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三話 マリア

 玉座の間の扉が開かれる前に、ジクルスはエルフォードを自分より前に立たせた。当たり前のように臣下の礼をとられたことに、エルフォードは一抹の寂しさを覚える。今も昔も優しい兄はしかし、戦場に行ってからどこか変わってしまった。


 扉の両側に立っていた二人の兵士によって、重厚な造りの扉は開かれた。真正面にある玉座には、二人の父である国王アラン。隣の椅子には、王妃ロベリアが座っている。


 王子たちが膝をついて挨拶すると、ロベリアは穏やかな口調で侍女に二人分の椅子を用意するように指示した。歳は四十過ぎだが、この母には凛とした美しさと威厳がある。天然気味な妹とは正反対だ。

 エルフォードは顔を上げて、一段高い位置にある国王を仰ぎ見た。いつも思うのだが、父王と兄はよく似ている。勿論、年齢の違いは明確なのだが、真っ赤な髪や精悍な顔立ちは瓜二つで、二人が並ぶと、親子というよりは一人の壮年とその過去の姿を見比べているような気がするから不思議だ。もっとも、瞳の色が違うのだが。


 赤い髪といえばもう一人……、とエルフォードが考えかけたところで、アランが口を開いた。

「お前たちを呼んだのは、此度の戦後処理について報告があるからだ」

 母の表情がわずかに曇るのが、エルフォードには分かった。おそらく、ロベリアは先に知らされているのだろう。

 アランの側近の男が、エルフォードに書簡を渡した。アランもロベリアも頷くので、それを広げてみた。

「ケイオス皇帝臣下の礼をとり、皇女レインをウォールディア王国に献上す」

 美辞麗句の並んだ前置きをざっと飛ばし、要点を声に出して読み上げた。これで、斜め後ろのジクルスにも分かったはずだ。その先は速読しても、特に重要だとは思えない陳述のみだった。

 エルフォードが顔を上げると、アランは苦い表情で告げた。

「献上、だ。この意味は分かるな?」

 分かる。要するに、レインとかいう皇女は、この国の王族のきさきになるのだ。

 ウォールディア王国では基本的に、めかけは認められていない。王妃は三人までと決まっているが、王太子妃は一人だったりと、結婚には厳しい国なのだ。

 情の深いロベリアは、政治の道具にされる娘を思って気を重くしているのだろう。


「ケイオスの姫を迎える事は、この国のためになるだろう。冬が来る前に王宮に移らせるつもりだ」

 冬が来る前というと、あと一月ほどしかないじゃないか。随分ぞんざいな扱いをされる皇女様だな。

 マリアはまだ知らないんだろうなあ、と思っていると、それまで沈黙を守っていたロベリアが口を開いた。

「陛下の第三王妃にするか、貴方がたどちらかの妃にするかは、まだ決めていません。とりあえずは後宮に置こうと考えていますので、そのつもりでいてください」



 アランが席を立ち、玉座の脇にしつらえられた扉から出て行った。ロベリアもそれに続き、椅子を片付けた侍女たちもいなくなった。ぼんやりしていると、背後で兄も踵を返す気配がしたので、慌てて呼び止めた。

「なあ兄貴、レインなんて皇女、聞いたことあるか?」

 年頃の姫なら名前くらい知っていてもおかしくないのだが、エルフォードは聞き覚えがなかった。敵国の皇女なので、エルフォードの花嫁候補に入っていなかったのは分かる。しかし、隣接する国にしては妙だ。

 ところが意外にも、ジクルスは知っていた。

「ケイオス王都に程近い町に駐屯していたとき、噂で聞いた」

「へえ、どんな噂?」

「今上帝の庶子で、“神の愛し子(リィン・フィオ)”だと」

 どうせだからマリアに会いに行こう、ということで、並んで歩き始めた。

「リィン・フィオって?」

「ケイオスでは、銀の目の子供をそう呼ぶらしい。なにか秀でたものを持って生まれるから、“神の愛し子”だと」


 階段を下りる二人の王子を見て、数人の侍女が歓声を上げた。

 (兄貴は男前だからなぁ)、と呆れ半分羨ましさ半分でエルフォードは嘆息をつく。そんな弟を見てジクルスは、(いや、お前が注目されてるんだって)と思うのだが。普段は聡明なエルフォードも、色恋沙汰に限っては酷く疎い。

「じゃあ、レインって子供なんだ」

「いや、十八か十九のはずだ。大抵の“神の愛し子(リィン・フィオ)”は成長するにしたがって目の色が変わるんだが、ごく稀に、成長期が過ぎても銀眼の者がいるらしい」

 王子とはいえ、ジクルスは軍人に過ぎない。王位継承者で、より容姿の優れたエルフォードの方がよほど人気があるのだ。

 玉座の間から一旦城の外まで出て、北側に設けられた別邸に向かう。後宮だ。現在はロベリアとマリアだけが住んでいる。

 ちなみにエルフォードは東邸、ジクルスは兵舎で寝起きしている。城内にあるのは執務室だけだ。



―*―*―



 後宮の中庭に着くといきなり綺麗なソプラノの声が聞こえ、エルフォードは何かに正面衝突……否、抱きつかれた。

「エル兄様っ、よく来てくださいました!」

 黒く滑らかな髪に、華奢で小柄な体格。喜びに目を輝かせた顔はなんとも愛らしい。少女の足元では、数匹の子犬がじゃれ付いている。

 マリアだ。

 飛びつかれたエルフォードは、予想外の攻撃に後ろ向きにひっくり返りそうになるのを、ぐっと耐える。ここで倒れては、兄の面目が立たない。隣でジクルスが笑っているのが若干憎たらしい。

「よく俺たちが来ると分かったな」

「うふふ、ネイが教えてくれたんです」

 エルフォードから片手を離して、マリアは中庭の一角を指差した。その先には、大あくびをする一匹の黒犬。じゃれあう子犬たちの母犬だ。

 どういう理屈なのか、マリアは動物と会話することができる。


 可憐な妹はエルフォードから離れると、ジクルスを見上げて嬉しそうに微笑んだ。

「お元気そうで何よりですわ、ジクルス兄様。マリアはずっと心配していたのですよ」

 思わずジクルスの頬も緩んで、マリアの頭をよしよしと撫でた。

「すまなかった。どこぞの放蕩王子のせいで、忙しくてな」

 子犬の一匹が、キャンと吼えた。

 マリアは放蕩王子の正体に気づかなかったらしく、小首をかしげた。エルフォードと同様に童顔なので、十二歳という実年齢より、やや幼く見える。

 エルフォードは気づいて、小声で「悪かったな」と悪態をついてみたが、ジクルスは涼しい顔で知らぬ振りを決め込んだ。エルフォードがほっつき歩いているせいでジクルスの仕事が増えているのは、紛れもない事実だ。


 質素を好むロベリアの気質を反映して、 中庭に置かれたテーブルもこれといった細工はされていない。上質な木材を生かした椅子に腰掛け、三人はしばし雑談に興じた。

 冬が近いが、風を防いだ中庭は、日の光で暖かい。

「いいなあ、マリアも城下町で遊びたい」

「そんなにいい事ばかりでもないんだぞ。今日だって泥棒の集団に絡まれた」

 すねたように頬を膨らませたマリアを、エルフォードがなだめる。

 荒くれに絡んだのはエルフォードの方なのだが、この際黙っておく。

「でも、勇敢な女の子に助けてもらったんでしょう? 私、そのお方に会ってみたいなぁ」

 マリアが夢見る少女になったすきに、エルフォードは横目でジクルスを責める視線を送る。見事に無視された。どうやら、ラピスについて教えるつもりはないらしい。


(兄貴、俺が黙って引き下がると思ったら大間違いだぞ)

 半ば意地になったエルフォードは、自力で例の少女を探る決心をしたのだった。

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