最終話
瞬く間に日は過ぎた。
伊東の死はもちろん世間を騒がせ、日本野球界の大損失だという見方が大勢を支配していた。スパイを使ってまで俺を打ち砕こうとした男がどれだけ真剣に日本球界の救世主たり得たかどうかは分からないが、それももはや空想内でしか計ることができない。
当然、俺もコメントを求められたが、元よりライバルと見なしていない人間に対して、しかもスポーツマンとしても全く尊敬出来ない相手にどんな言葉を掛けてやれと言うのだろうか。
「ライバルなんかじゃないです、あいつは」
『ライバルだった伊東君に対して、何か一言』とマイクを向けられ、俺が発した言葉だ。その発言をした俺も相当に叩かれたようだ。ほんの一握りの世界での話らしいが、世間的には同情を買っていた伊東の取り巻きを相手にしての、偏屈な義侠心を燃やす輩への燃料としては申し分なかったらしいな。ま、勝手にやってろ。俺は真実を言っただけなんだから。
確かに、練習試合では打ち込まれることもあったし、夏の甲子園での対戦でも本人同士の思惑はどうあれ、形的には俺からヒットを打った事にはなるんだからな。その『本人同士がどう感じていたか』が重要なわけなんだけれども、こればっかりは第三者に申し開きところで理解してもらえるわけがないだろうし。
そんなこんなで、伊東の自殺からまるまる半月は色々と忙しかったが、とうとう退学届けを出し、晴れて自由の身となったわけだ。そりゃ、高校に通いながらでも練習を続けることは出来たろう。それこそ、授業をさぼりかねない勢いで、だが……それでは中途半端なのだ。
退学届けを提出しに行った日、帰りの校門前で見送ってくれたのはチームメイト達だった。藤間も、黒沢も、影屋も、みんな泣いていた。一緒に卒業できないことが悲しくて仕方がないと言っていたな。俺も同じ気持ちだよ。みんなの前で言ったことはないが……
プロ志望届けを出していない俺は、ドラフト指名を受けることはない。だが高校を退学したらその時点でドラフトの対象だ。あれはあくまで高校生に対してのプロに進む意思があるや否やを問うもののようだから。
急に退学した理由をマスコミ連中があれやこれや根掘り葉掘りほじくり返してきて、動きにくいったらありゃしない。そんな下らない報道しかしない日本のマスコミもイヤになったから海の向こうに渡る気になったというのも少しは考えられないのだろうか?今現在活躍している日本人メジャーリーガーだって、少なからず無知な日本のマスコミ・ファンから逃れるために向こうに行った人も居るはずだと思うぞ。とにかく俺は、例えドラフトで指名されても断固拒否、スカウトの話も聞くことはなかった。過去にはとある球団にドラフト指名された選手が、スカウトに対し頑なな態度をとった際、そのスカウトが如何なる責めを感じたものやら自らの命を絶つという悲劇を生んだこともあった。だから俺は最初っからその手の話を聞かなかった。
さて問題は俺がその年のドラフトで日本のプロ野球球団に指名されるか否かだったが、こうしてスカウトとの接触もせず、周囲にあくまでメジャー指向の強いことを公言したため、とうとう12球団が匙を投げた格好となった。中には、スカウトに話もせずに門前払いするのは道義に反するかどうとかいう人も居たが、向こうが接触する権利を持つのだったら、こっちには自分の考えでそれを拒否する権利だってあるハズだ。ともあれ、俺はこれでますます日本の世論を敵に回すことになり……良かれ悪しかれ日本でこれ以上活動をすることができなくなった。
そこで俺は、色々と入れ知恵をしてくるようになった人間のアドバイスに従い、ほとぼりを冷ます意味もあって沖縄へ行くことにした。あっちなら温かいし、ちょっとは人の目からも解放されるだろ。どうせ自主トレなのだから、練習相手がいなくとも関係ない。それよりも、南国の空気を吸える方が余程有意義だ。
思い立ったが吉日、真理と姉さんのすがるような目線をよそに、さっそく沖縄へ。そこでどの程度滞在するつもりなのかは皆目見当が付かず、身体に聞いてくれ状態だったものだが、金銭面のこともあるしそう長居はしないつもりだった。だが……ここでも隠れて助力してくれたのがオヤジだった。常にひとりぼっちにさせてしまった息子への罪滅ぼしのつもりなのか、金銭的援助を全く惜しまなかった。
俺はと言えば、取り敢えずは出世払いとしてその行為を受け取り、数ヶ月滞在するつもりだった。しかし、ストーブリーグの次期に入ってネタが枯渇してきたマスコミが押し寄せてきたので、現地の人に迷惑を掛けるわけにも行かずに地元へ帰った。全く、余計なことしかしない人種だ。俺がマスコミを避けるように動く姿がどうにもフシギらしく、しかも彼ら自身はその理由に思い至るアタマはないらしい。伊東光の引き立て役として、俺を徹底的に敵扱いしたことを忘れたわけじゃあるまいに。
それから……
地元で練習するにも限度があるし、かといって草野球では身体慣らし程度にしかならない。ということで、思い切ってウィンターリーグに参加することにした。もちろん、カリブ海近辺国で行われるアレ、だ。メジャーリーガーも調整の為に参加するという、将来のメジャー殴り込みを考えている俺にとっては登竜門とでもいうべき、おあつらえ向きの舞台だ。
幸い、参加に関しては、俺の理解者である、某筋の人に奔走して貰い……高校を辞めた後、勇気を振り絞って、厳選した事情通の人とのコネクションを得るに成功した。いつまでも人嫌いじゃ居られないからな……すんなりとメキシコのチームに入団。自分でも何でこんなにアクティヴになったのか良く分からないが、とにかく来年のトライアウトまで練習するという焦りがあったのかも知れない。
俺はそこで、例の如く快刀乱麻を続ける……とは問屋が卸さなかった。なにしろ環境の全く違う、言語も今まで地道に勉強していた英語とは異なるものだったから、その生活環境の差から体調を崩すこともしばし、当然のことながらマウンド上でも万全のパフォーマンスを見せられないという悪循環に陥ったりもした。
だが、これは将来アメリカの過酷な環境で野球をやるための修行と考えれば全く苦にもならなくなったのは、持って生まれた神経の図太さ故だろうか。
そして徐々に慣れ、ある程度の成績を挙げてメジャーのスカウトに見出される。ここでも言葉と環境の分厚い壁が立ち塞がったが、最高の舞台、そして野球の本場でプレイしたいという揺るぎない信念があれば何とかなるもんだ。自分の希望通りMLBのドラフト指名を受けルーキーリーグへ。徹底的に日本のマスコミに嫌われた俺だが、このときばかりはそこそこ話題になったらしい。今となっては知ったことではないが。
そこで目や耳にすること全てが珍しく、或いは初体験の事ばかりで戸惑うことしか出来なかったが、俺の順応力もなかなかのものがあるようで、チームにも溶け込んで上手くやって行けた。家に残してきた真理を忘れる日はなかったが、それ以上に……と言い切っては真理を軽視しているように受け止められるかも知れないが、自分自身で密林を切り開いている感覚が嬉しくて楽しくてどうしようもないのも確かだった。
それにしても、俺はこんなに順応力の高い人間だったのだなと驚いている。きっと、新天地で心機一転、言葉は悪いがアメリカデビュー、みたいな心境で思いっ切りドライに、人懐っこくしているのが奏功しているのだろう。こちらの人間は何しろ明るい。大きく打てば大きく響く鐘のようなもので、こちらが笑いかければ向こうの返してくれる笑顔も大きいから余計に明るくし甲斐があるというものだ。
ただしその一方で、折角仲良くなった選手が次の日には姿が見えなくなっているのも日常茶飯事だ。消えた……つまりクビを言い渡された人間のポジションが投手だと、自分が蹴落としたという僅かながらの罪悪感に苛まれる事もしばしば。そんなことは日本を出てくる前から分かり切っていたはずなのだが……まだまだ俺は甘ちゃんのようだ。
最初の数ヶ月は戸惑いが大きく、自分で予想したメジャーへの階段を上る青写真よりずっと遅れてしまったが……それでも一応数字上順調には実績を挙げ、機会を窺う。もともと、俺くらいの実力があれば(自惚れでもなんでもなく)メジャーへの道は自然と開けると思っていた。……どんな言い方をしても自意識過剰にしか見えないが……かくして、その時はやってきた。
マイナーの生活はそりゃ厳しいもんだった。移動は全てに於いてバス移動、当然眠ることも難しいが、眠らなきゃならん。お声が掛ったのは、眠い目をこすりながら球場入りしたときだったのだ。
あまりにも突然だから、自分でも面食らった。ま、もっと極端な例では試合の打席に入ろうとダグアウトを出た瞬間に呼び戻され、その場でメジャー昇格のために荷造りを指示される、なんてこともあるらしいからな。
自分の実力を確信していたとしても、昇格のお告げはやはり格別だった。慣れ親しんできた―――といってもせいぜい数ヶ月だが―――チームメイトの羨望の眼差しと餞別の言葉を背に球場を後にする。また、球場を出てからメジャーの地に赴くまでの待遇がまるっきり別物なんだよねぇ。いかにも自分が『選ばれた人間だ』と錯覚してしまいそうになるくらいにね。
……メジャーを目指してきた人間なのに、そしてそれが叶った筈なのに何故か淡々としている自分に気付く事もあった。やはり頭の片隅には『昇格して当然』という認識があったからかも知れないし、また昇格のチーム事情が『故障者続出で、トレードも思うようにいかず』だったから、どうしてもスッキリしなかったのも確かだ。メジャー昇格という事実の前にはどんな理由だろうと無力なのもまた確かなのだが。
そして……
俺のメジャーデビュー戦の舞台は、アメリカ南西部にある球場。自分の所属しているマイナー球団がどこのメジャーチーム傘下であるかは知っていたものの、目の前の事に精一杯で、球団が今現在何位かくらいの知識はあったものの、それではいつ創立してどういう歴史を辿ってきたチームなのか、なのかは全く知らなかった。
それまでのマイナー生活とは違う、アメリカ中、いや世界中の野球選手が夢見る大舞台だけあって、遠征待遇は前に述べたが球場の施設、球団職員のサポート、そして独特の雰囲気……と段違いの雰囲気に舞い上がりかけたが、全て登板の前のプレッシャーに掻き消された。
これからチームメイトになる大男どもが俺を見る目が実に滑稽で、『一体何処の小学生が紛れ込んで来ちまったんだ』とでも言いたげな瞳が俺を取り囲んでいたんだっけ。でも、『ヘイ、ボーイ。ここは子供の来る所じゃないぜ』などと突っかかってくるような典型的な嫌なヤンキー野郎も居なかったのは助かった。彼らも一生懸命で大人だし、何よりフロントが力を認めなければロッカーに入る事を許されるはずがないのだから。とはいっても、やはり子供にしか見えないだろう(未だに自分で鏡を見てみても、そこに映る童顔と体躯は如何ともしがたい)俺にどれだけの力が備わっているのかというのは全く計り知れないようだった。
更に救いだったのは、先人達が築いてくれた『日本人は野球を知っている』『日本人は侮れない』という先入観も相互理解の一助どころか八助くらいになっていた。目に見える体格上は屈強な白人や黒人に敵うべくもないが、野球は筋力だけでは出来ないスポーツだ、こと日本人選手は外見から判断できないというのも彼らは良く知っているのだから、この時ほど先人に頭を下げたくなったときはなかったね。それでも、余りに俺の身体は小さすぎるとは映ったらしいが。向こうの人間の感覚から言ったら、間違いなく小学生に見えるだろうしな。
かくして出番は合流初日にやってきた。
俺がマイナーを数ヶ月でパスしてきただけにチーム状態は悪く、その日は1-12という大敗が確定している状態での敗戦処理としての登板だった。監督にしても、俺の余りに小さな身体を見てフロントは乱心したんじゃないかと思っただろうが、今はそんな事はどうでも良い。逆に、小学生にしか見えない俺の力を計るにはこんな試合展開でなければとても出来ないという思いの方が強かったのだろう。
きっちりとブルペンでウォームアップをしてから、とうとうグラウンドへ。外野のフェンスの中にあるブルペンから一歩足を踏み出す。そこは、ブルペンの中とは何もかもが違う空間だった。
体中を何かの強烈な力が貫いたのだ。
それは、圧倒的な、そして明らかに質量を持って俺の身体を貫き、脳髄を灼いた。いっぺんに今まで考えていたこと、ここまでの道程の記憶が吹き飛ぶ。
それはどういう類のものだと説明すれば伝わるだろうか……
国民的娯楽として、アメリカ人の心と共に百年以上の歴史を歩んできた……言うなれば本場の『野球の力』、とでも言っておこうか。それら全てが俺を撃ったのだ。
背後で異変を察知したブルペン捕手の誰かが『どうした、大丈夫か?』という類の事を言っているが、俺は頭を振ってそれを否定し、夢見心地のまま緑の天然芝の上を小走りにマウンドに向かう。そこは……
まさしく、『フィールド・オブ・ドリームス』。
大きなスタンド。
緑の天然芝。
スタンドにごった返す、多種多様な人種の観客。
全ての野球ファンが憧れる夢の舞台がそこにはあった。もう歓声もブーイングも俺の耳には届かない。ただ、感動してしまって……鼻の奥をツン、とした感覚が走ったときには堪えるのに苦労したが……今の俺にはそれすらも自分の力に変えてしまえるような気がしていた。
俺がメジャーの初マウンドを踏んでからどの程度経ったろうか……
「ちょっと風が強いね〜」
「ああ……オマケに高台だからな」
真理が制服のスカートの裾と髪を抑えながら傍らに立っている。
ここは、五塚高校にほど近い新興の共同墓地。墓を買う余裕のないカベのおばさんに代わって、親父が自主的に永代供養の都合を付けてくれたのだ。ま、今やその費用も俺が出せるくらいにはなっているが。
しかも親父の奴、将来必ず俺が払える身分になると見越してか、この墓地のいっちばん見晴らしの良いところを抑えやがった。他の場所とどれだけ値段に差が出るのかは敢えて聞かないでおく。
帰ってきたぜ、カベ。
メジャー初昇格の年にそこそこの成績を上げた俺は、その後の契約内容も満足の行くものだった。もちろんメジャー契約だ。マイナーとは天と地程の差がある、とても素晴らしいものだったぜ。金額的にも、付帯する条項的にも。だから、無理を言って殆ど日帰りの帰省を許してもらえたのだ。現在はメジャーリーグ開幕前の三月末。こういう待遇も日本では考えられないよな。
「じゃ、ちゃちゃっと拭いちまうか」
「うん」
真理の持っていたポーチから新しい布きれを取り出し、丹念に墓石を拭き清める。真新しいだけにそう汚れてもいないが、まあ心意気ってことで。
一通り拭き終わると、線香を添えて供え物を墓石の前に置く。
供え物は……年代物の泡盛の古酒だ。あいつの酒の好みは、あいつと初めて杯を酌み交わした時から分かっていた。もっとも、当時は誰でも名前を知っているような洋酒に興味があったようだが、それに紛れて口にしていたカベの恍惚とした表情が忘れられなかった。
「そうだ……ちょこっとだけご相伴にあずかろうかな」
「……ご相伴?」
古酒の栓を開き、少しだけラッパ飲みした後、残りをカベの墓石にじょろじょろと掛けてやった。アルコール度数の高い銘柄だからあっという間に揮発して、当たりに芳醇な古酒の香りが広がる。これぞ沖縄の宝ナリ。
墓石の前で目を閉じ、さて……待たせたな、カベよ。
俺も今のところは順調に進んできたぜ、前々から宣言していた通り、『上』でな。一年目の成績はというと……ま、お空の上からなら何もかもお見通しかも知れないが一応報告しておくと、ざっと10勝2敗の防御率1.38ってところだ。小学生のように小柄なピッチャーが100マイル級のボールを投げるっていうんで、向こうでも随分と評判が高くてな。実力があればこそだけど、素直にそれを認めてくれる土壌というのもまた心地が良いものなんだ。
……カベ。
俺、ちょっとはやれそうだぜ。……分かってるよ、そんなに言わなくても。これくらいで慢心するほどケチな価値観を持ち合わせちゃいねえよ。まだまだ、成績はこんなもんじゃ満足しないんだから。今年の目標はどーんと大きく20勝だぜ。
……カベ。
そうなったら、少しくらい褒めてくれたって良いよな。ほんのちょっとで良いんだよ。握り拳に親指を立ててくれるくらいのさりげない奴で良いんだ。
……真理を見ると、俺が口の中で何事かぶつぶつ呟いていることに全く興味も払わず、離れたところで周囲の景色の良さに目を細めている。眼下に広がる五塚の町並みは確かに美しく見える。もう少し経てば、緑の葉っぱの中に薄紅色の桜花が映える季節になるけど、その時には海の向こうで快刀乱麻のピッチングを繰り広げてるだろうからな。思い出の桜の季節に墓参りに来られるのは、今から何年後か知らないが現役を退いた後だろう。取り敢えず20年以上は現役をやるつもりでいるから、もう少し待っててくれよな。
話したいことは色々あるはずなのに、もうそれらの殆どはどうでも良くなっていた。だってさっきも言ったとおり、雲の上のカベには俺の一挙手一投足はお見通しなのだろうから。
「でもさ、これだけは……置いておくぜ」
それは、一冊の本。俺とカベが駆け抜けた、あの夏の記憶。
「一昨年の甲子園の全戦の模様が納められてる……まあよくある本さ。本屋で見かけることはあっても、まさか自分たちの姿が掲載されるとは夢にも思わなかったから嬉しかったんだぜ?」
もっともらしいタイトルの付いた本をぱらぱらとめくると、俺とカベとの活躍を伝えるカラー写真がたんまり掲載されていた。カラー写真で掲載されるには、一回戦負けや二回戦負けでは叶わない。やはり決勝近くまで行かなければ、あとは余程注目の対決でもなければ白黒写真のまま埋もれてしまうのだ。
「これ、置いておくから……あの時のこと、たまには思い出してくれよな。……俺?いつでも忘れた日は無いぜ」
気がつくと、目の間に本のページを同じようにぺらぺらめくっているカベの姿がくっきりと浮かび上がった。いつもの、やや不機嫌そうな表情で。記事の内容が不満なのか悦に入っているのかも全く分からない、しかし俺が全幅の信頼を寄せた巨躯。
カベが後ろを向き、そして……振り返った。が、表情は逆光になって遮られている。
「カベ……?」
離れた場所で俺を見守っていた真理が怪訝そうな顔で俺を見ている。ま、端から見れば奇妙な独り言としか取られないだろう。
でも……一瞬だけ、見えたんだ。
カベの微笑みが。
『良くやったな』と言っているようで。
「行こうか」
真理の荷物を持ってやりながら、声を掛ける。
「もう……いいの?」
「ああ、もう済んだ。次はシーズン後……12月かな」
真理はまだなにか言いたそうにしていたが、不思議な邂逅を直感的に感じ取ったのか、
「そっか」
と、短く言っただけだった。
見晴らしのいい……とにかく一箇所だけ離れた墓石から立ち去る途中に一瞬だけ振り返る。そこには……カベが眠っている。俺の最高の女房が。しかしまたと得難いパートナーはこれからもずーっと、同じ場所に行くその時まで見守っていてくれるだろう。『その時』に胸を張って逢えるように精進しなくちゃな。
置いてきた本が風でページがめくられる様が、まるでカベがめくっているように見えた……と言ったら流石に感傷的になりすぎか。
カベ、ありがとう。そして……またな。いろいろな意味で。
その本には、俺とカベの甲子園の記録がもちろん記されている。
真壁大成
出場5試合
25打席
18打数
9安打
3本塁打
10打点
7四死球
打率.500
加藤聖
登板6試合5勝1敗
投球回数60
被安打20
与四死球6
自責点6
防御率0.90
奪三振 102。
最高球速(FASTEST)、166km/h。決勝戦時、伊東光との対決に於いて。
それが俺たちの……あの夏の記憶。




