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第19話 証言 丘まで競争

 亜朱沙に残された時間は二日間。レンタカーを借りて、妙子にも同行してもらって梓の最後の様子を聞き出す。妙子がまず選んだのは教育委員会。この14年で随分と人も入れ代わっているので、妙子が電話をかけまくった。


 いきなり得られた証言は、現在教育委員会で働いている青年からであった。妙子の知り合いに案内され、事務室の一角の応接セットで亜朱沙はその青年に名刺を差し出した。


「これは遠方からご苦労さまです。あの灰髪少女グレイヘッドガールのことですよね。今思えばアニメ映画のワンシーンみたいでしたよ」


 青年は熱っぽく語り出した。


+++


 当時、青年は10歳。下校途中に地震は発生した。すぐに防災無線が津波襲来を叫び始める。10歳の少年は迷った。帰宅すべきか学校に戻るべきか。小学校は3階建。幾ら津波でも3階までは来ないだろう。他の友だちや先生もいるし、その方が安心だろう。海の方向に戻る事だけが不安であった。取り敢えず少年は行き交う人を眺めた。真っすぐ内陸方面に逃げる人もいれば、港の方向に走ってゆく人もいる。正解が判らない。


 仕方なく少年はトボトボと小学校へ戻り始めた。友だちと出会ったらその時にもう一度考えよう。


 町は大騒ぎである。煙のようなものも見えるし、サイレンが鳴り響いている。歩いているうちに少年はだんだん怖くなって来た。


『人に見つからないようにしよう』


 少年はわざと裏通りを選ぶ。建物が傾いたり火災になりかかっていたりして、まさに戦場の様相だ。少年は駈け出した。無意識に『おかあーさん! せんせー!』と叫んでいる。


 その時、十字路に飛び出して来た人に、少年は突然捉まった。身体全体でぶつかって抱き留められたのだ。


「キミ! どこ行くの?!」

「が、がが、がっこう…です」

「だめ! 戻るよ! 津波来るから海から離れた高い所へ逃げるの!」


 地元の駒切中学校の制服だ。全然知らないお姉さんだけど、言うこと聞いていいのかな。


 しかし次の瞬間、女子中学生は少年の手を引っ張って、猛烈な勢いで走り始めた。


 こ、この人、髪の色が灰色。染めてるの? 宇宙人? 恐怖から逃れようとしているのか、どうでもいいことばかりが少年の頭に浮かぶ。気がつけば目の前には丘が見えた。


「あそこ! 登るよ!」

「えー?」

「男の子でしょ! 私より遅いなんて恥よ! てっぺんの見晴らし広場まで競争!」


 女子中学生は手を離すと猛烈な勢いで駈け始めた。くそっ! 女子に敗けるわけにゃいかん。


 少年はプライドを賭けて巻き返す。階段も二段飛ばしで駈け上がる。


 見晴らし広場が見えた時、灰髪の女子中学生は叫んだ。


「キミの勝ち! そのまま駆け上がって! 私は次の子を連れて来るから」


 その言葉を最後に、灰髪のお姉さんは少年の視界から消えた。


+++


「見晴らし広場には既にたくさんの人がいて、友だちもいたんです。一緒に町を見てたら、小学校の屋上が津波に洗われるのが見えたんですよね。あそこに逃げなくて良かったって、まじ思いましたもん」


 青年は大きく息をついた。亜朱沙は問うた。


「その女の子のことはそれきりでしたか?」

「そう。残念ながら。生命いのちを助けてもらったって実感したのはもっと後なんです。一緒に走ったって記憶だけで、駄目ですね、小四男子の思考回路は」


 青年は苦笑いした。


「ここに勤めるようになって、その人のことも聞くようになって、複雑です。僕もあんな風に出来るだろうかって自問する毎日です。だから毎日走って、高台に子どもを連れて行けるように鍛えています」


 最後に青年は誰にともなく手を合わせた。梓は彼の中にも使命感を遺したようだった。


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