第二十六話 代替
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キース達が合流地点へと戻ってくると、すでにアイバンの脇には煙突が突き出たシェルターが建てられており、中からは楽しげな声も聞こえて来る。
戦闘を終えたエレノア達は既に戻って来ている様だ。
飛び出た煙突からは勢い良く煙が立ち昇り、冷え切った体で帰って来たグレンには嬉しい配慮であった。
「うー、さみー」
グレンがシェルターの入口を開けると、ムアッとした熱気に迎えられ、掛けていたゴーグルが一気に白く曇った。
不要となったゴーグルを外しながら中に入ると、ストーブの小窓からは真っ赤に燃え盛る薪が見え、上に載ったケトルからは湯気が上がっている。
「お疲れ様です」
ビエコフからケトルで淹れたコーヒーを受け取ると、空いているコットへと腰を降ろした。
「お疲れ」
「おかえりー」
エレノア達からも挨拶を受けると、グレンはフードと共に被っていたバラクラバを脱いだ。
「お疲れっ、そっちの方が早く終わったみたいだな」
グレンは湯気の立つコーヒーを口にすると、エレノア達へと顔を向ける。
冷え切った体の芯から、じんわりと熱が広がっていく感覚が伝わって来る。
「ちょっとだけね。こっちの方が近かったのと、貴方は脚が無かったからその分ね」
ディートリンデの指摘に対し、グレンはきまりが悪い表情を見せる。
「それなんだが、やっぱり移動の脚が無いと色々不便だな」
「なにか買うのー?」
「やっぱり、スノーモービルですか?」
エレノアとビエコフは姉弟だけあり、妙な所が似ているのか、二人して目を輝かせている。
「まだ決めていない。もうちょっとこう、これだって言う物が欲しいんだが……」
そんな話をしていると、スヴァローグを格納し終えたキースがシェルターに入って来た。
「何の話をしているんですか?」
「うんとねー、グレンさん何か買うらしいよ」
「何かって何だ?」
「何だろーねー?」
キースはエレノアと要領の得ない話をしつつ、ビエコフからコーヒーを受け取ると、グレンの隣りへと腰を降ろした。
「お疲れ様です。で、何の話ですか?」
「おう、お疲れ。さっき話していた奴だ」
「ああ、移動の脚ですか」
キースはグレンとの合流時に、戦闘の顛末と共に話を聞いていた。
「それ何ですが、一度ベインズにも声を掛けてみてはどうですか?」
キースは以前レニンスキで知り合った、メカフェチの情報屋の名を挙げる。
「それは良いですね。シュビムワーゲンなんか乗っている位だから、何か特別な入手ルートを知っているかもしれませんよ」
「そうだな。連絡を入れてみるか」
その後も談笑をしながらグレンのHPの回復を待ち、一行は日が沈むまでの僅かな時間を惜しむ様に先を急いだ。
夕方になる頃には大森林地帯を抜け、草原が広がる場所へと足を踏み入れる。
依然と雪が降り続く中、日が沈み始め、辺りは大分薄暗くなって来た。
レニンスキまでは残り数時間と言う所までは来ており、一行は以前慎重を期したせいで夜間の襲撃を受けている事もあり、このまま夜間走行を敢行して先を急ぐ事に決めた。
今日も一日中降り続いた雪は、夜になる頃には積雪量が40cmにも達した。
街の近辺にまで来ると、街道には今し方まで通ってたであろう轍がまだ残っており、その跡をなぞる様に進んで行く。
轍の間には雪が山を作りつつあるが、アイバンの高い車高は当たる事無くやり過ごす事が出来ている。
襲撃も受けず、順調に進んだ一行は午後十時過ぎ、レニンスキへと帰って来た。
配達先に荷物を届け、ギルドで終了手続きを済ませて拠点へと戻ってくる頃には、時刻は午後十一時を回っていた。
取り急ぎ次の約束を決めると、全員が猛烈な疲労からくる眠気に襲われ、ふらふらとした足取りで現実へと帰還した。
翌日、すっかりと復調したキースが拠点に行くと、思わぬ訪問者と出会う事になった。
「あれっ、何で居るの?」
そこには昨日話題にしていたベインズの姿があった。
「おはようございます」
「俺が呼んだんだ。昨日現実で連絡を取ってな、今日来たら偶々居たからちょうど良いと思ってな」
「そうだったんですか」
拠点には他にディートリンデが居るが、既に紹介は済んでいる様で、ベインズは盛んにビエコフが買った新車の写真を撮っている。
すると、待ち合わせの時刻ギリギリとなってエレノア達二人が現れた。
「だれーっ?」
「おお、これが話をしていた新たに購入した二台目って、ポルシェ597ですかっ!!」
オリーブドラブ色に塗られた車を見た途端、ビエコフの目が怪しく光った。
姉弟で全く異なる反応を見せると、行き先も二手へと別れた。
エレノアはベインズの近くに居るディートリンデの元へ、ビエコフはベインズの車が停めてある方へと歩んで行く。
「こちら、情報屋をやっているベインズよ」
「宜しくお願いします」
「エレノアだよ、よろしくー。ねーねー、その髪触っても良い?」
爛々と輝く瞳は、しっかりとベインズのドレットヘアーを捉えている。
早速エレノアに捕まって、ベインズがおもちゃにされている一方、
「デザインはかなり忠実に再現されてますね。ちゃんとガソリンの携行缶まで付いてます」
「この車は有名なんですか?」
「そうだな。こいつはポルシェ597ヤクトワーゲンって奴で、ポルシェが初めて作った4WD車だ。現実での現存数は六台って話だな」
「へえ、そうなんですか」
こちらではビエコフが写真を撮り、グレンがキースに車両の説明をしていた。
暫くして双方が落ち着きを見せると、一同は一箇所へと集まり、ようやく本来の話題へと移った。
「それで、何でわざわざ呼んだんですか?」
「それはだな――」
「昨日グレンさんから話を聞いて、丁度お薦めしたいものがあったからです。実に良いタイミングでした」
少し興奮した様子のベインズが、ここへとやって来た説明をする。
「まあ他にもビエコフが買った新車を見に来たり、まだ会っていないメンバーの方とお会いしたかったりと色々有りますが……」
「それで、この後こいつと実物を見に行こうと思うんだが、昼過ぎまで時間を貰っても良いか?」
グレンは他のメンバーに確認を取ると、全員から了承の返事を貰う。
グレンとベインズの二人は挨拶もそこそこにヤクトワーゲンへと乗り込むと、相変わらず雪が降り続く中、早速出かけて行った。
拠点へと残った四人は機体を調整したり、ゲーム内の掲示板で色々な情報を集めたりして午前中を過ごした。
この様なのんびりとした時間を過ごすのは、ゲーム開始以来初と言って良いだろう。
最近近くに来るようになったケータリングカーで昼食を買った四人は拠点へと戻り、食事を済ませるとお茶を飲みながら、グレンの帰りをのんびりと待っていた。
すると、軋む様な音を立て入口の鉄扉が開き始めた。
「おっ、帰って来たな」
キース達の視線が入口へと注がれる。
まず先に入って来たのは、ベインズのヤクトワーゲンだった。
OD色に塗られた車体。リアエンジンの為、フロントグリルの部分に立てた状態で設置されたスペアタイヤ。そのすぐ後ろには給油口も見える。本来オープンでドアも無い車体には、幌が掛けられ、扉の代わりとなる透明なシートが張られている。
駐車の為に壁際へと進路を変えると、その後ろにグレンが運転する見た事も無い車両の姿が現れた。
「なにあれー。なんか変?」
エレノアの言葉は、ビエコフを除いた三人に共通する意見だった。
「うわっ、これですか!!」
そんな中、ビエコフだけが一人興奮している。
グレンが乗って帰って来たのは、正面から見ると一見バイクの様にも見えるが、その後方には屋根なども無い、四角い箱の様に車体が付けられている。まるでバイクと荷台と戦車を混ぜ合わせた様な奇妙な車両だった。
運転に使用されるのはバイクと同じバーハンドルである。そこから伸びるフロントフォークにはタイヤが装着され、前輪となるのはバイクと同じものである。
しかし、グレンが座っているのはバイクのシートでは無い。車体内部に設けられた一人掛け用の座席である。その後方には、人が二人並んで座れる程の小さな荷台まであった。そして後輪には車輪では無く、車体左右両側には幅一杯の長さの履帯が装着され、起動輪によってゴムパッドが付いた鉄の帯が動かされている。
全体を青みがかった灰色、俗に言うジャーマングレーに塗られた車両は一人乗りトラックと呼ばれた小型装軌式オートバイであった。
グレンがヤクトワーゲンの隣りへと停めると、すぐメンバーに取り囲まれた。
「ねーねー、なにこれっ?」
「どこで買ったんですか?」
「凄いっ、初めて見た!!」
「だあああっ、一人ずつ喋れっ!!」
揉みくちゃにされていたグレンが、耐えかねて大声を上げる。
すると、ベインズも車から降りて来た。
「いやー、気に入って貰えて良かったです」
「おう、ありがとな。お陰で良い買い物が出来た」
グレンは満ち足りた、充足感一杯な表情を見せる。
「そう言えば、何でこれを選んだんですか?」
「そうですね。スノーモービルがとか言ってましたよね」
キースとビエコフの二人に突っ込まれると、
「良く覚えてるな。実はだな……」
気まずい表情を浮かべながら、その経緯を話し始めた。
グレンが当初考えていた冬季の移動手段はスノーモービルだった。これは選択の結果では無く、これ以外の選択肢を知らなかったのだ。
ただ色々と状況を考察していくと、不都合な点が幾つか見つかった。
まずはAIユニットである咲耶の扱いだ。今までのサイドカーでは、ユニットはそれなりの大きさがあるので側車に入れていた。しかしスノーモービルには、置ける様な収納場所など存在しない。調べると、荷物などを運ぶ際にはソリを引く事で補っているらしい。そしてこれにも運用上の問題はある。ソリを引く事で機動性は落ち、更には戦闘時に損傷を受ける可能性も高い。ソリはその性質上軽量に作られ、特に上部は開放された状態となり、革や布と言ったカバーを掛けて使用する作りが一般的だ。とても戦闘時に使用する様な作りにはなっていない。
更には運用に際しても、使用期間に空白が生じる事も問題となる。スノーモービルはその名の通り、雪上を走行する為の車両だ。しかし自然とは、突然切り替わるものでは無い。この先訪れる残雪期と言った、スノーモービルとサイドカーのどちらも使用に適さない時期がある。少量の雪が残っていたり、泥濘んだ路面と言った状況でも、使用が可能となる車両が望ましい。
その様な理由から、スノーモービルの購入には二の足を踏んでいた。
そんな時、連絡を取ったベインズから興味深い話を聞けた。
早速今日同行して見に行ったのだが、実際にこの目で見て、説明を聞くと購入を即決断した。
正にグレンが漠然と答えを求めていた車両が、そこに実在したのだ。
操縦席の後ろに小さい荷台がある事から、AIユニットである咲耶を置く場所の問題は無くなり、車体の左右に付けられた履帯で、残雪や泥濘と言った悪路も問題無く走破可能となった。
今回購入したケッテンクラートは、デザインこそ実在の物とそっくりだがその中身は別物と言う、愛機であるサイドカーなどと同じシリーズの車両だ。
前輪のタイヤはビエコフの装甲ARPS輸送車と同じ仕様で、空気圧調整によりスパイクピンの出し入れが可能となっている。変速機もフロアに付いたシフトレバー式から、セミATのギアがスロット脇に装着されている。更には最高速度が160km/hだったり、超信地旋回が可能となったりとVRらしい魔改造が多数施されていた。
「……と言う訳だ。それにこいつがあれば、ニュートリアスの湿地帯もラサーラの砂漠も問題無く行けるしな」
そう言うと、グレンはニヤリと口元を歪ませる。
「おー、早く他の国にも行ってみたいねー」
グレンの言葉にエレノアは逸早く反応し、他のメンバーへもニコニコとした笑みを振り撒いている。
「……ところでこんな珍しい車両、どこで購入したんですか?」
今回グレンが手に入れたケッテンクラートは、そこらにある路面店などで普通に売られている商品では無い。
店に並んでいる商品は、制作側が意図して作られた物だけだ。グレンのケッテンクラートやベインズのヤクトワーゲン等は、プレイヤーの使用を前提として製作されてはいない。その為、購入するにしても街にある通常の店を探せば良いと言った手段は取れず、何らかの方法が必要となる。
「俺はただ連れて行かれただけだから、詳しい事までは解らないな」
一同の視線がベインズへと集まる。
「え、えーと、情報を扱っている身としては只で教える訳にはいかないのですが……。珍しい車両を二台も間近に拝見する機会を得る事が出来ましたから、特別にヒントを差し上げましょう。現実でもそうですが、街と言うのは表と裏、両方の顔を持っているものです」
「えー、なにそれー。教えるんなら、もっと解り易く教えなさいよー」
文句を言うエレノア以外のメンバーは、すぐに意味を理解した様だ。
「……ブラックマーケット」
キースの答えにベインズは何も答えなかったが、その表情から正解だと察する事が出来る。
答えを聞き、ようやくエレノアも遅れて理解した様で、「あー、なるほどー」と一人呟いている。
「つまり普通に店を回っているだけでは手に入らない、グレン達が購入した様な物が存在するという事ね」
「レア物も結構出回っていそうですね」
ディートリンデやビエコフは、早くも扱っている商品へと意識を向けている。
「一つ聞いても良いか? そこってやっぱり違法品や禁制品も扱っているのか」
グレンの問いに、ベインズは暫し考え込む様子を見せるがすぐに答える。
「それ位は良いでしょう。場所にもよりますけど、ビエコフが言った様な表に出回らないレア物や他国の輸出禁止品など、それこそ様々な商品に運が良ければ出会う事が出来ますよ」
その言葉に一同の目が輝いた。
「と言う事は、今日グレンさんが連れて行かれたのも……」
「軍用車両を中心に扱っている所ですね。ですので、もし補修パーツや装備品が必要となったら、あそこを訪ねると手に入りますよ」
「そうか。わざわざすまないな」
ベインズが「いえいえ」と首を振っている横では、エレノア達が首を突き合わせ、どの辺が怪しいかなど推測を立てている。
「だからさー、やっぱり真夜中とかにやっている所が怪しいのよ。裏道にある寂れたBAR。中に入り、カウンター奥の扉を開けると階段があって、二階に上がるとその場所がっ、とかさー」
「それ、違法取引とかの方法じゃないかな……」
他国からの密輸品や禁制品の売買は、十分違法取引だという事にビエコフは気付いていない。
「えー、じゃーねー」
尚もエレノアが自身の妄想を披露しようとするも、ディートリンデが割って入る。
「でもエリーちゃんの夜と言うのは、良い線いってると思うわ。普通の店は大抵夜は閉めているしね。深夜営業か、夜に現れる紹介者を見付けるのか……」
通常街の装備品や備品を扱っている店は、午後十時にもなると閉店してしまう。勿論、中には二十四時間開いている店も有るが、小さな町や村で一店舗あるかどうか。大きな街でも二、三店舗と言った所だ。
なので、夜間も営業している店と言うのはギルドを除けば、飲食関係か整備工場のどちらかと言うのが一般プレイヤー達の認識となっている。
「そうかっ。今日ベインズが行った所は昼間もやっていた訳だし、普通の店の振りして何食わぬ顔で営業している所も有るんですね。その場合、紹介を受けないと入れないとか」
「えーっ、ブラックマーケットって言う位だから、深夜に怪しく営業して欲しいなー。帽子にサングラス、襟を立てたコート着てさー、合言葉を言うと中に入れてくれて……」
「合言葉に関しては、エリーちゃんの要望に沿えるかも知れないわね」
その様な三人のやり取りが、キース達の方へと洩れて聞こえる。
「まあ、そんな簡単には見付からないわな」
グレンはベインズへと視線を向けると、「さあ」と恍ける様な仕草を見せる。
その後、ブラックマーケットに関しては一旦保留とし、現実的な対策へと話題を移す。
「さて、歩行用装備の選択についてですが……」
ビエコフが指摘するのは、新たに使用する事になる冬季用装備の事だ。
レニンスキへの帰還時はまだ雪は降り始めと言う事も有り、それ程の積雪量も無く、使わずに済ます事が出来た。
しかし依然として降り続く雪は、ここ数日で積雪が1mに達しようとしている。
その為、歩行用装備の使用となった訳だが、その選択にはジレンマが伴う事となった。
歩行用装備はスノーシューとスキーモービルの二種類のタイプが存在する。
スノーシュータイプはかんじきの様に浮力を生む為のフレームが組まれ、そのフレームには爪が付き、雪面を滑らずしっかりと踏み締め、歩行や斜面の登攀時に有用な装備だ。
もう一つのスキーモービルタイプは足裏よりも僅かに長いスキー板をベースにしており、ビンディングが付く位置に履帯が組み込まれた装置が設置され、脚部の固定と共に機体のローラーから動力を履帯へと伝え、雪面を滑る様に移動する事が可能となる装備だ。
そして、この二種類の選択に最も頭を悩ませているのがエレノアだ。
格闘装備のカグツチは殴る際のダメージと言う点では、踏み込みがしっかりと利くスノーシューが良い。しかし敵への接近を考えると、ローラーでの移動が可能となるスキーモービルを選択したいが、当然攻撃力は落ちる。
「うーん……。どっちが良いかなー?」
散々悩んでいるエレノアを尻目に、キースとディートリンデはあっさりと決まった。
キースは現状撃ち合う機会が多い事から、機動力を重視してスキーモービルタイプを選択。
ディートリンデはライフルを使用しているので、反動に耐える為の制動力が高いスノーシュータイプを選択した。
「エリーちゃんの戦い方は脚を止めての打ち合いじゃないから、移動力のあるスキーモービルタイプの方が良いんじゃないかしら」
「そーかなー」
「俺も賛成だな。元々カグツチは速度重視の機体なんだから、特徴を消す様な装備の選択は止めた方が良いぞ」
ディートリンデとグレンの意見を聞き、エレノアは段々と意思を固めつつあった。
「取り敢えず、一度試してみれば良いんじゃないか。まだ冬は始まったばかりなんだから、合わなければ換えれば良いだけだよ」
「そーだね……。うん、スキーモービルにしてみるよ」
キースの言葉を受け、エレノアは踏ん切りがついたのか、ようやく決断するに至った。
「それじゃあ、購入した後、各機体に装着しておきますね」
「「「宜しく(ー)」」」
こうしてキース達はようやく冬季装備が整い、この先長く続く冬の活動が始まる。




