第一話 プロローグは自己紹介から
私が入学した高校は、少し特殊な学び舎だった。
もともとは校舎は過疎化が進む集落にあった小学校で、周辺に住むのはお年寄りばかり。もちろん、小学校は廃校を迎えていた。
このままでは集落も消滅してしまうだろう。けれど、それは勿体なくない? 集落の人たちは、なんとか建て直そうと頑張ってきた。唯一のスーパーで販売される数々のパンは話題となり、今ではそれを目的とした観光客が数多く足を運んでいる。
標高の高いこの地域には、豊かな自然が嫌になるほど溢れかえっていて、それらも美味しいパンとコーヒーと一緒にどう? って感じで。
だから道もしっかりと整備がされたいたし、展望台やキャンプ場、民宿だって充実している。
なのに、何故か移住者は定着しなかった。
そこで行政は考えた。実際に、お試しで、住んでもらうのはどうか。それも、もっと若い世代にこの環境を学んでもらい、そして、一度離れてもいつかは戻ってきてもらえるような体験を提供できないものか。
そうして実施されたのが、紅葉谷高等学校。
リフォームをした空き家に住まい、高校生が自立を目指した一人暮らしを体験できるその学校。
初年度は人数を絞って募集され、興味本位で集まった受験生は、それなりに厳しい受験を強いられた。
つまり、私はその狭き門を突破したってわけ。
志望動機は、一人暮らしをしてみたい、だったかな? そんな、ありふれた動機だったと思う。
少し狭く感じる体育館での入学式を終え、教室に移動した十六人の生徒。席は苗字の順番だろうか。三列の席の真ん中だけが一つ多い。
私は一番後ろの窓際の席。名前は、桜木。桜木歩。
担任となる教師は、まだ来ない。入学式に居た誰かだろうか。女の人がいいなぁ。柔らかい表情の人。怒られた際に、少しくらいは和めることが理想。
まだ来ない。暇つぶしに外を眺める。ひらひらと桜の花びらが舞って、窓に少しの間張り付いた。
黒板側のドアが開く音。私は窓から視線を移す。
目に付いたのは、ボサボサとした頭だった。アフロではないけれど、天然パーマと言った感じでもない。驚異的な寝相を発揮した寝癖かな? アクロバットな姿を想像して、笑い声が少し漏れた。
「あんな人、入学式に居たかしら?」
隣に座る女の子がそう言って、そう言えば、と入学式の光景を思い起こす。
みんな、スーツを着ていた。目の前の教師らしい人物は、緑色のジャージを着ている。早着替え? 第一印象は、やはりアクロバットな人物からは変化しない。
「はい、入学式はお疲れ様でした。もちろん、僕も居ましたよ。ええ、居ました」
ニッコリと微笑む顔が、私たちの方を向く。
「まぁ、後は簡単な説明でご帰宅いただくのですけど、その前に、自己紹介でもしてもらいましょうかね。それでは右側の、君から」
ほっそりとした手が差し出されて、窓際の女の子に手のひらが向けられる。
「ご指名ありがとうございまーす。えぇと、相川です。下の名前は愛。愛、可愛い。って覚えて下さい。あはは、なんてね!」
トップバッターでジョーク……!?
私は少し戦慄をして、思わず隣の席に目を移した。若干、眼鏡が曇っている? やはり、プレッシャー。この自己紹介は、波乱を産むっ!
相川愛が席に座ると、その後ろの席に座る男子が立った。
「飯尾大輔です。飯尾大好きって覚えて下さい」
あぁ、滑るってこういうことなんだ。
そう、しんとしたクラスの誰しもが思っただろう。お笑い用語で言う『天丼』を狙ったのだろうけれど、完全に外している。地味な男子が高校デビューを狙ってみた光景が、私の眼の前に広がっているようだった。
(ナイスガッツ)
私は目を伏せて、最大限の賛辞を送った。
「大石伊吹です」
その反動だろうか、次の男子の自己紹介はシンプルなものだった。次の近藤海斗も同じくシンプル。名前を教えるだけで終わり。次は私の番。この頃には、もうレールが敷かれているようなものだった。
「桜木、歩です」
立ち上がり、礼をして、着席。まるでこれから授業でも受けるかのような動作だからこそ、なんだか少し、恥ずかしくなって。少顔に熱が集まるのを感じた。
隣の女子が微笑んだのが横目に見えた。
笹川緖斗。
中田樹。
中野旺一郎。
中村英治。
と男子が続く。
「名嘉叶です」
立ち上がった隣の女子は長身で、眼鏡の似合う理知的な印象の美人だった。どうにも私とは正反対なような気がして。こんな、ちんちくりん……。真新しいセーラー服、初めて袖を通すそれは、少しオーバーサイズでブカブカとしていた。
一番最初の相川さんも、金髪でスラッとしていてモデルのような可愛らしさがあったし、一瞬、この学校は顔面偏差値で選んでいるのでは? と考え、自分のことを思い出してその考えを振り払った。
自分の容姿を、私はまだ客観しできていないように思う。
「Ciel――シエルです。よろしく」
これまた美人だ。銀髪碧眼で、凹凸もバランスがいい。でも、パッと外人だと思うような顔立ちではなく、どこか日本的。ジロジロ見ていたのがバレてしまったのか、微笑みが返ってきた。
ファミリーネームは……? といった疑問も湧いてきたけれど、自己紹介は止まることなく進んでいく。
長谷川恵蓮。
林田永太。
武藤旺佑。
男子が続き、最後の二名は女子。
龍崎詩。
吉田音羽。
自己紹介は呆気なく終わる。すると教卓に手を付いた教師らしき男性は、満足そうに頷いた。
「これから仲間となる面子ですからね。もちろん、しっかりと覚えておくように。では、大事な大事な説明というものをしていきましょう」
男性が息を吐くのと同時に、空気がわずかに引き締まった気がした。
「君たちはね、異世界に転生をしました。何故、ここが異世界なのか。それを明らかにしてほしい。三学期の最後の授業の後、答え合わせをしましょう。もしも外れてしまえば、君たちにはまた、入学式の日に戻ることとなるだろう。そう、永遠に一年生を繰り返すのです。――もちろん、記憶を引き継いで、入学式に、ね」
何を言っているんだろう。
それが正直な感想だった。
でも、どこか納得したような気がして。
だけど、なんだかそれが怖くなって。
満足して立ち去ろうとする彼の姿を、私は、みんなは、目で追うだけだった。
ドアが閉まる。リフォームをしっかりとしたのか、滑らかに動く引き戸。クラスのみんなは、何の冗談だ、と言ったように視線を彷徨わせた。
私も何人かと視線が合う。けれど、何を言っていいか分からない様子だった。
シエルだけは、冷静に帰り支度をしようとしている。机のサイドに引っ掛けた鞄を掴み、肩にかけている。
「ああっと、言い忘れていた」
急にドアが開いて、ボサボサ頭が顔を出す。
「教卓のなかに日誌があります。そこに、一日一つの質問を書くことを許そう。翌日、答えを書いて置いておくからね」
「あ、ちょっと、そもそも先生の名前は何なんですか?」
ドアに一番近い位置にいた、長谷川が問い掛ける。
「それで一日を潰す気かい? 僕への質問は、日誌のみだ」
ボサボサ頭は、にこやかに去っていく。
私は気になって、廊下へ出た。後ろ姿はどこにもない。職員室へ向かう。各教科の教師が何やら作業をしていて、何人かが私が開けたドアの音に気が付いた。
「あの、担任の先生のことなんですけど……」
私の質問に、近くに座っていた女教師が困ったように眉を下げて言った。
「私たちも、よく分からないのよ。なんでこんなことになっているのか」
少なくとも、彼女の名前は伊藤乃愛だった。




