表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
FASTEST!!  作者: サトシアキラ
36/90

第09-01話


 あっという間に月日は過ぎて……もう大晦日になっていた。学校に行って、カベとの特訓に励んでいる間は、時間の経つのが異様に遅く感じるものなんだが……こういった冬休みの様な、特に起伏も無い(ただし特訓は継続している)日々が続いた場合には、極めて時間が経つのが早く感じる。


 時刻は午後3時。大掃除の中の俺の分担である風呂掃除も終わって、自分の部屋のコタツに入り、何をするでもなく、うとうとしながらぬくぬくぽかぽかというささやかな幸せを享受していると、

「聖く~ん、電話よー」

 姉さんが階下から俺を呼んだ。さっきトイレに立つ途中にちらりと見たが、姉さんはおせちの仕込みで忙しそうだったな……本来ならば俺も手伝うところなのだが、「聖くんは疲れてるんだから、じっとしてていいのよ」と、にこやかに言われては……。家事と大学生で忙しいだろう姉さんに比べれば、そもそも俺の疲労など大した事なんじゃないんだが。

 とんとんとん、と階段を下りてゆくと、姉さんが受話器を手で塞ぎ、小さな声で

(黒木さんからよ)

 と、電話に出る前から俺を緊張させる様な事を耳打ちしてくれた。それにしても……黒木か。クリスマスパーティーに誘おうと思ったら、踊り関係で予定が空いてなかったんだよな……だから、彼女の声を聞くのは……一週間振り以上にはなるのかな。

「はい、もしもし」

「あ、あの……黒木です、お久し振りですね」

「ん??まあ……久し振りといえばそうなるかな」

「は、はい」

「……」

「……」

 考えてみれば、俺たちが話して会話が弾んだ試しなど殆どないな……一度だけ、野球観戦に誘われた、学校の帰りだけだ。大体にして、俺は相手の顔色が分からない電話というものが好きじゃない。

「あの、さ……今日、何してた?」

「え?」

 あんまり退屈な会話を演出していても男が廃る。黒木にどんな話があろうとも、話が弾まなければそれを引き出しやすいように場を作るろうとするのも、また真っ当な人間の努力だと思うのだ。

「私は……今日は、お母さんのお正月の準備を手伝ってました。それも大体終わったので、初詣をどうしようかな、と……」

「ああ……初詣か」

 そう言えば……初詣は、当然の事ながらいつもカベと一緒だったな。他に誘う人間もいなかったし。去年は姉妹達も一緒だったが。

「あの……もし良かったら……」

「初詣、行こうか?」

「初もう……ええ?」

 自分で言っておいて、自分の言葉に驚くのは、これで何回目だろうか……いちいち驚くくらいなんだから、思考と口先がリンクしてないのは明らかだ。

「俺も行こうと思ってたんだ。明日の午前中にどうかな?」

「は、はい、わかりました!」

 妙に嬉しそうな黒木。……そうだよな、もともと誘おうとして電話してきたんだろうから、な。

 時間を決めて電話を切り、ふう、と一息つく。何故……自分から誘おうと思ったんだろう。そして、それを意外に思う俺っていうのは、何なんだろう……女は苦手と思っていても、やはり潜在的には、出来れば仲良くはしたいんだろうな……それが黒木のようないい子なら尚更だ。……と、ここで気になるのが、そんなにいい子なら、自分から積極的にデートに誘うなりなんなりすれば良いと思うのだが……要するに俺は、黒木の事を「気に入って」はいても「好き」じゃないって事なのかな……

「そういえば姉さん、真理と美奈津は?」

「お買い物よ。今日は遅くまで起きてるだろうし、夜は年越しそばを食べるでしょう?だから、夕飯用に軽めのものを頼んでおいたの」

 確かにな……今日寝るのは恐らく3時過ぎになるかもしれないし……何年前かは忘れたが、同じ大晦日の日、腹が一杯なのにも関わらず、年越しそば(天ぷらのせ)も掻き込んだら、元旦に胸焼けがして最悪の新年を迎えた事がある。それ以来、大晦日の夕飯は軽め且つ、年越しそばは「かけ」にしてるんだ。

「別に、俺に頼んでくれても良かったのに……」

「いいのよ、それくらいの事で聖くんの手を煩わせる事はないわ。お餅つきっていう重労働もしてもらったんですから、今日は休んでいてね」

 そうは言っても……どことなく居心地が悪い。重労働と言っても、餅つきなんて遊びみたいなもんだし……現に、わざわざ杵と臼を買ってきて季節感にこだわった餅つきは非常に楽しかった。美奈津を上手く乗せて合の手をさせ(渋る美奈津を、お前のが一番呼吸が合う、なんておだてたら、あっさり引き受けやがった)、俺が一人でぺったんぺったん……近所の人が見に来るくらい楽しそうだったらしい……それに真理たちにだって用事はあるんだろうし……今、この家で一番暇を持て余しているのは俺に違いがないのだから。

 やっぱり姉さんの手伝いをしようと思った瞬間、再び電話が鳴った。

「はい、加藤ですがどちら様……」

「俺だ」

 こちらが名乗る前に……失礼な奴だ。もっとも、そんな礼儀を吹き飛ばすほど、俺とこの男の仲は近しいのだが。

「カベか……」

「初詣はどうするんだ?いつもと同じように、12時半頃でいいか?」

 例年、カベとの初詣の時間は、日付が新年に変わった直後、某歌合戦がフィナーレに入りかけたところで家を出るようにしていた。カベもそれを確認する為に連絡をよこしたと思うのだが……でも……

「それが……明日、別の人と約束しちまったんだよ」

「何?」

 しばしの沈黙。

「別の……人??」

 俺が少しだけ言い淀むだけで、頭の切れるカベには大方の察しが付いてしまうらしい。

「ははぁ……ひょっとして」

「黒木の方から電話が来たからさ……ついつい誘っちまった」

 カベに追求されては逃れる術はない。素直に白状するが……

「俺は黒木のくの字も出してないけどな」

 黙っていればいいものを……自分で墓穴を掘りやすいタイプだというのは、今までのピッチングで十二分に分かっちゃいるが。

「ほんとに意地悪だな、カベは……分かってるならイチイチ嵌めるなよ」

「はは、悪い悪い。それにしても、お前の方から女の子を初詣に誘うなんて……どういう風の吹き回しなんだ……?」

「自分でも分からないから悩んでるんだ」

「ま、自分の頭の中の事なのに整理が付かない、なんていくらでもある事だからな。でも……そろそろハッキリしてやったらどうだ?」

「……な、何をだ?」

「……まあいい。お前がどう考えていようが、俺にその領域まで踏み込む権利はない」

 カベめ。分かってて楽しんでるんじゃないのか?……俺だって、ハッキリしたいのはヤマヤマなんだが……イマイチ、自分の気持ちに整理が付かない。黒木がいい子だというのは疑い様の無い事実だが、それが問題なのではない。

「ま、そういう事なら、俺は元旦じゃなくても、『初』詣でじゃなくてもいいぜ。気が向いたら連絡くれ。あ、それと、例の特訓は4日から始めるからな」

「へいへい、終業式の時に聞いたよ。それじゃ、また明日にでも」

「ああ、それじゃ。せいぜい黒木を退屈させないようにな」

 別にデートじゃないって……

 受話器を置くと、丁度真理と美奈津が、近くのスーパー、「コロナ」のビニール袋の取っ手を仲良く片方ずつ持ちながら玄関のドアを開けるところだった。……この二人、相変わらず仲がいいのか悪いのか区別がつかない。美奈津が不機嫌そうに見えた時は、たまたま奴の虫の居所が悪かっただけ……なんて単純なモンでもなさそうだけど……

「あー、お兄ちゃん、またこたつで寝てたでしょ?風邪引いちゃうよ!こたつで寝ると意外と肩が冷えるんだから」

 可愛らしい手袋を外し、白い手に息を吐きかけながら、真理が俺の顔を見るなり言った。

「放っておきなよ、それよりお腹すいちゃった。早く食べよう」

 俺の事は完全無視して、美奈津が「コロナ」の袋を引きずりながらリビングへ消える。

「お兄ちゃん、なんだか顔が真っ赤よ……もしかして風邪を引いたんじゃないでしょうね」

 心配そうに、背伸びをしながら俺の顔を覗き込む真理。ぐ、っと大きな瞳が大写しになる。大きな大きな、人を疑うことを知らないような、深く澄んだ瞳。もう一年半以上も一緒に暮らしているというのに、未だに引き込まれそうになる。その魅力に自分自身で気付いていない真理は、なんと罪作りな人間なんだろう……などと、他人に知られたら逃げ出したいくらい恥ずかしい台詞を考えている場合じゃない。

「なんでもねえよ!それより、俺も小腹が空いたな……何かあるのか?」

「お兄ちゃんには、はい、これ」

 真理はごそごそと袋の底から、何やら薬の箱を取り出した。

「何だ、これは……春ウン」

「秋ウコンよ。ベタなボケはやめてね。それよりもお兄ちゃん、おじ……お父さんは帰ってこないの?」

「ああ、なんだか仕事のスケジュール調整に失敗して、ほとんど年末返上で働かなきゃいけなくなったらしい……全く、忙しくて結構なことだよ。それより、俺も練習を休むのはせいぜい三が日……いや二日までにするかな。三日っから早速自主トレを開始する」

 本来ならば妹たちに聞いてもらうのも恥ずかしく、なんだか自分の勤勉……いや勤トレっぷりをアピールしているようだが、俺は元々が無精な質だから、こうして他人に話を聞いてもらって口に出して、自分を戒めなければ踏ん切りが付かない面倒くさい性格なんだ。

「せめてもう少し休んでればいいのに……それだけ今年に掛けるってこと?」

「ああ……高校生活もあと一年だからな。何でもかんでも……悔いを残さないようにしたい」

 何度となく脳裏にフラッシュバックするのは、一学期の後半に野球を再開するまでの呆けた自分だ。もう、あの時のような時間の浪費は絶対にしたくない。

「ふふっ。今のお兄ちゃん……カッコいいよ」

 頬を染めてそう短く言うと、真理はリビングへ駆けて行った。……カッコいい、か。そう言われると、例え妹だって照れちまうよな、どうしたって。

 ……例え妹、か。ふとした弾みで自分で思った言葉に違和感を覚えてしまう。俺は、真理を……姉妹達を、家族として見ていけるのか、いけないのか、もはや判別が付かなくなっている。その辺りも、踏ん切りを付けなければ行けない。何故なら俺たちは、男と女である以上、ずっと一つ屋根の下で暮らす訳にはいかないのだから。



 そして年が明けた。

 自分自身の決心を固める為にも、初日の出の前で願掛けでもしようと思ったら、目覚めた時には、既に時計の短針は8を回っていた。俺にとって、初日の出を見に行くというのは、その程度でしかないらしい。アクビをこきつつ階段を降り、キッチンへ入ると……溢れんばかりの陽光の中で、姉さんが鍋を温めていた。キッチン中に優しい出汁の匂いが溢れている。

「おはよう。お風呂沸いてるから、さっぱりして新年を迎えてみたら?」

 こちらを振り返り、いつもの女神の微笑み。こうして陽光と共に見ると、まさしく女神の降臨といった趣だった。……まだ酔いが醒めてないのか、俺は。いや飲んでないけど。

「そうしようかな……毎年恒例でもあるし」

 10時に、黒木の家に迎えに行く約束になっている。一風呂浴びても、まだゆっくりする時間はあるな。

「あれ……そういえば、真理と美奈津は?」

「二人なら、それぞれのお友達と初詣に行ったわよ。聖くんがなかなか起きてこないから、呆れちゃったみたい。本当は、二人とも聖くんと行きたかったって言ってたわね。でも、聖くんは別の人と行くみたいよ、って言ってあげたら、『誰と?』なんて無粋な事を聞かずに、諦めて行っちゃったわ」

「そんなこと言われてもな……まだ8時だろ?昨日は二人とも3時まで起きてたのに……元気な奴らだ」

「新年だもの。元旦くらい、早起きしてもいいんじゃない?」

「俺は元旦だからこそ寝ていたいんだけど……ま、いいか」

 とりあえず、風呂は簡単に済まそうと思っていたけど、黒木との初詣を思い出し、ひとまず男のたしなみとして、夜に入るのと変わらぬ時間と手順で入浴した。何だか、初デートで緊張している、初々しい中学生みたいだな。……無論、俺が中学生時代にそういう経験をしたわけではないんだが。

 風呂から上がってくると、家の中が日差しに満ち溢れていて、何だか得した気分だ。朝風呂を浴びたのだから、辺りが明るいのは当たり前だが。それにしても暖かい光がリビング中に満ち溢れて、新年もいい年である事を願わずにはいられない。

 一先ずリビングのテーブルの前の座布団に腰を下ろし、分厚いスポーツ新聞をチェックする。……内容はというと、有名スポーツ選手の今年の抱負などが掲載されていた。その中に、

「横浜学院・伊東光」

 という名前がある。あいつは、一応は高校野球界のビッグネームであるし、ひいては日本野球界を背負って立つ逸材だともっぱらの評判だから、こうして取材を受ける事もしばしばなんだろう。さてその記事を読んでみると……

「今年の目標ですか?もちろん、加藤君を打ち崩し、夏の大会三連覇を成し遂げる事です」

 と、名指しで俺へのリベンジを誓っていやがった。あいつが俺を目の敵にしているのは相変わらずで、お陰で俺はすっかりヒール役、といったところだ。もっとも、無理のない事かもしれない。あいつは『薄幸の超天才』というバックボーンがあるし、取材の受け答えでは、イヤになるくらい優等生的な発言を繰り返して、一方の俺はというと無言を貫いているのだから。

 ふんっ、と鼻で笑い、ぽいっと新聞放り投げる。

「ダメよ聖くん、新聞はきちんと畳んでおかないと、次に読む人が迷惑するでしょう?」

「……はい」

 大人しく新聞を畳み直すと、丁度姉さんが雑煮やらおせちやらを持ってきてくれた。

「お雑煮は、今年は関西風のお味噌仕立てにしてみたの。お口に合うといいんだけれど……それと、おせちはあまり食べ過ぎると飽きるかもしれないから、大部分は夜の方に回すわね。真壁君も来るんでしょう?」

「うん……多分ね」

 カベにだって親戚はいるだろうし、正月……特に元旦は、その挨拶回りで忙しいのかも知れないけれど、呼べばおせちを食いに来るもんな。ま、加藤家の一年のイベントには必ずと言っていいほど参加していて、殆ど家族の一員となっているカベの事だから、特に連絡をしなくとも、夕方からの予定は空けているはずだ。初詣が済んでから連絡すればいいだろう。

 少しだけテレビの正月特番を見て、立ち上がった。時間は9時半。今から出れば、余裕を持って黒木を迎えに行ける。

「そういえば……姉さんはどうするの?」

「私?私は、近くに住んでいる友達と遊びに行くわ。夕方には帰るから、お昼は適当に済ませておいてね」

 ウインクしてエプロンを外す姉さん。……珍しいな。ひょっとして、男と会ってくるとか……ま、俺が関与していい事ではない。

 スカジャンを羽織り、ちょこっとだけ鏡の向こうの自分を気にして外に出る。寒さに震えながら大あくびを一つカマし、青空を見上げた。正月が好転に恵まれやすいのは、一体誰の心掛けがいいからなんだろうな。

 視線を移すと、丁度向かいの家の6歳くらいの娘さんが、振袖を着て、親御さんと一緒にどこかへ出かける様だった。初詣か、親戚への新年の挨拶か……ともかく、幸せそうな家族のありふれた光景が、何故か最近俺の心に残る。……俺がそういった「親子のふれあい」をマトモに体験していない所為かな。それが今更どうだっていうんだ……と強がってみても、一旦は興味を示しているのだから説得力はない。俺から軽く会釈をすると、親御さんらがにこやかにお辞儀をし、娘さんも俺に向かって手を振った。苦笑いをして手を振り返し、身体を温めようと早足で歩き出した。



 黒木家の前。

 それにしても……いざ女の子の家の前まで来ると、少しだけ緊張する。かと言って、ここでまごまごしていれば余計に不自然だ。覚悟を決めて、インターホンのボタンを押す……その瞬間、玄関の曇りガラスが開いた。 

「あ」

 出てきたのは、黒木本人だった。腕時計を見ると、10時5分前。そろそろ約束の時間というので、予め外で待っているつもりだったんだろう。間抜けにも短い声を上げた俺は、その鮮やかな出で立ちに見とれる他なかった。

「振袖……かぁ」

 さっきの、向かいの家の子とは根本的に違う、かなり高価そうな着物だった。

「はい……実を言うと、踊りの時以外に着るのは久し振りで……でも、折角のお正月ですから、お母さんのお古を借りました」

「そっか……」

 その後に、黒木がどんな言葉を待っているのか、容易に想像が付く。元々裏表のない性格の黒木だから、容易なのは当たり前なんだが。

(似合ってるよ)

 しかし、黒木が一番望んでいる筈の言葉が出てこない。女の子を褒めるのは、どうしても照れの方が先に出てしまって……

 しばらく見つめあったけど、どうしたって口が動かない。黒木は一旦俺から見えない程深く俯いてから、ムリヤリそうに笑顔を作って顔を上げた。

 やっぱり……いかに和服を着慣れている黒木であっても、こうして褒められるのは嬉しい事なんだろうけどな。例えば、俺が紋付袴姿を褒められたら、と置き換えて考えてみても……やっぱり嬉しいだろうし。

 そんなムリヤリな笑顔でも可愛いと思ってしまった俺は、即座に背を向け、

「さ、早く行かないと、混んで大変だぜ」

 促す事しか出来なかった。……本っっ当に、俺は気の利かない……しかも、それに自分で気付いていてもどうすることも出来ない、ダメ人間だ。



 さて、近場では最も大きい八百万やおよろず神社までやってくる。さっき心配したとおり、既に参拝客で賑わっていて、特に賽銭待ちの列は、見ただけで即引き返したくなるような長蛇の列となっていた。

「どうする?ここまで来て、賽銭の1つも投げずに帰るのもなぁ……」

 背伸びしながら、列の先を見極めようとするが……悲しいかな、俺の背丈では全く力不足だ。

「少し神社の中で様子を見るか。それで列が引いたら並ぼう」

「はい」

 俺も黒木も、行列に並ぶのは事の外苦手と見えて、意見が合った。幸いにも今日は、お天気のお陰でぽかぽか陽気だ。外を歩くのも全く苦にならない。

 露店を見たり、お守りの類を眺めて歩き、熱々の甘酒なんぞを啜ると、神社に何のためにやってきたのか分からなくなってくる。……そう、意識せずにデートっぽくなってしまっていた。いざそれに気付くと、今までは改めて恥ずかしくなってくるものだが……どうも最近は、慣れてきたんじゃないかな、と思う。黒木との‘取っ掛かり’は確かにまだぎこちないけど、しばらく接しているうちに、会話が弾んでくるんだ。女の子が苦手なのは相変わらずだけど、黒木には、小賢しい部分が全く見えないから……

「加藤君?」

 声を掛けられて初めて、自分が黒木の事ばかり考えていることに気が付いた。

「ん?あ、ああ……何だ?」

「ほら、列が空きましたよ、並びませんか?」

 見れば、あれほどの列が大部短くなっていて、これなら数分も並べば、参拝できるだろう。時計を見ると、昼も近くなってきたから、皆は昼飯を食いにでも行ったんだろうか。

 そして……列に並んでいる最中も、黒木の事を考えている俺が居る。……なんだ、これは。いや、分かる。只ひとつ言えるのは……これは恋愛感情ではない。過去、俺は二度、恋をした……いや、その内、最初のものは「恋」といっていいものかどうか迷うが、少なくとも二度目のものと比較すると……

「加藤君??」

 気が付くと、既にに賽銭箱の目の前。

「あ、いや、何でもない」

 明らかに何かありそうに慌てる俺。ハタから見れば、酷くみっともない姿なんだろう。慌ててポケットをまさぐり、小銭を取り出す。その額、四十五円。『始終ご縁がありますように』との語呂合わせだ。さて何を願掛けするか、とちょっとだけ考えて……

(取りあえず、健康でありますように。俺もカベも家族全員が)

 と無難なモノに落ち着いた。ま、人間元気が資本だ、元気があればなんでも出来る。黒木はと見ると……

「………………」

 何やら、沢山願い事をしているようだ。なかなか顔を上げないので、俺も願い事をしている振り。ようやく顔を上げた黒木は、俺が待っていた事に気付き、頬を染めた。

「何をそんなに?」

「いえ、あの……」

 聞いたって答える訳はない。それを伝える為に、先に歩き出した。

「さ、そろそろ行くか」

「は、はいっ」

 着物で歩きにくそうな黒木を気遣い、歩調を合わせる。彼女は俯きながら、俺の横に寄り添おうとして、

「きゃ」

 バランスを崩した。着物を着慣れていると言っても、下駄で神社の石畳を歩いた経験などないに違いない。それで足元の段差に躓いてしまったようだ。

「おっ、と……」

 もたれ掛ってきたのは、嬉しい事にと言うか困った事にと言うか、俺の腕の中。図らずも衆人環視の中で、軽い抱擁をしてしまうハメになった。

「あ、ごめんなさい……」

 自分の置かれた状況に気付き、ぱっと俺から身を離す黒木。

「いや……」

 そんなに意識されてしまうと、俺も何だか気恥ずかしい。

「足とか捻らなかったか?」

 取りあえず、当たり障りのない事を。

「はい……すみません」

 この一件で、二人はまた無言になった。無言になったり饒舌になったり、俺たちの会話のスイッチというものは一体どうなっているんだろう。

 結局……そのまま、黒木を家に送り届けるまで、二言三言交わしただけ。別れ際、玄関先で寂しそうに微笑む黒木の姿を見るにつけ、悪い事したかな、と後悔する。昨日、出来るだけ会話の途切れをなくそうと己に誓ったばかりなのに、もうこの有様だ。

 果たして、俺と黒木って相性が良いと言えるのだろうか。会話が途切れるんじゃ、結果はハッキリしているようなものだが……。俺も元々口数が多い方じゃない……というより、無口な方だし、黒木は見ての通り大人しい。ハナから会話があるかどうかで判断する方が難しいかもしれないな……

 第一、どうして俺と黒木の相性を考えなければいけないんだ。俺は、自分の思い込みで相手の気持ちを判断する事の愚かさを、痛いほどよく知っているはずだ。……誰が何と言おうと、だ。



「ただいまー」

 玄関を開けると、見慣れぬ靴と下駄が二組。これは、客人のようだ……と、その客人の顔ぶれを予想しつつリビングへ向かうと、

「あ、お帰りなさい、お兄ちゃん」

 案の定、真理とその友人二名……名前は、確か……

「周防梨魅ちゃんと、村雨舞依子ちゃん、で良かったかな?」

「はい!名前を覚えてもらって嬉しいです!」

「やっと覚えたんですか?そりゃ、前に会ったのは一週間前ですものね、忘れる方がどうかしてます」

 は、はは……二人とも相変わらずだ。舞依子ちゃんの言うとおり、たった一週間で人が変わったら恐いが。それよりも……

「…………」

 何かを言ってもらいたそうに俺を見つめる真理。そう、真理も振袖を着ていたのだ。黒木のものと比べても遜色のないほど艶やか且つ滑らかな生地で、着物の価値など分からない俺が見ても、相当に値の張るものという事くらいは分かる。

「似合ってるよ」

 ごく自然に、言葉が出た。

 いつもは、その動きに合わせて左右に舞う、背中まである栗色のロングをアップに纏めていて、うなじの後れ毛がちょっぴり真理を大人っぽく見せている。 

「有難う、お兄ちゃん……本当はね、お兄ちゃんに一番見てもらいたかったんだよ」

 そう言ってはにかむ真理。その顔を心底美しいと思う俺が居る。黒木も綺麗だったけど、いつもの『妹』とは一味違う真理の美しさは、筆舌に尽くしがたいものがあった……

 いかんいかん、何を比べているんだ。比べて一体何をしようというんだ、俺は!!

「どうしたんですか?お兄さん、頭をそんなに振っちゃって……頭でも痛いんですか??」

 梨魅ちゃんが心配そうに俺の顔を覗き込む。

「い、いや、そうじゃないんだ、なんでもない」

「そうですか……じゃ、私の着物も似合ってますかぁ?」

 玄関にあった下駄の数通り、梨魅ちゃんも着物姿だった。いかに着付けに時間のかかる和服とはいえ、やはりハレの日には着てみたくなるところなんて、やっぱり日本人の女の子なんだなあ。

「そりゃね、どうせね、私はそういうのに縁はありませんよ」

 一人だけ洋服を着ている舞依子ちゃんが、少しだけムクれる。

「そうかな、結構似合うと思うけど。その黒髪に良く映えると思うよ」

 全く他意はないつもりで言ったのに、

「ど、どうせ私はムネがないし、足も短いから和服が似合いますよーだっ!!」

 誰もそこまで言ってないんだけどな……まあ、真理や梨魅ちゃんの着物姿を見れば、そう錯覚するのも仕方のない事かもしれないけれど……今は二人が着物だから目立っているのであって、舞依子ちゃんが劣っているという意味では、天地神明、八百万に誓ってない。

 舞依子ちゃんをなだめる真理を見ながら、さっき、黒木と比べてしまった自分を思い返す。

 ……俺は……一体、どうしたいんだろう。

 そろそろ、黒木との関係に答えを出すべきなのかもしれない。このままでは、お互いに不幸になりそうだから。何事も、ハッキリするのが一番なのだ……

 


 それが例え、今のバランスを大きく崩してしまうとしても。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ