第68話:助けてくれ
一部始終を見ていた凪は、茫然自失した状態でフラりとその場を離れた。
どこをどう歩いたのか分からないが、気が付くと生徒会室前に立っていた。
(……帯刀先輩に報告しないと……)
凪は震える手で扉のノブに手を掛けた。
だがその時、決して廊下を走らない毛利が全速力で駆けて来て、凪を見付けるなりその場に土下座をした。
戸惑う凪に構わず、毛利は叫ぶように言った。
「樹神、頼む!早苗、早苗を助けてくれっ!!」
その声を聞き付け、生徒会室の扉が開き帯刀が姿を現したが、凪の視界には彼の姿はなく、身体を震わせながら必死に土下座をする毛利だけしか目に入らなかった。
そして、凪は完全に我に返った。
早苗とは、この近くにある病院に入院している毛利の妹だ。
月に1度、凪は毛利と彼女のお見舞いに出掛けていた。
清純で可愛らしい彼女に惚れた凪は彼女と友人になったが、その彼女は骨髄移植に向けて抗がん剤や放射線治療をしている。
よって、感染しやすかったり血が止まりにくい状態になっている。
毛利がこうして頼んでいるという事は、緊急事態が起きたに違いない。
そして、毛利が凪のところに来た理由は一つしかない。
彼女と同じ血液型の凪に血を分けてくれと頼んでいるのだ。
彼女はⅡ群の稀な血液型をしている。よって咄嗟の輸血が難しいのだ。
凪は迷わず毛利の手を取った。
タクシーが捕まれば5分で病院に着く。
凪は膝に傷みを感じながらも全速力で走った。
「樹神!!」
帯刀もまた生徒会室を飛び出し彼女を追ったが、1歩間に合わず、彼女達は既にタクシーに乗り込んでいた。
凪を乗せたタクシーを見送りながら、帯刀は舌打ちをした。
そして自分もタクシーを捕まえようとしたが、なかなか捕まらない。
仕方がないので、そのまま走り出した。
(嫌な予感がしたんだ。
あいつの性格なら幼い命を自分が救えるなら迷いなく彼女が助かるまで自分を捧げる)
いざという時の為に、凪は痛み止めを飲まずに冬の寒さで痛みが限界なのに耐えてきたに違いない。
その証拠にタクシーに乗り込もうと走っていた凪はビッコを引いていた。
既に大丈夫なフリさえ出来ないほどの痛みとなっているのだ。
そんな状態で、限界まで血を抜いたら精神的疲労も伴い確実に倒れる。
それだけならまだいい。休めばいいだけなのだから。
だが、もし早苗に万が一の事があれば恐らく凪はボロボロになる。
それを考えるだけで恐ろしく、じっとしていられない。
帯刀は息を乱しながら病院へ滑り込み、早苗の居場所を聞くと、そこへ向かった。
☆
目的の場所にようやく到着し、辺りを見たが凪の姿はもう既になかった。
(遅かったか)
帯刀は毛利を睨み付け、胸ぐらを掴んだ。
(元を正せばコイツが軽率な行動をしたから……っ!!)
帯刀は怒りに任せて毛利を殴ろうと拳をあげた。
その瞬間女性の悲鳴が上がり、思わず動きを止めた。
見ると40半ばの女が震えながら止めに入ろうとしていた。
(毛利のご母堂か)
母親の目の前で息子を殴るわけにはいかない。今はそれより重要な事がある。
帯刀は毛利を解放し、椅子に腰掛けた。
「今はお前の妹の無事を確認するのが先だ。
助かって貰わなきゃダメなんだ。助かって貰わなければ、あいつの罪は贖う事は出来ない。
これはあいつの、凪の罪滅ぼしなのだから」
そう、凪は自分の命を粗末に扱った罪を拭いたいと思っている。
だから早苗が元気になる事で、本当の意味で凪が立ち直れるのだと帯刀は信じていた。
信じていたからこそ、最近の彼女の行動を見守ってきた。
(頼むから俺のその選択が誤りだったと思わせないでくれ!)
帯刀はひたすら祈りながら『手術中』のランプが消えるのを待った。




