-4- 「そんな……ナイツが……。悪い人だったの?」
クールとティアは地上へと通じる梯子を登りマンホールから這い出ると、そこは街外れの場所だった。久しぶりに灰色の空を拝むことが出来た。
長時間暗い地下通路を通っていたため、普通の人間であるティアは眩しさのあまり思わず目蓋を閉じた。
「ハァハァ……」
デンジャータワーからずっと走りっぱなしだったクール。息も絶え絶えに、もはや体力は限りなく尽きていた。やっと安全地域に辿り着いたので、気が抜けてその場に座り込んだ。
「しかし、なんだったんだ。突然、地下が崩れ始めるなんて……なんだ?」
辺りの景色が目に入ると、街の様子がおかしいのに気付いた。。
街の半分が地盤沈下しており、建物は崩れ去っていた。もっともクールが違和感を感じた部分は、街の中央にそびえ立っていたデンジャータワーが消失していたことだった。
「どういうことだ……まさか、あの博士が……」
自分たちを逃してくれるために、タワーを爆破させた。とクールは考えた。しかし、博士が実行したであろう手段の被害規模は甚大であり、何もここまでしなくてもと、呆れさせた。
クールがそんな勘違いをしていると、ようやくティアの目が採光に慣れ、クールと同じく辺りを見渡す。ただ、見ていたのは街の様子ではなく、
「ナイツは?」
いつも自分の側にいてくれたナイツを探していたのである。
巨大な塊に、ナイツが下敷きになっていくのをティアは目撃している。だけど、もしかしたらナイツは……ナイツならば、自分の後を追ってくれていると思わずにはいられなかった。あのビルから落ちた時と同じ様に。
しかし、
「あの男は今頃、下敷きになっているだろうよ」
クールは無情にも真実を述べた。
ティアは力無くクールの元へ近寄った。涙が止めどなく溢れる。
「そんな……。助けてよ、ナイツを助けてよ!」
悲痛の声がクールの胸に響く。
「……無理だよ。もうあそこに行くこともできないし……見ただろう。アイツが潰れていく所を。もう、どうしようも出来ないんだよ」
「でも、私……。お兄ちゃん……ナイツが、いないと……」
「アイツがいなくとも、オレがいる!」
ティアはクールの顔を見る。
「まぁ……あの博士にお願いされたし。オレは“ティア様”を安全な場所に……あれ?」
自然とティアを“様”付けしたことに、クールは戸惑ってしまう。
そもそも、ティアと会話……ティアの声が聴こえているのを、今この時気付いたのである。
すぐさま自分の耳に手を当てると、イヤホンが無かった。
「いつの間に……」
それはナイツに蹴られて壁に衝突した際に、衝撃でイヤホンが取れてしまっていたのである。
(いや……。その前に、なんでオレは……こいつを助けたんだ?)
天井が崩落していた時、クールはジェット弾丸を砲銃に装填していた。それはティアを見捨てて、逃げる準備をしていた。
だが、ティアの助けを求める声が聴こえると、自然と身体が動いてしまっていたのであった。
『ティア様は特別な娘だ。誰もがあの娘の言うことを聞いてしまうんだよ』
ふと博士に言われた言葉が頭をよぎり、
「まさか……」
ティアの顔を見つめた。
博士の言葉が本当だったと実感したところ、ティアが何気に問い掛ける。
「……お願いって?」
「あ、ああ……。博士からティア様を安全な場所にお届けしろって頼まれたんだよ。もし、あそこ(デンジャータワー)に残っていたら、ティア様は、あの黒服のやつと共々消されていたんだ。見てろよ、ティア様が居たタワーが跡形もなくなっている。俺たちの後を追ってきた奴は悪者だったんだよ」
「そんな……ナイツが……。悪い人だったの?」
「ああ、そういうことだ」
自分は助かった。なのにナイツは……。自分を連れ去った人が、自分を助けてくれた人だった。
ティアの頭の中でナイツとクール……そして、ナイツに似ている青年がグルグルと回り、混乱と戸惑いで涙が溢れてしまう。どうしたら良いのか解らなかった。
年端もいかない少女にとっては、言い様もしない不安が襲う。しかし泣いたからといって、現状が変わる訳ではない。
ティア……いや、二人は進まなければいけなかった。
「こんな所でチンタラしていないで、さっそく目的の場所に行かないとな。ほら行くぞ」
ナイツのような追っ手が、いつ現れてくるかも知れない不安を感じていた。ここで悠長にダラダラする暇など無い。一刻でも早く、この場から去りたかったのである。
クールは、ティアの手を取ろうと自分の手を差し出したが、ティアは首を横に振った。
「待って……。その前にお願いがあるの」
「お願い?」
「ナイツの……。ナイツのお墓を一緒に作ってください」