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名ばかり聖女の覚醒~聖女は生贄なんて聞いてません  作者: 南の月
第二章 霧の海

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第46話 マキレスと聖女

「今日から本格的にやるよ!」


ゼルシェ婆さんが言った。

望むところだ。すっげーワクワクしてきた。

婆さんは小型の見慣れない道具を持っている。筒に持ち手が付いている小さい道具だ。

それを使ってどんな訓練するんだろうか。

そう思いながら、婆さんについていく。


ついて行った先には、上下にタンクが二つ連結した大きな機械があった。

なんだこれ。

婆さんの説明によるとここは、海水を真水に変える装置らしい。


「まずは、このタンクいっぱいまで水を汲むこと。それが今日の課題だね」


上段に置かれた俺の背より大きい貯水タンクを指さして婆さんが言う。

これを満タン……?

「はい、これ使いな」と婆さんがでっかい樽を手渡した。

樽で海から水を汲んで、ここまで運んで、あの貯水タンクに入れる。

何往復だよ!?


それでも、樽を持ってのろのろと足を海の方へ向け始めたその時、後ろからパァンと音がして、背中に何かが当たった。


「いってぇぇー」


振り返ると木の実が落ちていた。そろりと顔をあげる。

ニヤリと笑ったゼルシェ婆さんの持つ小型の道具から、パァンとまた木の実が飛びだした。

危なっ!

俺は樽を持って走り出す。

パン、パンと後から木の実が追ってくる。

木の実と侮るなかれ。当たると結構痛い。いや、めっちゃ痛い!

だから俺は走る。当たらないように全力で。

あっという間に海辺に着き、樽に水を入れて戻ってくる。


「たらたら走ってたら容赦なく撃つよ!」


ゼルシェ婆さんの声を聞き、樽を担ぎながらも走る。

貯水タンクに入れるため、階段を上って、樽からタンクへ水を移す。

樽が空になったら、また全力疾走だ。

俺は足の力だ。

だから、速く走ることはできる。

けれど、持久力があるかというとそれは別問題なんだよなぁ。


せっせと運ぶ。運ぶ、運ぶ。水を担いで運ぶ。

やっと半分だ。

ヘロヘロになりながら、また走る。

水を担いで走る。

あーもう無理! と貯水タンクに水を移して地面に寝転がった時、「ゼルシェさん!」とルシアの声がした。


はぁはぁと荒い息を吐きながら、目だけそっちを向く。

オルビーとルシアが盥を持ってきていた。


「ご苦労さん。それに使う分くらいは溜まっているから使っていいよ」


ゼルシェ婆さんのそんな言葉を受けて、オルビーが貯水タンクの横のレバーを下げ、ボタンを押す。

シュコー、ザーと言う音が聞こえてくる。


「何やってんの?」


下の貯水タンクの前に歩いてきたオルビーに声をかける。


「洗濯っす!」


そう言いながら、オルビーは下のタンクについている栓を抜く。

勢いよくタンクから盥に水が出てくる。

あぁ、俺が汲んできた水。

それからルシアとオルビーはシーツやタオルなどの大物を、石鹸を付けて洗い、汚れがひどかったのか水を替えてもう一度洗い、最後のすすぎにまた水を使い、「レネがんばるっす」と言って干しに行った。


海に行って、水を汲み、樽からタンクに水を移すときにタンクの中を覗き込む。

半分溜まっていたはずのタンクがすっからかんになっていた。

婆さんが、下のタンクの栓を抜いて、大きなジョッキに水を入れてくれる。


「ほら、一杯飲んで。もうひと頑張り」


鬼……。

ウォールディンが言っていた意味が分かった。確かにゼルシェ婆さんは陸海の冒険者たちも恐れる最恐の婆さんだ。

それから俺は走り続け、婆さんは撃ち続け、夕方ごろにようやくタンクはいっぱいになった。


ヘロヘロになりながら部屋に向かって歩く。

婆さんは終わったらさっさと帰っていった。


「レネ」


家の前にルシアが待っていた。


「どうした?」

「あのさ……体どうもない?」

「ん? いや疲れすぎてヘロヘロ」

「そ……っか。頑張っているもんね。あ、もうすぐ夕食だよ」


ルシアはそう言って帰っていく。それを言うためだけに待っていたんだろうか?

なんか変な感じがして首をかしげる。

部屋に戻り、水浴びをする。

上を向けば、水が入った樽が設置されている。レバーを回すことで、上から水が落ちてくる仕掛けだ。

あれも、空になったら俺が今日汲んできた水を入れるんだよな。

そう考えれば自然と早めにレバーを止めた。

うん。これからは大事に使おう。水は大事、水は大事。

急いでタオルをとって、体をふいている時、ふと視界の端に黒いものが見えた。

疲れてんのかな。

もう一度腕を見る。二の腕の内側に二つ黒い斑点があった。

あ、腹にも少し。

なんだ? これ。

シミのような黒い斑点は押しても痛くはない。

結局俺は、ミュンダーでは見えなかっただけで昔からあったのだろうと結論付けた。


翌日、一週間の航海から冒険者たちが帰ってきた。

姿が見えないと思っていたチリーは今回陸の冒険者たちと一緒に行動していたらしく、陸の冒険者たちまでもが「チリ、チリ、チリー!」と大盛り上がりだ。

チリーがビュルマの言葉を伝えられるので、連携がいつもよりスムーズで狩りの成果もいつもより多かったらしい。


「あれ? バルジスさんは?」


大きな姿が見えないので、ダッチに聞く。


「バルジスさんはギルドへの報告に行っている。本当は冒険者って言うのは、討伐したらすぐに報告しなきゃなんねーんだけど、ここは遠いだろ? だから、定期的にまとめてバルジスさんが報告してくれんだ。次の時に一緒に帰ってくる予定さ。それよりレネはどうだった? 島の生活慣れたか?」

「あぁ、ゼルシェ婆さんにしごかれて毎日ヘロヘロ。あ、言い忘れてた。帰って来て早々悪いんだけど、残念な知らせがある」


なんだよとダッチが深刻そうに聞き返す。


「オルビーがなんかよくわからんものをいっぱい買って、部屋が埋め尽くされてる。今日はまず掃除からはじめねーと、三人寝る場所はない」

「ああー! オルビー! 俺、今度の個人注文ハンモックにしよう。そしたらどんなに床が汚れていても寝床だけは確保される」

「それいいな」


三人がかりで片づけ終わったら、恒例の宴だ。

今回は前回と同じ失敗はしないよう酒はなし。

肉、肉、肉の宴だった。

オルビーが言っていたマキレスの歌も聞けた。


オルビーからマキレスの話を聞いたからか俺の中のマキレス像が揺らいでいく。

強大な敵である魔王に、たった一人で真っ向勝負! 

すっげぇカッコイイと思っていた。

でも……オルビーたちにとっては違うんだな。

誰もついてきてくれなかったマキレス。

もう起こってしまったことに「もし」なんて言っても仕方ないけど、ここにいる奴らは一人で戦いに行ったマキレスを憂いてる。

もし俺らがあの時代に生きていたなら、絶対一人で行かせやしなかったと。

強大な敵なら、たった一人に背負わすんじゃなくて、みんなで取り組まなければならなかったんだと。


確かにそうだよなぁと思いながら、なんだか胸がざわざわする。

何だ、何だと考えていると、ルシアが「真剣な顔だね」と肉を差し出してきた。

「くれんの?」「うん、肉料理あんまり得意じゃない」というどうでもいい会話をして、唐突に気が付いた。

あぁ、俺もマキレスの時代の奴らと一緒だったからだと。


ミュンダーに住む全ての人にとって、闇はどうにかしなければならない大きな課題だった。

それなのに俺らはあの予言が出てから、闇に関しては聖女様の仕事と何もしてこなかった。

強いんだから魔王をよろしくと丸投げされたマキレスと闇を晴らせるのは聖女様だけと闇の全責任を負った聖女様。

勝手に役目を決められ、逃げ場もなく、死地に追い込む。

俺らはそれを見ないふりしてたんだ。


今日も海と陸の冒険者たちは酒を飲み、肩を組んで、歌いだす。


――待っていろ マキレスよ

もう一人で 行かせはしない

魔物も 闇も ぶちやぶって

みんなで 酒盛りをしよう


そうだ、俺も。

もう一人でなんか絶対に行かせない。


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