第1話 転生したら死にたくなった
どうやら俺は、物心ついたころには前世の記憶が戻っていたらしい。
気が付けばこの世界に赤子として存在していた。前世で日本人として暮らしていた記憶はあるが、しかし生まれ変わったからには前世の出来事、前世の人格にこだわるつもりもない。
俺の死因はなんだったか……そんなのもどうでもいい。
俺は新しい人生をここで始めるのだ。
今、自分は二歳か三歳といったかんじか。ようやく言葉が喋れるくらいだろう。
周囲には、両親とそして使用人たちがいる。
さあ、初めての言葉をしゃべろう。そして両親やみんなを驚かせ、喜ばせるのだ。
まずは、身体を起こし、立ち上がろう。
「よっこらせっ〇す」
……今なんて?
今俺は何を言った?
よいしょ、とつい口に出た。それがなんて?
よーしおちつけ、あらためてちゃんと。
「おっぱいがいっぱい♡」
……。
ちょっと待て。
いやちょっと待て待て待て。
俺は今何を言った。
確かに母親や、使用人――メイドたちが何人かいるけど。
おっぱいがいっぱいはねぇわ。
いや、ここは挨拶だ。おはよう、と言うのだ。
「おっぱいよう♡」
違う。
いやまて、何だこれは。俺の口は何をしゃべっている!
とにかく、落ち着いて俺の母親に挨拶を。彼女を呼ぶのだ、ママ、と。
「ま〇こ」
……。
生まれて二、三年。物心ついたその日に俺は死にたくなった。
◇
そしてしばらくが過ぎた。
わかったことがいくつかある。
まず、俺が生まれた所。てっきり外国かと思ったがそうではなく、外国どころか……別の世界だった。
ウェンロッゲ王国という、前世の地球では聞いた事のない国名。だけど聞き覚えのある国名。
ウェンロッゲ王国……。
エルニズム辺境伯家。
そこで俺は思い出した。
――これ、あのエロゲじゃねえか。
前世でプレイしていたゲーム……成人向け、いわゆるエロゲ―と呼ばれるゲーム、「ウェンロッゲ王国戦記」の世界だった。
そして俺の名は、エドワルド・エルニズム。
俺の記憶にもあったその名は、そのゲームで主人公キット・マージメンの前に立ちはだかる悪役貴族の名前だった!
それはいい。まだいい。
しかし、ああしかし!
この世界にはスキルというものが存在する。そして俺のスキルは……
【エロワード・エロリズム】。
喋る言葉が悉くエロい言葉に変換されてしまうという呪われたユニークスキルだった。
ふざけんなよ。
ああ、記憶ではエドワルドは出てくるととにかくエロい言葉発する猥談野郎で、ユーザーからついたあだ名がまさにエロワード・エロリズムだったな!
そういうことかよ!
そしてエロワードもといエドワルドはその猥談が元で婚約破棄され主人公に倒される。口は災いの元ってか、ふざけんなよ。
それでも俺は、産まれてしまったからにはこの世界で生きるしかない。
だけど、破滅する運命なんてごめんだ。
なんとかして――この運命を変えないといけない。
そう、俺がこの世界で生きるために。
「そう、俺がこの世界でイくぅ♡ために」
……。
死にてえ。
◇
数年が勃った、もとい経った。
俺は十歳になった。
妹も生まれた。妹トゥーンは今八歳である。
家族仲は良好だ。
今日も家族が仲良く顔をそろえての朝食が始まる。
俺はメイドに手伝ってたもらいテーブルにつき、愛する家族へ長男としての爽やかな挨拶を放った。
「はっ、父上の股間のぶっとい大蛇、毎朝ビンビンに勃ち上がってて尊敬しますよ。かくありたいものですなあ。
トゥーンも朝から淫らなロリボディを惜しげもなく晒して、今すぐベッドに押し倒したくなる気持ちを耐えるのに大変ですよ、誘っているのですかエロ妹。
母上、今日の汁はいつにもましていやらしくヌラヌラと光ってますね、たまりません」
言ってて死にたくなった。
今日も我がスキル【エロワード・エロリズム】は絶好調である。
翻訳しよう。
父上、今朝もお元気そうで何よりです。
トゥーンも相変わらず可愛いな、今日も良い一日になるといい。
母上、いつも美味しいスープをありがとうございます、いただきます。
これが俺の言いたい事である。
しかし俺の口は盛大に全方位へセクハラと近親相姦と尊厳破壊をばら撒いた。
言った直後に舌を噛み切って死にたくなるが、これが俺の日常だ。お先まっくろ乳首、もといお先真っ暗である。
だが、エルニズム家の長たる父親、バッドワルド・エルニズム辺境伯は、この程度のセクハラには微動だにしない。
厳格な顔つきで腕を組み、俺を睨みつけた。
「フン、まだ生きてたか愚かな愚息が。いちいち生意気な面を見せおって。
……おい女、とっととそのしょっぱい肉を持ってこいグズが」
十歳の息子にかける言葉とは思えない暴言である。
だがしかし、落ち着いて意図を読み取り翻訳してみると、つまりはこうだ。
おはよう、我が愛すべき息子よ。今日も健やかで本当に嬉しい。
妻よ、そこの美味しいベーコンを取ってくれないかい? 急がなくていいぞ。
そう、見た目はただの極悪非道な暴君貴族だが、中身はちゃんとした家族思いの父親である。
それが何故こんなことを言っているのか……
ユニークスキル、【バッドワード・ヘルリズム】。
俺の父は、やはり俺と同じようなクソスキルの持ち主であった。
俺も最初は面食らって泣いたものだ。だけどもう慣れた。
すると今度は、俺の隣に座っていた妹のトゥーンが、フォークをガタッと鳴らして立ち上がった。
「お、お兄様は朝から本当に気持ち悪いんだから! そんなふうにセクハラされても嬉しくも何ともないんだから!
だいたい誰がお兄様のために毎朝早く起きて髪型をセットして、お揃いのリボンを選んだと思ってるのよ! 勘違いしないでよね、私、お兄様のことなんか世界で一番大嫌いなんだから! 死ね!」
これはわかりやすい。
ツンデレである。
そしてやはり、スキル【ツンデレワード・ツンリズム】というスキルを所持してしまっている。
「死ね」と言いながら、彼女の顔は熟れたトマトのように真っ赤で、潤んだ瞳で俺を見ている。俺がにへら……もとい、にっこりと笑うと慌てて目を背ける。うん、見事なまでのツンデレだった。
まあ、傍から見たら地獄みたいな会話だけど。
この、文字通り言葉のドブ川のような会話が飛び交う食卓。
普通の人間なら精神が崩壊する空間だが、このエルニズム辺境伯家には、すべてを受け止める最強の「盾」がいた。
「ふふ、今日もみんな仲良しで、ママは本当に嬉しいです」
微笑むのは、我が母、スーナ・エルニズム。
外国から嫁いできたため、この家の狂った言語スキルを唯一持たない、素直でおおらかな聖母。
母さんは、父の前に丁寧にベーコンエッグを置き、トゥーンの頭を撫で、そして俺の前に温かいスープを差し出した。
「はい、エドワルド。お母さんの愛情がたっぷり詰まった特製スープよ。たくさん召し上がれ。あなたも、お仕事大変だけど今日も頑張ってね。トゥーン、お兄ちゃんにおめかし気づいてもらえて良かったわね」
完璧な翻訳。完璧な包容力。
エルニズム辺境伯家が破綻せずに領地を統治できているのは、間違いなくこの母親のメンタルのおかげだった。
「ふん、外にはとても出せない味付けの餌だ(うむ、家族で独り占めしたいくらいに美味しい朝食だな)」
父が不器用そうにベーコンを口に運ぶ。
「だ、誰も気づいてほしいなんて言ってないもん!バカ兄貴!(お母様、お兄様に伝わってて嬉しいです!)」
トゥーンが顔を伏せてスープをすする。
うむ、立派な一家団欒だった。
いや、慣れたとはいえ疲れるけど。
ともかく日頃の感謝の気持ちを伝えるべく、俺は母さんに向かって、最高の笑顔で親指を立てた。
「母上、このスープ、本当に極上の愛液みたいにトロトロで熱くてねっとりと最高です」
……。
毎朝の事ながら、軽く死にたくなった。




