第38話:無自覚を利用する
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それからの凪は、みんなの目から見ても明らかに変わった。
週に1度何故か毛利と外出し、生徒会に来るのが夜になる事があるが、時間が許す限り生徒会に顔を出し仕事をする。
寮では、学業が疎かにならないよう勉強に励む。
殆ど眠っていない状態ではあるが、体力には自信ありの凪は宣言通り帯刀に食らい付いていく。
その姿に帯刀以外の面々は心配そうにしながらも、敢えて口を出さずにいた。
そんなある日、凪は写真部で売られている写真に目が止まり、思考がフリーズした。
(な、な、な、なんで!?)
凪はその場で営業していた写真部を止めさせ、購入しようとした生徒に謝り写真を奪うと、部員を引き連れ写真部に向かった。
「岩倉さん!!」
怒りを顕にしたとても凪とは思えない表情で登場した彼女に、写真部一同は珍しくフラッシュを焚く事なく迎えた。
「この写真はダメです!売らないで下さい!!」
その写真は、学校内を歩いている帯刀の写真だった。
日常よくみられる姿だが、眼鏡を外しているという事でなんと2500円の値段が付けられていたのに購入しようとしている女生徒達がいたのだ。
眼鏡なしの帯刀をみんなに見られる訳にはいかない。
凪は岩倉に訴えた。
「眼鏡なしの先輩をみんなに見られたくないんです」
その言葉に、その場にいた全員が凍り付いた。
そして、なんとか岩倉だけが鈍い動きであるものの、凪に近寄り恐る恐る聞いた。
「樹神さん。き、君はもしかして帯刀に惚れてるのかい?」
「???なんでそうなるんですか?」
思っても見なかった反応に岩倉の方こそ頭の中が疑問符だらけになった。
「なんでって……見られたくないんだろ?素顔の帯刀……」
「はい。だって、あたしだって一瞬心奪われたし、今だって会うたび胸がドキドキするんです。
あんな写真広まったらみんな物事に手がつかなくなります。
確実に成績落ちるし、食欲だってなくなって大変な事になります。
もうこの顔は凶器。いや、バイオハザードです!」
手にした写真を指で示しながらそうきっぱり言いきる凪に、周囲はシンと静まり返った。
(もしや、樹神さん恋愛経験0なのか?)
今の言葉は凪自身がそうなっている、若しくはなりつつあると公言しているという事になるのに、どうやら本人はまるで気が付いていないらしい。
(成程、どうりで今まで彼女に好意を抱いていた奴等が諦めていたわけだ)
モーションをかけても、毎回暖簾に腕押し状態では先に進めるわけがない。
(帯刀は前に僕が幼い時の樹神さんに会った事があると話していた時、かなり嫉妬していたしなぁ。間違いなく樹神さんに惚れている。
と、いうことは……)
岩倉は面白そうに笑みを浮かべて、口を開いた。
「解ったよ。もうこの写真は破棄する」
嬉しそうに顔を上げる凪に岩倉は頷く事で「二言はない」事を伝え、凪の手にあった写真を抜き取った。
「あっ」
凪から拒否のような声が上がる。
そして、慌てて口に指を当てるとやや混乱気味に首を傾げた。
(本当に自覚ないんだな……)
岩倉は苦笑すると、傷のついていない新しい写真を凪に渡した。
「全て破棄するのも勿体ないからね。
それにこの顔に馴れるには、写真を見てトレーニングするというのもいいと思うよ」
「トレーニング、ですか?」
「そうだよ。だからこれは持って行ってよ」
岩倉はにっこりと微笑んで、写真を持ち帰るように促す。
「……ありがとうございます」
凪はそれを素直に受け取って写真部を後にした。
「ス、スクープだ……!」
「あ、ああ、すぐ新聞部に……」
我に返った部員達が口々にそう言う中で、岩倉は反対した。
「いや、みんなこの事は胸にしまっておいてくれ」
「何故ですか!?史上最高価格で売れること間違いなしですよ!?」
副部長が抗議する。
お宝が目の前にあるのに、無視して通り過ぎるなんてあまりにも勿体ない。
しかも、それを撮った部員は現在も使い物にならないほど惚けている。
よほど苦労したに違いない。
そんな写真を御蔵入りにさせるわけにはいかない。
だが、岩倉の方が強かだった。
「まず、帯刀を敵に回す行為はよくない。
一時的に大きな収入だったとしても後に響く。なら、今は傍観して帯刀の様子を探る。樹神さんはあの通り恋愛事に鈍いから帯刀は間違いなく振り回される。そうなると、今までにない写真を集められるし恋に気付いてどう彼女が動くようになるのか?それを追うのも面白いと思わないかい?
もし、二人が付き合うようになったら売れるぞ」
この提案に副部長の心は揺れた。
「そして、何より苦悩する帯刀を見たいとは思わないかい?」
いつも涼しい顔の帯刀が凪に振り回されて感情を乱す姿を想像し、全員が首を縦に振った。
「よし、全員一致だね。
写真はトレーニングとして渡した事で、顔が綺麗すぎてドキドキするのであって惚れてるせいだとは暫くは思うわないはずだ。
これで、帯刀が苦しむ姿を堪能できる。フフフ楽しみだよね」
どうやらそっちが本音らしい。
若干寒気を覚える一同に気付かないのか、岩倉は本当に楽しそうに笑い続けた。
☆
誰もいなくなった写真部の部室で、岩倉は一人椅子に身を投げ出すように座っていた。
その顔は「軽い」と噂されている岩倉からかけ離れていた。
(……さっきのあれはなんだったのだろう?)
思い出しているのは、凪が部室に駆け込んだ時の出来事だ。
あの瞬間、岩倉は怒りのような不快感を凪に対して感じた。
あくまで一瞬の事だっただけに部員達は気のせいとしているようだったが、岩倉にはどうしてもそう判断する事が出来なかった。
(彼女には何かある。それが何かは解らないけれど……調べる必要があるね、これは)
人物写真を撮るのが得意な自分が凪だけは撮る事が出来ない。
その理由がそこにあると感じた岩倉は凪を調べる事にした。
5話位を目標に更新します。




