第四十二話 襲撃
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ベースキャンプにはビエコフとヴァンの二人が残るのみで、他のメンバーは全員敵拠点への襲撃に参加する。
既に一度機体に搭乗したメンバー達は居残り組の二人と共に、夜となり気温が下がる中シェルターの前に立って、残りの機体が出揃うのを待っている。
ロボット好きのビエコフにとっては、目の前に多くの機体が立ち並んでいる光景に、沸き上がる興奮から寒さなど微塵も感じずに見入っている。
一度斥候などに出た機体はそのまま外で待機させていたので、残す所はクルツとダリルの二機だけである。
「こっちのタイプですかっ!!」
まず最初に姿を現したのはクルツのARPSだった。
使用するのは、ディートリンデと同じシュヴァルディアの102タイプである。機体自体は101タイプと全く同じもので、脚部に付けられた機体固定装置に違うものが使われている。
クレーン車などの工事用車両に使われている、転倒防止用の支えを思い浮かべて貰えば分かり易いだろう。太いアームの先には、地面を抑える為の平らな座面が付いている。アームは足首付近より折れ曲がり、膝ほどの長さを持ち、跳ね上げられた形で両脚の後ろと外側の二ヵ所に装着されている。
このアウトリガーを用いている102タイプはスタビライザーが付いた101タイプとは違い、固定力は減少するものの展開に掛かる時間が短くて済み、簡易に使用することが出来る。
クルツの使用する武装は右肩に装備された九連装のロケットランチャー。ライフル銃などの大型の重火器に比べて発射時の反動が少ないことから、遠距離攻撃型の機体であるシュヴァルディアでも102タイプの方を愛用している。
そして最後に姿を現したのが、ダリルの駆るエスクートゥアである。
「うおおお、ごつくて大きな盾がカッコいい!!」
その姿を一目見たビエコフは興奮も絶頂に達し、大声を上げて唸っていた。
エスクートゥアは上位機種の中でも非常に特徴有るデザインの機体だ。
直線だけで構成された、角張った厚みのある装甲デザイン。他の一般的な機体より一回り小振りな頭部。装甲の凹凸が少なく、ややのっぺりとした胴体。脚部は膝下から裾が広がり、通常の機体よりも接地面積が広く、重心が低く安定感を増した造りの機体だ。
そして一際目を引くのは、右腕よりも二回り以上も大きな左腕。前腕部分の装甲がシールドと一体化しており、手の甲から肩の下まで覆う程の巨大な盾となっている。これは奇抜なデザインを求めた結果では無く、きちんとした設計思想に基づいたものである。
この機体は大型の重火器の使用を前提として設計された。ディートリンデのライフル銃を始めとする大型の重火器は、その重量や反動制御、取り回しなどの理由から、両手で使用することを余儀なくされる。その為、攻撃に於いては多大な効果がもたらされるものの、防御と言う面では両手が塞がれており、一般的な装備である盾を用いることが出来ない。
その欠点を解決する一つの答えが、このシールド一体型装甲である。シールドと腕が一体となることで、銃火器で手が塞がった状態でも盾を用いることが出来るので、防御力が格段と向上する。
とは言え、大きな欠点も有している。その大きなシールドと装甲を一体化したことにより、左右の重量バランスが大きく崩れている。それを補う為の調整が各所に施されているが、解消するまでには至っておらず、機体の操作性が非常に悪い。
その為、通常の機体とは操作感が大きく異なり、エスクートゥアの操縦に慣れると、他機への乗り換えの際には違和感や操縦に支障を来たす恐れがある。
また他にも、その特徴的な腕を持つことから機動力が低く、装甲によって守備力は上がってても近接戦闘、取り分け格闘戦を苦手としている。
そんなダリルの装備する武器はガトリングガンである。両手で抱える様に持たれた大型の銃からは、弾帯が機体の背面へと長く伸びている。
エスクートゥアが装着しているBPは専用の給弾タイプである。銃器とセットで売られているもので、大量の弾丸を詰め込まれた大きなBPのお陰で、弾切れの心配をすること無く思う存分打ち続けられる。
「しかし、非常に自分好みな機体ですね」
ビエコフはエスクートゥアの全身が見える位置に移動すると、恍惚とした表情で眺めている。
エスクートゥアの機体には冬季迷彩の白い塗装が塗られているものの、幾多の戦闘を潜り抜けた証でもある無数の痕跡が刻まれていた。
被弾による装甲の凹みや接触の際に出来たであろう擦れた痕。所々白い塗料が剥げて、従来の塗装である濃緑が見えるだけでなく、錆が浮き出して古兵な雰囲気を滲ませた機体となっている。
「これは終わったら、何としても聞かなくては」
通常のままだとこの様な状態の外観にはならない為、ダリルの機体には何らかの手が加えられていると推測される。
その情報を是が非でも聞き出すべく、ビエコフは固い決意を抱く。
そしてヴァン達も初めて間近で見る機体に、奇声を上げて興奮するなどビエコフと同様のことが起こっていた。
「うおお、格闘専用機かよ!?」
「あの嬢ちゃんのか。中々思い切ったことをしておるの」
ヴァンの驚く声に対し、シャバックは潔い程の割り切り方に感心しきりである。
現状、格闘特化機として作られたマリーアイゼンではあるが、全く銃火器を所持せず、格闘装備のみで使用しているプレイヤーは稀有な存在である。
以前よりエレノアが手こずっていた様に、格闘装備だけでは敵への接近方法に難が生じる。その為、多くのプレイヤー達は飛び道具を必ず所持し、牽制などに利用している。
「はっはっは、いいね、いいねー。そう言う考え方嫌いじゃないぜっ」
自身も似た様な嗜好を持つダリルは、一目見て大いに気に入っていた。
「しかし専任のメカニックが居ると、やっぱり安心して出撃出来るな」
「後の心配をせんで良いのは、助かるの」
専任のメカニックを抱えていないI.C.O.M.S.チームの面々は、口々にビエコフの存在を歓迎していた。
I.C.O.M.S.はヴァンとマグスの二人がパイロットと兼任でメカニックを担当している。しかしヴァン達に限らず、兼任メカニックと言う存在はあまり歓迎されていないのが実情である。
ARPSの操縦と修復、この二つは消費量に差こそあるものの、実行中プレイヤーのスタミナ値を常に消費し続ける仕様となっている。
兼任メカニックの場合、戦闘にも参加をしていることから、終了時にはそのスタミナ値を大幅に消費しており、大きな損傷を負った機体の修復をする程の余力は残されていない。その為、機体の応急処置を施すことが精々であり、それすら一人当たりの台数が制約される様な有り様である。
そして修復機会が減れば、当然スキルも育たない。Lvが低いままだと、修復に掛かる時間も多く必要となり、それがまた修復機会を減らすと言う悪循環に繋がっている。
勿論、時間の経過と共に消費したスタミナ値は回復するものの、それまでの間は破損した機体で凌がなければならず、修復を優先すると回復が間に合わずに戦力が減少すると言うジレンマを抱える。
その様な理由から、専任メカニックを有していないチームは長期間の遠征を嫌い、自然と近場の討伐系依頼を好む様になっていく。このことは討伐系依頼が人気となる隠れた要因でもあった。
各機が出揃い、全員が搭乗を終えた所でクルツから声が掛けられる。
「それでは、皆さん準備は宜しいですか? では、行きましょう」
「「「おお!!」」」
「しゅっぱーつ!!」
クルツの合図に伴い、全機は敵の潜伏する廃墟へと向かって進軍を開始した。
ベースキャンプに残る二人は、出撃した機体の小さくなる後ろ姿を眺めていた。
「そう言えば、ヴァンさんは何でこの機体を選んだんですか?」
ビエコフは前方を見つめながら、隣に立つヴァンへと声を掛けた。
スフォシークは偵察能力に長けているものの、戦闘には不向きな機体である。その為、今回の襲撃からも外されて護衛役に指名されている。
「ん? そんなに変か?」
「いえ、偵察機なら、センサー機の方が色々と使い勝手が良いと思いまして」
スヴァローグの様なセンサー機も戦闘には向かないが、戦場に於いては様々な役割を担っている。
「ああ、なるほどな。俺の場合は個人的な趣味と、後はまあチームの必要に迫られたからだな」
そう言うと、ヴァンは選ぶまでの経緯を話し始めた。
ヴァンが初期支給機として選んだ機体は、もう一つのセンサー機であるブラケニィーグだった。当初はスヴァローグのデザインや性能に惹かれていたものの、戦闘能力のあまりの低さに回避をした一人である。
索敵能力がスヴァローグに劣るとは言え、ブラケニィーグが持つ数値でも十分なものであり、開始当初より特に大きな問題などなく過ごしていた。そんな中、依頼の遂行に際し不安が生じ始めたのは、二本線への昇格が間近と近付いた頃だ。
以前にも触れたが、ヴァン達I.C.O.M.S.は討伐依頼を主体に活動をしている。
敵の拠点を急襲し、標的である全ての機体を残らず殲滅する。それを完遂するには、敵の配置、使用機種、機数、武装、拠点内の罠の有無など多岐に亘る情報が必要となる。
そして今回の偵察でも分かる通り、建物内の詳細な情報を得るには外部からだと限界がある。
討伐依頼は一機でも逃せば、失敗扱いとなる。情報が不明瞭な場所に踏み込むことは、失敗する確率が跳ね上がるだけでなく、常に全滅の危険に晒されることでもある。
ヴァン達としては今の活動方法を継続するならば、例えセンサー性能が劣り、周辺警戒能力が下がろうとも、襲撃の際の情報量が増える方を選んだ結果なのだ。当初は他のメンバーがステルス機を所持して、センサー機との二機体制も検討したが、この先徐々に難度が上がる討伐依頼をこなすに当たり、火力を減らすことを懸念した為取り止めた。
「へえ、そんな理由があったんですね」
ビエコフは振り返ると月明かりが照らす中、微かな光さえ放つことなく漫然と聳え立つスフォシークを見上げた。
「俺もそろそろ搭乗しとくわ」
「分かりました」
頭の上でひらひらと手を振るヴァンを見送ると、ビエコフもアイバンへと向かって歩き出した。
上空に白く光り輝く月は、深夜にも拘らず、照明を灯したかの様に周囲を明るく照らしている。
ここ暫く晴天に恵まれたお陰で、木々に付いていた樹氷は大分その数を減らしていた。
時折、風に流れされた雲が月に掛かり、辺りを漆黒の闇で包み込む。
満月に程近い月明かりの恩恵を受け、各機体は通常のカメラでも十分対応出来る程の照度が確保された為、今回は夜間戦闘にも拘らず赤外線暗視装置の使用を見送った。
これは夜間戦闘の経験が少ないキース達、オレンジ・ブロッサムのメンバーに取っては幸運なことであった。
一行の機体は拠点へと続く雑木林の中を、ゆっくりとした歩みで進んでいる。
偵察時にはスキーモービルでのローラー走行をしていたが、今回の進軍ではスノーシューを装備しているシュヴァルディアの速度に合わせている。
集団で固まって歩いている為に、機体が奏でる金属を咬み合わせた騒がしい音が、静まり返った木々の間を響き渡る。
キース達にとっては、これだけの機体数で行動するのは初めてのことであり、自機の周囲を多くの機体に囲まれて歩む光景に、ほど良い高揚感に包まれていた。
一行はキースが偵察を行った10km圏内へと差し掛かった。
全ての機体がジャミングと言った隠蔽を行えないことから、普通に進軍をしている為、そろそろ敵も警戒をし始める頃だろう。
「グレン君、お願いしますね」
「了解」
クルツの合図を受け、集団からグレンのケッテンクラートが抜け出した。
本隊である集団から離れると、グレンは一気にアクセルを煽り、車両を加速させた。
墨で描かれたかの様に真黒な木々と、月の光を浴びて白く輝きを放つ雪面。くっきりとコントラストが別れた世界の中を、履帯から細かな雪煙を舞い上げてケッテンクラートが駆け抜ける。
暫く林の中を走っていると周囲から木々が消え、光に包まれた眩しいばかりの空間に躍り出る。大型の運搬車が辛うじて擦れ違うことが出来る幅を持つ、拠点へと通じる道を素早く横切ると、すぐに対面側にある雪深い雑木林の中へと入り込む。
グレンは通り過ぎた道が見えなくなるほど奥に進むと、ハンドルを切り、再び敵の拠点へと向かって進んで行く。
出発直後は大きくうねり、まるでいくつもの丘を昇り降りしているかの様な地形に、他のメンバーの後を付いて行くのにも苦労していたが、拠点に近づくに連れて徐々に地形がなだらかになって来た。
緩やかな雪面の上を、くぐもった排気音と履帯が踏み締める雪面に張った氷の破砕音を響かせて進むグレンの目に、目的地となる建物の姿が見えて来た。
視界の先には、雪の中にあって通常よりも一層冷たく感じる灰色のコンクリート製の壁が左右に長く伸びて、進むものの行く手を遮っている。
グレンは進路を右へ取ると、塀に沿って敷地を回り込みながら、右端の建物の側面へと向かう。
敷地に近づいたことで敵の襲撃を警戒するも、まだグレンは捕捉されていないらしく、あっさりと目的の場所へと到着することが出来た。
グレンはゆっくりと速度を落としながら、敷地を囲む塀を横目に、敵ARPSが格納されている建物へと近付く。
建物の中ほどの場所に到着すると、ケッテンクラートのエンジンを切る。グレンは座席の脇に置いていたバックパックと対ARPS砲を手にすると、車両を降りて塀へと向かって歩いて行く。
雪に埋もれたとは言え、未だ塀の高さは2m以上もある。
塀の手前に立ち、高さを一度確認すると、グレンは一旦しゃがみ込んで力を溜めてから大きく跳躍をした。身体能力を上昇させる【強化】スキルのお陰で、現実では手の届かない高さの壁も、あっさりと端に手を掛けてよじ登ると、敷地内への侵入に成功する。
グレンは着地時に膝まで雪に埋まった身体を抜き出すと、すぐに目の前にある建物へと身を寄せた。
壁に貼り付き、一度周囲を警戒するも、依然捕捉されてはいない様だ。
今度はゆっくりとした足取りで、より慎重に入口の方へと進んで行く。
入口周辺の敷地では、敵の装甲戦闘車が警戒に当たっている。
グレンは建物の端へと到達すると、懐よりタクティカルミラーを取り出して、敵の様子を窺う。
「やっぱり、入口だけを警戒しているな」
車両の正面を入口となる門のへと向けて、左右を挟みこむ様に配置されている。もっとも、今はゆっくりとだが本隊が近づいていているので、決して間違った布陣ではない。
「さて、いくつ仕掛けるか……」
ミラーを仕舞いながら、仕掛けに際して少し悩む。
どうせなら一度だけでなく、何度かに渡り仕掛けて敵を混乱させたい。
――間隔を開けて二ヵ所。一ヵ所に二個ずつ仕掛ければ良いんでないかい――
そんな様子を見かねたのか、咲耶がアドバイスを入れた。
「そうだな。それじゃあ、行くとするか」
グレンは雪面へと身体を伏せると、建物の陰から匍匐前進をしながら、未だ閉ざされたままの建物入口へとトラップを仕掛けに向かった。
生身ではセンサーには引っ掛からないが、視認されれば攻撃を受ける。
とは言え、全身を真白な装備で揃えて雪に混じれば、距離が開けばそう簡単には見付からない。
雪面に這った状態の身体は急激に体温が失われて行く。すぐに全身へと冷気が沁み渡り、手足の先が痺れた様な鈍い痛みを感じ始めた中、静かに急ぎながら入口へと進んで行く。
入口のすぐ脇へと到達すると、グレンは背負っていたバックパックの中から地雷を取り出した。雪の上に並べて二個セットすると、見付からぬ様に軽く雪を振り掛けて偽装を施す。
そのまま少し移動して、再度同じ仕掛けをすると、急いで建物の陰へと戻っていく。
「ふう……」
敵に姿を晒した中での仕掛けに、精神的な疲労からグレンは大きく安堵の息を吐いた。
――お疲れさん――
「後は任せるぞ」
起爆は索敵センサーを利用して、咲耶が務めることになっている。
――あいよ――
グレンは無事に準備を終え、どこかホッとした様子で腰を降ろすと、設置完了の連絡を咲耶に指示をして開始の時を待った。
グレンと別れた本隊は、そのまま速度を落としてゆっくりと敵の拠点へと進んでいた。
歩行時の振動で周囲の木は揺れ、僅かに残っていた樹氷が機体に降り掛かる。
このゆっくりとした歩みには、足の遅い機体に合わせたのとは別に、もう一つ理由があった。敵がこちらを警戒することで、より一層グレンから注意が逸れてくれる。
敵拠点の1km程手前に到着すると、ここで更に機体が別れる。
「じゃあ、任せましたよ」
「了解です」
「リンちゃん、頑張ってねー」
「エリーちゃんも無茶しちゃだめよ」
キースとディートリンデの二人をその場に残し、本隊は更に拠点へと向かって進む。
「それじゃあ、俺達も移動しましょうか」
「そうね」
キースはジャミングを掛け、二機の機体を索敵から隠すと、先導する形で狙撃地点へと向かう。
「リンデさん、スヴァローグの周囲30mの範囲から出ますと敵に気付かれます。あまり離れない様に付いて来て下さい」
「分かったわ」
ジャミング機能を持たないシュヴァルディアを隠しながら、キースは慎重に歩を進めて行く。
すると、雑木林の切れ目が見えて来た。
拠点へと通じる道は、入口より緩やかに蛇行しながら800mほど真直ぐ進むと、一度大きく曲がる。
キース達は曲がり角に当たる雑木林の中を、障害が無く入口まで射線が取れる場所に陣取った。目標までの距離は約880m程の地点となる。
キースが機体を停止させると、すぐ隣に着いたシュヴァルディアが足下の雪の状態を確認すると、スタビライザーを展開させて狙撃準備に入る。
視界の先に小さく見える拠点の入口を守っている敵のARPSは、既に本体の接近を感知している様で、潜んでいる方の雑木林に向けて銃を構えながら警戒している。
「アデリナ、周辺データの収集と送信、宜しく」
――了解です、マスター。周辺データの収集を開始します――
アデリナは敵拠点の最新情報を集め、以前収集した情報との照合をすると共に、狙撃に必要となる情報をダイアナへと送り始める。
――ディー、データが来たわよ――
「じゃあ、連絡して」
――了解――
各自の準備が整うと、一旦作戦指揮を執るクルツへと連絡を入れる。全ての準備が整い次第、クルツより開始の合図が各機へと送られる運びとなっている。
準備を終えたディートリンデはじっとその時を待っていた。
――ディー、合図が来たわ――
ダイアナの言葉を受け、ディートリンデは集中を高めていく。
――道に出ると風があるから、注意して――
現在ディートリンデ達が潜む雑木林の中は、周囲の木々の影響でほぼ無風に近い状態となっているが、道に出ると時折強い風が吹き付けている。
ダイアナの助言を受け、敵の胸部に当てていた十字照準線を僅かに移動させる。
引き金に掛かっているシュヴァルディアの指が一瞬震えると、絞り込む様にゆっくりと動いて行く。
静まり返り、凍り付いた空気を切り裂く銃声の後、近くで樹氷が落ちる音が続いた。
銃口より放たれた弾丸は、真直ぐに敵の胸部装甲へと吸い込まれた。着弾時の衝撃に押され、一歩後ずさった機体は暫く微動だにしなかったが、糸が切れた人形の様に正面から雪へと倒れ込んだ。
それを受けて、敵ARPSが潜んでいる建物の入口が開き始めた。一瞬軋む様に震えると、ゆっくりと入口のシャッターが上がっていく。張り付いた雪が零れ落ちる中、鉄が擦れ合った軋む音が鳴り響く。
「ふう……」
――流石に威力が上がってるわね。一発で仕留められたわ――
ダイアナは新たな銃の威力に満足そうである。
仕留めたレーシィ・シェースチは一世代前の旧型機とは言え、今まで銃では二発を必要としてたことから、弾数で言えば倍の威力を持つことになる。
「さあ、これから忙しくなるわよ」
モニターには、敵の拠点へと襲い掛かる機体の群れが映し出されていた。
襲撃本隊は敵の拠点まで、残り500mを切ると言う地点の雑木林の中に潜んでいた。
木々を遮蔽として機体を隠し、敵の様子を窺いながら、開始の時を待っている。
しかし入口を守っている敵のARPSには、既にこちらを感知されている様子で、しっかりと銃を構えて、銃口の先を本隊の潜む林へと向けている。
「さて、御手並み拝見と行くか」
どこか愉しげな様子でダリルが呟くと、それを耳にしたエレノアが噛み付いた。
「リンちゃんは凄いんだからねっ。2kmも離れた所からだって、当てるんだから!!」
「そりゃ、凄いのう」
「そーでしょー」
シャバックが感心すると、まるで自分が褒められたかの様に、エレノアは喜んだ。
「皆さん、準備は良いですか? そろそろ始めますよ」
クルツが作戦開始の合図を出すと、数秒後に一発の銃声が鳴り響く。
エレノア達の視界の先では、入口を警護していた敵の機体が銃声の後に、俯せの状態で雪面に倒れ込む姿が見えた。
その様子をつぶさに見ていたダリルは、感嘆する様に口笛を鳴らす。
「やるなー」
「でしょ、でしょー。リンちゃんは凄いんだよー」
仲間が認められて喜ぶエレノア。そんな二人のやり取りに対し、クルツから急かす様に合図が送られる。
「こちらも動きますよ」
「おう、行くか」
「りょーかーい」
真っ先に動いたのはクルツの駆るシュヴァルディア-102。雑木林を抜けて、街道へと躍り出ると、そこで機体を停止させる。
後に続いていたエレノア達の機体が、シュヴァルディアの左右を別れて追い抜き、一路敵の拠点へと疾走して行く。
「マオ、アウトリガー展開!!」
――了解――
脚部に付けられたアウトリガータイプの固定具が、機体側面と後方の計四ヵ所に降ろされる。
抑え付けられていたスプリングが外された様に、固定用台座が雪面に叩き付けられた。小さな雪片が飛び散り、座面の形で雪面が僅かに陥没する。
アウトリガーの特徴はスタビライザーとは違い、展開が素早く簡単に行える。その一方、反動吸収力は大幅に減少することから、ライフル銃の様な武器には向かない。
「一発……、いや、二発にしましょう」
クルツは標的となる入口を塞いでいる鉄扉に狙いを定めると、すぐにロケット弾を発射した。
右肩に装着された九連装のロケットランチャーから、タイミングが僅かにずれながら、二発のロケット弾が連続して打ち出された。
シュヴァルディアは発射時の衝撃で機体を後方へと押されると、支えていたアウトリガーの座面が僅かに雪へと沈み込む。
発射されたロケット弾は、上空を弧を描きながら鉄扉へと向かって飛んで行く。
先行していたエレノア達の機体を追い抜くと、そのまま左右二枚の鉄扉へと着弾した。
爆発により、入口周辺は粉塵が立ち込めて、視界が全く効かない。
「うえー、前が見えないよー」
速度を僅かに落としたエレノアが声を上げると、すかさずシャバックから指示が飛んで来る。
「わしとマグスで先陣を切る。嬢ちゃんは、ダリルと後から付いて来い」
「はいよ」
「うん、わかったー」
シャバックの駆るカグツチ壱型とマグスの駆るザロジェニールMk-Ⅱの二機は、正面に盾を掲げると、まだ晴れぬ粉塵の中へと突入した。
数瞬粉塵で消え去った視界が、鮮明に晴れ渡る。
鉄扉であったものは、爆発の衝撃で大きく折れ曲がり、二枚とも後方へと吹っ飛んでいた。
そして入口すぐの広場には事前の情報通り、三台の装甲戦闘車が配置されていた。入口を挟み、左側には八連のロケットポッドを装備した装甲戦闘車が二台、反対となる右側には対ARPS用砲門を搭載した装甲戦闘車が一台である。
先陣を切った二機は、すぐさま左右二手に別れる。それと同時に、遅れて来た二機も広場へと到着した。
まず最初に攻撃を仕掛けたのは、マグスの駆るザロジェニール。左に居る装甲戦闘車に近付くと、突然現れた敵に動揺しているのか、未だ動きの無い相手に乗じて攻撃の隙を与えずに、ロケットポッドへと銃弾を放つ。
掲げていた盾の横に覗く銃口から、三点バーストが二度奏でられる。被弾したロケット弾が爆発を起こすと、すぐに誘爆が起こり、装甲戦闘車は車体を浮き上がらせながら、派手な炎を上げた。
次はシャバックのカグツチ壱型。マグスとは反対の右側へと移動する。
こちらに居る装甲戦闘車は状況に対して素早い反応を見せ、カグツチへと砲門を向けていた。すぐにカグツチも攻撃を仕掛けようとするも、先手を取られる。
至近距離から放たれた砲弾を、カグツチは掲げていた盾であっさりと防いで見せた。放たれた砲弾は盾に往なされて、明後日の方角へと飛んで行く。
その直後、お返しとばかりに、カグツチの右肩に担いでいたバズーカから一発の砲弾が発射された。
煙を引き、一直線に装甲戦闘車へと向かうと、車両と砲塔の境目に着弾する。砲弾が爆発すると、その衝撃を受けて前方の車輪が大きく跳ね上がった。
被弾時の粉塵が晴れると、戦闘装甲車は砲塔が歪み、内部にも爆発が達したのか、搭乗ハッチから黒煙が漏れ出ていた。
シャバックは装甲戦闘車の破壊を確認すると、すぐに警戒する様に、敵ARPSが潜む建物へと機体を向けた。
「ほえー」
カグツチの戦闘をつぶさに見ていたエレノアは、その技術の高さに見惚れていた。
対ARPS砲の攻撃を防ぐこと自体は、それ程難しくはない。以前対戦した折にも、実際にキースが幾度か防いでいる。しかし、キースなどは砲弾を真正面から盾で受け止めていた。
対ARPS砲と言うのは、その名の通り機体を破壊出来る程の威力を持っている。盾でも防げはするものの無傷とはいかず、三、四発も直撃を受ければ盾を破壊されてしまう。
今回シャバックがやって見せたのは、砲弾を逸らせて防ぐ方法である。この方法だと盾へのダメージも最小限で済み、戦闘継続力も格段と上がる。
そして何より、修繕費用が抑えられる。余りにも損傷が酷い場合、修復では済まず、買い替えなければならない。対戦の度にその様な状況に陥れば、いくら報酬が得られても割には合わない。
とは言え、瞬時の対応が迫られる中、跳弾による周辺の僚機の損害を防ぎつつ、砲弾を受けること無く受け流す技術。盾を掲げる角度も浅すぎず、深すぎず。幾多の戦闘によって磨かれた、地味ながらも熟練の技である。
そして、エレノアが呆けてた一瞬の隙を突き、残りの装甲戦闘車にダリルが先に攻撃を仕掛けた。
正面を入口へと向けていた車両の側面に素早く回り込む。装甲戦闘車は構造上、停車状態では素早い回避行動は取れない。
あっさりと側面に回り込んだエスクートゥアは、手にした巨大な銃を構えると、装甲戦闘車へと銃弾を放った。
「これでも喰らいやがれっ」
操縦席でニヤついた笑みを浮かべながら、ダリルはガトリングガンを放ち続ける。鈍いモーター音と共に軽やかに銃身が回る音が響く中、足下の雪には巨大な薬莢が黄金色をした雨粒となって降り落ちる。
専用のバックパックからは絶え間無く銃弾が供給され続け、まるで紙にパンチで穴を開けているのかと錯覚でもしそうな位呆気無く、敵車両の装甲が蜂の巣にされる。
僅か数十秒の間でパンチングメタルで作られたが如く、無残な姿へと変貌した装甲戦闘車は、ロケット砲から何度も誘爆を起こしながら破壊された。
「あー、ずるーい。私の分が無いじゃない!!」
「早いもん勝ちだろ」
前哨戦が終了し、唯一戦闘を行わなかったエレノアが憤慨する中、クルツの駆るシュヴァルディアが到着をした。
「どうやら、敵本隊の登場には間に合った様ですね」
クルツは素早く周囲を見回して、状況を確認すると同時に、砲撃地点を見付け出す。
「私は奥に移動して支援砲撃を行います。マグス君は私の護衛を頼みます」
「……了解」
「ダリル君と長老の二人で前線を構築。エレノアさんは二人が引き付けた敵の撃破をお願いします」
「了解じゃ」
「任せとけっ」
「りょーかーい」
「では、始めましょう」
各機が配置に着くと、敵ARPSが潜んでいる建物方へと視線を向ける。
高さが8m近くもある鉄の扉は、まだ半分にも満たない程しか開いておらず、ゆっくりとした速度で上昇している。
まるで襲撃者へとプレッシャーでも掛けるかの様に、不気味にじわりと開いて行く扉。
照明が消え、漆黒の闇に包まれた内部に潜み、未だ全容が不明な敵のARPS。
前哨戦をあっさりと完勝したキース達一行は、いよいよ本番となる未知のARPSとの戦闘が開始される。




