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アンドロイドは涙を殺す方法を知っている  作者: 和本明子
第三章 ティアとナイツ
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-1- 「ご気分は如何かな、お姫様」

“消失の日”


 今から七十前、世界中にミサイルの雨が降り注ぎ、人類が築き上げた文明は瞬く間に消え去った日。その日を消失の日と呼ばれるようになった。


 しかし、世界の隅々までに生息していた人類は、ミサイルの雨の隙間をかい潜り、僅かながらも生き残ることが出来た。

 人類は良くも悪くも絶滅(消失)しなかったのだ。


 だが壊滅した世界では、人類が生活していくには酷なものになっていた。


 僅かながら生き残った人類は、己の生存確率を一%でも上げるために自然と“生き易い場所”に集まった。

 人は一人では生きてはいけない。

 人間という生物が生きていく為の遺伝子に刻み込まれた宿命みたいなものだろうか。人が集まる場所には必ず統治者たるものが誕生する。

 小さな集落、大きな都市。規模の大きさは関係無く、例外は無い。


 消失の日による被害によって、いくつものの建物が崩壊したが、奇跡的にも被害を免れた都市タウンが在った。

 このタウンの中央には、天まで届きそうな高いビルがそびえ立っており、直下にはスラム街が広がっていた。水道や電気などのライフラインが維持しており、人が暮らして生きられる環境がギリギリ保たれていた。だからこそ人々は、ここに集ったのである。


 そびえ立つ高層ビルは、“消失の日”の損害から免れた建物であり、この高層ビルだけが、かつての都市の繁栄の面影を残していた。

 そして今このビルは、タウンの支配者である“デンジャー”の居城であった。統治者は決まって、高い処に居を構えるものである。

 デンジャーは、元々この近辺を牛耳っていたギャングのボスであった。消失の日の混乱に乗じて、タウンを占領し、支配者として君臨したのである。


 財力があり私設軍隊を有しているデンジャーに、逆らう者はいない。居たとしても、既にこの世に存在しない者となっていた。

 しかし、デンジャーがいる事で、タウンにある程度の秩序が生まれ、経済が出来上がっていた。外の世界に比べれば、割りかし暮らし易かったのである。


 それにデンジャーは支配者ではあるが、独裁者では無い。無理な徴税や命令などはしてこなかった。ただ逆らう者には容赦無い処罰を下したが、このタウンに暮らす人々は、デンジャーに不満を抱いている者は少なかった。逆らったりしなければ、それなりに自由に生きていけるからだ。


 だから人々は、デンジャーが住むビルを敬意と畏怖を持って“デンジャータワー”と呼んでいた。

 そのデンジャータワーの最上階の一室にて、一人の少女が外の景色を眺めていた。


 部屋の壁一面に貼り付けられた大きな窓ガラスから、どこまでも広がる灰色の空、眼下にはスラム街が見えた。それは、まるでゴミ箱の中のような光景で、少女の気分も淀んでしまうようだった。

 少女は振り返り、部屋の中を見渡した。


 外の景色とは打って変わって、豪華で綺羅びやかな内装。部屋のあちらこちらに、様々な動物のぬいぐるみ、玩具や本など、子供が喜びそうなものが置かれていた。

 壁には大きなモニターが掛けられており、子供向けのアニメが映しだされている。どれも、この時代にとって入手困難なものばかりであった。その他にも運動器具とかも有った。

 それら全ては、たった一人の少女のために用意されたものだったが、少女は何の興味を抱くことは無かった。


 部屋の奥にある唯一の出入口である扉が開いた。

 強面の男を先頭に、白衣を着た老人、メイド服を着た端麗な顔立ちの女性がワゴンカートを押して入ってきた。


「ご気分は如何かな、お姫様」


 入るや否や強面の男が第一声で話しかけてきた。このタウンの支配者であるデンジャーだ。

 お姫様と呼ばれた少女は静かに頷く。

 デンジャーは、少女の様子と顔色から容態を察する。


「その状態だと相も変わらずか……。あまり、良く眠れなかったようだな」


 白衣を着た老人…博士が少女の元へと歩み寄る。


「さて、ティア様。いつもの定期検査でございますので、こちらにお座りください」


 少女……ティアは、促されるまま指示された椅子に座わると、ペンのようなものを取り出し、先端をティアの肌に接触させた。


「ふむ……なるほど……うむ……」


 博士はペンから伝わる微弱な電気や電波を感じとっていた。その電気信号からティアの体の具合を診断していたのである。


「だいぶ筋肉が付いてきていますが、もう暫くは適度の運動が必要でしょうね」


「ねぇ、博士」


「なんですかな?」


「たまにはお外に出て、運動したらダメなの?」


 ティアの問いに思わず博士は渋い顔を浮かべ、ため息を吐いた。


「ティア様……良いですか。何度も言いましたが、外にはお出にならない方が良いです。外はとても汚れていて、大変危険な場所です。そんな所に、ティア様を行かせる訳にはいきません」


 いつもと同じ回答を述べた。

 冷凍睡眠装置に入っていた少女ティアが、現代に目覚めてから二ヶ月の月日が経過していた。

 デンジャーたちは、ティアを“保護”したと自分たちの都合良く説明し、そのまま世話を行なっていた。


 ティアは長期間冷凍睡眠の影響で、栄養などが欠乏しており、筋肉や骨などが弱まっていた。その為にデンジャーは、栄養のある食事、リハビリ用のトレーニング器具類。この豪華な部屋を用意してあげていたのである。


 その甲斐があってか、ティアは健康を取り戻していき、その事に対してはデンジャーたちに感謝をしていた。

 だが、ティアには不満と問題があった。


 不満は、目覚めてからずっと外どころか、この部屋から出たことが無かった。

 外に出たいと先ほどのやり取りを何度もしたが、この願いは聞き届けてくれなかった。それ以外のことは、大半叶えてくれていたが。

 そして問題とは……。


「それで、ティア様。何か思い出しましたか?」


 博士の問いに、ティアは首を横に振った。


「そうですか……」


 ティアは記憶を失っていたのである。


「まぁ、こういう時は無理に思い出さない方が宜しいですよ」


 ティアがハッキリと目覚めてから、頭の中が真っ白だった。冷凍睡眠装置に入る以前の全ての記憶……なぜ冷凍睡眠装置に入っていたのか、自分が何者なのか、まったく思い出せなかった。

 言葉を発するのも難しく、最初は地に足が付かないような状態だった。


 博士曰く―――


『おそらく痴呆とかの部類ではないでしょうか。長い間睡眠していたので、脳みそ……頭を使っていなかったので、脳の機能が欠落してしまったのではと。これは冷凍睡眠を行う上で指摘されていた問題ではあります。忘れてしまった記憶を取り戻すことは難しいです。ただ、目覚めてからの脳波などは正常で活発ですし、異常や障害などは見当たりませんので、今後については心配ありません』


 その話しを聞いたデンジャーは、ほくそ笑んでいた。

 なぜなら、記憶を失ったティアに自分たちの都合が良いことを信じこませて、従順に自分の言うことを聞かせる……そんな思惑があった。だから、ティアが記憶を失っているのは、都合が良かったのである。


 診察が一通り終わり、博士が診断を下した。


「不眠なのは、今まで長期間睡眠の所為かと……。ですが、生活バランスが良くなれば次第に改善するかと思います。それ以外に関しても、このまま適度な運動とバランスの良い食事を摂っていけば、大丈夫かと思います」


 ティアの体調が順調に回復していることに、満足気のデンジャー。普段……部下たちの前で決して見せない笑顔をティアに向ける。


「そうか。ならば、ティア。食事だ」


 テーブル上には、彩り豊かで豪勢な食べ物が置かれていた。

 メイドが運んできたワゴンカートから食べ物などを取り出し用意していたのである。最後にナイフやフォークなどが置かれて、食事の用意が完了した。


「さぁ、ティア様」


 メイドはティアを椅子へと先導し、着席させる。

 目の前に並べられた豪華な食事。

 だが、それらのものに対してティアは特に喜びもしなかった。それは、いつもと同じラインナップだったからである。


 しかし、これらの食事をスラム街で暮らすモノたちにとって、滅多に口には出来ない貴重なものばかりなのだが、それをティアは知らない。

 高貴なる者が下賎な者たちの暮らしぶりを知る必要が無いとして、デンジャーが話していないからだ。


「ねぇ。博士も、たまには一緒にご飯を食べようよ」


 帰り仕度をする博士に、ティアが食事に誘った。恩人とはいえ強面のデンジャーと、いつも一緒に食事をしても楽しくは無かったからだ。


「お誘いはありがたいのですが……あいにく、天然モノは口に合わなくて……」


 丁重に断られ、残念そうな表情を浮かべるティアの隣で、デンジャーが鋭い目付きで博士を睨んでいた。

 博士は、それに物怖じした訳ではない。言葉の通りだった。劣悪な環境となった現代で、天然の食材は希少だった。いや、ほとんど手に入ることは出来ないものとなっていた。


 今、テーブルに並んでいる食材は、デンジャータワー内に存在する植物工場(閉鎖的な空間や室内で、人工光で植物を生産する方式)で作られたものばかりである。今の時代では、これが天然物扱いだった。

 博士がいつも食しているのは、ビタミン剤などのサプリエントだった。しかし、今の時代を生きる“大半の人間”にとってはそれだけで充分なのである。


「それでは、私はこれで……」


 軽く会釈すると早々に部屋を出ていった。

 残念そうに落ち込んだティアは、今度はメイドを誘ったが博士と同様に断れてしまい、渋々とデンジャーと共に食事を摂ったのであった。

 特に会話の花が咲くことはなく、形式的な食事。それをメイドは、黙々と眺めていた。


 ハンバーグのようなものを口にするティア。味気ない味が口に広がり、手にしたフォークをテーブルに置く。

 食が進まないティアに、メイドが声をかけた。


「ティア様、お味が気に入りませんでしたか?」


 ティアは静かに首を縦に振った。

 当然ながら牛肉のみではなく、全ての肉は貴重な食材になっており、下々の者が滅多に口にすることが出来ない物である。


(ふん。この味が解からんとは、つまらん小娘だ……)


 デンジャーは肉の貴重性を知らないティアに呆れつつ、豪快に肉を口にする。

 メイドはスープや他の食べ物をティアに勧められ、ティアは仕方なく口に運ぶ。どれもティアにとっては、今ひとつだった。


 ふとティアの心に、昔……記憶を失う前は、もっと楽しく美味しい食事をしていたような感じがよぎったのだが、ティアの記憶を完全に呼び起こすほどではなかった。

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