第12話 判断の裏側
天候の変化は、想定より早かった。
朝から吹いていた風は、昼前には雪混じりに変わり、視界を白く染め始めた。北方では珍しくない。珍しくないが、歓迎もされない。
「南道、予定より遅れます」
「運搬班が戻れない可能性も」
報告が、作業場に次々と集まる。
私は帳簿を開き、指で行をなぞった。前日の調整で、在庫には余裕がある。だが、それは“計画通り動けば”の話だ。
「今日は、予定を一段落としましょう」
修道院長エレナの指示が飛ぶ。
「無理に動かさない。人員は屋内作業へ回して」
妥当な判断だ。安全を優先するなら、間違っていない。
けれど――。
私は、視線を上げ、マルクの方を見る。彼は腕を組み、天井を睨んでいた。現場の勘が、何かを察している顔だ。
「……この判断だと」
私は、慎重に言葉を選んだ。
「明日以降の作業が、二重になります」
視線が、私に集まる。
「今日止めれば、明日まとめて動かすことになる。天候が回復しなければ、人手の負担が一気に――」
「分かっている」
マルクが遮った。
「だが、今日無理をして怪我人が出たら、もっと回らなくなる」
それも事実だ。
正解は、どこにもない。
エレナが、私を見る。
「代案は?」
一瞬、言葉に詰まる。
昨日までなら、ここで黙っただろう。最終判断を任せ、結果を見守る立場に戻ったはずだ。
だが、今は。
「……屋外作業は止めます」
私は言った。
「ただし、倉庫内で進められる仕分けと再配置は、今日のうちに終わらせたい。明日の負担を、今、少しでも減らします」
沈黙。
マルクが、こちらを見る。その目は、まだ疑っている。
「人が足りない」
「一部を、私も手伝います」
口に出してから、自分で少し驚いた。
「……帳簿の人が?」
「はい」
空気が、微かにざわつく。
私は、深く息を吸った。
「現場の手際は分かりません。ですが、仕分けや記録ならできます。遅れの把握も、その場で修正できます」
マルクは、しばらく黙っていた。やがて、短く言う。
「……好きにしろ」
許可とも、突き放しとも取れる言葉。
午後、倉庫内は慌ただしかった。人が増えた分、動きは速い。だが、慣れない作業に、細かな混乱が生じる。
「それ、順番が逆だ」
「待て、今それを動かすな」
声が飛ぶ。
私は、仕分け台の端で、必死に手を動かしていた。数字と実物を照らし合わせ、記録を修正する。だが、現場の流れに追いつけない。
――遅い。
自分が、足を引っ張っている感覚があった。
「……すみません」
思わず、口をついて出る。
マルクが、眉をひそめた。
「謝るな」
短い一言。
「遅いなら、遅いなりに使う」
彼は、私の手元を一瞥し、指示を変える。
「帳簿はこっちでまとめろ。現物には触るな」
役割が、即座に修正される。
私は、黙って頷き、机に戻った。数字だけに集中する。遅れを記録し、明日の作業量を割り出す。
夕方。
作業は終わったが、疲労は予想以上だった。現場の人間も、私も。
結果として、今日の作業量は想定より少ない。明日の負担は、完全には消せなかった。
――失敗だ。
部屋に戻り、椅子に腰を下ろす。指先が、少し震えている。
間違えた。
正しさを選んだつもりで、現場に無理をさせた。逃げなかったが、上手くもなかった。
それでも。
夜、帳簿を見直していると、扉がノックされた。
「……入るぞ」
マルクだった。
「今日の件だが」
胸が、きしむ。
「完全に正解じゃなかった」
彼は言う。
「だが、悪くもない」
意外な評価だった。
「判断の裏側が見えた。逃げなかった。それだけだ」
それだけを言い残し、彼は去っていった。
私は、しばらくその場に座り続ける。
失敗はした。
けれど、切り捨てられてはいない。
帳簿の上で、数字が静かに並んでいる。
――次は、もっと良くできる。
その確信だけが、今夜の私を支えていた。
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