵を蹴散らしていく。だが、そこには焦りが見られた。
その姿に、将軍は自分が守られるべき存在となっていることをかみしめながら、命令を下した。
「土の魔法で壁を作れ! 敵を足止めしろ!」
もはや、戦うための策ではない。けれど、それ以上の方法は見つからなかった。彼にできることは、自分が死ぬまでの時間を稼ぐこと。あのドラゴンに守られるまで生き延びることであった。
そうして大男どもが怯みつつも、すぐ間近に迫った瞬間。将軍は息を呑んだ。
彼に落ちる敵の影の上から、さらに濃い影が重なったのだ。
「そこまでだ!」
飛躍するドラゴンの背で槍を繰り出したヘイスは敵を貫くなり、力の魔術で体勢を整え、さらには敵の肉体を風刃の魔術で切り裂く。
そしてドラゴンはズシンと音を立てて着地した。
その振動に反して、振る舞いはいかにも野生染みた竜の粗野なものではなく、それどころか古代の高貴な竜の伝説すら思わせるほど優雅にも思われた。
その背で緑の金属を自在に操るヘイスは、敵の四肢を素早く切断すると、動けなくなったところを炎の魔術で焼き尽くしていく。
たとえ死しても動くといえども、全身を焼かれてしまってはどうにもならない。
それから彼は背後に目を向ける。そこには、すでに敵を制圧した隊員たちの姿がある。ヘイスは将軍の前に出ると、優雅に頭を下げた。
この男、出自は平民であるが、主人――いや、今は養父となったルーデンス魔導伯よりもよほど振る舞いは貴族らしい。もちろん、ヴィレムが貴族らしくない、というのもあるのだが。
「将軍、ご命令を。趨勢は決しました。我々の勝利です。追撃なさいますか?」
命じられればすべての敵を蹴散らしてこよう。そんな気迫すら感じられる。
それに対して、将軍は最大限の敬意とともに頷いた。
「ヘイス・シャレット殿。先駆けを願いたい」
「お任せあれ」
もはや彼らは端っこに追いやられていたおまけの隊ではない。華々しい活躍をする英雄にも近しかった。
「よし、お前ら! この勝利をルフィナ様に捧げるぞ!」
ヘイスが槍を掲げて竜騎兵隊を率いると、あちこちから野次が飛ぶ。
「そりゃ隊長だけですよ!」
「皇帝陛下か将軍じゃないとまずいっすよ!」
「こんなときにまで、惚気ないでください!」
ヘイスにとってはあくまで、この戦いはルフィナのためのものだ。彼女の立場を考えれば、彼は活躍しなければならなかったのである。
が、それは彼個人の話であり、これはルーデンス魔導伯が戦力として貢献することを示すのが隊員たちの目的である。
「てめえら、さっきまで俺が振られるだとかおちょくってきたくせに、今になって真面目くさったこと言いやがって! いいからついてこい!」
調子のいい竜騎兵隊の隊長は、もっと調子のいい隊員たちを引き連れながら、北へと攻めていく。
その最中、一度だけ視線を西に向けた。そちらでも、動きがあるだろう。
けれど今は、目の前に集中するのみ。
ヘイスはめいっぱいに勇猛な声を上げた。
◇
アバネシー領では、民は戦の気配を感じ、いつでも逃げられるよう、貴重品を準備しているところであった。
そしてとても持って逃げることなどできやしない立派な品々を揃えた屋敷では、ヴィレムとマーロが会っていた。
その太っちょ貴族は、ヴィレムに向かって何度も言葉をぶつけていた。
「おい、本当に大丈夫なんだろうな?」
「そう言っているだろう? 信用できないか?」
「お前は常人のついていけない行動をいきなりやらかす奇人だからな。そのくせ、抜けているところがある」
「ひどいことを言うじゃないか。なあ、シア?」
ヴィレムは隣に居たクレセンシアに尋ねるのだが、彼女はにこにこしている。
「はい。ヴィレム様はマーロさんが言う通りですから、クレセンシアがいつもお側で支えていないといけないのです」
尻尾をぱたぱたと振りながら、クレセンシアがそんなことを言う。
ヴィレムは肩をすくめて彼女の尻尾を手に取りつつ、
「というわけで、シアがいるから大丈夫だ」
と、マーロの言葉は否定しておきながら、クレセンシアの言葉をあっさりと受け入れたのである。中身はまるきり一緒だというのに。
すっかり呆れたマーロは、ため息をついた。
「お前と組んだときから、こうなることはわかっていたんだ。もう諦める。で、そっちの計画はどうなんだ?」
マーロが真剣な面持ちで尋ねると、ヴィレムは撫でていたクレセンシアの尻尾から手を離し、こちらも先ほどのふざけた態度からは一変する。
「問題ないよ。聖域の病は克服した」
ひどくあっさりと告げるヴィレム。彼はアバネシー領に来るなり、すかさず聖域の病を防ぐべく製薬に取りかかったのだ。
あれから千年もたっているから、遺伝的な変化があるはずと踏んでいたのだが、ほとんど違いはなかったようで、レムの知識をそのまま用いることができたのだ。
もしかするとあの聖域という場所は、外から入ってくる者も逆に出ていく者もいないため、遺伝子はすでにあの環境に適切な状況で固定されているのかもしれない。
なんにせよ、ヴィレムはそのおかげでいともたやすく、聖域の病を克服したのだ。
いや、それは適切ではないかもしれない。克服したのはレムであり、ヴィレムではないのだから。
だが、すでに当時の技術が失われた今、ヴィレムはたったそれだけのことでも、偉業を成し遂げたと見なされることだろう。
「そういうわけで、戦いの準備は整った」
ヴィレムが告げると、マーロは少し考えてから言葉を口にする。
「アバネシー領は戦場になるだろうな」
「ああ。おそらくは」
「いいか、土地を荒らさせるなよ。敵が入ってくる前に蹴散らしてしまえ。魔術師が口を開く前に殺せ」
「なんと無茶を言う。いかに俺が魔術師を引き連れているとはいえ、領内すべてを把握することなんぞできない」
「いつもいつも、人に無茶を言っておきながら、そんな弱気になるとはな」
マーロがヴィレムに眉をひそめると、今度はヴィレムが考える。彼は聖域を思い浮かべながら、ゆっくりと告げた。
「俺が行こうとしているところは、かつて存在した魔導王と魔術師レムが行き着きながらも、全域の統治を果たすことができなかった場所なんだ」
「怖いのか?」
「そうじゃない。ただ……落ち着かないのさ」
彼の腹の奥底では燃え上がる熱が激しさを増している。聖域が近くなればなるほどに、その激情は強くなっていくのだ。
その思いに支配されたとき、彼は同じ過ちを繰り返すだろう。
だから魔術師レムではなく、ルーデンス魔導伯として、ヴィレム・シャレットとして聖域を取らねばならない。
努めて冷静であろうとしていたヴィレムだったが、態度を軟化させる。
「もちろん、マーロくんが言いたいことはわかっているよ。領民を大事に思っているんだろう? まったく、素直じゃないな」
「それが統治者の責任だろ」
「その通り。それから、マーロくんが個人的に大切にしている尻尾も、無事に守ってみせるから心配するな」
「な、なにを……!」
「結婚式には俺も呼んでくれよ?」
ヴィレムはうろたえるマーロを横目に、伴侶であるクレセンシアの手を取る。
と、次の瞬間。彼は急に目を細め、眉をひそめた。
「敵に動きがあった。それじゃあ、マーロくんを守りに行ってくるよ」
風読みの魔術で敵を探っていたヴィレムは、朗らかな声音でそう告げる。けれど、その目はすでに敵を定めていた。
都市を出ると、二人はアバネシー領の領境に向かっていく。
敵がここを狙ってくるのはすでにわかっていた。アリスターが聖域を取ろうとしているのなら、レムをいまだに恨んでいるというのなら、まずはその脅威を排除しようとするに違いない。
そしてノールズ王国ではその土地に接しているのはアバネシー領しかない。
「千年の因縁に決着をつけてやる」
ヴィレムは気を吐いた。
おかげさまで明日10月31日に「転生魔術師の英雄譚」が店頭に並ぶことになりました。ありがとうございます。
書店さんによってはすでに並んでいるところもあるとのことで、すでに見かけた方もいらっしゃるのでしょうか。
WEBのほうは今年1月に連載開始したのですが、もうすっかり寒くなってきたことに、時間の経過を感じてしまいますね。書籍版ではようやく始まるところですが、こちらは佳境に入りつつあります。
いつもお読みいただいている皆様、ありがとうございます。最後までお付き合いいただければ幸いです。
今後ともよろしくお願いします。




