第二十九話 弊竇
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スヴァローグと共に敵を回り込んだカグツチであったが、その先に難関が待ち受けていた。
接近時に攻撃を受けぬ様、スヴァローグによって敵を牽制して貰っているものの、肝心の敵の正確な位置を掴めていない。
視界が効かない以上、センサーを頼りにするしかないのだが、生憎とカグツチの索敵性能はそれ程高くは無い。
大まかには掴めているものの、この3mにも満たない視界の中、敵との遭遇がそれ以上にずれようものなら、飛び道具を一切所持していないカグツチである。そこには一方的に弄られる展開が待っている。
「もー、突っ込むしかないよねっ!!」
そんな状況は接近さえすれば、どうにでもなるとばかりに痺れを切らしそうなエレノアを、既の所でGARPが止めに入る。
――ま、待てっ、今アデリナに誘導を要請した。もう少しだけ我慢しろっ――
「むー、こう、どーんって行けばいいじゃーん」
不満そうな表情を見せるエレノアであったが、運命の女神はGARPに微笑んだ。
――今アデリナからデータが来たぞ――
そう言うと、モニターに小さな窓が浮かび上がる。俯瞰図で表示されたデータには、敵の位置の他に接近用のルートまで御丁寧に添えられていた。
「よーしっ、ごー!!」
見通しが効かない雪原を、一瞬の躊躇も見せずにエレノアは機体を走らせる。
雪原とは言え、全く平らな場所など無い。先が見えないことで全く予測が付かず、突然機体が上下左右に揺り動かされる中、その僅かな前兆を捉え、反射的にバランスを取りながら、機体を加速させて突き進む。
しかし順調な走行に反して、エレノアの表情が次第に曇り始める。
「うーん……」
今までと比べ、エレノアは機体の操作に違和感を覚えた。それは以前レニンスキ近郊で行ったテスト時と比べても、より一層顕著に感じられるものだ。
それはまるで分厚い手袋を嵌めて物を掴んだ時の様に、自分の感覚と機体操作との間に僅かなズレが生じており、それがエレノアに苛立ちともどかしさを与えている。
しかし、既に賽は投げられている。
正面から吹雪を掻き分けて突き進むカグツチの機体前面には、薄らと雪が貼り付き始めた。
エレノアは時折横目で誘導表示を確認しながら、敵へと押し迫って行く。
今の所、銃撃音は一切聞こえていないが、キースの牽制は効果を上げている様で、こちらは一発も被弾をしていない。
表示によると、とっくに敵の射程圏内に突入している。
――エレノア、残り100mだ――
ラストスパートとばかりにカグツチが更に機体を加速させると、ぼんやりとだが敵の姿が浮かび上がって来た。
それを目にしたエレノアの口元が僅かに吊り上がる。
「どーん!!」
目の前に現れた敵の背面へと、減速もせずにその勢いのまま右肩からぶつかって行った。
衝撃を受けた敵の機体が体勢を崩す中、カグツチは脚部からターンピックを雪面に突き刺す。勢いの付いた機体はガリガリと雪を削りながら進むも、突如ターンピックを軸に急反転をして敵ARPSの前面に回り込むと、その遠心力も利用して敵の頭部へと右のナックルを叩き込む。
「あれっ!?」
顔の真ん中へと打ち込んだ筈のナックルは、軌道が僅かに逸れたため左目付近に当たった。
装甲が押し潰される鈍い音の中、保護用ゴーグルに使用している硝子の甲高い破砕音が入り混じる。
敵は何とかアイカメラの破損を一つに抑えたが、すぐに吹雪に晒されて、生き残ったアイカメラの視界も失ってしまう。
――どうしたエレノア? 珍しく外した様だが――
「おっかしーなー。ちゃんと真ん中を狙ったのに……」
困惑するエレノアだったが、その表情はすぐに掻き消される。
視界を失ったとは言え、センサー機能は未だ健在。至近距離に居るカグツチへと、敵ARPSのアサルトライフルが火を噴いた。
「やばっ!!」
敵の正面に立っていたカグツチは、その銃弾をまともに喰らってしまう。
操縦席に甲高い金属音がいくつも鳴り響く中、すぐにローラー走行で後退しつつ、左腕に装着したシールドを翳すも、かなりの被弾を許してしまう。
――損傷率26%、それと右肘のインサレーションカバーが大きく裂けた。長期戦は拙いぞっ――
関節の可動部を覆うカバーが裂けたことで、この先雪による凍結や低温での作動不良など、様々な不具合を引き起こす可能性が非常に高い。
「その前に倒せば、おっけー」
そう言うと、エレノアは敵の機体の周りを回りながら、渦を巻く様に徐々に近づいて行く。
敵ARPSも近づけさせまいと銃で応戦するが、センサーによる追跡だけでは捉えるまでに至らない。
すっかりと雪に塗れたカグツチが疾走した後には、二本の線が雪原に刻まれる。降り続く雪がその線を消そうとすると、慌てた様に銃弾の跡が刻まれる。
「これなら外さないもんねー」
再び背面へと潜り込んだカグツチの拳が敵のARPSに襲い掛かった。機体の操作精度に一抹の不安を残すエレノアであったが、的の大きい背面ならその心配は無用である。
「あーんぱーんちっ!!」
左のジャブの様な打撃のすぐ後に、止めとばかりに渾身のナックルを嵌めた右ストレートが打ち込まれる。
立て続けに二度の打撃を受けた敵の機体は、そのまま膝から崩れ落ちる様に雪の中へと倒れて行った。
「一機目しゅーりょー」
敵を倒したことで落ち着いてくると、周囲の状況も自然と目に入る様になる。
「リンちゃんも頑張ってるねー」
――あちらでも、戦闘が開始された様だな――
時折風の音に紛れて、単発の銃声や爆発音が聞こえて来る。
「そう言えばさー、グレンさんってどうしたんだろ?」
グレンは到着直後から単独で、キース達の待機位置から大分離れた場所にある雪原の窪地に潜んでいた。
元の地形も小さく窪んでいたのだろうが降雪により、丁度車両一台分を隠し果せる程の大きさとなっていた。その場所にケッテンクラートを停めると、グレンは用意していた白いシートを被せて、その中へと潜り込んだ。
――この吹雪の中でも、特に問題はなさそうだね――
「そいつは良かった」
レニンスキ近郊でのテスト時に判明したAIユニットの低温による作動不良は、街に帰還したのちにグレンとビエコフ共同による試行錯誤でどうにか解消の目処が立った。
当初は車両用の暖房装置を組み込もうとしたが、戦闘中の器具の故障によるリスク、結露によるユニットのショートや凍結と言った問題を懸念して取り止めた。
代わりに採用したのが、ARPSにも使用しているインサレーションカバーだ。内部に化繊を詰め込んだ保温用カバーをユニットに巻き付け、更に合皮カバーを掛けていた荷台には、保温材を裏側に張ったスチールカバーへと交換した。これにより暖房装置には及ばないものの、使用に支障を来たさない程度の保温を得られた。
防寒装備を整えたのは咲耶だけでは無い。
冬季用に用意をしたギリースーツは戦闘に際しての動きやすさを考慮している為、待機時やケッテンクラートでの走行時にはどうしても寒さを感じてしまう。その為、上に羽織ることの出来る防寒着を今回から用意した。
白いファーが付いたフードを備えた、白地に緑の松の葉の様な模様が描かれた迷彩柄の膝丈となるロングジャケット。防寒用の化繊の綿を含んだ生地は通常のダウンジャケットよりも薄く、戦闘の際にも動きに大きな支障は出ない。
外は雪が舞う程の強い風が吹き荒れているが、グレン達を覆っているシートは一切の風を遮断している。これは想像以上にグレンを助けていた。
今までは絶えず身体を風に晒されていた為、体感気温を下げ、寒さ以上に疲労とHPを消耗していた。それがたった一枚とは言え、シートに遮られた恩恵は非常に大きい。
「こんな事なら、もっと早くから使っとくんだったな」
――まだまだ冬は長いんだし、過ぎたことを考えてもしょうがないさね――
雪が降り積もって来たのか、身体に触れるシートから僅かに重さを感じ始めた。
――でも、あんな打ち合わせで大丈夫なのかい?――
咲耶の不安げな声に、
「心配すんなって。あいつとはもう何度も組んでるんだからさ」
グレンは薄らと笑みを浮かべながら、返事をした。
二人で組むのはかなり久々の事で、このゲーム内では初めてである。不安以上に楽しみが勝り、どうしても自然と頬が緩んでしまう。
「さて、あっちはどうかな……」
話題にされているディートリンデはグレンとの打ち合わせにより、待機位置を変える為に移動をしていた。
――ディー、そろそろ大丈夫よ。でも、本当にやるの?――
奇しくも、こちらのAIからも不安な声が上がると、ディートリンデは苦笑をする。打ち合わせ以降、何度も説明はしているが、不安を解消させるにまでは至っていない。信頼の根拠になるものが、腐れ縁として長年培ってきた関係から来るものである以上、AIに理解させるのが非常に難しい。
「大丈夫よ。へましたら、ちゃんと責任は取って貰うから」
――そこまで言うなら……――
雪原とは言え、僅かながらにも起伏があり、その中の小さな丘を作り出している場所へと到着すると、雪面の状態を確かめながら、ゆっくりと機体を俯せに倒していく。
頭部が雪に埋もれぬ様、僅かに高くなっている方へと回すと、肘を突いてライフルを構える。新雪が降り積り、僅かにバイポッドの開いた脚が埋もれはするものの、銃口はしっかりと吹き荒れる吹雪の中、敵の居る方向へと向けられている。
ダイアナの心配はここにある。いくら新雪の為、スタビライザーによって機体を固定出来ずとも、立ってさえいれば攻撃を受けた際に、避けることも可能である。敵の編制にはミサイル持ちも含まれているのだ。いくらチャフを持っていようと、確実に避けられる保証は無い。
しかし、今回のディートリンデは視界が効かないと言う状況に置かれ、それらのリスクを背負ってでも射撃精度を取った。
「ダイアナ、熱線暗視装置起動」
――了解――
雪で白く染められていたモニターが一転、夜の帳の様に真黒く染め上げられる。
吹雪く雪の状況はおろか、足下の僅かな起伏さえ分からなくなる。
まだ昼間だと言うのに、シュヴァルディアの搭乗席はとっぷりと日が暮れた様に薄暗く、いくつかの計器の灯りだけが仄かに点る空間となった。
「まだ来ていない様ね」
モニターにはARPSの反応らしき灯りは一切見えない。
先に動いたのは、グレンだった。
二機のARPSが通過したのち、僅かに遅れて付いて来る二機のARRTを咲耶が察知した。
――来たよ。北東の方向に約400m――
「了解。じゃあ、行って来る」
グレンは操縦席から降りると、頭上に圧し掛かるシートを押しやりながら外へと出ていく。
車体を覆っていたシートには、すっかりと雪が降り積り、ずっしりとした重さとなった中、グレンが動く度に積っていた雪が雪崩れ落ちる。
シートから這い出る様に抜け出ると、取り出したコンパスで方位を確認して、すぐに吹雪の中へと消えていく。
距離にしてたった400m。その道程が果てしなく遠く感じる。
容赦無く吹き付ける雪は、体温と共に掛けているゴーグルに貼り付いて視界まで奪っていく。
グレンは視界が半分程雪で覆われる度に、鬱陶しそうに拭い取る。
――グレン、方向がずれてるよ。東に向かって、後150mね――
コンパスで再度確認すると、今度は仕舞わずに手に持ったまま歩き出す。
「はあ、はあ……」
耳に奏でる風の音に混じり、僅かに荒れた自身の呼吸の音が妙に大きく聞こえて来る。この寒さに加え、吹雪に晒され続けたことで感覚を失い、徐々に朦朧となる中、何とか意識を保たせて、脚を止めること無く敵へと向かって歩んで行く。
――グレン、正面50m先。敵ARRTだよっ――
グレンは一旦その場で屈み込むと、背負っていたバックパックから砲弾を取り出してARPS砲へと装填すると、小脇に抱え、中腰の姿勢のまま小走りに敵ARRTへと接近する。
さらさらとした新雪に脚を取られ、時折膝まで埋まりながら、雪を掻き分けて進んで行く。
視界に薄らと機影が浮かぶまでに近づくと、グレンは身体を雪面に投げ出した。
距離感がぼやけているが、敵までは30mは切っているだろう。
敵の形状を視認出来る程の状況ではないが、腕らしいものの動きが見られないことから、恐らく機銃に換装された機体だろうと推測される。
敵側も索敵能力が大幅に低下しているらしく、この吹雪に加え、生身での接近に対し、敵ARRTは未だにこちらの存在を認識出来てはいない様子だ。
とは言え、グレンを襲っている緊迫感は途轍もなく大きい。何しろ雪原には身を隠す場所など無いのだ。何かの拍子に銃撃でも受けたら、為す術無くあっさりと死んでしまう。
右目の視界を遮っていた、ゴーグルの隅に貼り付いた雪の塊を拭う。
「ふう……」
緊張を解す様に、一度大きな息を吐いてグレンは敵へと照準を合わせる。
吹き止まぬ雪の中、強風に晒される度に一瞬薄らと見える大きな黒い影の中心へと狙いを定めると、寒さに悴む指でゆっくりと引き金を絞った。
風に発射音を掻き消された砲弾の発射炎が遠ざかると、辺りの吹雪が一瞬止んだかの様に静まり返ると同時に、爆発による大きな炎が空へと舞い上がった。
敵への着弾を確認すると、グレンは戦果も確かめずに咲耶の元へと走り出した。
「後は任せたぞっ」
――グレン、早く帰って来な。もう一機も動き出したよ――
雪で脚を縺れさせながら急ぎ戻るグレンの背後から、一発の銃声が風に乗せられ、届けられた。
機体に薄らと雪化粧が施される頃、ディートリンデもその爆発を確認した。
――ディー、合図が来たよ!!――
すっかりと集中に入ったディートリンデは返事をする代わりに、その炎へと十字照準線を合わせた。
遠距離攻撃をメインにこなすディートリンデは、今回の様に視界を奪われると、途端に攻撃役としての存在価値が下がってしまう。
今回は敵が見える程の近距離での銃撃戦を覚悟していたディートリンデに対し、グレンからある提案が為された。曰く、自分が標的に目印を付けて回るので、止めを刺してくれと言うものだった。
その挑発を仕掛ける様な口調から、ダイアナなどは気分を害していたが、随分と付き合いが長くなるディートリンデには、照れ隠しとこちらへの気遣いが読み取れた。
ディートリンデは内心でグレンに借りを一つ付けたのち、その申し出を有り難く受けた。
シュヴァルディアのサーモグラフィー表示にされたモニターには、赤や橙の色を揺らした機体が映っている。距離にして約350m程先に居る様だ。
一度呼吸を止めると、十字照準線を一際赤く輝く光点へと合わせると、銃弾を放った。
雪が貼り付いた銃身は発射時の衝撃を受け、宙へと乱れ散る。銃床から伝わった反動は、肩から背を抜けて脚先へと俯せにした機体を駆け抜ける。
通常はスタビライザーで吸収する衝撃は、高く降り積もった雪が緩衝材の代わりとなり、6mを越す長さの機体を30cm程沈ませた。
銃口より放たれた銃弾は、雪を切り裂き、強風に煽られて進路を徐々に変えながら突き進むと、黒く焼け焦げた機体腹部へと吸い込まれた。この様な悪天候下では、周辺環境による射撃への影響を修正出来る【観測】スキルは必須となる。
グレンの砲撃により、装甲には大きな亀裂が入り、火花と共に黒煙を上げていた場所へと着弾すると、背面装甲にこぶし大の膨らみが生まれると同時に、左右に付けられた機銃の銃身が力無く垂れ下がった。
ディートリンデは貯めていた息を吐き出しながら、コッキングレバーを引いた。排出された焼け爛れた薬莢は、降り落ちる雪を溶かしながら宙を舞い、水蒸気を立てて雪の中へと消え去った。
――ディー、来るよ!!――
ダイアナの声と同時に、モニターにも警告灯が点滅する。
「――ッ、ダイアナ、チャフ発射!!」
背面より上空へと打ち出された妨害用フィルムは、すぐに強風によって掻き消される。それでも多少の効果はあった様で、こちらへと向かって来ていたミサイルは僅かに進路を変えると、シュヴァルディアの上を通過して後方で大きな雪煙を上げた。
どうやら機体を伏せていた為、正確に狙うことが出来なかった様だ。とは言え、何度も狙われれば、修正されるだろう。
――やっぱり、こちらを狙って来たわねっ――
ダイアナの口調は普段に比べ、幾分刺々しい。
残された敵ARRTの標的は二つの選択肢が与えられたが、初撃を入れたグレンでは無く、止めを刺したディートリンデが選ばれた様だ。
ARPSと生身の敵なら、脅威度から言っても当然の選択である。
「グレン、頼むわよ……」
こちらに放たれた二発目となるミサイルに対処しながら、ディートリンデは小さく呟いた。
最初の役目を終えたキースは、一戦目の自身の失敗に悔みながらも、次の敵へと意識を切り替えていた。
損傷を受けた際に、センサー機能が少し低下したが、戦闘範囲となるこの程度の距離では特に問題となることは無い。
時折遠方で爆発らしき反応をセンサーで確認しながら、幾分ゆったりとした速度のローラー走行で敵へと向かって行く。
これは何も先刻の走行に懲りたからでは無く、あくまで敵ARPSの合流を阻止することが目的の為、急ぐ必要が無いからだ。
操縦席には僅かな振動と吹き付ける風の音だけが響き、キースの後悔と合わさって重苦しい空気を作り上げている。
アデリナも空気を読んだ訳では無いだろうが、先程から一向に声を掛けては来ない。どうやら思った以上に、敵のシステムへの介入に手間取っている様子だ。
キースは射程範囲の手前まで来ると、スヴァローグを止めた。
「さてと、敵はどう出るかな」
キースの今回の役割は牽制であり、敵を倒すことでは無い。寧ろ、倒してはいけないのだ。
依然センサー上では大きな動きを見せない敵ARPSを警戒しつつ、まずはアデリナのハッキングの結果を待つことにする。
これ以上の損傷を受け、センサー機能が更に低下しようものなら、この先の行程にも大きな支障を来たしてしまう。
「横取りすると怒るんだから、早いとこ来てくれよ……」
キースは祈る様に呟いた。
一機目との戦闘により損傷を受けたカグツチであったが、幸いにも致命傷となるものでは無かった。
――現在損傷率26%、稼働に問題は無いが、インサレーションカバーが裂けた影響で右肘の動きが怪しくなっている。注意してくれ――
いつも以上に慎重になっているGARPは、エレノアに対してしっかりと言い含める重い声が、操縦席を包み込む。
「むー、分かってるわよー。何かカグツチの調子もおかしいし……。帰ったらちゃんと直して貰わないとね」
――こんな状況なんだから、慎重に頼むぞ――
「りょーかーい」
エレノアは返事をすると、すぐにカグツチを動かした。
前回同様にスヴァローグによる誘導を受けて、視界が効かない吹雪の中、機体を加速させていく。
吹雪に晒されたカグツチの機体は、全身雪に塗れた状態となっている。ヒーターが付いたゴーグルや吸排気口カバーには熱で溶け出した雪が固まり、小さな氷柱を作り出している。また、機体の装甲に形成された凹凸部分などは雪で塞がれ、機能としても意匠としても完全に意味を為さなくなってしまっている。
指定されたルート上にはさらさらとした新雪が降り積り、踏み締めることが叶わず、荷重のある機体はスキーモービルの浮力を以ってしても、膝下まで雪に埋もれてしまう。
半ば、強引に雪を掻き分けながら進んで行くカグツチ。時折落とし穴に嵌るかの様に、腰付近まで沈み込む度に履帯を加速させ、強引に機体を飛び上がらせては脱出している。
「むー、何か私、いじわるされてない? このルート、さっきから嵌ってばっかりなんだけど」
雪原にはこの吹雪で満遍なく雪が降り注がれ、新雪層の下の状況などカグツチのセンサー性能では分からない。
――そんな事をしてどうなる――
アデリナの指定して来たルートは、スヴァローグに敵の注意を引き付けながらも、二機で挟み込む様な形を取っている。その為、両機の性能や特性を考慮したルート設定となっており、スヴァローグに比べて機体性能が格段に高いカグツチが走り辛い裏道を担当していた。決して、走りやすいルートを主となるキースに廻したなどと言う、アデリナの私情だけが理由では無いのだ。
未だブツブツと文句を言いながらも、かなりの速度で接近して行く。
ようやく機体を沈めること無く走行が可能となる頃には、敵ARPSの間近へと迫っていた。
「とーちゃーく」
誘導ルートの待機地点へと到達すると、一旦カグツチを停止させた。
幾度も穴に嵌ったカグツチの脚部はすっかりと雪に覆われており、スキーモービルの板の上には雪が積まれ、足首回りはまるでギプスの様に雪でギッシリと固められている。
――キース殿から通信が入っているぞ――
「エレノア、着いたか」
「うん。まだ敵は倒してないよね」
それが一番重要だと、エレノアは真っ先に確認を取った。
「まだ手を出してないぞ」
それを聞き、エレノアはホッと息を吐いた。
「丁度、今アデリナがハッキングに成功した所だ。敵のローラーを使用不能にした」
「おおー」
「と言っても、片脚だけだがな……」
少し恥ずかしそうにキースが付け加える。
片脚だけでの走行はローラーに掛かる負担や出力不足、走行時の機体バランスの調整などから、走行に耐え得る状態では無い為、実質使用停止へと追い込んだとも言える。
「よーし、じゃあ行って来るね」
「おう。こっちでも牽制掛けるけど、気を付けろよ」
「りょーかーい」
キースとの通信が切れると同時に、カグツチは敵ARPSへと一気に駆け出した。
吹き付ける吹雪の中をかなりの速度を出して突き進むと、徐々にぼんやりとした敵影が見えて来る。
左手に大きな影がゆらゆらと揺れており、どうやらそちらの手に盾を持っている様子だ。
敵まで30mを切ってもその姿を確認することは出来ず、どちらを向いているか不明な為に、攻撃を受けてはいないものの緊張感に包まれたまま接近して行く。
すると、左手の大きな影が突然動いた。
――エレノア、敵が旋回したっ。銃撃が来るぞ!!――
GARPの警告と重なる様に、敵からの銃弾が飛んで来た。
敵のARPSは旋回をしながら、横薙ぎに銃弾を放っていく。カグツチは正面に左腕に装着した盾翳すと、左手方向へと移動しながら敵を回り込む様に回避して行く。
「おー、らっきー」
敵からの銃弾は左右どちらから来るかは、完全に勘任せであった。偶々右より飛んで来た銃弾に対して、咄嗟に左へと回避したカグツチは、いくつかの銃弾を受けはするものの盾のお陰もあり、殆ど損傷も無く避けることに成功する。
エレノアは敵の側面へと回避した行動を利用して、そのまま背面へと回り込もうとした時、突如目の前の敵がこちらに背を向ける様に旋回をした。
どうやら背中を晒した敵ARPSへと、スヴァローグが銃撃を仕掛けた様だ。
「ほえ、そんな所を見せると、こうだーっ!!」
そんな事情を知らないエレノアは、突如訪れた好機を逃さず、右手のナックルで攻撃を仕掛ける。
「あっ!?」
敵の背面へと撃ち付けられた拳は、僅かに装甲の凹みを作るに留まる。
手応えから異変を察知したエレノアは、一瞬呆然とした表情を浮かべる。
――右上腕部出力43%低下、更に右肘可動領域に不具合発生っ。エレノア、拙いぞ――
今の攻撃で判明した内容にGARPは焦りを募らせるが、エレノアはすぐに立ち直ると笑みを返す。
「だいじょーぶ。まだ左手が残ってるよー」
一旦距離を取ったカグツチは、再度敵へと攻撃を仕掛ける隙を探る。
敵は二機に挟まれた状態のまま、何とか背面へと回らせない様に細かく動いている。
すると、一旦役目を終えて消えた筈の窓が再び開いた。
「なにこれー」
――どうやら、こちらが接近する為の誘導ルートの様だな――
表示には敵を含めた三機の位置と誘導ルート。それと片隅には、刻々と減っていくカウントが表示されていた。
「五、四、三、二、一、ごー!!」
減っていく数字を一緒に数えていたエレノアは、合図と共にローラーを全開で回した。
一瞬空転をした履帯によって、僅かに左右へと揺れた機体はすぐにグリップを回復させると、前へと加速する。
吹き付ける吹雪より、更に多くの雪を含んだ雪煙を後方へと舞い上げ、僅かに屈んだ姿勢を取ったカグツチが雪原を疾走する。
カグツチとスヴァローグ、同時に動き出した二機に敵ARPSも対応しようとするが、ローラーの使用を制限された状態では素早い旋回は行えない。
歩行による対処をしようにも、装着しているスキーモービルは、その構造から歩行による移動を苦手としている。
盛んに敵の注意を引き、銃撃を一手に引き受ける動きを見せるスヴァローグのお陰で、カグツチは易々と敵の至近へと潜り込めた。
「これでおーわりっ」
敵の機体背面へと、ボディブローの様に左手に装着した盾から突き出た杭の先端を叩き付ける。杭を受けた敵の装甲は僅かに窪み、衝撃を受けた箇所を基点に機体が仰け反っている。ゆっくりと姿勢が戻ろうとした瞬間、エレノアがパイルバンカーを撃ち込んだ。
ズドンと言う大きな衝撃音と共に、その威力を開放された杭は、零距離の状態からでも装甲が引き裂かれる破砕音を立てながら、内部のユニットを喰い破り、機体の正面となる胸部から杭の先端が突き出た。
敵の機体は一瞬痙攣を起こして震えると、全身がダランと力無く垂れ下がり、ズルズルと杭から抜け落ちる様に雪面へと倒れた。
「しゅーりょー」
エレノアは戦闘の終わりを告げると、満足気に満面の笑みをたたえている。途中トラブルに見舞われて苦戦はしたものの、本人的には十分に戦闘を堪能出来た様子だ。
――終了は良いが、被害の方は甚大だぞ。最終の損害報告が32%、それに右腕は肘より先が作動不能で使い物にならん――
「まーまー、ちゃんとビエコフに言って、すぐに直して貰うからさー」
エレノアはGARPの小言を避けようと、戦闘時以上の労力を用いて宥めに掛かった。
グレンは咲耶の元へと駈け戻ると、覆っていたシートを大きく捲り上げ、すぐにケッテンクラートのエンジンに火を入れる。ここまでは少しでも索敵から逃れる為、エンジンを切っていたが、もうその必要は無い。
ARPS砲にも次弾を装填すると操縦席に突っ込み、敵に向かって飛び出した。
――グレン、大きく回り込んで接近するよ。このまま北西の方向に向かって進んで――
グレンは操縦席に取り付けられた方位を示す計器を見ながら、雪原を疾走する。
その操縦は今までにない熾烈なものとなった。吹雪に遮られ、先を見通せない視界。路面を確認出来ない為、予測の付かない挙動。一瞬たりとも気を抜けず、絶えず足下や座席からの予兆となる振動を捉え続けなければならない。その並々ならない集中力を必要とすることから、グレンはすっかりとこの寒さを感じずに済んでいる。
特に雪原とは言え、小高い丘の様に盛り上がった場所も存在しており、何度か登り切った直後に宙へと放り出され、突然の浮遊感に見舞われたこともあった。
「ちっ、これじゃあ、まるでロデオの様じゃねーか」
グレンは悪態を吐きながらも必死にハンドルを抑え込み、何とか車体を制御していた。
――ぼやかないの。この先を右折ね。五、……三、二、一、零っ――
グレンは合図と同時に身体を右へと倒しこみながら、ハンドルを大きく右に切る。
急な方向転換を受けて車体は僅かに横滑りを起こすが、アクセルを開けると、すぐに推進力を回復して車体を前へと押し出した。
一瞬たりともハンドルから手を離せない為、すっかりゴーグルは雪で埋まり、右目に微かな視界を得るだけの代物と化している。
――グレン、もう着くよっ。敵の後方50m!!――
咲耶の報告を受けると、グレンは急停車をさせる。履帯を含め、全ての駆動輪をロックさせると、盛大に雪を舞い上げながら車体を横向きにして、滑る様に停めた。
前方に居るであろう敵ARRTの姿は確認出来ないが、時折放たれているミサイルの発射炎が僅かに見える。
グレンは視界を遮っていた雪を払い落すと、脇に置いていたARPS砲を構える。
目標物も無く、大体の憶測で構えていた先に、発射炎の光が見えた。
グレンはその瞬間を逃さず、当たりを付けると砲弾を撃ち込んだ。
50mと言う至近から打ち込まれた砲弾は、敵に回避する隙を与えず着弾した。
「よしっ!!」
そう言うと、グレンは敵から逃げるべく、ゆっくりと離れ始めた。まるで、こちらへと誘い込むかの様に。
――大丈夫かい……――
心配げな声を上げる咲耶に、
「まあ、見てろって」
と、グレンはすっかり傍観者モードとなっていた。
ディートリンデは晒されていたミサイルの猛攻が、突如止まったことに気が付いた。
――爆発確認っ。ディー、用意して!!――
敵ARRTは正面をこちらへと向けていたが、至近からの攻撃を受けた為、標的を変更した様だ。もっとも、こちらからも発射炎を基準にして何度か狙撃を試みていたが、毎回微妙に位置を変えているらしく、ダメージを与えてはいないのだから当然の判断とも言える。
敵はグレンに釣られて、こちらに背面を晒す様に旋回していく。
一面黒く染まったモニターに溶け込むかの様な青い光で構成された機体の中に、小さく点った赤や黄色の光がまるで花火の様に大きく咲いていく。
ディートリンデはその中心部分に銃弾を放つと、打ち上げ花火の様な小さな光が周囲に舞ったかと思うと、全ての光が儚げに消えていった。
「ふう、今回はちょっと大変だったかな」
――ちょっと所じゃないわよっ。何発もミサイルに晒されて――
今までの鬱憤が爆発したかの様に、ダイアナからの苦情が溢れ出る。
「まあまあ、上手くいったんだし……」
――上手くいけば何でも良い訳じゃないでしょ。大体ディーは……――
ディートリンデは段々と話題が過去に遡って行くダイアナの小言を聞き流しながら、帰還するべく雪の積もった機体を慎重に立ち上がらせた。
視界の効かない吹雪の中で行われた戦闘は、各自苦戦を強いられたものの、どうにか敵を退けることに成功した。




