第三十話 疾走
9/2 誤字修正
吹雪の中での戦闘を制したキース達であったが、その代償は決して小さくは無かった。
カグツチの最終損害報告は32%にも達し、右肘は稼働不能。
スヴァローグも最終損害報告は37%に達し、頭部にも被弾をしており、その影響でセンサー機能が7%程低下している。
特にセンサー部の損傷は深刻だ。ただでさえ降り続く吹雪の影響で性能が落ちている所に、更なる索敵範囲の減少は、この先の行程にも支障を来たすことになる。
「取り敢えず、最優先はセンサーの修理だな」
「すいません。俺がミスした所為で……」
項垂れるキースの肩に、グレンは手を置くとグッと力を込める。
「別に謝ることじゃないぞ」
その言葉にキースは顔を上げる。
「そうよ。戦闘に参加する以上は、誰もが避けられないことよ」
「そーそー、戦う以上はしょーがないよねー」
ディートリンデの後を追い、自機の損傷を棚に上げて、エレノアは素知らぬ顔で参加して来る。
久々に大きな損傷を負ったカグツチの件を有耶無耶にしようとするも、すぐに担当整備士より突っ込まれる。
「いや、姉ちゃんの場合は少し多いから」
「なによー、最近は少なかったでしょー」
そのまま姉弟の言い争いに発展する前に、制止の声が掛かる。
「そんな事よりもだ。俺が運転を代わるから、ビエコフは修復作業に取り掛かってくれ。センサーと、それからカグツチを修復しないと、次に襲撃を受けたら詰んじまうぞ」
「分かりました。すぐに始めますね」
早速ビエコフが作業へと取り掛かる。
「それと修理が済むまでは、咲耶、お前が索敵を担当してくれ」
――しょうがないね。でもアデリナ程の範囲は無理だよ――
「それは承知の上だ」
追い詰められつつあるが、この状況を打破するには足掻き続けるしか方法は無い。
時刻はとっくに昼を過ぎており、各自が簡単な軽食を摘まみながら、僅かな時間さえ惜しむ様に先へと進んで行く。
外は相変わらず雪が吹き続け、一向に止む気配を見せない。悪天候の影響で当初の予定より遅れていた行程は、襲撃を受けたことで更に大幅な時間をロスする結果となった。
辛うじて保持している狭い視界の中、雪道を慎重に進むも、段々と日が沈み始めると恐れていた事態が現実となった。闇を照らす為にヘッドライトを点灯すると、吹き付ける雪で光が反射されて視界が効かなくなる。しかし、天候の回復を待つ訳にはいかない。
高速での走行する為に遠くへと向けていたヘッドライトの光を、すぐ手前へと切り替える。先が予測出来なくなる分速度が下がり、運転にも負担が掛かるが致し方無い。
配達期限となる本日中に街へ到着をしなければ、ここまでの苦労が水泡に帰してしまう。
街灯も無い、真っ暗な闇の中、僅かな先を照らすヘッドライトの光を頼りに、轟々と唸る様な風の音を聞きながら、木々の隙間に出来た細い道を疾走する。
ハンドルを握るグレンは、日が暮れて以降一言も発することは無く、眉間に皺を寄せて前方を睨みつけている。その表情からも窺える緊張感は隣に座るキースだけで無く、車内全体にも伝わって重苦しい空気に包みこまれている。
遅々として進まない行程に、一行の焦りが募る中、刻々と時間だけが過ぎ去っていく。
すると、碌に休憩も取らず、強行軍で進んで来た一行に一条の光明が差し込んで来た。徐々にではあるが、吹雪の勢いが弱まって来たのである。
それはゆっくりとだが、確実に減っていき、配達期限まで残り四時間と言う所になってとうとう消え去った。
「ようやく止みましたね」
「ああ、だが時間も迫っている。ビエコフ、修復作業を止めて、運転を代わってくれ。今からでも飛ばせば、ギリギリ間に合うかも知れん」
グレンが通信機に向かって話すと、コンテナ内で作業中のビエコフからすぐに返事が返って来る。
「分かりました。すぐにそちらに戻ります」
「いそげー」
グレンからビエコフへと運転手を換えたアイバンは、夜も更けた闇の森を疾走する。巨大な車体は風を巻き上げ、降り積もったばかりの雪を辺りに撒き散らして走り続ける。
そんなビエコフの奮闘の甲斐もあり、配達期限となる日付が変わる十五分前に、キース達は滑り込む様にマクノーシ・スラビシュのギルドへと辿り着くことが出来た。
「ギリギリセーフっ」
エレノアは車外に降り立った一行の先頭で、大きく手を広げて見せる。
「リスクの少ない依頼を受けていて、正解だったな」
「その分報酬は少ないですけどね」
エレノアの後ろを付いて歩くグレンとキースは、苦笑しながらも自分達の下した判断の正しさを実感していた。
報酬が大幅に増えた配達依頼には、大きく分けて二つの種類が存在した。
一つは今までと変わらぬ依頼主の元へ直接届けるもの。こちらの依頼は報酬が高い分、物量も多い。そして何より配達時刻が遅くなると、翌日の受領となる為、失敗するリスクも高くなる。
もう一つはギルド着となる配達だ。こちらは物量の少ない依頼を一旦ギルドで取り纏めてから発送しており、街間の物流をプレイヤーに頼る様になったことで、生まれた配達方法である。配達する物量が少ない分、報酬も安い。但し、受け取り先となるギルドは二十四時間営業の為、日付が変わる前までに届ければ良く、その分僅かにだがリスクも減っている。
冬季に入ってからキース達は、このギルド着の依頼で様子見をしていたことが功を奏して、戦闘や悪天候で大分到着が遅れたが、何とか失敗だけは免れることが出来た。
何とか無事に配達を終えると、緊張から解放された身体は一気に疲労を訴え、キース達五人は一旦現実へと帰還した。
翌日からも今回の経験を踏まえて慎重に内容を吟味して、依頼を受けていく。
幸いにも天候の崩れは見られず、マクノーシ・スラビシュから開始地点であるレニンスキへと戻ると、ようやく長い道程が終了する。
「中々ハードな行程だったな」
グレンは一人掛けのソファーに腰を下ろすと、疲れた体を解す様に手足をグッと伸ばした。
久々の滞在となる拠点に戻った一行は一旦居住区画に集まり、各々がジュースやお茶と言ったものを片手に椅子やソファーに腰を下ろすと、話題は自然とこれまでの長旅での出来事に移っていく。
「そうですね。でも途中で吹雪に遭遇したにも関わらず、無事にやり過ごすことが出来たのは大きな収穫でしたよ」
「結構ギリギリではあったけどね」
「あぶなかったよねー」
「でも、これで一通りの天候は経験しましたね」
ビエコフの指摘に一行は感慨に浸る。
開始以降キース達は青く澄み渡った晴天に、空が薄暗い雲で覆われた空。地面に叩き付ける様な土砂降りの雨に、視界を真白く覆った深い霧の夜。静寂な中、深々と降り続く雪に唸り吹き荒れる猛吹雪と、それこそあらゆる天候に遭遇して来た。
「でもさー、まだ雷とかには遭ったことないよねー」
何気なくエレノアが発した一言で、四人は一瞬にして固まった。
「いや、いくらなんでもそこまでは……」
「でも、ここの製作スタッフなら……」
「ですけど、まさか……」
エレノアは自身が原因とは露知らず、男性陣三人が額を突き合わせて話しているのを不思議そうに眺めている。
延々と結論が出ない話を続けそうになるも、ディートリンデが手を叩いて止めた。
「そんなことよりも、次の行き先を決めましょう。もう一周同じルートを回るのか、それとも別の場所に向かうのか」
当初の予定ではリスクを最小に抑える為に、複数の選択肢を得られる周回ルートを優先的に回る予定であった。
だが、今回の遠征で吹雪を経験し、無事に依頼を成功させたことは五人に大きな自信をもたらした。
「まだ冬も始まったばかりですし、経験値を増やす為に、もう一周位回っても良いと思いますけど」
「自分もキースさんの意見に賛成です。この間の吹雪も、降り止まなかったら危なかったですし」
キースとビエコフが慎重な態度を示す中、反対の声が揚がる。
「えー、もっと他の所にもいこーよー」
案の定、エレノアは二人の意見に不満な様子だ。
「エリーちゃんじゃないけど、いずれ新たな街へと活動範囲を広げるなら、何度も周回を重ねるよりは一度訪れた場所を再び回った方が、得られる経験が大きいと思うわ」
意見が二つに割れる中、残り一人となるグレンへと全員の注目が集まる。
顎に手をやり、黙り込んで考えていたグレンの口が開いた。
「俺としては、キース同様慎重に事を進めていきたい」
「えー、それじゃー、つまんないよー」
「最後まで話を聞けって。ただ経験を積むってことでは、周回ルートには限界があるのも確かだ。そこでだ、試しに一度予備日が貰えるペトロヴェートへ行ってみないか」
グレンは一旦言葉を区切ると、他のメンバーの反応を窺う。
エレノアとディートリンデは肯定的な意見が出たことで聞き入っており、キースとビエコフも思案する様子が見える。
「これならリスクも抑えられるし、何より今回の吹雪の経験から、予報だけでは避けられないことがはっきりしたからな」
元々周回ルートが発案された経緯は、複数のルートを確保して、吹雪などの悪天候を回避することが目的だった。
ところが各街にしか天候予報が出されておらず、道中での遭遇に関してはまだ経験が足りずに予測が付けられないので、今の所運頼みな感が否めない。
ならば、予備日が得られない二日間の道程が二ヵ所存在する周回ルートよりも、ペトロヴェート行きの方が吹雪との遭遇と言う意味ではリスクは抑えられる。
「確かに、吹雪に遭遇したのは道中だけでしたね」
ビエコフが答える隣で、キースは少し考え込む様に俯いて押し黙っている。
目の前に出された選択肢は二つ。悪天候による足止めを回避するのが良いか、それとも道中のリスクを下げた方が良いのか。
一同に見つめられる中、キースの顔が上がった。
「いつまでも周回ばかりしてられませんし、吹雪に遭遇しても、余程酷い状況でなければ移動出来ることが分かりましたから、一度試してみましょうか」
キースの言葉に、それまで神妙な顔で見つめていたエレノアの表情が一気に華やいだ。
「よしっ、それじゃあ明日からはペトロヴェートに向かうぞ」
「おー!!」
グレンが決定した予定を告げると、続いてエレノアが一人、拳を高々と掲げながら元気良く立ち上がった。
翌日から向かったペトロヴェートへは、吹雪と言った行程に影響が与える程の悪天候に遭遇することも無く、無事に到着することが出来た。これにより五人はより一層自信を深め、一度訪れた街を優先しながら徐々に活動範囲を広げることを決めた。
その為一旦レニンスキへと戻った一行であったが、残念ながら天候状態が思わしくなく、再度周回ルートを回ることを余儀なくされる。
夏季の頃とは違い、冬季に入ってからは自分達の望み通りには移動することは、非常に困難となっている。それは取りも直さず天候により、行動を制限されてしまうからだ。しかも現実とは違い、地形やら気象前線などと言った法則性は今の所発見出来ず、完全にランダムな形で行われている。
そのお陰でキース達のみならず、未だ天候に左右されずに走破出来るだけの技量を持たないプレイヤー達は、様々な場面で予定が狂わされていった。
しかし天候などの条件次第で高報酬の依頼も受け出した為、夏季には苦労した予備機体の費用が驚く程の勢いで貯まっていくと言う、嬉しい誤算を得られる結果となった。
幾度かひやっとする様な危ない場面もあったが、何とか一度も失敗を経験すること無く、三本線への昇格も後少しと迫った一行の姿はノヴォベリスクに在った。
雪が降り積もって以降、ノヴォベリスクには訪れる人が少ない所為か、依頼を探しにやって来たギルドの中は閑散としていた。
「ねーねー、そろそろ新しい所にも行ってみよーよ」
「そろそろ良い頃かもな」
エレノアの隣に並び、ギルドへと入って来たキースは同意をした。
大分冬季での行動にも慣れ、ここノヴォベリスクが来訪したことのある最後の街と言うこともあり、丁度良い機会に思えたからだ。
ここから向かうなら選択肢は二ヵ所。南西に四日程進んだ先に在る、ラサーラ共同連合との国境沿いの街『オボニヤル』。もう一ヵ所は北西に三日半、湖を回り込む様に向かった先に在る『エスクドロフ』と言う街だ。
二人は新たな街への期待を膨らませながら、カウンターへと依頼を探しに向かうが、残念ながらその望みは叶わなかった。
「まあ、この天候じゃしょうがないな」
「むーっ」
流石に未だ初期支給機がメインと言うこともあり、国境に近い『オボニヤル』へ向かうにはリスクが高い為、『エスクドロフ』に向かおうとした所、ここ二日程雪に閉ざされていることが判明したのだ。その結果、天候に問題の無いレニンスキへと一旦戻ることとなった。
「でもさー、行ったら丁度着く頃には晴れるかも知れないよ」
余程新しい街へ向かうのが楽しみだったらしく、未だ諦めきれないエレノアが食い下がって来る。
「エリーちゃん、今回は諦めよう。レニンスキからでも行けるんだから、ねっ」
「むむむ……」
ディートリンデの説得を受け、渋々ながらも諦めた様だ。
訪れる人がいない影響を受けて、ノヴォベリスクからレニンスキへの流通は停滞しており、数多く溜まっていた配達依頼は正に選び放題といった状況であった。
その山程溜まった依頼の中からキース達は、リスクが少なく高報酬と言う掘り出しものの依頼を見付け出すと、早速受注をした。
ノヴォベリスクの街を出立した一行は、青く晴れ渡った空の下、人影を全く感じない心寂しい街道を北へと向かって進んで行く。
雪の所為で街道の利用者がめっきり減ってはいるものの、全くいなくなった訳では決してない。
ここ数日雪も降らず、凍り付き踏み固められた雪の道には、何台もの車両が通った跡である深い轍が消えもせずに長く伸びており、街道脇には除雪された雪の壁が1mを越す高さで築かれている。
未だ多くのプレイヤーが使用している初期トレーラーの冬季装備の中には、スノーカッターと呼ばれる噴射式除雪装備が存在する。車高がアイバンなどよりも低く、場所によってはスタックなどに見舞われることもあり、必要となる装備である。
何回か除雪をされたのであろう街道の左右に聳える雪の壁は、北へと向かって途切れること無く、どこまでも続いている。
秋には一面黄金色をした穂で埋め尽くされていた草原も、今や他所と代り映えがしない、白い大地へと変貌している。
初日の野営地を森の手前に設営すると、翌日からは一路森の中を進んで行く。
左右両側を雪の降り積もった深い森に囲まれて半日ほど進むと、左側を防いでいた木々が取り払われて、薄らと光が差し込んで来る。
夏には光り輝く水面を湛えていた湖もすっかりと凍り付き、薄く雪化粧を施されている。
湖畔に沿って街道を北へと進む一行は、ここまで襲撃に遭うことも無く、夏季にも使用したお馴染みとなる街道の分岐点に程近い、湖畔の野営地へと到着した。
「うわー、きれーだねー」
「ええ、こんな光景が見れるなんてね」
ここ数日、空には太陽が顔を覗かせてはいたが、冬は沈むのが早く、午後五時を過ぎる頃には夕暮れ時を迎えることになる。
丁度日暮れ前に到着した一行の眼前には、夕焼けとなる紅い色が、すっかり凍り雪に覆われている湖面を桜色へと染め上げていた。
湖畔に疎らに立ち並ぶ樹木の樹氷などは夕日を浴びて、冬の桜と言える様相だ。
五人はアイバンから降りると寒さも忘れ、誰一人声も出さずに暫し呆然と立ち尽くしている。
桜の木々は日が沈む毎に、徐々にその色を変化させていく。
極僅かな時間のみ、その存在が許される冬の桜は美しさばかりでは無く、儚さと言う点でも春の桜と引けを取るものでは無い。
すっかりと野営の支度など頭の中から抜け落ち、終演となる日が沈む時まで、僅かな時間催された光の祭典に見入っていた。
一行はお気に入りとなっている湖畔で昨夜は一泊し、現在は東へと街道を進んでおり、行程も今日一日を残すだけとなっている。
空は朝から晴れ渡り、時折大きな雲を見かけるが、天候が崩れる気配は今の所無さそうだ。
街道の左右を挟む様に広がる森の木々は雪で白く染まり、まるで雪のトンネルの中を進んでいる様な感覚に陥る。
とても幻想的な雰囲気の場所だが、その光景とは裏腹に行程の中でも厄介で非常に危険な場所でもある。
湖とレニンスキの街はほぼ真横に位置することから、この街道の殆どが直線で構成されている。
更に街道脇にある森との緩衝帯には雪が壁を為し、その奥には鬱蒼とした深い森の木々がどこまでも続いている。襲撃を受けた際、大型車両となるアイバンには事実上逃げ場が一切存在しないのだ。
以前にも一度襲撃を受けた際、カグツチが大破寸前まで追い込まれており、エレノアにとっても苦い思い出となる場所でもある。
その様な状況の中を、一日掛けて走破しなければならない。
とは言え、襲撃に関しては基本受け身であり、警戒に張り詰めたまま一日を過ごすなど不可能なことから、一行はいつもと変わらぬ様子で過ごしている。
「ねー、この依頼終わったら、三本線に昇格出来るかなー?」
「どうかしら。微妙な所だから、後一、二回は依頼を受けないといけないかもしれないわね」
「そっかー。早く上がってクエストやりたいねー」
後部座席に座る女性陣は、早くもクエストの話題に花を咲かせている。
「でもクエストって、どうやって見付けるんですかね?」
女性陣のやり取りを耳にしたキースは、隣に座るグレンへと話を振る。
「攻略系掲示板によると、NPCからの依頼って形が一番多いみたいだな。もっとも公開されているのは、既に攻略済のクエストだが」
「そうですか。確か初クリアだと、報酬に限定アイテムが貰えるんでしたよね」
「そうだ。どっちを狙うかは迷う所だな。クエストを受けることを目的とした場合、そう難しくは無い。まだ少ないとは言え、幾つか公開されている情報があるからな。未発見のクエストが目的なら、難易度は一気に跳ね上がる」
「うーん、悩ましいですね。幾つか受けて、経験を積むか。それとも、まだ発見されていないものを狙ってひたすら探すか」
車内がクエストの話題一色に包まれた中、その弛緩した空気を切り裂く様に警告音が突如響き渡った。
――Alert!! アデリナより報告。方位0-6-2、距離16.6kmに所属不明機感知――
アイバンの声に、一同は一気に緊張感に包まれる。
突如の襲撃を受けた一行は、こうして難所と呼ばれる場所での戦闘を開始する。




