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一話 ジクルスとエルフォード

2001.2.19 ジクルト⇒ジクルス に変更しました。ジクルトって誰やねん、と自己突っ込みしております。

 十二年続いた隣国ケイオス帝国との戦争がようやく終結を迎えたのは去年の暮れの話で、それからもう半年が過ぎている。長い戦争は両国の民を疲弊させたが、戦勝国ウォールディアの城下町は早くも活気を取り戻しつつあった。戦場に動員していた兵士たちも、ケイオスに駐留させた部隊を除いて帰還し、一時期乱れた治安も落ち着ついた。


 そんな昼過ぎの穏やかな時間、ウォールディア城内の一室に一人の青年がいた。

 先月二十歳になった第一王子・ジクルスだ。外見は王子に似つかわしくない。赤い髪は短く切られ、細身ではあるがよく鍛えられている。腰に帯びた剣も王侯の用いるデザイン性の高いものではなく、軍人さながらの無骨な物だ。現にジクルスは軍に籍を置いており、大抵の騎士よりも腕が立つ。

 しかしウォールディア城は現在、戦後処理にあわただしい。王位継承権を破棄した軍籍の王子も、政務に借り出されているのが現実だ。ジクルスは目の前に高々と積み上げられた書類から、金色の双眸そうぼうをそっと逸らした。が、現実逃避をしても減ることもない。結局、剣を握って硬くなった手に再びペンを持ち、黙々と書類を片付け始めた。


 ケイオス帝国は、ウォールディア王国の倍の人口と三倍の国土を誇る大国だ。しかし、国土の大部分が乾燥した赤土で覆われており、水資源に乏しい。一方でウォールディアは、地下水や河川が豊かだ。十二年前に時のケイオス皇帝がウォールディアに宣戦布告をしたのも、ウォールディアの水資源を求めてのものだった。

 国力では王国が圧倒的に勝っていたが、軍隊の規模は違った。当然ながら大国ケイオスの方が数で勝り、戦争を長引かせたのだ。


 戦争をようやく終わらせたことで、ウォールディア宰相はそれまでの疲れが一気に出たらしい。終戦後半月で倒れ、現在も療養中だ。ジクルス自身は戦場で戦っていたのだが、生来の丈夫さが災いし、帰還後も仕事が回されることになった。

 午前中は椅子に座ったジクルスの目の高さまであった書類も、どうにか半分ほどになった。任されたのはあまり難しい判断の要らない案件なのだが、そんなことなら文官にやらせろよとジクルスは思う。時折混ざっている軍部絡みの報告書や陳述書だけが専門分野だ。

 城下町における治安の報告書に目を通したところで、窓の外から声がした。

「やっぱり兄貴は、宰相になるべきだと思う」

 聞き慣れた少年の声に、ジクルスは視線を上げる。

「エル、ここは二階だ。目立つから入って来い」

「じゃ、お言葉に甘えて」

 軽い身のこなしで窓枠を乗り越えた少年の名はエルフォード。ウォールディアの第二王子だ。ジクルスが王位継承権を破棄した瞬間から、時期国王とされている。

 十五歳にしては幼く見える顔立ちは、エルフォードの五つ年下の妹・マリアとよく似ている。二人とも黒い髪に深緑の瞳で、第一王妃に似た容貌は名高い。

「なあ兄貴、少しサボって遊びに行かないか? マリアが寂しがっている」

「お前が手伝えば、堂々と妹に会いに行けるんだがな」

 ジクルスは第二王妃の子だが、腹違いの弟妹との確執はない。第一王妃ロベリアと第二王妃イベリアは姉妹で、仲も良かった。その上、イベリアは十六年前に病死した。当時四歳だったジクルスにとって、ロベリアは母同然の存在になっている。


「いいじゃないか。どうせ戦後処理やらが終わったら俺は王太子だ。嫌でも働かされる。それに、兄貴は自分で思っているよりも優秀な宰相になれると思うぜ」

 エルフォードは、ジクルスの前ではかなり世俗的な口調で話す。度々連れ立って城下町で遊んだ結果だ。

「俺は剣しか能のない人間だ。宰相になったら国が傾くぞ」

「とか言いつつ、仕事の手を止めないあたりが優秀な証拠だろ……。とにかく、サボろうがサボるまいが、マリアはに会いに行ってやってくれよ。戦争に行っちまった兄貴のことを心配してたんだから」

 そう言われれば、最後に異母妹の姿を見たのは数ヶ月前だ。

「善処する」

 ジクルスの返事にエルフォードは納得こそしなかったが、これ以上話しても無駄だと判断したのか、扉から出て行った。部屋の外で警備をしていた兵士が、「エルフォード殿下、いつの間に!?」と驚くのが聞こえた。


 独りになったジクルスは、精悍せいかんな顔を曇らせてため息をついた。

「マリアになら会いに行けるんだがな……。同じ妹でも、随分違うものだ」

 ジクルスには、もう一人の妹がいた。こちらは両親を同じくしている。しかしその存在は隠されていて、王宮で彼女の存在を知る者は、ジクルスとロベリアだけだ。国王すら知らない。

 今年で十六歳になる、ジクルスと同じ赤い髪に金色の髪をもつ少女。顔は知らない。住んでいる場所どころか生きているのかすら、ジクルスには分からなかった。

「母上、ウォールディアは平和になりました。それでも、あの子の幸せは身寄りのない市井にあるのでしょうか」



―*―*―



 エルフォードが去ってから数時間が経った。黙々と書類整理を続けていたジクルスは、首が痛くなって顔を上げる。すると、タイミングよく部屋の扉がノックされた。

「入れ」

 肩を回しながら許可を出し、実際に誰かが入ってくる前に姿勢を正しておく。

 客は文官だった。ジクルスと同じ位の年齢に見える。職業病的な観察結果も付け加えておくと、リーチはそれほど長くなく、筋力は乏しそうだ。

「失礼します。その……陛下が、議場でお待ちです」

「了解した。すぐ向かう」

 また面倒なことになった、と内心で思うジクルスの苛立ちを察したのか、文官は落ち着きなく視線を彷徨さまよわせた。ジクルスは武官からの信頼は厚いのだが、文官との接触はほぼない。その癖に戦場での活躍の噂ばかりが一人歩きし、若干恐れられている始末だ。

 おそらく若いからこんな役回りを押し付けられたのであろう文官青年に、ジクルスは少しだけ同情した。ので、退出を許す前に一言聞いておく。

「お前、エルフォードも呼ぶつもりか?」

「はっ」

 見事な気をつけ(・・・・)の体制で、上擦った声を出された。別に、軍式の返事を要求したつもりはないのだが。

「あいつは多分、城じゅう探しても見つからない。俺が呼んでおくから、お前は仕事を済ませたことにしておけ」

「はっ!……い?」

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