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名ばかり聖女の覚醒~聖女は生贄なんて聞いてません  作者: 南の月
第一章 闇の国

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第2話 名ばかり聖女

「聖女様、おはようございます」と言って、神官アスラが室内のろうそくに火を入れ、部屋を明るくした。

アスラが来た気配で起きた私も「おはよう」と挨拶をしながら、今日もカーテンを開けに窓辺へ向かう。


一日で一番嫌な時間だ。

けれど、もう昔のようにドキドキなんかしていない。

お願いしますと祈るような気持ちでもない。

どうせ外は暗いんでしょと思っている。

カーテンに手をかけ、さっと外をのぞき、少しだけ窓を開ける。

やっぱり外はいつもと同じく暗かった。


あれは六歳の時。

私は自分が予言の聖女であることを聞いた。

いつか私がこの国の闇を晴らすのだと。

それを聞いた私は、「みんなの為に頑張ってお祈りするね!」「私が闇を晴らしてあげるからね」なんて言っていたけど、毎日祈ってもちっとも闇は晴れなかった。


自分が予言の聖女と知って五年。私は十一歳になった。

最近、少し居心地が悪い。

ずっと私のお世話をしてくれているアスラや神殿の長のジジ様はいつもと変わらず優しい。

ただ、ちょっとだけ。ちょっとだけ違和感。

昔はアスラの他にももっとお世話をしてくれる女性がいたのに、今はアスラだけ。

部屋の外で会う聖騎士や神官たちからも、昔はもっと「聖女様!」と声かけられ、時に手を握られ、涙する人までいたのに、今はもうない。儀礼的に挨拶を返してくれるだけ。

なんでかなぁ。

やっぱり、私がまだ能力を発現できていないからかな。


一年前、祈りの間に行く途中で聖騎士たちが「さすがに聖女様ももうすぐ力を発現するんじゃないか」と言っていたのを聞いた。

「遅いよな」とも。

その時初めて他の人は六歳ごろから能力の片鱗が現れ始めることを知った。

その言葉を聞くまではいつか闇を晴らせるだろうと楽観的に考えていたけれど、それからは毎日祈りの前には「今日こそ闇を晴らすことができるはず」と思い、寝る前には「起きたらきっと闇は晴れているはず」と願いながら眠りについた。

いつの間にか私、とても焦っていた。


毎朝カーテンを開けてまだ闇の中にいることが分かると、まだ暗いとがっかりしたり、できなかったと泣きじゃくったりするようになった。

そんな時アスラは必ずこう言った。


「聖女様はお小さいですから、力が足りないのでしょう。大きくなればきっと出来ますから、今日も祈りの練習をしましょうね」


ジジ様に聞いたこともある。

「どうやったら、闇を晴らせるの?」って。

ジジ様は一瞬困った顔をしたけれど、膝をついて私に話してくれた。

赤子が立てるようになるように、能力は自然に発現するその時まで待つしかないこと。

私のような闇を晴らす能力は今までいなかったからよくわかっていないこと。

だから祈りながら待つしかないこと。


「じゃあジジ様は、私の能力が早く発現しますようにって祈っているってこと?」

「そうですね……。私は聖女様が幸せに、素敵な大人になれますようにって祈っていますよ」

「なれるわ」

「そうですか、ではシェフに今日の食事はステーキにしてもらいましょうか。素敵な大人に一歩踏み出した記念に特大サイズにしてもらいましょう」


そう冗談を言ったジジ様に「じゃあ、素敵な大人はしばらく保留にする」と頬を膨らませて言った。

素敵な大人どころか能力も未だ保留されたままだ。


最近はもうアスラに弱音を吐くことも泣きじゃくることもなくなった。

アスラも何も言わない。

アスラはただ淡々とろうそくに火を入れ、私は淡々とカーテンを開ける。

窓の向こうが闇の中で、今日もまた闇が晴れていないとわかっても、何事もなかったように身支度を始めるのだ。

ほんと、いつになったら闇って晴れるんだろう。


身支度が終わると、神殿最奥の祈りの間に向かう。

これは、自分が予言の聖女だと聞いた六歳のころから毎日欠かさずにしている。

風邪をひいても、眠たくても、祈りだけは欠かさない。

今日こそ闇を晴らせるかもしれないから。

そんな一縷の望みをかけて、毎日祈っている。私だけの望みじゃない。

この国みんなが今日こそはと思っていると知っているから、休むわけにはいかない。一応ね。

アスラと二人神殿最奥の祈りの間に向かっていると、開いている窓から声が聞こえてきた。


「聖女様っていつになったら力が発現するんだろうな」


立ち聞きしたっていい事なんかないとわかっているのに、私の足がピタリと止まる。


「本当になー。『いつになったら闇は晴れるんだ!』ってお前も罵倒されてみろっての」

「それ、俺らだって聞きてーよ。いつになったら闇を晴らしてくれるんだよ」


バタン!

大きな音を立ててアスラが窓を閉める。


「あんな戯言気にすることありませんからね」


アスラはもう十一にもなるのに全く力の使えない私をまだ予言の聖女だと信じている。

でもその期待が今は重い……。


「大丈夫、気にしてなんかないよ。さ、行こう。ジジ様が待ちくたびれる」


笑顔は顔に張り付けて、床に張り付いた足はなんとか動かして。

前に足を進ませる。

右、左、右、左。

アスラが気を使ってくれるから、私も気を使っちゃう。気にしてないよって。

まぁ、気にならないわけがないんだけどね。


アスラよりもあの聖騎士たちの気持ちの方がよくわかる。

だって、私だって知りたいもの。

いつになったら闇を晴らせるのか。

それにこうも思う。

本当にその予言の聖女って私なの?

本物の聖女がほかにいるんじゃないの?

そもそもその予言だって間違いかもしれないじゃない。

口には出せないけれど、そんな疑問が最近ずっと頭と心にへばりついている。


「では、聖女様いってらっしゃいませ」


いつの間にか祈りの間についていた。

アスラが扉を開け、腰を折って私を送り出す。

ここは六年前に神殿の長になったジジ様と私しか入れない場所だ。

ずんずんと奥へ進んでいくと、ジジ様は祈りの間の最奥にあるベンチに既に座っていた。

祈りの間の最奥はガラス張りになっていて、ルシフェイラという発光花が一面に咲く祈りの丘が見える。

その丘のてっぺんに祭壇があり、その近くには女神の像があるそうだ。

私とジジ様は毎日朝と晩、ここでこうしてルシフェイラの丘を見ながら話をし、女神像に向かって祈りを捧げている。

あぁ、ルシフェイラの光はやっぱり、きれいだな。


「ジジ様、おはようございます」と挨拶をするとぼんやりとルシフェイラを見ていたジジ様がはっとしたようにこちらを向いた。

しばらくは他愛ないことを話していた。

体調のこと、昨夜の夕食のこと、そして今日もミュンダーは闇に包まれていること。


「さぁ、祈りましょうか」


ジジ様が手を組んで首を垂れる。

私もジジ様の隣で手を組む。

昔は闇を晴らせますようにと熱心に祈ったものだけど、今の私は祈りながらもこの祈りに本当に意味があるんだろうかなんてとりとめもなく考えている。

隣のジジ様の方がよっぽど真剣だ。

でもさ、真剣に祈っても闇は晴れなかったじゃない? 

面と向かっては言わないけれど、みんなが私に失望しているのは知っている。

神殿で働く神官や聖騎士たち。

彼らも毎朝のように空を振り仰ぐ。

そうして、今日もまだ闇の中だとがっかりし、聖女に力はないんじゃないかと噂する。

それに町の人も。


――『いつになったら闇は晴れるんだ!』ってお前も罵倒されてみろっての。


祈りながらさっき聞いた言葉が頭の中で繰り返され、心臓がぎゅっと縮んだ。

ちがう、私のせいじゃない。

私が予言の聖女だということ自体が間違いなんだと心の中で言い返す。

でも本当に私が偽物の聖女なら、本物の聖女はどこにいるんだろう。

もし私が偽物だとわかったら私は……どうなる?


そう思った瞬間、想像してしまった。

新しく見つけ出された聖女があっという間に闇を晴らす姿を。

そして「やっぱり本物は違う」と笑顔を見せる民や神官たち、ジジ様やアスラを。

生まれた時からここにいた。

ここを追い出されたら私、どう生きて行ったらいいんだろう。


「どうかなさいましたか? 顔色が悪いようですが」


いつの間にか祈りを終えていたジジ様が私の顔を覗き込む。

ジジ様の顔を見れば私のことを心配してくれているのはわかるのに、さっきまで想像していた頭の中のジジ様が言う。

「なんだ、偽物のほうか」と。

想像上のジジ様の冷ややかな目とそんな想像をしてしまった自分に驚いて言葉が出ない。


「聖女様?」

「ごめんなさい。ぼーっとしちゃってた。はは」


大丈夫。

ちゃんとまた笑顔張り付けられたはず。

祈りの間からの帰り道。さっき閉めたはずなのに窓越しでも声が聞こえる。

何とも思ってない、大丈夫と平気な振りをして廊下を歩いた。


「そ! 私も聖女ちゃまになるーって言ってさ~、空に向かってこんな風に手伸ばしてよー『ぴかぴかぴかり~ん』って言ってんの。その手がまた小っちゃくてさ~。ね~、ほんとにうちの子可愛くない? ね、ね! もう俺可愛すぎて死ぬかと思った」


あ、めずらしい。この人はアスラと一緒。

まだ私のことを信じてくれている。

良かった……。

ん? 良かったでいいのだろうか?

私が闇を晴らせる保証なんて何一つないというのに。


「でさ~、昨日はさ~」

「先輩、そんなんじゃ、いつか娘さんにうるさいって言われますからね!」

「そんな~、そんなこと言われたら俺立ち直れね~よ」


娘話が長かったのか、後輩から話を切り上げられる先輩。

アスラも後ろでクスリと笑っている。もう、二人とも声大きいってば。


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