第34話:鬼寮長と言われた男
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再度岩倉には近付かないよう念を押された凪は、苦笑しながら今度は美術部に向かった。本当は越智組が行く予定だったのだが、彼女の天敵が常に美術部にいるため凪達に押し付けて逃げて行ったのだ。
「美術部、越智先輩が逃げ出す位怖い方がいらっしゃるんですか?」
その質問に浩樹は苦笑した。
「男子寮の寮長が美術部なんだよ。
越智はしょっちゅう木に登って俺の部屋に来るから、寮長に捕まると説教地獄を味わう事になると思って避けてるんだよ。まあ、規律には厳しいから鬼寮長と呼ばれている事は否定出来ないけどな」
それを聞いて、凪は顔を赤らめた。
「凪?何故そこで赤くなる?」
「え?だって……浩樹先輩に会いに忍び込むんですよね?」
浩樹は言われてる意味が理解出来ず首を傾げていると、帯刀が嫌そうに顔をしかめた。
「樹神……気持ちの悪い想像をさせるな……」
「え?違うんですか?」
「用事があっても浩樹がなかなか捕まらないから手っ取り早く寮に越智が行くようになっただけだ」
確かに浩樹は、帯刀のように生徒会室に常駐してはおらず、居場所も知れない事が多い。副会長としてはそうせざるを得なかったのだろうから、そうなると被害者は越智ではないだろうか?
「なら、元を正せば浩樹先輩が悪いんじゃないですか」
完全に悪人扱いされて浩樹はワナワナと身体を震わせていたが、ばつが悪いと感じたのか逃げるように美術部の中に入っていった。
美術部は『日本』というテーマで、部員達は描いていた。
水彩画でも油彩でもいいらしく、様々なタッチの絵画が展示されている。
凪は初めはサラリと見て、2巡目は一枚一枚ゆっくり見ていった。
稲刈りの絵、祭りを楽しむ人々の絵、花火の絵、寺社の絵、小川の絵と実に様々で、見ているだけでそこに行きたい衝動に駆られる。
そして、一つの絵画に目が止まり、凪は時間を忘れてそれを見ていた。
「この絵は男子寮の寮長が描いた作品だよ」
浩樹の言葉に凪は少し驚いた。
越智が逃げ出す鬼寮長のイメージはそこにはない。
『刹那』と題されたその絵は、そっと、だがハッキリと凪に語りかける。
「凄い……」
そう呟いた彼女の瞳に涙が浮かんでいた。
すると、目の前にハンカチを出され視線を向けると、そこには純和風のスッキリした顔立ちの男が立っていた。
「ありがとうございます」
そう礼を述べると、それを受け取り目にそっと当てた。
「こちらこそありがとう」
男の礼の意味が解らずキョトンとしていると、男は微笑んだ。
「俺の絵を見て、泣いてくれたから」
「え!?じゃあ、貴方が鬼寮長さんですか!?」
その声に絵を見ていた男子生徒も美術部部員も凍りつき、逃げ腰になりながらも凪と毛利のこの後の行方を見守っている。
鬼寮長と言われた男はその凍りついた面々を一瞥し、更に冷たい視線で浩樹を睨んだ。だが、浩樹は飄々としており、諦めたように溜息を洩らすと気を取り直して自己紹介した。
「ここの部長兼男子寮寮長の毛利慎太郎です。
樹神さん。この絵を見てどう感じたか、教えて貰ってもいいかな?」
物腰はとても柔らかく、眼差しも温かい。その雰囲気からはとても『鬼』に見えない。
凪は周囲の尋常ではない怯え方に内心「大袈裟では?」と思ったが、敢えて気付かないフリをして答えた。
「ですが、あたしは絵の知識ないので、きちんとした返答ができるかどうか……」
「俺はね、絵の知識を持ってる方が固定観念に阻まれて正しく見れないと思っているんだ。だからね、知識のない人に見て貰ってどう感じてくれるのか?それが一番知りたいし一番緊張する瞬間なんだよ」
胸に手を当て、緊張しているそぶりをして見せる。
それがまた優しいお兄ちゃんのようで、凪は素直に頷いて感想を述べ始めた。
「夜の美しい湖、水面に近くに昇る月とそれを移す湖。
二つの月はまるで出逢いを喜んでいるようです。
でも、水紋がすぐそこまで迫っていて、別れの時が近づいている様子がとても哀しくて切ないです。この一時はもう二度と来ないのではないか?そんな気がしてなりません。
それなのに不思議と心暖まるのは何故なんでしょう?」
それを聞いて、毛利は満足して頷いた。
「それは今回のテーマにそって詫び錆の心である『一期一会』を意識して描いたからだと思うよ。出逢うのはほんの一時でしかない。だからこそ、その時を慈しんでほしい。
そう思って描いたんだ」
絵だけでそれを表現して、相手に伝える。
とても難しい事であるし、それを成し遂げられる毛利の凄さを尊敬の眼差しを向けていると、毛利は「そうだ」と名案を思い付いたといったふうに微笑みながら凪を誘った。
「良ければ今度うちの部に遊びにおいで。その時はデッサン画とか見せてあげるよ」
「いいんですか!?」
「勿論。もっと色々意見聞きたいしな」
これには美術部部員達が有り得ないといった表情で毛利を見ている。
どうやら毛利が、「遊びにおいで」と言うのはとても珍しいらしい。
浩樹は愕然としているし、帯刀は帯刀で眉間に皺を寄せ不機嫌オーラを発している。
凪は何故帯刀の機嫌が悪くなったのか判断しかね、帯刀の様子を窺っていた。
毛利もまた何故帯刀がそんな表情になっているのか気になり、その理由を考えていた。そしてある可能性に気が付き、信じられないといったふうに目を見開くと、帯刀になにやら耳打ちした。
帯刀は一瞬驚いたように毛利を見ると、更に機嫌が悪い表情で美術室から出て行った。
「帯刀先輩!?」
一体何が起きたのか?
凪は混乱しながら取り敢えず、
「では、近いうちにデッサン画見せて下さい。楽しみにしてます」
と、だけ言い帯刀を追いかけて行った。




