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アンドロイドは涙を殺す方法を知っている  作者: 和本明子
第三章 ティアとナイツ
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-3- 「気になさらないでください。私は改造人間です」

「サブ電源に切り替わりました!」


「メインコンピューターを再起動。完全起動までに十五分ほどかかります!」


 僅かな光が室内を照らし、数人の男たちは視界が悪い中、慌てながらコンピューターを立ち上げたりなどの操作をしつつ右往左往としていた。

 ドタバタと騒がしい中、博士が陣頭指揮を取り、対応にあたっていた。


「丁寧かつ丁重にな。あと、バックアップを取りつつ、急な電源喪失にも対応しておくんじゃ」


 ここはデンジャータワーの地下にあるコンピュータールーム。

 タワーの電気や空調といったライフライン、そして防犯カメラなどといった警備システムも管理していた。


 それが突然コンピューターが強制終了してしまい、全ての機能が不全となってしまっていた。博士たちは復旧対応を行なっていたのである。

 ふと博士は、自分の腕にしている腕時計に目を移していると、白衣の懐から電子音が響き出した。


 電子音のタイプで通話の相手がデンジャーからだと判り、恐縮しつつ通信端末機を取り出す。通話スイッチを入れたのと同時に、怒り溢れる声が発せられた。


『どういうことだ、博士! 全ての照明が消えていたり、扉が開かぬぞ!』


「デンジャー様、大変申し訳ありません。ただ今、迅速に復旧している最中でして……」


『何が起こっている? まさか、攻撃されたのか?』


「いえ。今の所、そういった攻撃や侵入は確認されておりません。もしかしたら、システムの老朽化でショートした可能性の方が高いかも知れません」


『そうか。とにかく復旧の方を……まて、ティアの方はどうだ?』


「えー……。その……」


『どうした!』


「か、監視カメラの方も機能しておりませんので、様子の方は……」


『なに! ティアは大丈夫なのか?』


「エレベーターなども動かないので、勝手に動きまわるとかは無いかと……」


『そんな憶測はいい! 至急、ティアの元へ行って身柄を確保してこい!』


「はっ、はい! 了解いたしました! それでは至急、ティア様の元へ兵たちを向かわせます」


 そう返事したあと、通話を切ろうとした時―――


『な、なんだ! あれは?』


 デンジャーの驚きの声が聴こえ、「どうしたのですか?」と博士が訊ねた後すぐに、怒轟と共に振動で室内が軽く揺れた。

 地下に居る博士たちは、突然の事態に周りが驚く中、


「まさか……」


 博士は、そうポツリと小さく呟いた。


   ***


 少し時間は遡り―――

 ティアとナイツは、大型ヘリコプターに乗り込んでいた。


 操縦席にナイツが座し、操縦桿を握りしめていた。目の前には様々な計器やモニター、ボタンなどが配置されており、ナイツは不慣れな手つきで飛行の準備を行なっている。

 ナイツは、これまでヘリコプターを操縦したことは一度も無い。デンジャーの警護として、ただ後ろから眺めているだけだった。


 しかし、ナイツは操縦方法を何となく把握していた。なぜ操縦方法を知っているのかナイツは解らなかったが、今はただティアに“依頼”された、ヘリの操作を全うするだけに集中していた。


 やがてエンジンがかかり、プロペラが回り出す。

 プロペラの回転速度が増してゆくほどに風を切り裂く音が激しくなり、大型ヘリはゆっくりと浮上し始めた。


「すごい……」


 地面が徐々に遠ざかっていく。その様子に、ナイツの隣の席に座っていたティアは感嘆の声を漏らした。

 ヘリコプターはゆっくりと動き始め、飛行姿勢も上手く制御出来ていた。

 ここから何処へと行けばよいのかと、ナイツがティアに訊ねようとした時だった―――強風が吹き抜けたのである。


 強烈な横風の直撃を受け、ヘリコプターは大きくバランスを崩す。

 突然の揺れと衝撃にナイツは何とかしようと操縦桿を動かしたが、これがイケなかった。機体は横転してしまい、落下し始めたのである。


 ヘリコプターは飛行中にエンジンがストップしても、グライダーのように滑空飛行が可能である。

 もしナイツがそれなりの操縦技術を持ち合わせていれば、横転した機体の姿勢を戻して、墜落を回避出来ていたのだが――その技術は、まだインストール(習得)されていなかった。


 墜落していく中、ティアは混乱しつつ叫んだ。


「助けてー!」


 その声に、ナイツは咄嗟の行動に出た。

 ナイツはティアを抱きかかえると、扉を蹴り開け、躊躇無くヘリコプターから飛び出したのである。


 尋常で無い脚力でビルへと向かって高く強く跳躍したナイツは、左腕のみでティアを抱え、右腕を伸ばした。

 ナイツの右手が壁に触れる。少しでも落下速度を弱めようとするも、落下による摩擦で右手と壁の間に火花が走る。バイオコーティングされて高強度の硬さがある肌だからこそ壁に触れ続けられた。


 やがて窓付近のオウトツに指が引っかかり掴んだ。すると落下速度とティアの重さが衝撃となり右手に伸し掛かったが、ナイツはその手を離さなかった。


 今、ナイツたちがいる場所は地上から七十メートルほどの高さ辺りだった。

 夜の暗闇で下までよく見えなかったが、ティアは自分が普通では無い場所に居ることに、恐怖のあまり身体が震え、声を出すことがままならなかった。


 やがて、ティアたちが乗っていたヘリコプターが先に地面へと衝突し、大きな音と共に爆発炎上した。デンジャーが驚いた光景は、これであった。


 炎の明かりで、地上が照らされる。

 目眩がするほどの高さに居るのを知ったティアは、恐怖で錯乱してしまいジタバタと暴れ始め――ナイツの腕から溢れた。


「あっ……!」


 落ちていくティア。

 スローモーションのようにゆっくりと――そんな感覚がティア、そして、ナイツに奔った。


『ずっと、ティアを守ってあげるよ』


 ナイツの頭の中で不思議な声が響いた。

 瞬間的にナイツはティアへと向かって、ビルの壁を蹴りつけて跳躍した。無意識の行動だった。


 落ちていく――――ティア。

 追いかけていく――ナイツ。

 重力に導かれ落下速度が増していく―――ティア。

 蹴りつけて加速したお蔭で、ティアが落ちる速さよりも早く落ちる――ナイツ。


 ナイツの手が―――ティアの手を掴んだ。


 すかさずナイツは、ティアを優しく抱き寄せた。またティアが暴れても離さないように注意深く。

 ビルの方に視線を移す。手を伸ばしても絶対届かない場所にいると判断する。このままいけば地面へと激突するのは明らかだった。


 ナイツは身体に力を入れ、堅く固めた。少しでも衝撃からティアを守るために。

 その行動はあまりにも無謀で無意味だった。しかし、ティアをなんとしてでも守ろうとするナイツにとっては最善の方法だったのである。


 地面が目前に迫ってくる。その時、ナイツの脳内にノイズが奔った。

 それはナイツだけにしか聴こえないノイズ。


 ナイツは目を見開き、地面に衝突する直前―――ティアを天へと強く放り投げたのである。

 重いG(重力加速度)を感じつつ、空中に舞うティア。


 一方ナイツの方は地面に叩きつけられた。その衝撃は凄まじく、地面にヒビが入り、ナイツをかたどったクレーターが出来るほどだった。

 だがナイツは、すぐさま立ち上がりると――再び落ちてくるティアを優しく抱き掴まえた。


 放心状態のティアは、小さな身体をカタカタと震わせている。あの高さから落ちたのに、こうして助かったことが信じられないようだった。

 自然と涙が溢れ、震える口唇をなんとか動かし、


「だ……だ、大丈夫、だった?」


 ナイツの身を心配した。


「はい」


 短く簡潔に無表情のままナイツは答える。

 ふとティアは、自分の肩に触れるナイツの右手に視線を向けると、ナイツの手は自分の手とは違っていたことに気付いた。


「あっ……」


 落下していた時に壁に手でブレーキしていたことで、装着していた革手袋が剥がれているどころか、皮膚も剥がれおり中身が露出していた。

 しかし、露出していたのは骨ではなく、鉄のようで機械のようなものだった。


 呆然するティア。

 それに気付いたナイツは、先ほどと同じ落ち着いた口調で説明する。


「気になさらないでください。私は改造人間です」


 ティアは手を伸ばしてナイツの顔にそっと触れる。


「改造……人間……?」


 触れた手から肌の温もりを感じた。

 機械の身体とは思えないほどに、優しく、何処か懐かしさを感じた。


 まもなくして博士たちが現場にやってきた。

 炎上するヘリコプターの傍ら、ティアを優しく抱きかかえるナイツを見た、博士は無意識に舌打ちをしたのであった。


   ***


 無事着地した後、直ぐ様ティアは保護されて、再びタワー最上階の広い部屋へと閉じ込められてしまったのであった。

 しかしティアは、ナイツのことが気になり、デンジャーにお願いした。


『あの、ナイツという人に会わせて欲しいの……』


 デンジャーは、その願いを聞き入れ、再びティアにナイツを会わせた。そして、あの事件を考慮して、ナイツをティアの護衛として命じたのであった。


 デンジャータワーの中腹部に位置するフロアにデンジャーの部屋が在る。

 といっても、数ある部屋の一室にしか過ぎない。ティアの部屋とは打って変わって、ソファーとテーブル。モニターがあるだけの簡素の部屋だった。

 そこでデンジャーはソファーに座り、ワイングラスを片手にくつろぎつつ、博士からあの一件……ティアとナイツ、突然の停電事件についての報告を受けていた。


「宜しいのですか。ナイツをティア様の護衛に?」


「仕方あるまい、お姫様のワガママだ。それに、あの件の事もある……。あの時、ナイツがティアをどうにかしていなかったら、せっかくの完全人間を失うところだったのだぞ」


「それは確かにですが……ただ、またナイツがティア様の言うことを聞いてしまわないかと……」


「それについては、ナイツにしっかりと命令しているのだろう?」


「そうですが……。あのヘリの操作についても……ナイツはティア様に言われて、為すがままに操作していたとのことです」


「その原因については、あの実験の“所為”なのだろう?」


「その可能性は高いです。実験の時に、ナイツも同行させていましたから」


「それはそれで、実験が上手く行っているという事でもあるな。それならば、ナイツに電波を当てぬように気をつけろ。それで博士、あの一件の原因は掴めたのか?」


「はい。セキュリティシステムのデータなどがハッキングまたはウィルスによって、書き換えられていたのが原因でした」


 デンジャーの表情が渋る。タワーのライフラインを制御するネットワークのセキュリティレベルは厳重で、様々なプロテクトが施されていた。言うならば、もっとも重要な場所であり、防護が厚いところでもあった。そこを攻撃されたのだ。


「それを行った犯人は掴めそうか?」


「それは難しい状況です。全てのセキュリティポイントに足跡も付いておりませんでしたから、相手は相当の技術を要しているか、新しい新技術で侵入した可能性も考えられます」


「敵は、あの手この手でやってくるか……」


「そうですね。私自身、攫われてしまったことがありましたからな。まぁ、その時は寸前のところでデンジャー様に救われましたが……」


「そうだったな。敵が新技術を開発しているのならば、急がせなければならんな。完全人間パーフェクト・ヒューマン計画を」


 デンジャーは険しい表情を浮かべて強く言葉を発すると、博士もまた同調するように深く頷いたのであった。

 博士が室内から出ようとした時、ふと気になったことを口にした。


「ところで、なぜナイツが屋上にいたのだ?」


「そ、それは…ナイツに屋上での護衛を命じていたからではありませんか?」


「……そうか。まぁいい、あとは頼んだ」


 博士の回答に納得したのか、デンジャーの関心は最近手に入れたヴィンテージのワインを酒飲することに移った。


「それでは、私はこれで……」


 この時、博士の額にうっすらと冷汗が浮かんでいたが、デンジャーもとより博士自身も気付いていなかったのであった。


 博士は廊下を歩きつつ、思考を巡らせていた。。

 あの後、ナイツを検査したところ、不思議な声が聴こえてきたと報告されていた。

 その件については、博士に思い当たることがあった。ティアが眠っていた場所で見つけた“動画データ”。


「もしかして、あれをナイツに見せたことで影響を受けたのか……」


 そんな独り言を呟きながら、自身の研究室ラボへと戻っていった。


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