第四十八話 救助
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キース達がクエストを終えてから早三日が経過した。
クエストの報酬は昨日未明に無事入金を確認した。どうやら色々と苦労してかき集めた物証となる品々は、その甲斐あってか非常に高く評価されたらしく、追加報酬も結構な金額が頂けた。
そのおかげで、拠点のあるレニンスキには販売所を持たない、キースの次期機体の胴体部となるガスヴァルディを滞在中に購入することが出来た。
これでこの街での用事も全て終わり、ようやく新たな街へと旅立つ。
キース達はまだ陽が昇り切らぬ薄暗い時間からギルドに居た。
ここの所ようやく春の兆しが見えて来た所為か、ギルド内には数多くの依頼で溢れていた。雪で街道を閉ざされていた冬の間は、一切止まっていた商隊などの護衛依頼が解禁されたことが大きな要因である。
その中からキース達はやり慣れた配達依頼を選んだ。理由は色々とあるが、一つはクエストの報酬が入金されて金銭的にも余裕があること。もう一つはマリーアイゼンに装着したリボルビング・グレネードランチャーの実戦でのテストを兼ねている為だ。
キース達は受付で依頼を受注すると共に、今回のアップデートで解禁になったグレンの猟兵登録を済ませる。
但し、チームのメンバー枠に関しては、まだ登録人数にも余裕がある為、暫くは現状のバックアップ登録のままに行くことにした。
ようやく朝日が差し込み始めた街中。ボーチカと呼ばれるロシア建築でよく見かける玉葱型のドームを乗せている建物が、陽を浴びて燃え盛るような真っ赤に染まっている。
多くの人達がまだ寝静まった人気の無い通りをアイバンの巨体がタイヤを唸らせながら駆け抜ける。
街の出入口となる境界広場も、普段の威勢の良い客引きの姿は鳴りを潜め、閑散とした中を通り過ぎる。
キース達はチェロニツィに向かって西へと進路を取ると、雪化粧をした山脈が日の出と共に色鮮やかに輝く姿を横目で見ながら、街道を進んで行く。
西の空の果てには、昇る陽に追い立てられながらも、名残惜しそうに夜の帳が踏み止まっている。上空には雲の姿は全く見えず、ここ暫く続いていた晴天記録は本日も更新されそうである。
冬の間は街道を閉ざし、数メートルにも達していた積雪も連日晴天が続くお陰でその量を大幅に減らしており、街道脇にある森林の中には未だ多くの雪の姿が覗くものの、常に太陽の恩恵を浴びていた街道には薄らと赤茶けた土が透けて見える程度である。
溶け出した雪で、時折ハンドルを取られる泥濘んだ路面を、土の入り混じった飛沫を高く撒き散らしながらアイバンは街道を疾走して行く。
右手に聳える白一色に染まった広大な山脈も、裾から徐々に生命力に満ちた新緑が気温の上昇に合わせて、その勢力を侵食して行っている様子が窺える。
左手には街道まで大分距離が離れてはいるものの、索敵センサーが通らない不干渉スポットを多く持つ大森林地帯に沿って街道が続いており、普段以上に警戒をしながら進むことになる。
その甲斐もあってか、初日は敵との遭遇もなく順調に進んでいた。
初春を迎えたと言っても日没となる時刻はまだまだ早い。キース達がそろそろ野営場所を探そうと思い始めた頃、その異変に最初に気付いたのはアデリナだった。
――Alert!! アデリナより報告。方位2-5-8、距離12.7kmに所属不明機感知――
アイバンの言葉に、それまで夕食の話題で弛緩していた車内が一気に緊張感に包まれた。
「停車しますっ。掴まってて下さい!!」
「うわぁー」
急激な減速によってバランスを崩したエレノアが声を上げる中、ビエコフはアイバンの巨体を停めに掛かる。
溶け出した雪の上を、ここ数日で急激に交通量が増した街道には深い溝が生まれ、泥濘んだ路面と合わさって非常にデリケートな車体制御が要求される。
ズルズルと滑るように左右へと車体がふらつくのを、ビエコフは必死にハンドルを抑えて小まめにカウンターを当てながら、どうにか横転をさせずに長い車体を斜めに街道を塞ぐ形で停車させた。
詳細情報を得るべくコンテナ内に格納されているスヴァローグにキースが乗り込むと、すぐに索敵が開始される。
――マスター、アンノウン判明。85式が四機。アサルトライフルにシールド装備が二機。ショルダーミサイルガンポッド装備が一機。格闘装備が一機。いずれもアイテムパックを所持。支援車両にロケット砲を装備した装甲戦闘車が二台。それと対ARPS攻撃用ヘリが三機。大型チェーンガンとロケット弾ランチャーが装備されています――
「――っ!!」
その今まで遭遇したことのない敵戦力に、キースは一瞬声を失ってしまう。
更にアデリナの報告は続く。
――それと敵より北西、約5km地点の街道上にARPS運搬車を二台確認。所属はゴブリン隊となっています――
「プレイヤーか!!」
幸か不幸か。偶々他のプレイヤーとの邂逅を目前とした時に敵の襲撃に遭遇し、このようなバッティングした状況が作り出されてしまった。
「くそっ、どうする……。アデリナ、車内との回線を繋げてくれ」
一先ず、自分達の置かれた状況を説明すべく、キースは車内に待つグレン達へと話し掛けた。
「こんなことって、あるんですね……」
説明を聞き終えたビエコフから、驚く以上に今の状況に対する感心の声が上がった。
「ねーねー、それでどーするの?」
「それなんだが、どうやら敵は近くにいた方を標的としたらしく、あちらのチームに向かって移動を始めている」
尋ねて来たエレノアには答えず、キースは説明の間も推移している状況を告げた。
センサー上ではゆっくりと標的へと近付きつつある敵勢力と、襲撃に気付き迎撃するべく、慌ててARPSを展開し始めたゴブリン隊の様子が映し出されている。
彼のチームの戦力はアサルトライフルにシールドを装備したティノウルグとカグツチ壱型-Nタイプが各一機。マシンガンとナックルを装備したナキサ二型が一機。鎚矛と大盾を装備したエルンストレームが一機。マークスマン・ライフルを装備したガルスベラが一機。ロケットランチャーを装備したシュヴァルディア-201が一機の六機編成だ。
「……向こうからは救助要請は入っていないのか?」
グレンから確認するように問い掛けられる。
敵がこちらへと万が一向かって来てたら、その戦力に一も二もなく助けを求めていたことだろう。
「今の所、それらの通信は傍受していません。もっとも距離から言って、こちらを発見して無い可能性もありますが」
彼のチームとの距離は12km以上離れている。高性能な索敵能力を持つスヴァローグを有していることもあって、キース達の距離感は一般とは大分ずれている。
彼我との12kmと言う距離は、通常のセンサー機を以ってして索敵範囲内に収まる数値である。ましてや、多少センサー性能を強化した程度のIランクの機体では精々10kmが限界であろう。
「難しいところね。相手のチームは六機もいるんでしょう。ならば、十分撃退可能と判断したのかもしれないし」
ディートリンデの意見に、キースなどは同意するように頷く。
機体数だけで比較すれば、敵勢力の方が優勢ではある。しかしここで厄介なのは、プレイヤー機の場合、機体情報だけで正確な戦力を判断出来ないと言うことだ。
AIなどとは違い、人が操縦することもあって多少の性能や戦力差ぐらいならば、搭乗者の個人技能で十分覆すことが可能である。更にスヴァローグのように内部ユニットを換装させ、機体性能を向上させている可能性もある。
センサーによる索敵情報は、機体に搭載されたトランスポンダから読み取ったものである。その為、センサーでは換装などによる変更後の細かな性能までは入手出来ない為、一種の擬態のように偽られた情報となる。
それら様々な理由から、索敵情報を参考にはすれど、決して鵜呑みにしてはならないのがプレイヤー機体の実情である。
「それに向かうとしても、戦場になる場所までは10kmはありますから、ここからだと急いでも結構時間が掛かりますね」
アデリナが収集した周辺地形のデータから、予測される戦場までの距離を見て、ビエコフは難しい顔で呟いた。
ファンタジー系のゲームとは違い、救援の際に身体一つで飛び出せば済むと言う訳ではない。機体の稼働、部隊展開、戦場までの移動など、多くの準備や時間が必要であり、現状を見てから判断したのでは全ての対応が後手を踏んでしまう。
その為、指揮する者には先を見据えた部隊運用が求められる。
「えー、じゃー今回は参加しないの?」
「そうなるな。横殴りはトラブルの元だからな。今回は後学の為にも見学させて貰うとするか」
「むむむ……」
グレンの話を受け、エレノアはすっかりやる気を出していた行き場が失われ、不満げに頬を膨らませている。
若干一名、未だ納得しない者もいるが、今回の方針がようやく定まった頃には双方の距離も大分縮まっており、センサー上ではいつ戦端が開いてもおかしくない状況となっていた。
キース達はアイバンを街道脇へと退避させると、アデリナからもたらされる戦況を眺めることにした。
彼のチームはやはり航空戦力である攻撃ヘリを警戒したのか、総戦力であるARPS六機のうちカグツチ壱型とガルスベラの二機を当て、戦闘車両にはナキサ二型。残りの三機を敵ARPSへと当てて開戦した。
当初は数で押されながらも攻撃ヘリを上手く抑え、敵ARPSを一機撃破したことで、このまま優勢に進めるかに見えた。
しかし、戦力差の不利はそう簡単には覆らない。時間の経過と共に徐々に攻撃ヘリを抑え切れず、互いの位置を交差させるなどで翻弄されてしまい、とうとうフリーとなる機体を生み出してしまう。
そうなると戦況は一気に傾いて行く。同数となり、拮抗した戦いを繰り広げていたARPS戦に攻撃ヘリが乱入したことで、後衛に居たシュヴァルディア-201が撃破される。
その後、戦闘車両を撃破したナキサ二型が戦線に入り攻撃ヘリを一機撃墜するも、押された流れまでは奪い返せずに、ずるずると泥沼の消耗戦の様相を呈してくる。
時間を追うごとに敵戦力は徐々に減ってはいるものの、彼のチームの動きも損害が増すにつれて鈍くなる。
結局、終わってみれば、敵を何とか撃退したものの、先のシュヴァルディアに加えてカグツチ壱型の二機が撃破。残った四機いずれも、かなりな損傷を負ったと推測される。
「ほえー、初めて他の人の戦闘見たけど、大分やられてたねー」
「まあ、それはしょうがないだろ。かなり近くに現れたから、何か仕掛けようにも時間の余裕も無かったろうし」
5kmと言う相対距離では、真っ向からの戦闘以外選択肢は無いと言える。
「でも、もし自分達の方に来ていたらと思うと、危なかったですね」
先程までの戦闘を思い出したのか、ビエコフはホッとした表情を浮かべている。
「やっぱり、ヘリが複数出ると厄介だわね」
「ああ。そこから戦線が崩壊していったからな」
ディートリンデとグレンの二人は対応策でも検討しているのか、難しい顔をしながら押し黙ってしまった。
「取り敢えずは向こうに一声を掛けてから、野営の準備を始めようか」
「そうですね。修理ぐらいなら自分が手伝えますし」
キースが促すと、ビエコフがゆっくりとアイバンを動かし始めた。
徐々に夕暮れ時が近付き、街道にも周囲の木々の長い影が落ちている。
ゴブリン隊との距離が8kmを切る頃、アイバンから新たな情報が入る。
――ビエコフ、前方にいるARPS輸送車からの無線を傍受。オープンチャンネルでこちらへの呼び掛けが行われている――
ビエコフはすぐさま指示を出す。
「アイバン、音声をスピーカーに繋げてくれ」
――了解した。スピーカーに繋げる――
スピーカーから雑音がしたかと思うと、すぐに男の声が聞こえて来る。
「こちらゴブリン隊所属、マイスナーだ。接近中のトレーラーに乗るプレイヤー、聞こえたら応答してくれ」
グレンは無線機に手を伸ばすと、相手からの通信に出た。
「こちら接近中のトレーラー、グレンだ。ゴブリン隊、どうぞ」
「おお、出てくれたか。こちら、マイスナー。現在トレーラーが街道脇でスタックして、立ち往生している。良かったら、脱出に手を貸して貰えないだろうか」
「了解した。到着にはもう暫く掛かるので、出来れば車両周辺を照明で照らして待っていてくれると有り難い」
「わかった。救援感謝する」
男性の声からは安堵の様子が滲み出ていた。
マイスナー達の乗ったトレーラーとの距離が1kmを切る頃には、遠目ではあるが視界にその姿が映るようになる。
こちらの申し出を受け、車両の周辺には照明が煌々と灯され、夕闇の中にその巨体が浮かび上がっている。
二台の車両とも半分程が街道から外れており、その姿からも襲撃時の慌てた様子が伺える。
車両の屋根が大きく傾いている所から、自力で脱出しようと何度かもがいている内に、タイヤが深く嵌ってしまったのだろう。
「キース、向こうの人数は分かるか?」
車両の周辺に影となって動いているのが見えるも、流石に薄暗くなった中では人数までは把握出来ない。
「表に出ているのは四人ですね。まだ車両内にいるかは、こちらからだと分かりません」
索敵センサーでは建物の内部や遮蔽物に潜む人までは感知することは出来ない。
「そうか。この様子だと専用メカニックは居なさそうだな」
キース達の乗ったトレーラーが近づくに連れ、相手も接近に気が付いたようで、頻りに手を大きく上げて合図を送ってくる。
ビエコフはグレンの指示で、トレーラーがスタックしている場所より大分手前の位置にアイバンを停めた。
グレンは停まった車両から一人降りると、ゆっくりとした足取りで向かって行く。
「やあ、すまないね。救助をお願いしてしまって」
一番手前にいた金髪の男性が声を掛けて来た。男性の声には聞き覚えがあり、どうやらこの人物が無線で会話をしたマイスナーのようだ。
「いや、困った時はお互い様だ。それでどんな状況なんだ?」
「ああ、それが……」
男性が少し言い辛そうに話を始めると、近くにいた他のメンバー達は揃って視線を逸らした。
現在街道は暫く続いている晴天の影響を受け、急激な勢いで雪解けを加速させている。
その為、大量の雪解け水を発生させ、街道周辺は泥濘んで滑り易くなっている。
そんな中、至近距離に敵を急に感知したことで、先頭車両の運転手が驚いた拍子にハンドルを取られて、大きく蛇行し始めた。それに焦った運転手が、慌てて急激にハンドルを切った為、先頭車両は街道を外れて脇にある緩衝帯へと突っ込んでしまう。
先頭車両の急な蛇行に、その後ろを走っていた追走車両も衝突を回避しようと急ブレーキを掛けた結果、あっさりとコントロールを失い同じ羽目に陥ってしまった。
戦闘終了後に何とか自力で脱出しようと色々と試みたのだが、そのいずれもが失敗に終わり、却って状態を悪化させる結果を招いてしまった。
「なるほど。ARPSはまだ使ってないのか?」
足場の悪い状態では、かなり高度な操縦技術が要求されるが、有力な脱出方法ではある。
しかし、トレーラーの周囲にARPSの姿は無く、その方法を用いられた形跡も無かった。
「いや、実はね……。今その手段に使える機体が無いんだ」
マイスナーの話によると、先の戦闘によって殆どの機体が辛うじて稼働している有り様であり、簡単な作業と言えど使用に耐え得る状態の機体は無いとのことだ。
「そうか。それじゃあ一旦戻って、準備をして来る」
「すまない。頼むよ」
グレンは一旦アイバンへと戻ると、キース達に今の状況を伝えた。
「まずはこちらに付いてるウインチを使って引き上げてみましょう」
「そうだな。ARPSを使うのは、その後でも良いな」
早速準備に取り掛かろうとした所で、エレノアから声が掛かった。
「じゃー、もう降りてもいーよね」
現場を見に行こうと、爛々と目を光らせながら外へと飛び出しそうになる所をグレンが慌てて止めに掛かる。
「待てっ!! 機体を積んだままにすると、こちらも嵌る恐れがある。一旦全ての機体を降ろしてから、引き上げに取り掛かるぞ」
「むー、外に出すと泥で汚れるのに……」
エレノアが不満気に頬を膨らませるも、渋々と言った様子で機体へと向かって行った。
グレンの声を合図に、各自は早速救出作業に取り掛かる。アイバンに格納されていた三機のARPSは、順にコンテナの外へと降りる。
その間にグレンはビエコフと連れ立って、運転席の屋根に付けられたスチールラックからスタック脱出用のスノーラダーやシャベルを手にすると、嵌ったトレーラーの下へと駆け寄り、引き上げる準備を進める。
ゴブリン隊のメンバー達と一緒になって、雪に深く埋もれたタイヤを掘り起こし、タイヤのグリップを得る為にスノーラダーを敷いていく。
脱出の準備を整えると、スタックしたトレーラーの傍までアイバンを移動させる。
すぐさま牽引用のウインチフックを車両下のフレームに引っ掛けると、ゆっくりとウインチを巻き上げてスタックした車両を引き上げ始める。
最初はギシギシと張られたワイヤーが軋んだ音を立てていたが、緩やかにタイヤが転がり始めると、スノーラダーの上を進んで行く。
今度は雪を掘り起こすこと無く、グリップを得たトレーラーがアクセルを踏み込むと、自らの力も加わりゆっくりと巨体が動き始める。
一台目を上手く引き上げることに成功すると、続けて二台目に取り掛かる。
二台目も同様の準備を行うと、コツを掴んだのか、一台目の時よりも短時間で引き上げることに成功した。
一同が喜びに沸く頃には、空はすっかりと陽が沈んで暗くなっていた。
時間も遅くなったことに加え、共同作業による連帯感も芽生えたことで、キース達は近場に二チーム合同で野営することになった。
少し離れた位置に互いにテントやシェルターを設営すると、それぞれが食事を持ち寄り、両チームの交流会を兼ねた夕食を取る。
「改めて、ゴブリン隊のマイスナーだ。今日は本当に助かった。チームを代表して礼を言いたい。ありがとう」
マイスナーが立ち上がり、礼を述べると、他のメンバーからも口々に礼を言われる。
「偶々通り掛かっただけだ。礼なら先程も聞いたし、もう十分だ」
「それじゃー、みんなで楽しくご飯を食べよー」
料理を手にしたエレノアの掛け声を合図に、やや遅めの食事が開始される。
食事の合間にそれぞれのメンバー達は自己紹介を交えながら、喧騒な空気に包まれて行く。
「そう言えば、手酷くやられたと聞きましたが」
キースは当事者からの話を聞いてみたく、マイスナーに先の戦闘の様子を尋ねてみる。
「いやー、ちょっとへまをしてね。うちには専用のメカニックは居ないから、ビエコフの申し出は非常に有り難いよ」
マイスナーは恥ずかしげな様子を見せる。
流石に現状を聞いた後では、メカニックとしても見るに見兼ねて一晩で出来る範囲までではあるが、ビエコフが機体の修理を買って出た。
「この辺りから、敵の種類が増えるのは知ってるか?」
「ええ、航空戦力が登場するってやつですね」
キース達も以前ミーヌフクスへと向かう途中に、一度対戦している。
「そうそれ。今回ARPS四機と戦闘車両二台。それに加えて武装ヘリが三機編制の部隊に当たったんだが、こっちは六機のフル編成とは言え流石に厳しかった……」
「そうですか……」
キースは時折相槌を打ちながら、その時の状況をマイスナーから聞いていた。
実は双方共に知らぬことだが、今回の襲撃はちょっとした偶然が引き起こした不幸な事故であった。
鋼鉄の新世界では、戦闘中に於ける機体の回復手段が存在しないことから、敵との遭遇には様々な配慮がなされている。
例えば討伐依頼の場合、敵戦力は固定である。その為、情報収集さえ怠らなければ、事前に対応策やリスクを減らす手段を講じるられるようになっている。
また、街道に関しては基本的にエンカウント率は非常に低く抑えて設定がされている。これはプレイヤーの移動手段が陸上に限定されている為でもある。
とは言え、今までキース達は街間の移動の際に必ず戦闘を一、二回は行っている。これは機体の有無、所持機体数、依頼の有無や難度などの条件が加えられることによって、エンカウント率が上昇された結果である。
その為、機体を一切所持せず、依頼も受注せずにただ街道上を移動をするだけなら余程運が悪くない限り、まず敵と遭遇することは無い。
それら上記の条件を満たすベインズなどは、この仕様を利用して悠々と街間の移動を行っている。
それらを踏まえた上で今回起こった戦闘だが、偶々二つのチームが近距離に接近した際に、その中間と言える地点に運悪く敵が出現したことで引き起こされた出来事であった。
通常、街道周辺に現れる敵は交通事情も鑑みて、プレイヤーの戦力などを把握した上で大きな戦力差とならないよう調整がなされている。
ところが今回の場合、二つのチームが戦力計算範囲内に居た状態で出現した為、計算時にその双方のチーム戦力が加算されたことで、一チームだけでは起こりえない強力な敵が生み出されてしまったのだ。
そもそもこのゲームは広大なフィールドを有しており、街道と言えど多くのプレイヤー達と頻繁に擦れ違うような状況とはならない。ましてや、今回のような状況など、βテスト時にも起こってはいない。
その為、今回の件はプレイヤー達のみならず、製作及び運営側の誰もが知りえないバグであった。
更に不幸なことに、ゴブリン隊は六機のフル編成であったがキース達は三機+猟兵と言う編成でしかなく、尚且つ戦闘を行ったのがゴブリン隊であったが為に、双方共に少し強力な敵と運悪くかち合ったとしか認識していない。
当人に自覚がなければ、異常に気付くことは無く、この手のバグは申請がなされねば修正はされない。
この極低確率で発生するバグは大きな悲劇をもたらし、プレイヤー達に遭遇した不運を知らしめるまで、この先いつまでも続くことになる。
話を聞き、戦闘時の推移を知るにつれ、キースは思わず唸ってしまった。一歩違えば、自分達がその壮絶な状況に置かれていたのだ。
以前遭遇した際、攻撃ヘリはたった一機であったが、機体数やチーム編成もあり非常に苦戦させられた。それが今回は三機も一度に相手をしたのだ。
「それに運悪く、うちはセンサー機がいないから発見するのが遅れたのか、随分と近くにまで迫られていてね」
「いないと色々と不利じゃないですか?」
「うん、まあ、そうなんだけどさ。ほら、今更別の職に就くのもね……」
これは何もゴブリン隊が例外と言う訳では無い。
開始時に比べ、センサー機能の重要性が浸透し、各チームで需要が増したとは言え、未だ約四割ほどのチームには配備されていない。
当初センサー機が敬遠されたのにはいくつもの要因があるが、その一つは全ての機体にセンサー機能が搭載されていたことだ。
索敵距離の差はあれど、どの機体を選んでもセンサー機能が搭載されている為、スキルが無くとも最低限の効果を得ることが出来る。
また距離感の問題もある。誰もが初となるロボット系ゲームと言うことで、判断材料となる指標が存在しない。
初期支給機に於ける一般機体の索敵範囲である5kmと言う距離は、実際にゲームを行えば至近距離と言う感覚を持てるが、それを開始前に理解しろと言うのは不可能だ。
下手に誰もが想像し得る具体的な数値であったが故に仇となってしまったのだ。
本来ならばβテスター達からの情報がありそうだが、サービス開始前と言うこともあってか、多くの人達が望む情報は実際に機体を動かした感想やら戦闘体験に偏っていた所為で、僅かに伝えられた情報もすぐにネットの海へと埋もれていった。
それらの理由から、約半数のプレイヤー達は必要十分と判断してしまったのだ。
更にマイスナーの言にあるように、転職の問題もある。
ゴブリン隊のように、現状センサー機が配備されていないチームは戦闘職の機体のみで編成されている。
当然、搭乗しているプレイヤーはゲームの売りでもあるロボットによる戦闘を求めて、その機体を選んでいる。
それがセンサー職への転身ともなれば、戦闘力の低下、成長した所持スキルの破棄、新たな索敵系スキルの習得など様々な問題が浮上する。
特に戦闘から離れて支援に移ることには、今までのプレイに対して思い入れがあるほど大きな葛藤を抱え、躊躇いを持つことになる。
「はあ……。今回は街道上の移動なのに二人の戦死者を出して、残ったARPSも半分が大破と散々な結果になったよ」
「それはご愁傷様です」
その最悪とも言える状況に、最早掛ける言葉も見つからない。
「辛うじて全滅だけは免れたって所だね。でも機体の損害を考えると、今回の依頼は大赤字だよ。この先の金策を考えると、本当頭が痛い」
自身の置かれた状況に、マイスナーは苦笑いを浮かべるしかないと言った様子だ。
「ミーヌフクスまではあと一日ありますから、気を付けて下さいね」
「ありがとう。何とか辿り着いてみせるよ」
その後、ゴブリン隊のメンバーは機体の修理もあって、代わる代わる抜けたりもしたが両チーム交流は遅くまで続き、御開きとなったのは日付が変わろうとする頃だった。
翌日、ミーヌフクスへと向かうマイスナー達と別れ、キース達は一路西へと街道を進んで行く。
初日は早朝に出立したことが功を奏し、トレーラーを二台引き上げたにも拘らず、行程への遅れは生じていない。
一行は前日に敵が出現した左手の奥に見える、鬱蒼と生い茂る大森林地帯をより一層警戒しながら走っていた。
「この様子だと、冬季装備を外して正解でしたね」
「そうだな。まだ雪が残っているけど、無い方が動けそうだ」
ビエコフとキースは時折現れる雪原を見ながら、話をしていた。
雪原は雪解けが進み、残雪の間には所々に黒々とした土の地肌が顔を覗かせており、気の早い新芽の鮮やかな緑がアクセントのように色付いている。
プレイヤー達はこの移りゆく気候の変化に合わせ、それに則した機体を準備することが随時求められる。
現状の緩い地面ではローラー走行時に機体の足を取られるだろうが、スキーモービルやスノーシューによる機動力の低下とを比較すれば、そろそろ換え時だろう。
他にも、各所に装着した保温用の装備類も、日中の暖かな日差しの中では機体の放射熱を溜め込み、今や負担を強いる枷となっている。
その為、昨晩の内にビエコフの手により各装備が取り外されたことで、機体もようやく春を迎える準備が整ったと言える。
その後、幸運にも二度目となる敵の襲撃に遭うこともなく、太陽が真上を過ぎた頃、無事にチェロニツィの街へと到着した。
結局一度も戦闘をすることなく街間を移動したことについて、キース達は運に恵まれたことに対し口にするも、新装備の実戦機会が失われ、一人やる気に満ちていたエレノアだけは憤懣遣る方ない思いに身を焦がすこととなった。




