第18話 幻
寝付かれない夜だった。妙子が振舞ってくれた手料理も上手く喉を通らず、そのまま眠れなくても困るからと、笑って出してくれた缶ビールの効果もなく、客間の布団の上で、亜朱沙は寝返りを打ち続けた。
思考回路は堂々巡り。これからあたしはどうしようと思っているのか。自らも生命を絶たないと梓への真のお詫びにならないのではないか。そしてあの世とやらで、梓の前できちんと謝るしかないのではないか。夜は思考を闇へと引き摺り込んでゆく。
掛時計のコチコチ音が響く和室。何度枕元のスマホを確認しただろう。
1時半、2時、2時半、3時 … 時間の歩みは速いのか遅いのかもこんがらがって来る。冴える頭と、ふとした瞬間に引き込まれる睡魔。浅い眠りにうなされる夢。いっそ、起きて仕事でもしようか。灯りが洩れると綿木先生は気にするかな。半分眠りながら悶々と考えると、また梓のことが蘇って来る。
あたしが憧れの子。あたしが投げつけた刃物のような言葉。取り返せない言葉と時間。あの時に戻りたい。戻ればいいじゃないか。魔物が出て来て囁く。それが出来たら苦労しないよ、助けてドラえもん!
あ、あたし、寝てた?
ふと気がつくと、布団の傍らにふわっと灰色の髪が見えた。
梓?
まじ、梓? ここに居るの? 大丈夫なの?
ごめん! 本当にごめん! 梓に謝りたいの!
亜朱沙は叫ぶが声が出て来ない。手を伸ばそうとするが身体が動かない。なんなの、これ。梓がそこにいるのに!
瞳を動かすと、輪郭のぼやけた灰色の髪と白い顔は微笑んで頷き、そのまま霧のように消えてしまった。
亜朱沙は飛び起きた。今のは夢? それとも現実? 判らない。あたし、眠っていたのか起きていたのかすら判らない。
亜朱沙は立ち上がって窓のカーテンを捲ってみた。窓からはオレンジ色の夜明けの空が見えた。
+++
朝7時。あれから少しまどろんだ亜朱沙は、よろよろと起床した。
「おはようございます」
「あら。おはよう。眠れた? なんて聞けない顔ね。無理ないけど」
朝食の準備が整ったダイニングに入ると、妙子は笑顔だった。
席について、手を合わせて朝食を頂きながら、亜朱沙は明け方に経験した夢か現かの話をしてみた。
信じてもらえるか不安だったが、妙子はあっけらかんと言った。
「時々聞くわよ、そんな話。初めの頃はさ、亡くなった人も亡くなったって自分でも解ってなくて、普段通りに出て来て、自分でも混乱してるって感じだったけど、暫くしてからはね、そっとこっちの様子を見に来てるみたいな感じになって、やっぱり後が心配なんだろうね。亡くなっても性格って変わらないし、あの世とこの世の違いって何だろうって思ったわよ」
「本当ですか?」
「うん。実際に私が見た訳じゃないから確信はないけど、ああいう大災害が現実に起こると有り得るなあとも思うよ。藪さんの場合は、昨日のことがあるから浅い夢って可能性もあるから判んないけどね。でも、梓ちゃんが会いに来てくれたって思えばいいんじゃない? 昨日、私が藪さんを梓ちゃんと見間違えたのも、そう言うことだったのかもね。多分、今でも藪さんは憧れの人のままなんだと思うよ」
亜朱沙は箸を置いて、妙子の話に聞き入った。
梓が会いに来てくれた。こっちからは行けないから、代わりに来てくれたんだ。許してくれたかどうかは判らないけど、とにかく会えたんだ。
これを第一歩にしよう。亜朱沙は誓った。




