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第31話 襷の理由

「藪さん、場所、変えない?」

「そうね。もう頭も胸もいっぱいいっぱいで破裂しそう」

「エネルギーの補給が必要だよ」


 二人は重い課題と互いへの淡い期待をまだらに抱えながら、市役所から少し離れた洋風居酒屋の個室で改めて向かい合った。


 取り敢えずグラスビールで乾杯した二人は、サイドメニューを幾つかオーダーした。


「初めてだよね、藪さんと飲むなんて」

「うん。何だか変な感じ」

「経緯が経緯だけにね。でもさ、まだちょっと疑問が残ってるんだ」

「疑問?」


 駿はビールを一口飲む。


「なんで梓ちゃんは、あのおばあちゃんに襷を掛けたんだろう。彼女にとっては宝物だった筈なんだ」

「それ、あたしも思った。自分でも魔法の襷って思ってたのよね。そんなにあのおばあちゃんに思い入れがあったのかな」


 亜朱沙はピザをひと切れ、口に入れる。駿は亜朱沙の唇の形の良さに見とれながら、


「幾つかの可能性はあると思うんだけどね。まずは時間的にこれが最後と思った。自分は逃げ切れる自信があるから、おばあちゃんの無事を襷に託した」

「だったら一緒に軽トラに乗っても良かったのにね」

「それは断ったんだよね。やっぱ足には自信があるし、まだ中学生だったから、学校に戻らなきゃって思ったんじゃない?」


 亜朱沙はグラスを爪で弾いてため息をついた。駿は視線を外して付け加えた。


「結果的に梓ちゃんには魔法が効かなかった。やっぱ、襷を手放した事を悔やんだかな・・・。切ない話だよ」


 しかし亜朱沙は別の可能性を考えていた。


「梓はおばあちゃんに襷を繋いだんじゃないかな。掛けたとかじゃなくて」

「繋いだ?」

「だって襷って元々そう言うものでしょ? その後で、おばあちゃんは子どもを助けたんだし」

「なるほど。役目まで繋いだのか」


 亜朱沙はバッグから空色の襷を取り出して、手に取った。


「でも、そんな単純な話なのかな」


 亜朱沙が呟いた時、そのバッグの中で、公用スマホがバイブした。


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