第二十二話 情報
7/1 誤字及び一部表現修正
四日目は朝から雲が多く見られ、昼食をとった頃には日も遮られ、天候が崩れる前兆を見せていた。
道程も残り半日となる今日は、レニンスキの街からも近い事もあり、午前中から多くのARPSを見掛ける。
中には塗装が殆ど汚れていない真新しい機体も混じっており、第二陣らしきプレイヤーもちらほらといる様だ。
レニンスキの街へと辿り着いた時、自走を担当していたのはカグツチだった。
各街にある境界線広場に辿り着くと、端の方に一旦トレーラーを停車させる。
ARPSでの街中への乗り入れは禁止されている為だ。
ここでディートリンデの拠点登録と配達依頼を完了させる為に、ビエコフに女性陣を連れて先行して貰う事にする。
キースは自ら居残りを志願したが、付き合い良くグレンも一緒に残る事となった。
街の入口にある広場は、元々運搬車両を持たないプレイヤーの為、整備工場の受付所を設置するのに作られた場所だ。
本来部外者であるキース達は、目立つのを避けつつ邪魔にならぬ様、隅の方に寄って迎えを待っていた。
流石に第二陣が開始された直後と言う事もあり、多くのプレイヤー達が開始の街であるレニンスキに溢れている。
様々な機体が広場を経由して、出入りをしているのを、二人で談笑しながら眺めていた。
すると、一台の車両が街道を離れ、広場をこちらへと向かって来るのに気が付く。
「グレンさん、知り合いですか?」
「いや、知らんな。と言うか、あれNPCじゃないのか」
「確かに、プレイヤーには見えませんね」
二人が話をしている内に、話題の車両が目の前へと到着した。
「シュビムワーゲンじゃねーか!!」
グレンが興奮して叫ぶ眼前には青みがかった灰色、俗に言うジャーマングレーに塗られた一台のオープンカーが停まっていた。
「こんにちは。珍しいものが見えたので……」
そう言って車から降りて来た男性は、がっしりとした体付きで、背丈はキース達よりも僅かに低い。そして真っ先に目が行くのは、その頭部。真黒な髪のドレットヘアーは、額に赤地に白い柄を散りばめたバンダナを巻き、長く伸びた髪の房を後ろへと流している。服装はフード部分に白いファーの付いた濃いグレーのフィールドパーカーを羽織り、その内側にはグレンと同じタイプのツナギに軍用の編み上げブーツを履いていた。
「えっと、プレイヤーでいいのかな?」
確認をする様にキースが尋ねると、
「はい。こんな恰好ですけど、一応は……」
男は、少し照れた様な表情を見せる。
「しかし凄い髪型だな……」
グレンは男の髪型を色んな角度から眺めている。
「いやー、折角のVRなんで試してみようかと。以前から興味があったんですが、流石に現実で試すのは勇気が無くて……」
「なるほど、そういう使い方もあるのか」
男の理由を聞き、キースは感心している。
「ところで、そちらの珍しいバイクはどちらのですか?」
「お前の車も十分珍しいじゃねーか」
グレンの言葉を受け、キースは車より持ち主の方が珍しいのではと内心で突っ込んでいた。
「解りますかっ。この車、ニュートリアス軍の鹵獲品ですから、シュネイックだとレアな車両なんですよ」
ニュートリアス連邦共和国は、河川や湿地が特徴の国だ。水陸両用車であるシュビムワーゲンも、同国内だと普通に見かける車両である。
しかしARPSでは無いとは言え、軍用車両である以上、他国で容易に入手出来る代物では当然無い。
「随分と古い車みたいだね」
キースの言葉を受け、男は目を輝かせ嬉しそうに話し出す。
「VRに居るなら、旧車に乗らないと絶対に損ですよっ!!」
男の言葉も尤もな話で、この事はVR世界を上手く利用出来た好例といえよう。
現実の世界で古い車両を手に入れた場合、多くの問題が付随して来る。加速や操作性など性能の低さ。エアコンなどの設備不足から来る居住性の悪さ。長距離での使用を躊躇する故障率の高さ。修理などの維持費の多さと様々である。通常はデザインなどの見た目の好みや個人的な思い入れで、それらを乗り越える訳だが、現実世界では誰もが実現出来る訳では無い。
ところが、VR世界ではその多くの問題点をあっさりとクリアしたのだ。データの集合体である以上、性能や居住性、故障率など、設定次第で好きな様に製作する事が出来る。唯一デザインだけは、その制作者毎に現実との大きな差違を生む要因となるが、幸い当たりだったのか、入手したシュビムワーゲンは細かい違いはあれど、許容範囲に収まった非常に優良な車両であった。
「だから、どうせ乗るなら旧車の方がお得なんです」
「へえ、そうなのか」
ロボットだけでなく、車やバイクなどメカ全般が好きなビエコフに是非教えてやろうと、キースは記憶にとどめる。
「このバイクも良いですね」
男はサイドカーの脇にしゃがみ込むと、各部を覗き込むように眺めている。
「おう。BMWのR69S風になってんだ」
その後も色々と聞いて来る男に対し、グレンも話が合うのか、楽しそうに答えている。
男はサイドカーを一通り見て満足したのか、今度はスヴァローグへと視線を向けた。
「これが噂のレドーム機ですね。実物見るのは初めてです」
そう言うと、物珍しそうに機体の周りをぐるっと一周して回る。
「そうか? 偶々会わなかっただけじゃないのか」
心外だとばかりにキースが言うと、男は振り向き、
「えっ、知らないんですか? この機体、まだ二十機も出回っていませんよ」
と、逆に驚かれてしまった。
「おいおい、この国でも二、三万人はプレイヤーがいるだろ。それで二十機って、すげーレアな機体じゃねーかっ」
国内唯一のバイク乗りは、自身の事を棚に上げ、笑いながら指摘してくる。
「二十機って……。あの後、殆ど出なかったのか……」
自身が好きで選び、十分満足していたのだが、キースは思いの外落ち込んでしまう。
「いやー、センサー系はもう一機のブラケニィーグの方を、みんな選んでいますからね」
「そうなのか」
グレンはセンサー系機体には興味を示さなかったのか、あまり詳しくはなさそうだ。
ブラケニィーグはセンサー系機体でありながら、純粋な人型のARPSである。センサー機能は専用のBPに詰め込まれ、両肩からは長さ50cm程のアンテナ線が真横に張り出されている。アンテナは機体を真横から見ると、肩の上部左右の端に一ヵ所ずつ、下部の真ん中に一ヵ所の計三本が両肩に配置されている。スヴァローグと比べ、センサー性能では劣っているが、運動性能は格段に優れた機体となっている。
「ええ。スヴァローグは設計思想が極端なんですよ。元々支給機はどれも能力値の総計で差が生じない様に調整されてますが、カグツチの様な汎用機に比べると運動性能を大幅に犠牲にした、極端なセンサー寄りな設計なんですよ。流石に戦闘もするのに、ここまで機体能力が低いのを選ぶ人は少ないですよ」
「いや、そこまで酷くは……」
キースは反論しようとするも、声には力が無い。
「ですが、専用のBPで機体性能を補助までしてますからね。それに加えてレドームなデザインが合わさり、シュネイックでは一番出荷数の少ない機体ですよ」
キースのささやかな抵抗もあっさりと粉砕される。
「これがその一号機ですか。写真撮っても良いですか? そちらのサイドカーも」
呆然とし、ただ肯くキースを横目に男は嬉々として様々な角度から、写真を撮っていく。
その後、サイドカーも取り終えると、男は十分に堪能したのか、満足げな表情でこちらへと戻って来た。
「いやー、今日は素晴らしい日ですっ」
「そういや、まだ名前も聞いて無かったね」
すっかり男のペースに呑まれ、名前すら知らない事にキースは気付いた。
「ははは、忘れてたな。俺はグレン。こっちがキースだ」
「改めまして、自分はベインズと言います。この国で『情報屋』を営んでます」
お互いの自己紹介を済ませると、耳に届いた不可思議な単語に付いて尋ねる。
「何だ? その情報屋って」
グレンの問い掛けに、様々な人から何度も聞かれたのであろうベインズは、淀み無く説明していく。
ベインズはこのゲームをソロで開始したが、呆気無く初日に死亡。所持金の不足から新たな機体を購入出来なかったと言う、グレンと似た境遇のプレイヤーだった。
途方に暮れ、街中を彷徨っていた時、とある店の片隅に置かれていたシュビムワーゲン見掛け、一も二もなく即購入をする。現実世界で免許を取ったばかりな事もあり、購入当初は嬉しさのあまり乗り回していたが、燃料や保管などで徐々に所持金が減っていく。戦闘をしない事から収入も無く、僅かに残った所持金も底を突くのが時間の問題となっていった。そんな金策に苦慮していた際に思い付いたのが、件の『情報屋』だった。
元々自身の死亡要因にはソロプレイが困難という仕様の所為もあったが、情報不足から敵数が多く現れる難易度の高い狩場へと迷い込んだ事も、大きな原因の一つであった。
この世界特有の相手の顔が見えないと言う状況は、想像以上に他者へ話掛ける事の難易度を上げる要因となっているを、身をもって味わっているのだ。
そこに気が付き、ならば有益な情報は商品価値があるのではと思い至り、早速情報を集め始めた。
開始当初は売買などは行わず、単純に話をするだけに留めていた。それでも珍しい車に乗っている事は話の切っ掛けにもなり、またオープンカーと言う顔の見える状態は、話し掛けられる難易度を下げる要因にもなった。実際、車で街中などを走っていると、走行中にも関わらず話し掛けてくる人達も結構いたりするのだ。
他のプレイヤーとの会話に飢えていた人達からは、様々な経験談などの有用な話を聞く事が出来た。そうやって、売り物である情報と人脈を作っていき、第二陣の開始と同時に情報屋を開業したのだ。
「……なんか聞いた事のある話ですね」
「ほっとけっ」
自分でも自覚していたのか、いつもより幾分大きな声を上げてグレンが突っ込む。
「まだ開店四日目なんで、色々とサービスしますよ。後、買い取りもやってますので、何かありませんか?」
一瞬の間の後、キース達は互いに見合ってしまう。
ないかと聞かれれば、あるとしか言いようが無い。何しろここに居るのは、ゲーム内唯一であろう情報の塊の様な人なのだ。
しかし、その情報が広まれば、今後のプレイに支障を来たすのは目に見えている。
「なあ、ちょっと二人で相談しても良いか?」
「勿論です。機体を見せて貰っていますので、終わったら声を掛けて下さい」
グレンはキースを引っ張ると、声の届かぬ所まで連れて行く。
「まさかっ、グレンさん自分の情報を売るつもりですか?」
本人の事なので強くは言えないが、キースは驚いて問い質してくる。
「誤解すんな。俺の情報は売らねえよ」
その言葉を聞き、キースはホッとする。
「じゃあ、何を……」
「今俺達は冬季装備の為に、資金を集めているだろ。そこでだ、前にお前達から聞いた車両系の換金場所と武器のアンロック。この二つを売れねえかなと思ったんだ」
ネット上やゲーム内にある攻略系掲示板などを覗いて見ても、この二つは今まで話題に上っているのを見た事が無かった。
「お前達が集めた情報だ。金額次第な事もあるから、無理にとは言わねえが……。ただ、一般情報だからいずれは広まる。なら、売れる時に売っちまうのも手だぞ」
一度検討してみてくれと、グレンはベインズの方へと戻って行った。
キースはスヴァローグの搭乗席へと入ると、ビエコフへと通信を繋げる。
「ビエコフ、今ちょっといいか」
「はい。今配達が終わって、拠点に着いた所ですので、もう少ししたらそちらに向かいますね」
「それはいいんだが……。少し相談があるんだ。出来れば、エレノアやリンデさんも交えて」
「分かりました。ちょっと、待ってて下さい」
そう言うと、遠くで二人を呼んでいる声が僅かに聞こえる。
暫く待っていると、エレノアの文句を言う声が届いて来た。
「……もうっ、折角リンちゃんを案内してたのに」
「悪いな。呼び出したりして」
「それで、相談とは何ですか?」
三人に対して、情報屋の説明とグレンの提案を伝える。
「自分はグレンさんの意見を支持します。タイミングを間違うと、情報なんてゴミにもなりませんし」
「エレノアはどうだ?」
「うーん、みんながまだ知らないなら、教えてあげてもいいよ。あんまり隠してても、可哀想だからね」
「リンデさんはどう思います?」
「そうね。私も売ることには賛成かな。武器のアンロックは兎も角、換金場所は問い合わせが殺到すると、公式とかであっさり公開されるかも知れないわ」
理由は様々だが、方向性としては売る事で意見を一致出来た様だ。
「じゃあ、後は値段次第ですか……」
現実でも交渉事が得意ではないキースとしては、気が重い作業となりそうだ。
「ちゃんと高く売るのよっ」
「ふふ、頑張ってね」
「じゃあ、もう暫くしたら、そちらに向かいますね」
三人からの声援を受け、キースは搭乗席から降りると、交渉をしにベインズの元へと向かった。
二人の元へ行くと、丁度グレンがシュビムワーゲンの運転席に座っている所だった。
「……何ですよ」
「ほう。おっ、来たか」
二人がキースに気が付き、こちらへと顔を向ける。
「で、どうすんだ?」
グレンは車を降りると、こちらへと回って来た。
「はい。ベインズ、情報を売りたいんだが……」
「ありがとうございます。それで、何を売ってくれますか?」
「二つ。一つは初期の武器から、グレードの上がる武器購入の条件。もう一つは、車両系略奪品の換金場所だ」
キースの話を聞くと、ベインズは下を向いて暫く考え込みながら、小型のタブレット端末を取り出すと何やら弄り始めた。
二人で暫くの間、端末操作を眺めていると、思案が終わったのか顔を上げた。
「まず、武器の購入条件の方はすみませんが買い取れません。もう結構知れ渡っているので、売れないんですよ」
「それもそうか」
キースはあっさりと納得する。
そもそも、武器のアンロック条件はキレンスクロフにあった。いくら店の場所が分かり難いとは言え、クエスト騒ぎの時に多くの人が向かったのだ。結構な人数がすでに解除しているだろう。
「それで、もう一つの換金場所の方は買い取らせて欲しいです。この金額でどうですか?」
持っていた端末に金額を表示させ、こちらへと見せてくる。
二人で確認すると、結構な金額が表示されている。
「今は開店サービスなので、切り良く八十万Yでどうですか?」
当初の金額より、更に上乗せされた数字を提示して来た。
八十万Yと言えば、アンロック後の武器が二つは買え、更には初期支給機の半額にも及ぶ金額だ。とは言え情報の売買など、この世界では初めての経験な事もあり、キースには判断材料となる基準を持ち合わせてはいない。
「グレンさん、どう思います?」
キースは自身では判断が付かず、小声で聞いてみる。
「良いんじゃないか。ところで、この金額でベインズの方は大丈夫なのか」
「勿論です。これでも買ってくれそうな人達から、キチンと割り出してますから」
見かけによらず、意外とやり手なのかも知れないと、キースは人物評に上方修正を加える。
思う所があるのか、グレンも感心している様子だ。
「良ければ、その金額を振り込みます」
問題無いので了承すると、即座にこちらの端末に金額が振り込まれた。
その後、情報としてトレーラーを買った店の件を伝える。
「へえー、そんな所で換金して貰えるのですね」
灯台下暗し、一旦気付けば何の事も無い場所である。
「買う方はどうですか? 機体から推測すると、機体購入のアンロックはまだのようですが」
手元に資金が渡ってから勧めるとは、しっかりしていると二人は共に苦笑した。
「すまないな。その情報は必要無いよ」
キースは一瞬の躊躇もせずに断った。
「知っていましたか?」
「いや、知らないよ。ただ、苦労や失敗を避けずに楽しむって言うのが、俺達の基本方針なんだよ」
元々はエレノアが言い出した事で、「苦労や失敗した経験が、後々になって楽しい思い出に変わるんだよっ」という言葉にキースとビエコフは感銘を受け、それ以来三人の基本方針となっている。
「ほう……。それはいいな」
「そうですか。それは自分も見習いたいですね」
情報は売れなかったが、ベインズは笑顔を覗かせた。
「あの、もし宜しければ、自分とフレンド登録して貰えませんか」
恐らくは、営業も兼ねての申し込みだろう。
隣を見ると、グレンも相手の意図を理解したのだろう、その上で了承を示す様に肯いている。
「だったら、時間があるようなら少し待ってくれないか。もうすぐ迎えが来るから、その時交換しよう」
キースとしても、その様な意図を含めても、関係を持つに足ると思えた。
三人で暫く話をして待っていると、トレーラーに乗ったビエコフが現れる。
「……誰ですか?」
降りて早々、その外観に驚くビエコフを他所に、ベインズはまたもトレーラーの写真を撮り始めた。
「さっき話してた、例の情報屋だよ」
「見た目はあれだが、中身は結構普通だぞ」
振り返り、まだ撮影をしているベインズを見るビエコフの表情からは、二人の話を今一信用しきれていない様子だ。
撮り終えたのか、こちらへと戻って来たベインズにビエコフを紹介し、その後暫しの間互いの交流を図る。
当初は警戒していたビエコフも、別れる頃には互いのフレンド登録とアドレスを交換して、すっかり打ち解けた様子を見せるまでになった。
「それでは、また近い内に会いましょう。ビエコフも珍しい機体を見かけたら、是非連絡を下さい」
「了解した」
「それじゃあ」
「またな」
挨拶を済ませると、シュビムワーゲンはレニンスキの街へと消えていった。
ベインズと別れた三人が拠点へと帰ると、連絡も無く帰還が遅れた事で機嫌を損ねたエレノアが待っていた。
その後、ディートリンデの多大なる尽力もあり、何とかエレノアの機嫌が直ると一旦現実へと帰還する運びとなる。
各自が次々に戻っていく中、ディートリンデがビエコフを呼び止める。
「弟君、ちょっと時間いいかな?」
「何ですか」
「機体の件でお願いがあるの。塗り替えとアレンジを頼みたいのだけど……」
ディートリンデの話を聞き、ビエコフは怪しく目を輝かせる。
「勿論ですっ。アレンジは何を弄りますか?」
「射撃時の反応に少し違和感があって、操作性を上げたいの。ラグを減らす様、腕の瞬発力を上げようかと思うのだけど。どうかな?」
「そうですね。全体的にレスポンスを上げて、操作時の遊びの部分を削る様に調整をしてみましょう。色は何色にしますか?」
「みんなと同じ緑がいいわ。エリーちゃんからは『左肩赤く塗ってお揃いにしようよ!!』って言われたけど、単色でお願いね」
既に帰ってこの場に居ないエレノアに対し、苦笑を浮かべるディートリンデに、ビエコフは済まなそうな表情で了承をする。
翌日、拠点に一同が揃うと、キースがまず昨日のベインズとの件の報告をした。
「へえー、一度見てみたいなー」
どうやら、エレノアはあの外観に興味を持ったらしく、出会った時は大変そうな予感が今からする。
「随分と面白い事を考えるのね」
ディートリンデは逆に、その発想センスに興味を示したようだ。
「まあ、あの様子だと近い内に会えるだろ」
「そうですね。残り二機も見てみたいと言ってましたし」
ビエコフは初見時の反応が一転、互いに無類のメカ好きという性癖もあり、一気に親密になったようだ。
その一端を担ったのが、昨夜現実で互いに取り交わした秘蔵ファイルであることを、誰も知らない。
「そう言えば、グレンさん。昨日は勝手に断ってしまって、すいませんでした」
昨日のやり取りを気にしていたらしく、キースが謝罪をして来た。
「ん、あれか。別に気にしてないぞ」
それに対し、グレンはあっけらかんとしている。
「んー、なになに」
「いや、実は……」
キースは昨日の顛末を含め説明する。
「エリーちゃん、素敵なことを言うのね」
「俺も昨日聞いて、そう思った」
「えへへ……」
グレン達から面と向かって褒められ、顔を赤らめながらエレノアは頻りに照れていた。
エレノアが平常へと戻る頃、グレンが今後の件を切り出して来た。
「さて、これからの事なんだが。一つみんなの意見を聞きたい。前に決めた通り、まずは機体購入のアンロックの為に、一番可能性の高い街『マクノーシ・スラビシュ』に向かうと決めていた訳だが……」
グレンは一度全員を見渡す。
「どうも天候が怪しい。道程は三日半掛かるが、明日の予報から推測すると、恐らく移動中に崩れるだろう」
秋から冬へとゆっくりと移ろうこと無く、ここ数日の天候は一気に移り変わる勢いだ。
「すると、最悪は雪が降りしきる中、帰ってくることになるのね」
ディートリンデの指摘に対し、
「そうだ」
グレンははっきりと肯定した。
昨日から曇っていた空は、今日は一段と黒く、崩れるのも時間の問題であろう。
「そこでだ、散策を含めて八日間。強行するか、みんなの意見を聞きたい」
グレンが言い終わると、各自思案し始めた。
「問題は積雪量ですね。一晩で数mも積もるのか、降り始めの時期はそれ程積もらないのか……」
「そうね。普通は後者のような気もするけど、設定次第でしょうからね」
「最悪の場合、一冬向こうの街に閉じ込められる可能性も十分ありますね」
キースとディートリンデの悲観的なやり取りを聞き、エレノアは残念そうに顔を顰めている。
「そう悪いことばかりではないぞ。色々な状況から推測すると、掛けるに値するだろう可能性は十分あの街にはある」
「そうですね。今だからこそ、往復出来る可能性もありますし。それに見つかれば、向こうの街で条件の合うトレーラーを購入することも可能ですよ」
グレンとビエコフの不安を払拭する意見を聞くと、エレノアは次第に晴れやかになり顔を綻ばせる。
「戦闘を考えて、ARPSに冬季装備を付ければ……」
ビエコフの言葉を最後に、沈黙が辺りを包む。
「……最悪の状況ばかり考えていても、チャンスを逃しますね」
「そうね。考慮することは重要だけど、囚われるのはダメね」
「それじゃあ……」
ビエコフに向かって、キースとディートリンデが力強く肯く。
「基本方針に則り、『マクノーシ・スラビシュ』に行こう」
「いこー」
嬉しそうにエレノアも追随する。
こうして一行は長い冬の始まりと共に、新たな街へと可能性を求め向かう事となった。




