第1話:ひとりぼっちの薬師
森の奥には、小さな小屋がある。
人は、ほとんど来ない。
来るのは——
「……また来たの?」
窓辺に浮かぶ、小さな光。
それは、精霊だった。
ふわり、ふわりと揺れて、まるで返事をするみたいに瞬く。
「……今日は元気そう」
少女は安心したように、ほっと息をついた。
名前は、ユノ。
まだ小さな薬師だ。
背丈は低く、手も小さい。
でも、その手は、誰かを助けることだけは慣れていた。
「お水、替えてあげるね」
机の上には、小瓶が並んでいる。
乾かした薬草、刻んだ根、すり潰した葉。
どれも、ユノが森で集めたものだ。
精霊は、その上をくるくると回る。
「だめ、これはまだ使えないよ」
指で軽くつつくと、光は不満そうに揺れた。
ユノは少しだけ笑う。
人と話すより、こうしている方が、ずっと落ち着いた。
人は、怖い顔をする。
この森に住んでいるだけで、距離を取るから。
「……でも、みんなは来てくれるよね」
精霊は、いつも通りそこにいる。
嘘をつかない。
嫌いなら、近づいてこない。
だから、わかりやすい。
ユノは棚から薬草を一つ取り出した。
「今日はね、これを試すの」
葉を刻みながら、小さくつぶやく。
「傷に効くの。たぶん」
“たぶん”でも、試すしかない。
ここには、本も、先生もいない。
全部、自分で確かめるしかないから。
こつ、こつ、と。
包丁が木の板を叩く音が、静かな部屋に響く。
そのときだった。
——ぴたり。
精霊の動きが、止まった。
「……?」
ユノも手を止める。
空気が、変わった。
さっきまでのやわらかい森の気配じゃない。
重くて、冷たい——
「……なに、これ」
窓の外を見る。
木々の隙間。
その奥に、黒い“なにか”が揺れていた。
霧のようで、でも違う。
もっと粘つくような、嫌な気配。
精霊が、怯えたようにユノのそばへ寄る。
「……こわいの?」
光は小さく震えた。
その様子を見て、ユノの胸がきゅっと締まる。
精霊が怖がるものは、大抵よくないものだ。
「……行かないと」
ぽつりとつぶやく。
怖い。
でも——
「放っておいたら、もっと広がる」
小さな手で、薬を袋に詰める。
まだ完成していないものばかり。
それでも、持てるだけ持った。
扉の前で、一度だけ立ち止まる。
精霊たちが、ふわふわと周りを囲む。
「……一緒に来てくれる?」
光が、ひとつ強く瞬いた。
それだけで、十分だった。
ユノは扉を開ける。
森の空気は、いつもより重い。
遠くで、何かが苦しむような気配がした。
「……だいじょうぶ」
自分に言い聞かせるように、小さく言う。
そして——
小さな薬師は、森の奥へと足を踏み出した。




