第11話 純真無垢な姫
辺境伯家屋敷のロビーに、王宮騎士たちが立ち並ぶ。
そして騎士たちに守られた一人の少年が、我が父バッドワルド・エルニズムと対峙していた。
「お久しぶりですな、バッドワルド卿」
金の髪に整った顔立ち。いかにも王族らしい豪奢な服装。
そして隠しきれない軽薄、かつ傲慢な態度。
俺はその顔を知っていた。
ヴァーカス・ギル・ウェンロッゲ第三王子。
ゲーム本編では聖女アイサを無理やり連れ去り、婚約者であるアークヤ・クレイ・ジョーデス公爵令嬢を突然婚約破棄した、絵に描いたようなバカ王子だ。
「これはこれは第三王子風情がこんなクソ田舎になんの用だ。腹でも壊してクソしたくなってトイレを借りにきたのなら貸してやるからゲリクソひり出してとっとと帰れ」
父上の暴言が炸裂した。
なお父上の言葉を翻訳したなら、「ようこそいらっしゃいました殿下、どのようなご用件でしょうか」である。
周囲の騎士たちが一瞬で顔色を変えた。それはそうである。王子様に対する臣下の言葉ではない。
しかしヴゥーカス王子は……怒るわけでもなく、笑った。
「ははは、卿は相変わらずですね。辺境伯という重要なポジションだから許されている幸運をかみしめていただきたいものです。心の広い父上に感謝してほしいものですな」
王子の笑顔は表面だけだ。目が笑っていなかった。
「はっ。文句があるならあのボケ王に言えよクソガキ。パパにおねだりは得意だろ? いじめられたんでちゅあの辺境伯を処刑ちてくだちゃいーってよ。まあそんなことが起きたら王国はガッタガタだがな」
その場の騎士全員が石になった。
俺でもわかる、空気が最悪である。
いや、初めて知ったよ。父上は外でもああとは聞いていたけど、王族、王子にもこのスキル全開で話しているのか。そしておそらくは国王も言ってそうだ。
本当によく胴と首が繋がっているものだ。
王子の笑顔もひくついている。
内心激怒しまくりなんだろうな。ちょっと王子に同情した。
「……ふん。話を戻すが、こちらに寄ったのは視察の他にもひとつ要件があっりましてね」
「トイレ借りに来たんじゃないってことは、漏らしたんで替えの下着でももらいに来たか? ゲリ便まみれで城には帰れねぇよな確かに」
「そっちから離れてください辺境伯。よほどそういった話題が好きなようで」
「てめぇにレベル合わせてんだよわかれよ」
「はははははははは」
「はははははははは」
……。
この場から一刻も早く逃げたい。
「で、ですね。ほら、辺境伯の御子息が我が妹の婚約者の一人となったではないですか」
「そういう話もあったな、あのボケ王が勝手に決めたクソ迷惑な話だが」
「ええ、我が妹の相手が田舎の辺境伯の御子息などと不釣り合いにも程がありますが。
そして決定して数年、いまだに挨拶にも来ないと聞く。どういう了見ですかな」
「……挨拶に行く予定は立てているんだが、我が息子はそうなるたびに持病のうんこぶりぶり病を拗らせましてなあ」
何だその病気。というか父上いい加減そっちの下ネタから離れようよ。
まあ、挨拶にいかないのは俺と父上の合意ではあるが。
俺のこのセクハラスキルが炸裂してはいろいろと不味い事になるからな。
しかし王子はニヤリと笑う。
「そう聞いてな。慰問と挨拶に越した次第というわけですよ」
そして王子は手を上げて合図をする。
騎士たちが列を開け、そこから一人の少女が進み出て来た。
年齢は俺と同じくらいか、十歳前後。
淡い金色の髪。澄んだ青い瞳。
いかにも高貴な雰囲気をまとっているが、どこか物静かな、はかなげな少女。
リンセ・スプー・ウェンロッゲ。
ウェンロッゲ王国第一王女。
俺の……婚約者である。
正しくは、俺が彼女の婚約者の一人、であるが。
七人の婚約者が争い、そのうちの選ばれた一人が王女の婿となれるという、面倒くさい風習である。
ゲーム本編では、主人公キットがエドワルドを倒して代わりに婚約者の一人となるルートがあるのだが……。
正直、会いたくはなかった。
ゲーム本編では、エドワルドのセクハラに悩んだリンセ姫の哀しみを晴らすために熱血主人公キットがエドワルドに決闘を挑み、打ち倒す。
つまり彼女を悲しませたことがエドワルドの破滅に繋がる……なので、ずっと会わなければ彼女はセクハラに苦しむ事は無く、場合によっては無礼だと怒って彼女から婚約破棄してくれるかもしれない。
だからずっと理由をつけて王都に行かなかったわけだが……。
まさか、彼女の方から会いに来るとは。何てことしてくれたんだバカ王子。
「これはこれは姫殿下まで」
父上がリンセを見て言った。
「会いにいかない愚息の顔面に蹴りでも入れるために来られたのですかな? だとしたらどうぞどうぞ思う存分蹴飛ばしてやってくだされ」
父上の半ばあきらめの声に、王子が言う。
「婚約者候補の一人として、姫に卿の息子殿と引き合わせるよう父上から命を受けました。ついでに辺境の魔族の動向調査も兼ねておりますが」
魔族の動向調査。
その言葉に、俺はちらりとメイジーメイ先生を見た。
……耳は隠しているのでバカ王子は気づいていないようだが。
「エドワルド」
父上が俺を呼んだ。
「挨拶しろ愚息が。末代まで恥を晒すなよ」
きちんと挨拶をしろ抜かるなよ、ということだろう。
大丈夫だ。
俺はこんな時のために日々頑張ってきたのだ。
俺は前に出た。
深呼吸する。
言葉を選ぶ。丁寧に、慎重に、礼儀正しく。
「初めまして、麗しの王女殿下」
よし、滑り出しは完璧だ。
さあ――
「噂にたがわず見ていて劣情を抑えきれないエロい佇まいに愚息が収まりません。わざわざ来ていただけるとはまさに鴨がネギしょってやってきたようなもの、処女のまま帰れると思わないでください」
………。
はい、これ死んだ。
場が完全に凍りついた。
侍女たちが青ざめる。騎士たちが剣の柄に手をかける。父上はため息をついた。ヴゥーカス王子は笑顔のままではあったが……。
俺は目を閉じた。
父上、母上、トゥーン、先生、リル。
短い間だったが楽しい人生だった。
「ええと……はい、よろしくお願いいたします、エドワルド様」
だが、リンセ王女は動じることなく会釈してきた。
……ん?
俺は改めて彼女を見る。
……綺麗だった。ゲーム本編でも美少女だったが、実際に見るとこうも綺麗なものなのか。
そして、彼女の瞳には……嫌悪も、羞恥も、そして……演技の気配も無かった。
俺は、理解した。
この王女様、性的に無知なのだ。
「ひっ、姫様……」
侍女の一人が引きつった顔で何か言おうとした。
王女は首を傾けたまま俺を見ている。
「病弱と聞いていましたが、お元気そうでよかったです」
にっこりと笑った。
本物の笑顔だった。
社交辞令ではない、素直な笑顔。
俺は……なんと返せばいいかわからなかった。
いや、わかっている。丁寧に、礼儀正しく返せばいい。
「はい、おかげ様で愚息もビンビンです」
言い直せなかった。
リンセ王女は再び小首を傾げた。
「ぐそ……く? びんびん?」
「姫様!
侍女が割り込んできた。
「こちらの方はその……独特のご挨拶をなさる方でございまして、深い意味はございません、どうかお気になさらず!」
侍女が必死だった。
その様子を見て、俺は一つの事実に気づいた。
この侍女、王女に説明したくないのだ。
つまり……王女を守ろうとしている。
ならば俺も、この侍女に感謝するべきだろう。
「侍女殿、ありがとうございます。この感謝、身体で返させていただきます」
「いりません!」
侍女が叫んだ。
その横でリンセ王女は不思議そうに首を傾けたまま、俺をじっと見ていた。
その目は怖がってもいないし、嫌悪してもいない。
ただ、純粋に不思議そうにしているだけだった。
……この展開は、予想外だ。
ゲーム本編ではあんなに嫌われていたのだが。
これはゲームとこの世界の差異なのだろうか。
それとも……また10歳という少女だからか。
まあ思えば、前世の成人だった時の記憶があり――それでも享年は20代だったけど――そしてスキルによってエロワード連発しているこの俺がおかしいだけで、普通は、特に貴族や王族ではセクハラ下ネタから距離を置いて育てられるのは当然かもしれない。
うむ、おかしいのは俺なのだ。当たり前だけど。
だがしかし、この展開は……悪くないのかもしれない。
このまま純粋培養で育ってくれれば。
好感度が下がらないで済むのではないだろうか。
光明が見えてきたのかもしれない。
その時だった。
「エドワルド卿」
ヴゥーカス王子が口を開いた。
ニヤニヤと気色の悪い笑みを浮かべている。
「ご挨拶は結構ですが……卿の家庭教師に魔族がいると聞きましたよ。それは本当ですかな?」
空気が変わった。
俺はメイジーメイ先生を見た。
先生はにっこりと笑ったまま、静かに立っていた。




