序章 赤い警告灯
目が割れそうなほど、真紅の灯りが激しく明滅している。
警報音はどこか遠くに聞こえて、銃声や悲鳴までも他人事のようにぼやけている。
アリア=ゼフィールは日常が一気に地獄に変わる様を、まざまざと見せつけられていた。
「どうして…こんなことに…。なんで――」
襲撃が起きたのは限られた者しか存在を知らない超極秘計画、その拠点のひとつだった。
部外者がその存在を、ましてや所在地まで知ることなどあり得るはずがない。関係者に裏切り者がいない限りは――
『こちらプローブ1。ゼフィール主任、無事か?』
「――っ!?アドラーさん!無事だったんですね…」
思考がおかしな方へ飛躍しかける寸前、落ち着いていて鋭い声の通信が入った。
彼はアドラー少佐。若き優秀なパイロットで、この計画ではテストパイロットを担当している。
彼の冷静な判断がなかったら、アリアは今こうして無事でいられなかっただろう。
アリアは安堵で思わず声がうわずる。
しかしアドラーの返答は、安心を与えてくれるものではなかった。
『今のところは、というのが正解だ。いつまで持つかは分からん』
「そんな…」
アードラーは強靭な精神力と卓越した技能を持った軍人である。そんな彼が言うならもう、状況は最悪を既に通り越しているのだろう。
『とにかくそいつだけは守らなければならん。博士だけでも離脱しろ』
「ですが――」
『行け、時間はない!』
「――っ、ご武運を!」
アリアは手元のスイッチを何個か切り替える。
周囲のモニターやコンソールに淡い光が走り、高周波音が鼓動のように高鳴ってその光を強めていく。
そうして照らし出されたのは、操縦席だった。
アリアは何かのコクピットの中に身を隠していた。
「起動シーケンス3番から6番までを省略、セーフティ解除・エネルギー出力戦闘モード、武装へのエネルギー供給をカット――」
アリアは何かをぶつぶつと唱えながらコンソールを操作する。指先は震えているが、操作パネルを叩く手つきに迷いはない。
「出力安定、Os.Psクロークフルアクティブ」
最後に完了のキーを強く叩くと、鋼鉄の巨躯はまるで蜃気楼のように姿を消す。
アリアはすぐに深くシートに腰掛けハーネスを締める。自動調節機能でシートが変形し、アリアの身体を包み込むように固定した。
「リンク率68%、操縦に支障なし」
首筋に装着している信号伝達デバイスが、アリアの神経と機体の中枢回路をリンクさせる。
神経がぐんぐんと拡張されて、まるで自分の身体が巨大化していくような感覚があった。
やがて感覚の巨大化が止まりリンクは完了する。
機体は手綱を完全に操縦者に預け、命令を今か今かと待ちわびている。
「A04-X、発進します――」
アリアが大きくペダルを踏み込んだ、その瞬間。
アリアの視界は一瞬にして、満天の星に移り変わった。
「――高度230m…?今の体当たりで?」
格納庫を突破するだけのつもりだった。
それなのに機体はやすやすと、特殊合金製の壁をぶち抜いて夜空を高く舞った。
研究所は遥か下方で豆粒のように小さくなっている。
「――っ、こんなの仕様にない。調整しないと……」
アリアはまるで空中でもがくようにペダルとレバーを動かし、滞空中に見つけた平たい丘への着地を試みる。
機体は重力に従ってどんどんと加速していき、ものすごい勢いで地面へと墜ちている。
それはやがて流れ星と言っていいほどの勢いで着弾した。
砂埃で視界がなくなるほどの激しい風圧。それなのに、不自然なほど衝撃音は小さい。
砂埃が晴れた地面には、クレーターのような大きな凹みが出来ていた。
「分かっていても、やっぱり慣れないですね……」
機体には最新の落下衝撃減衰システムが搭載されていて、コクピットや機体構造に衝撃は少しも伝わらない。それと落下の恐怖は別問題だが。
「エネルギー残量、49%。どこかで回復しないと……」
クロークは動力の波長すら遮断できるほどの隠蔽力を持っているが、甚大な消費エネルギーがかかる。
しかし襲撃者がどこかで監視している可能性を考えると、クロークを解除することはできない。
不安と緊張、ストレスとパニックで、アリアの脳内はこれまでにないほどぐちゃぐちゃになっていた。
アドレナリンはとっくに切れて、頭の血の気が引き始めている。
現状を切り抜ける方法、身を隠せる場所、今後の身の振り方、考えなければならないことはたくさんあるはずなのに、何一つ思考が回らなかった。
アリアはとある名前を唯一、無意識に口にした。
「悠司…」
それは幼馴染の名前だった。今なおアリアが抱き続ける、大切な約束を交わした――
口にしてからは自然に、アリアの進路はある場所に定まっていた。
アリアからすれば五年ぶりだが、
彼にとっては変わらないあの街へ――




