外伝② 第79話 その一瞬のために
あの瞬間のことは、今でもはっきり覚えている。
夜の王城。
静かな廊下。
嫌な気配がした。
騎士としての勘。
戦場で何度も命を救ってきたもの。
それが、あのときも働いた。
「――来る」
声に出すより先に、体が動いていた。
視界の端。
わずかな光。
矢。
速い。
だが。
遅い。
間に合う。
そう判断した瞬間、迷いはなかった。
足を踏み込む。
間に入る。
衝撃。
鈍い音。
肉に食い込む感覚。
「……っ」
痛み。
だが、それより先に確認する。
後ろ。
リリアーナ。
無事だ。
それでいい。
それだけでいい。
俺は剣を抜く。
敵を追う。
短い交戦。
逃げられた。
だが問題はない。
目的は守ることだ。
殺すことではない。
戻る。
リリアーナがこちらを見ている。
顔が青い。
「なぜ」
その一言で分かる。
分かっていない。
いや。
分かっていても、受け入れていない。
当然だ。
あいつはそういう人間だ。
「騎士だからだ」
いつもの答え。
だが。
それだけじゃない。
言うつもりはなかった。
ずっと。
言わないつもりだった。
立場がある。
あいつにも、俺にも。
だが。
あの一瞬で、全部どうでもよくなった。
死ぬ可能性。
それが現実になった瞬間。
はっきりした。
あいつがいない世界は。
考えられない。
だから言った。
「好きだからだ」
あいつが固まる。
当然だ。
あいつは強い。
だがこういうことには弱い。
少しだけ笑いそうになる。
だが痛みがそれを止める。
あいつは言う。
「弱点になります」
らしい答えだ。
制度監督官。
責任。
理屈。
全部正しい。
だが。
それでも。
「違う」
即答だった。
あいつは分かっていない。
守るってのは。
合理じゃない。
損得でもない。
ただ。
そうしたいからする。
それだけだ。
あいつは逃げない。
それは知っている。
だから。
俺がやることは一つ。
あいつが前に進めるように。
後ろを守る。
それだけだ。
騎士だからじゃない。
仕事だからでもない。
ただ。
そうしたいからだ。
あいつが言う。
「逃げません」
分かっている。
だから笑う。
「知ってる」
それでいい。
それでいいんだ。
あいつは前に進む。
俺は後ろに立つ。
それだけの話だ。
窓の外。
王都の夜。
静かだ。
だがもう。
何も変わらない。
俺は決めている。
あいつを守る。
理由は一つでいい。
それ以上はいらない。




