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FASTEST!!  作者: サトシアキラ
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第13-09話



 それから……

 得点状況は少しも動くことなく……つまり両チームともただの一点も奪えずに、イニングはいつの間にか9回の表を迎えていた。

 俺等五塚高校は散々チャンスを作りながら言い換えればカベと藤間が敬遠され、常に塁が二つ埋まるプレゼントを贈られながらも巡り合わせによって無得点。相手の方はというと……こちらも対照的にということはなく、俺がほぼパーフェクトなピッチングを展開してるが故にゼロ行進を続けている。

 カベに打開策を聞いてみるが、

「相手が勝負してくれないんじゃどうしようもないだろう」

 とややぶっきらぼうに……それはいつもか……呟くのみだ。同じようなフラストレーションは藤間の方も抱いているらしく、同様に不満そうな面持ちで戦況を見つめるのみだ。最初から主軸以外の選手が五塚の弱点だということは分かっていたが……こうもはっきり出てしまうと、俺が悪くもないのに彼らに責任を押しつけたようで少々気が引ける。

 

 しかし、俺も無得点のプレッシャーに無意識に動揺していたのだろうか、とにかく始まりは一個のフォアボールだった。

 幾ら修行を積んだとはいえ、そりゃ少しくらいはコントロールが乱れることはある。……もっと正直に言えば、『審判も判定を誤ることがある』だな。こんなこと、いっぱしの高校球児が口に出したらそれこそ大騒ぎになるのだろうが……言いたいなぁ。何で高校生だからって審判にケチ付けちゃいけないんだ。


 ……実を言えば、フォアボール一つくらいはまだどうでも良かったんだ。しかし、次の打者のボテボテサードゴロの間にランナーは二塁に進み、更に次の打者のこれまたボテボテファーストゴロの間に三塁を陥れ……要するにノーアウトのフォアボールがまずかったんだ。形の上ではピンチ。ツーアウトである以上、相手はヒッティングしか採る手段は無い。 ……無い筈なのだが。次打者の6番が打席に入る直前、カベが俺に耳打ちしてきたことがあった。

 即ち、

「セーフティスクイズに気を付けろ」

 と。

 それはつまり、カベが一番恐れていることの現われでもある。まともなスクイズはアウトカウントと俺の球威上不可能に近く、かといってヒッティングでは望み薄。となると、虚を突けて、オマケに守備に不安のある俺を虐めるには最高の選択……というわけだ。全く、有力校が採る作戦って言うのは人を虐めること以外に無いのかねぇ。

 ともかく、俺も頭から消えていたセーフティースクイズを再び警戒だ。となると……サインを覗き込むが……やっぱりサインはそれしか無くなるよな。つまり速球一本。バントしようがヒッティングに変更しようが、とにかく俺とカベとしては相手のバットをへし折る気構えで投げ込むしかない。直球を放るなら放るで気を引き締めていかないと……とんでもないことになるからな。

 ピンチを迎えたとあって、一塁側スタンドはダンマリを決め込んでしまった。おいおい、そういうときこそ応援するのがスジってもんだろうに。そもそも、俺たちの力量は知っているはずなんだから……でも、今までの五塚のイメージが強すぎるのか。ま、一年とちょっと前までは県大会の決勝戦を戦っているなんて誰も想像できなかっただろうからムリもない。


 さて……セットポジションを取る。守備位置は勿論野手全員前進。もう一点もやれない……というのが如何に受け身なのかは説明するまでもないが、俺たちの場合は特に切実だ。ここで点を取られてしまったら、9回裏は7番からの打順だけに得点を期待できない。しかもその頃には相当浮き足立っているだろうし……とにかく一点もやれない。大体点を取られるわけがないと思い込まなければ。

 セットに入ったままちらりと三塁ランナーを見やる。リードはやや大きめ。随分と余裕があるじゃないか。

 カベの忠告通りセーフティースクイズを警戒するしかないが、果たして俺の速球で本当にそれを阻止できるか……初回のピンチは、まだ回も浅かったから平常心で投げることが出来たが、何しろ今は取りあえずの最終回だ。緊張するなと言う方が難しい。

 クイックマサカリで第一球を投げる。と同時に三塁ランナーがダッシュ!……の構えだけ。それでも俺の手元を狂わせるには十分なわけで。

「うおっ」

 思わず出たであろう、カベの気合い声が聞こえた。

 ギリギリカベがジャンプして取れる高さの、暴投紛いの一球になってしまったのだ。危ない、危ない。

 そこですかさずタイムを取ったカベがマウンドへ歩み寄ってきた。ヤバい、怒らせちゃったかな?俺の直前までやって来て歩みを止めたカベは、マスクを脱ぐ前に短く

「敬遠するぞ」

 とだけ言って背を向け、

「後は任せろ」

 と短く付け足し、ホームへ戻っていった。確かにメッセージを伝える方法はカベらしいが……問題は内容だ。敬遠するだって?俺のピッチングに不安を感じたのか。そりゃ、確かに今は多少の緊張もあったが……いいや、俺は何かに疑問を持つよりカベを全面的に信頼する方が先だったな。そもそも俺自身が策を弄することなど出来ないし。

 

 カベがゆっくりと立ち上がった。その瞬間、三塁側スタンドからは大ブーイングが巻き起こる。ふん、今まで自分らがやってきたことを棚に上げて……本当にお目出度い奴らだな。俺たちの非公認応援団は大人しいものだったさ、カベと藤間が連続敬遠された時もな。そのマナーの爪の垢でも煎じて飲みやがれ。……古い言い方だが、それが古い野球観でプレーしているあいつ等に相応しい。

 俺たちは素知らぬ顔でバッターを敬遠。迎える次打者は……4番の大柄な兄アンちゃんだ。いかにも打ちそうな体型だが……さて、どうなるかね。三塁側スタンドはチャンスと見るやまたもや騒音の垂れ流し。せめて拍手だけで応援をしてくれませんかねぇ。しかも自軍のチャンスにしか応援できないとは……本当にやる気があるのか?悔しかったら、打線が俺の快投に沈黙している時にも応援してやったらどうなんだ。

 一塁ランナーと三塁ランナーを交互に見やりながらサインを窺う……そういえば、満塁策を採るんならこのバッターも歩かせ……ということなのだろうけど。取りあえず一塁は埋まっているから、この4番勝負なのか?……サインは、外角低めへのストレート。様子見且つ初球としては最も確率の高いコース。無論、俺には抗う理由など無い。

 クイックから注文通りのコースへ……投げる!

 結果的に言うと、投球はボールだった。何故って、カベがストライクゾーンに要求しなかったからさ。しかし注目すべき点はそこじゃない。磨きに磨きを掛けた俺のコントロールで要求通りの場所に着弾したからでもなく、投球を受けると同時に立ち上がったカベの素早い動作だ。三塁ランナーのリードがさっきっから俊足ランナーの取るそれの大きさだったのを抜け目なく観察していたんだな。本当に敵に回したくない。ちょっとのバッテリーミスで本塁を陥れようとアンツーカーの辺りまで進出していた三塁ランナーは、己の意気込みを後悔すべく慌てて塁に戻る。俺から見ると、カベの牽制に移る動作も確かに早かったがランナーの帰塁速度の方が僅かに勝っていたように見えた。だが例えセーフになっても、三塁ランナーのリードの縮小と、いざという時のダッシュを鈍らせることは出来るだろう……カベが牽制球を放るモーションに入る前に俺が想像できたのは、たかだかそれ位のことだった。


 そしてカベは三塁方向に顔を向け全くムダのないフォームで牽制球を投げ、


 一塁方向からアウトのコールが聞こえた・・・・・・・・・・・・・・・・・・。


 ……はぁ!?

 振り向くと、一塁の浦永のファーストミットに確かにボールが収まっている。一塁ランナーはしばらくうずくまったままでいたが、ようやく腰を上げてベンチに戻っていった。

 一瞬……いや、それよりもかなり長い間状況を飲み込めない。カベがそそくさとグラウンド去る間のたっぷり五秒間、目の前で繰り広げられたマジックを頭で必死に噛み砕いていた。草食動物もびっくりのゆっくりとした咀嚼だが……それだけ、今のプレーが歯ごたえがあったということだ。

 つまり……こういうことらしい。

 カベは三塁側に目を向けたままノールックで一塁に牽制球を投げた、ということなんだろう。一塁走者は、てっきり三塁に牽制球が行くものだと思ってばかりいたため、帰塁も疎かになって結果的に憤死と相成った訳だ。離れた場所から経緯を見守っていた筈の俺でさえ分かるはずがないのに、突然送球が飛んできて殺されてしまった一塁走者はどれだけショックだったか。その証拠に、彼はヘッドスライディングをしようと仕掛けた中途半端な体勢のまま固まっている。同じく状況が全く飲み込めていないのだ。

 しかし恐るべし真壁大成。顔を向けていないんだから当然送球は不安定になるし、前もって一塁の浦永と打ち合わせもしておかなきゃらなんだろう。それらの下準備を全て整えた上での秘策に近い作戦だったわけだ。……要するに、その作戦を使わなければならないくらい追い詰められていた場面で合ったことも確かだけど、

「とにかく助かったぜ、カベ」

 ベンチでそう声を掛けると、カベはマスクを脱ぎながら「ああ」と答えただけだった。いつも苦労を掛けるねぇ、お前さんには。しみじみとカベという超人クラスのキャッチャーの有り難さを噛みしめていると……

「……?」

 ベンチの角に座っている藤間がじっと俺を見つめていた。俺と目が合っていると分かるとすぐさま目を逸らしたが……なんだろう。

「聖、お前にまで打順が回ってくるんだから準備はしておけよ」

「お、おう」

 カベの言葉に慌ててバッティンググローブを用意する。藤間の視線は気になったが……今はそれを追求する場ではないよな。そうこうしている間に7番の新堀が凡退して、ネクストバッターズサークルに向かったのだった。


 ……ま、当然俺まで打順が回ってきたという事はそこで打線が途切れるという事でもありまして、結局試合は順当に延長戦にもつれ込みましたよ。カベか藤間並みの打棒があれば、即スタンドに叩き込んで試合終了に持ち込めるようなボールを沢山放られて悔しい思いをしちまった。ま、俺程度のバッターだからこそ甘い球がてんこ盛りなのだとも言えるが。むしろそっちの方が真実か、俺を打席に迎えたときだけ息が抜けるってね。

 それにしても敵の控え投手はタフだな。幾ら今までそれほど登板機会が無く消耗していないといったって、球威は試合開始直後と殆ど変わらない。カベと藤間以外の選手が手も足も出ない訳だ。去年まではエースナンバーを背負っていたというセンも有り得るな。

 ……相手のことはどうでもいい。

 ともかく……9回のピンチを切り抜けた俺は、その後をやはりなんの起伏もなく切り抜け10回の表を三者三振斬りで終わらせた。しかし熱い……未だに『暑い』ではなく『熱い』だ。もう午後も丁度3時を回ったところなのに、7月の太陽は弱まるということを拒否するかのように俺たちの若い柔肌を焦がし続ける。お陰で体力を消耗することと言ったら……

「湯河原、例のものを下しゃんせ」

「あ、はーい」

 例の如く熱で多少おかしくなっている頭をクーラーボックスから出したばかりの特製栄養ドリンクのボトルをおでこに当て冷やしつつ、脳にも糖分を送って健康な状態に強引に戻す。特製ドリンクといったって、中身はミキサーに掛けたバナナと液体状のチョコレートを混ぜたとてつもなくドぎつい甘さのシロモノなのだが。栄養学を修めた人が見れば卒倒しそうな内容のドリンクを少し胃に収めると、瞬時に身体と頭ががスッキリしてくる。単純に考えて気分的な効果も大きいんだろうけどな。

 さて、打順はといえば当然一番から。さあこれで初回の攻撃の再現でもしてくれれば勝機もグッと近づくのだろうけど……

 それが甘い願望であることは言わずもがな。一番屋久、二番御曽ともあっさりと内野ゴロに倒れたところで迎えるバッターは三番の黒沢。初回に犠牲フライとなるはずだったところをレフトの強肩でフイにされて以来4打席目を迎えるが、他二打席は外野フライ。しかし意外とタイミングが合っているのか、少なくとも一度もバットを振っていないカベや藤間を別にすれば、今日相手投手から最も鋭い当たりを放っている。これで長打でも出れば、あとは自慢のカベ・藤間が何とかしてくれる……とワクワクし始めたのも束の間、とにかく二人の前に塁が空いているということは、否応なく敬遠されるということでもあって……と考え出したら一気に気が重くなった。

 いつものように愛沢を相手にキャッチボールをしつつ戦況を見守るが、11イニング目に入らなければならないと覚悟をしてもどうしても気が重くなるな……敬遠をすることに日本人がもう少しだけ引け目を感じてくれれば、俺たちはとっくに甲子園への切符を掴んでいたかもしれないのに。

 愚痴を言っても始まらないのは分かるが、今は黒沢に期待するしかなさそうだ。その黒沢は、まず一球目の外角ギリギリの臭いカーブを落ち着き払って見逃してワンボール。どうやら球筋がしっかり見えているらしい。単に相手にタイミングが合っているだけではなく、調子自体が良さそうだ。

 その予感は正しかったようで、二球目・三球目のボール球を見逃しノースリーになってからの四球目。

 黒沢は苦し紛れに投じてきたストレートを自信満々に振り抜き、打球は左中間を真っ二つ。いかにレフトが強肩だとはいえ、間を割られてしまっては二塁進塁を許す他無い。黒沢は二塁ベース上で拳を突き上げスタンドにアピールだ。これを受け五塚非公認応援団も盛り上がりを増すが……だーかーらー、これからカベも藤間も敬遠されるんだってば……もっとも、応援団の連中にとってはそんなことくらい承知した上で、自分らに出来ることはただ応援しかないという当たり前の事を思い出したのか。

 ちら、とスタンドを見ると、真理がポンポンを振り回し汗まみれで未だに頑張っている。あいつ……そう頑丈な方でもないのに、この陽射しの下で大丈夫かな。ちょっと気になる。同じく隣で頑張っている河村は……ま、いいか。

 さてそれからの8球ばかりはといえば……これが見事な敬遠球でしてね。結果、俺たちには満塁という好機が労せずして転がり込んでくることになる訳だが……はぁ。いやいやここで気落ちするのは6番の影屋に悪い。なんとしても一点をもぎ取ってもらわねば……と視線で念を送っていると、影屋はそれに答えたかのようにただでさえ小柄な(といってもせいぜい俺と同じ程度だが)身体を屈め、バットを短く持って完全『何としてでもどんな形でも出塁』体勢に移行した。普段のバッティングフォームと全く違うその姿はともすれば滑稽に映るが、今は一点をもぎ取ることのみに執念を燃やしている男の気迫すら感じられる。

 しかし、そんな特徴的なバッティングフォームを取れば相手も警戒するは必然。ならば、とフォアボールで自滅しないように、かつ威力で押し切れるように直球主体のピッチングになるだろう。そもそも満塁というものがどれだけ投手側に不利なのか知れたものではないからな。

 普段ならフォアボールを出しても『負け』という気にはさほどならないが、満塁ではなぁ……確実に一点が入ってしまうわけだし。その辺りの投手心理を愛沢がどう突いていけるかが見物だな。せいぜい祈ってやるか。俺にはそれ以外出来ないし。

 俄然球場内の空気が緊迫してきた中で、相手投手……何て名前だったっけ……が選択した第一球は!

 勿論ストレート。影屋の振りとストレートの走り具合からいったら無難な選択だったんだろう。

 だが。

 分かり切っているものをむざむざ見逃すほど影屋も愚かではなかった。影屋はやや低めの真っ直ぐに反応し、バットを押し出すように振る。


 がぎっ


 という鈍い音と共に詰まった小飛球がセカンド定位置に飛んだ。

 そう、セカンドの定位置に。

 だが今は満塁だけに守備位置は前進しているのであって。

 つまり打球は、二塁手がバンザイして背を反らしている更にすぐ後ろにぽとりと落ちた。


 打球が飛んでからグラウンドに落ちるほんの僅かな間だけ静まりかえり……

 ボールが転がった瞬間


 どわああああああっ、


 という歓声という名の『音波』が球場を包み込んだ。


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