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セイレーンは終焉を歌わない 〜十二の曲と六芒獣〜  作者: 白雪藤
第一章 王立アストル魔法学院編
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☆1-21☆登録試験 (終)

 

 一号機の核が金色に輝き、出力は一気に上昇した。二号機の弓型魔導砲には橙色の術式が走り、魔力効率は二百八十パーセントへと跳ね上がる。三号機の観測器官には青白い光が宿り、索敵範囲は戦場全域へと拡大された。さらに四号機の装甲には太陽と月の紋様が浮かび上がり、周囲の恐怖値は急激に低下していった。


 ノエルは歌の合間、短く息を吸い込み叫ぶ。


「全員! ここからは一緒に戦うぞ!」


 一号機が盾を構え、前線へ踏み出す。


《戦術指示を要求》


「一号機、ガレス先生をその場に留めろ! 倒す必要はない。三号機の予測を信じて守り切れ!」


《了解》


「三号機、一号機の目になれ! 先生の剣の軌道をすべて捉えろ!」


《情報共有開始》


「四号機、一号機の盾を修復! 俺の周囲はソルとルナが守る!」


《了解、少し安心》


「二号機、ローザ先生の魔法陣だけを狙え! 本人には直接撃つな!」


《精密迎撃、合理的》


「ソル、ルナ! レオン先生を止められるか?」


『ええ、必ず止めるわ』

『妾たちの力、魅せてあげる』


 ソルの両手に太陽の輪が生まれ、圧縮された光が一点へと収束していく一方で、ルナの周囲には月光の帯が静かに広がり、空間そのものを固定していった。光と静寂が重なり合うことで戦場の流れは一瞬にして書き換えられ、ノエルの指示と共に戦況は確かに動き始めていた。


三号機はガレスの動きを解析し、次の行動を予測していた。


《右斜め上段》


その情報を受け、一号機は盾を構えた。直後、ガレスの剣は予測通りの軌道で振り下ろされ、盾へと正確に衝突した。


《次、左足を軸に背面へ移動》


さらに三号機の指示が飛ぶと、一号機は反応し、大剣を床へ突き立てて進路を封鎖した。その瞬間、ガレスは初めて明確に一歩退いた。


「よく見ています」


三号機の解析精度に対し、ガレスが静かに評価する。


「そして、その情報を信じて動く一号機の判断も正確です」


一号機の盾に走った亀裂は、四号機の修復処理によって瞬時に補修された。


《修復完了。安全、嬉しい》


「次が来るぞ!」


《怖い》


「戻るの早いな!」


戦況が再び動く中、ローザは炎の薔薇を展開しようと魔法陣を構築したが、発動よりも早く二号機の弓型魔導砲から放たれた巨大な金属杭が術式の中心を撃ち抜き、術式は完成前に崩壊して炎は花開くことなく霧散した。


「わたくしの術式を発動前に……!」


《三号機から演算情報を受信。同一術式の再使用は非推奨》


『わざわざ言わなくてもいいのに』


『やはり性格が悪いわね』


《合理的分析》


「戦闘中に喧嘩するな!」


 レオンは地面を強く蹴り、一瞬でノエルとの間合いを詰めた。


「三回目、もらうぞ」


 その声と同時に、空気が張り詰める。


 ソルが静かに手を掲げた。


『《日輪》』


 その掌から生まれたのは、太陽の残響を束ねたような光の輪だった。無数の光輪が空間そのものを切り裂くように放たれ、眩い輝きは軌道を変えながら逃げ場のない幾何学を描いてレオンへと迫る。だがレオンは、わずかに体を捻るだけでその全てをすり抜けた。まるで光の隙間そのものを読み取っているかのような動きだった。


『《月縛(げつばく)》』


ルナが静かに指先を動かすと、月光を編んだような青白い帯が音もなく現れた。影よりも静かに、しかし確実に対象の動きを奪う拘束の術だ。帯はレオンの右足へ絡みつき、重力そのものを縫い止めるように、彼の動きを完全に封じた。


「おっと」


一瞬、レオンの動きが止まった。その隙を逃さず、ソルの日輪が背後から反転し、死角を埋めるように襲いかかる。太陽と月が連携した挟撃で、逃げ道は完全に塞がれたかに見えた。だがレオンは、足に絡みついた月縛を力任せに引きちぎると、その勢いのまま空中へと跳躍し、包囲を強引に突破していく。


《予測地点へ射撃》


 二号機の魔力弾が、レオンに向けて正確無比に放たれた。


「そこまで繋げるか!」


レオンは両腕を交差させ、その攻撃を正面から受け止めた。瞬間、視界を白く塗り潰すほどの爆発と衝撃が広がり、濃い煙が周囲を覆う。しかし、その煙を突き破るようにレオンは無傷のまま着地した。


『チッ硬すぎる』

『仕留めたと思ったのに』


「鍛えてるからな!」


ノエルの歌声が高まると、地脈から吸い上げられた魔力が一気に循環し、戦場全体へと広がっていった。最初は六つに分散していた力は、今や一つの歌を中心に収束し、確かな統一を成している。

 一号機はガレスの動きを封じ、二号機はローザの魔法を抑え込み、三号機は全員へ情報を共有し、四号機は損傷した機体の修復を担う。ソルとルナはノエルを中心に舞い、太陽と月の魔力でレオンの進路を防いでいく。


「流れが変わった」


 グレイシアは静かにそう呟いた。

 その視線の先には、ノエルの戦闘運用の変化を解析する観測記録が映し出されている。


「命令をやめたのか?」


 カルムが問いかける。

 少し前までのノエルは、召喚獣に指示を与え、その力を引き出すことで戦うスタイルだった。


 ───だが今は違う。

 コールは観測器の数値を確認しながら、その変化を静かに見つめていた。


「いや、命令そのものの意味が変わっています。以前は“結果”だけを求めていた。攻撃しろ、防御しろ、倒せという単純な指示です。しかし今は違う。相手の能力と意思を理解した上で、役割そのものを“託している”」


 その言葉に、フローラが小さく笑う。


「つまり、“使役”じゃなくて“信頼”ってことね」


 軽い口調だったがその意味は重く、召喚術の本質を覆す変化だった。ヒストリアは記録装置を高速で走らせながら、興奮を抑えきれない様子で言う。


「古代守護機兵の自律性を一切損なっていない…むしろ、個々の判断力を最大限に活かしたまま、戦術として統合している。しかも、その中心にあるのは命令系統ではない。歌による魔力共有だわ」


 一瞬、場が静まる中、コールが小さく息を吐いた。


「魔力の同期を“指示”ではなく“共鳴”で成立させているんですね」


 グレイシアは目を細める。


「統率ではなく調和か」


 カルムが肩をすくめた。


「それ、機兵としてはかなり異常だよね」


 フローラは楽しそうに頷く。


「でも、効率は上がっているわ。これが本来の召喚士の力……」


アルベルトは拳を握りしめたまま、ノエルを見つめていた。

 地下神殿での戦いが脳裏に蘇る。あの時ノエルは、四体の存在を力で無理やり支配することはせず、ただ戦いをやめてほしいとまっすぐに願っただけだった。


そして今も、その在り方は変わっていない。


一号機の真面目さ、二号機の合理性、三号機の好奇心、四号機の臆病さ──それらを欠点として切り捨てるのではなく、すべてを受け入れたまま戦う力へと変えている。


アルベルトは、その事実を改めて噛みしめていた。


「召喚士」


 アルベルトは小さく呟く。

 “称号”とは、ただの能力名ではない。自分で選ぶことができない。“神からのギフト”とも呼ばれるそれは、時にその者の在り方そのものを示すものとなる。ノエルは未熟だった。魔力の制御も、状況に応じた判断も、そして自分自身の限界すら正しく理解できていない。それでも──【召喚士】という称号だけは、確かにノエルを選んでいた。


「同じ手が永遠に通じるとは思わないことです」


ローザは扇状の杖を静かに地面へと向けると、展開される魔法陣は上空ではなく、地中へ沈み込むように広がっていった。


「《地中開花》」


 ノエルたちの足元から、巨大な炎の薔薇が咲き上がる。


「ソル、ルナ!」


『ルナ、ノエルを上へ運ぶぞ』

『ええ、ソル!ノエル、しっかり掴みなさい』


二人がノエルの両腕を掴み、そのまま空中へと引き上げると、直後に地面を突き破るように炎の薔薇が咲き乱れた。一号機は足場を失ってバランスを崩し、二号機は照準が狂って攻撃を外す。三号機は炎に呑まれて機体が焼かれていき、それを見た四号機は即座に三号機を庇い、自らの装甲を犠牲にして炎を受け止めた。


《損傷確認。恐怖あり。しかし三号機の保護を優先》

《記録。四号機の防御行動に感謝》

《感謝を記録》


「仲良くなってる場合じゃない!」


ノエルは空中で叫んだ。その声に反応するように歌は一瞬途切れかけ、地脈との循環が乱れて魔力の流れが不安定になると、ソルとルナの姿もまたその影響を受けて揺らいだ。


『歌を続けなさい!』

『歌を止めないで!』


ノエルは深く息を吸い、再び歌い始めた。途切れかけた旋律は、一度沈んだ分だけ、さらに力強く響いた。

ソルとルナはお互いに顔を合わせ、ノエルの代わりに古代守護機兵へ命令を下す。


『二号機よ、地面の魔法陣を撃て!三号機は地下の魔力経路を探すのだ』


《照準変更》

《索敵範囲を地中へ》


『一号機よ、ガレスを離して、ローザへの道を作りなさい!四号機、三号機を直したら、一号機の足場を守れ!』


《了解》

《怖いが実行》


一号機は盾でガレスの剣を受け流すと、その勢いのまま横へと退き、一瞬で進路を開いた。すかさずガレスが追撃に移ろうとした刹那、四号機が地面から防御壁をせり上げて進路を完全に遮断する。その隙を逃さず、一号機は標的をローザへと切り替えて突進した。同時に二号機が放った巨大な金属杭が地中へと潜り込み、術式の核を正確に破壊する。それに呼応するように、燃え盛っていた炎の薔薇は音もなく消え去った。


「役割を交換しましたか。この短時間で、ここまで成長するとは…」


 ローザの瞳へ、初めて明確な評価が宿る。


「指揮する本人が空中で無防備だぞ!」


 レオンはその瞬間、空気そのものを踏み砕くように地を蹴った。次の瞬間には、そこに「人間の動き」はもう存在していなかった。ただ獣のような純粋な暴力だけが残り、研ぎ澄まされた殺気と理性の枷を一瞬だけ外した肉体が、一直線にソルとルナへが守護するノエルの元へ跳ぶ。

 歌により本来の姿に戻っている二人でさえ、その軌跡を“見ている”ことはできても、“理解する”ことができない。空間そのものが遅れて歪み、レオンが通過した後にだけ風が悲鳴を上げて追いついてくる。


そんな中、ソルはノエルを支えている腕とは逆の手をレオンへ向ける。


『《陽光壁(ようこうへき)》』


その一言と同時に陽光が凝縮され、黄金の壁が生まれた。それは防御という概念ではなく、朝焼けそのものを切り取って固めたような神聖で絶対的な“拒絶”だった。だがレオンは止まらない。むしろ獲物を前にした獣のように笑い、拳を振るう。一撃、二撃、三撃と轟音が連続し、光の壁はひび割れるのではなく、抵抗そのものが壊されていくような音を響かせながら崩れていく。それはまるで、世界の夜明けが力ずくで殴り潰されているかのようだった。


『《鎖終月(さしゅうげつ)》』


ルナが手を振ると、夜そのものが空間に映し出され、闇の中から滲み出した月光が銀糸へと変わっていく。それは祈りでも捕縛でもなく、夜そのものが形を持った“終わりの鎖”であり、触れたものの時間を止め、存在そのものを縫い留めるはずの神秘だった。

 だがレオンはその美しさに目を向けることはなかった。ただ一点、そこにいるノエルだけを見据えている。

 銀の鎖は腕に、肩に、足に、そして心臓の鼓動すら縛り上げるように絡みついていく。それでもレオンは止まらず、むしろさらに一歩踏み込んだ。


「……邪魔だ」


低い声が響いた。それは怒号ではなく、獲物を前にした獣が噛み砕く直前に漏らすような静かな言葉だった。レオンは月光の鎖を掴み、ただ引いた。それだけの動作だったが、その一瞬に込められていたのは筋力でも魔力でもなく、“生き物としての格”そのものだった。神話の獣が鎖を引き千切るように、銀の光が悲鳴を上げる。

その光景を前に、ルナの瞳がわずかに揺れた。


『ッ壊れる』


ルナは歯を食いしばり、額に汗を滲ませながら短く呟いた。だが、もう遅い。太陽と月が織り成したはずの神秘の檻は、ただ一人の人間の“止まらない意志”によって無理やり引き剥がされていく。そこに理屈はない。魔法理論も、神秘の格も関係ない。ただ一つ、止まらない男がそこにいるだけだった。


「うっそだろ!」


「教師だからな!」


「理由になってない!」


ノエルは思わず歌を止め、悲鳴のような叫びを上げた。レオンの手が空中のノエルへと伸びる。触れられれば三回目の敗北。レオンの指先は確実に距離を詰めていき、古代守護機兵たちも間に合わない。ならば──ノエルは戦歌の旋律を変えた。最高潮へ、最も強く、最も美しく、最も気高い一節へと。地脈から吸い上げられた魔力が、その歌声に呼応するように一気に膨れ上がった。

 ソルはレオンの右腕に太陽の鎖を巻きつけ、ルナは左腕へ月光の鎖を絡めた。二人の精霊王としての力、陽と陰という相反する二つの力が重なり合い、レオンの動きを空中で完全に封じ込めた。


『三十秒しか耐えられない』

『それ以上は無理よ』


 ソルとルナは苦しげに言う。


「充分!」


ノエルは本能のまま、無意識に言葉ではなく歌を紡ぎながら、ゆっくりと右手を伸ばした。指先に浮かび上がる六体を繋ぐ契約紋へ、最後の指示を静かに送り込む。

 一号機の盾がローザへ迫ると、ローザは炎の壁を展開してそれを受け止めた。

 同時に二号機の弓型魔導砲から放たれた巨大な金属杭がガレスの長剣の腹へと直撃し、わずかにその軌道を外へと逸らす。

 三号機は間を置かず槍を地面へ突き立て、その動きに呼応するように四体の機体が一斉に連動した。

 その挙動はまるで歌の拍子と完全に同期しているかのようで、無機質なはずの動きに不気味な統一感を生んでいく。

 そして四号機の防御壁が、階段状に空中へと次々に展開され、戦場の空間そのものを塗り替えていった。


「ソル! ルナ!」


二人がノエルを放すと、ノエルはすぐさま防御壁を足場にして駆け上がり、一段、二段、三段と軽やかに跳躍しながら、歌声を途切れさせることなく進み、そのまま一直線にレオンへと向かっていった。


「ノエル!召喚士なのに、自分で行くのか!」


 アルベルトが目を見開く。


ノエルの特技は歌だけではない。村で磨いた剣術は、今は剣を持たずともその身に深く刻み込まれている。足運び、重心の移し方、間合いの取り方──それらは意識せずとも自然に身体が反応するほどに染みついていた。

 最後の足場を蹴り、空中で身体を捻る。流れるような動きのまま、ノエルはレオンの胸へと掌を伸ばした。


同時に、一号機の盾がローザの肩へと触れ、二号機が放った巨大な金属杭がガレスの長剣を弾き飛ばす。


そして───ノエルの掌は、確かにレオンの胸へと届いた。


「取った!」


しかし、レオンの指先もまたノエルの額へと触れていた。


「三回目」


その言葉とともに、空気が止まる。


次の瞬間、二人は重力に引かれるように一気に落下し、地面が瞬く間に迫っていた。


「───っ、やばい!!ちょ、待てこれどうやって──!」


ノエルの声は遅れて上がった。完全に着地のことを考えていなかったのだ。風が耳を裂き、視界が大きく揺れる中、ノエルが叫びかけた瞬間、レオンがわずかに笑った。


「遅い」


 レオンの腕が伸び、ノエルの身体は一瞬で引き寄せられた。視界が反転したかと思うと、次の瞬間にはノエルはレオンの腕の中に収まっており、横抱き──いわゆるお姫様抱っこの状態になっていた。


「は?」


 一瞬、思考が止まったままのノエルを横抱きにした状態で、レオンは落下の勢いを殺し、身体をひねってそのまま静かに着地した。まるで最初からそこに立っていたかのような自然な動きで、衝撃はほとんどない。風だけが通り過ぎ、周囲に一瞬の沈黙が落ちる。

 ノエルはレオンの腕の中で固まったままゆっくりと顔を上げ、状況を理解した瞬間、顔が一気に赤く染まった。耳まで熱が上がり、視線をどこに向けていいのか分からず、ただ小さく息を呑む。


「ちょ、ちょっと待てレオン先生!!」


 慌てて身をよじるが、しっかり支えられていて抜け出せない。


「降ろせ! 今すぐ降ろせって!!」


「暴れるな。落ちるぞ」


「もう地面だろ!!」


 ようやく腕の拘束が解かれ、ノエルは地面へと降ろされた。着地した瞬間、その場で固まり、顔は更に真っ赤に染まる。視線は定まらず、口も半開きのまま動かない。

 一方のレオンは何事もなかったかのように肩を回し、軽く体をほぐしている。

 ノエルはゆっくりと視線を落とし、そのまま静かに項垂れた。


「……男として、色々負けてる気がする」


 フィンは苦笑しながら肩をすくめた。


「いやでもさ、ノエルって見た目は女の子寄りの中性的な顔だし、あの抱えられ方も普通に似合ってたよ」


「フォローになってねえ!!」


 さらにカルムが前髪の奥から呟く。


「正直、レオン先生ちょっと羨ましいな。あ、でもノエル君って男なんだよね。そこが惜しいというか……」


「やめろ!!」


 ノエルは頭を抱え、その場にしゃがみ込んだ。


「俺の尊厳どこいった……」


 レオンは首を鳴らしながら一言。


「まあ、落ち方としては悪くなかっただろ」


「悪くないとかそういう問題じゃない!!」


 ノエルの叫びだけが、空へと虚しく響いた。

 ノエルの歌が止まった為、地脈との接続は静かに途切れ、吸い上げられていた魔力は演習場全体へと穏やかに還っていった。光に包まれていたソルとルナの大人の姿も徐々に輪郭を失い、やがて再び手のひらほどの小さな姿へと戻ると、ノエルの両肩へ軽やかに着地する。同時に、四体の守護機兵も出力を落とし、静かに待機状態へと移行した。演習場には、焦げた地面や刻まれた剣痕、砕けた防御壁、魔力弾や弓矢の痕跡がそのまま残り、激戦の余韻だけが静かに広がっていた。


「で、結果は?俺、先生に触ったけど」


「オレもお前に触った」


コンラッドは記録水晶を確認した。そこには、最後の瞬間が何度も繰り返し、ゆっくりと再生されていた。


「判定」


 観客席が静まり返る中、コンラッドは三名の試験官へ視線を向けた。ローザは小さく頷き、ガレスも剣を静かに鞘へ収める。レオンだけは変わらず、どこか楽しげな笑みを浮かべていた。


「引き分け」


 ノエルは瞬きをする。


「引き分け?」


「ノエルくんへの三回目の有効打と、三名の試験官への有効打成立が、ほぼ同時だった」


「じゃあ、不合格?」


 コンラッドは記録用紙を閉じた。


「合格だよ」


「本当に?」


「魔力維持試験は不合格だ」


「そこは言わなくていい」


 ノエルが突っ込むが、コンラッドは気にせず続ける。


「基本命令の段階でも、最初はかなり酷かった。六体の制御も未熟で、魔力管理にも大きな問題があった」


「それ、合格取り消しの流れじゃないか?」


 ノエルが身構えるが、コンラッドは静かに微笑んだ。


「しかし途中で、君は自分の間違いに気づいた。召喚獣は道具ではない。少なくとも、君の契約相手は全員、自我と意思を持っている。君は一方的な命令をやめ、それぞれの性質と意思を理解しようとした」


 その変化こそが評価の核心だった。

 ローザが静かに扇を閉じる。


「一度見せた術式は解析され、発動前に封じられました。二号機と三号機の連携は見事でしたわ」


《評価を記録。試験官の術式も高性能》


 二号機が淡々と応じるが、その返答にローザは眉をひそめた。


「上から目線ですわね」


《事実》


「やはり性格には問題がありますね」


 ローザは小さくため息をついた。

 一方、ガレスは一号機へ視線を向ける。


「一号機は途中から、ただの剣ではなく“守るための剣”へ変わっていました」


《契約者の指示》


 短い返答だが、そこには確かな信頼が宿っていた。


「とても良い戦いでした」


《評価を受理》


 ガレスは静かに頷く。

 その様子を見ていたレオンが、ノエルの頭に手を置いた。


「最後は自分でも前に出たな」


「召喚士が前に出るのは駄目?」


「状況次第だ」


 レオンは乱暴にノエルの髪をかき回す。


「後ろで偉そうに命令するだけの奴より、オレは好きだぜ」


「髪が乱れる!」


「細かいな」


「アルベルトに怒られる!」


「何であいつが?」


「朝、髪を直してくれた」


 その一言で、観客席のアルベルトが立ち上がる。


「余計なことを言うな!」


『世話焼き』

『夫、もしくは母親』


「違う!」


アルベルトの否定の声が飛び、張り詰めていた空気はふっと緩んだ。演習場には小さな笑いが広がり、先ほどまでの緊張もゆっくりと解けていく。

 その様子を見届けるようにして、レオンは改めてノエルへ視線を向けた。ダークブラウンの髪、童顔で女顔、小柄な体躯………三年前、魔獣に襲われていたルーベ村で、重くて持つのもやっとな大きな剣を握りしめ、震えながらも一歩も引かず、小さな子どもを背後に庇って立っていた少年の姿が、記憶の奥底と重なる。

 レオンの黄緑の瞳が、獲物を測る獣のように細くなる。だがそこにあるのは敵意ではない。むしろ、懐かしさと、確信に近い歓喜だった。


「……ああ」


低く、喉の奥で笑うような声が響いた瞬間、空気がわずかに変わる。次の瞬間には、ノエルの両頬は容赦なく掴まれていた。


「……おい」


「えっ、ちょ、何だよレオン先生!?」


視界が歪むほどの距離で、レオンの顔が真正面に迫る。黄緑の瞳は、まるで獲物を見つけた野生の獣のように鋭く、それでいてどこか愉快そうに細められていた。その表情は戦場で見せる冷酷さとは違い、むしろ気に入った獲物を見つけた時の、危険なほど楽しげな笑みだった。


「……やっぱりな」


「やっぱりって何だよ!?」


 ノエルは必死に抗議しようとするが、頬を固定されているせいで言葉がうまくまとまらず、情けない声だけが漏れる。レオンはそんなことを気にする様子もなく、むしろ楽しんでいるようですらあった。指先に力を込めるわけでもなく、ただ確かめるように頬の感触をなぞりながら、じっとノエルの目を覗き込む。その視線は逃がすことなく、眉のわずかな動きや瞬きの癖、息を呑むタイミングに至るまで、すべてを静かに観察していた。


「三年前のガキと同じ顔してやがる」


「え…はぁ!? 今さら!? 今思い出したの!? 忘れてたの!? 俺のこと忘れてたの!? あの時助けたのに! ルーベ村で! 魔物に囲まれて! 俺が必死で剣振ってたのに!」


 演習場の空気は一瞬だけ静止し、張り詰めていた緊張がふっと緩んだ。あちこちから小さな笑いが漏れ始める。アルベルトは額に手を当て、深く長いため息をついた。演習場の空気が一瞬止まる。


「……君、そんなに根に持つタイプだったのか」


「持つわ!」


 ノエルは頬を掴まれたまま叫ぶ。


「普通忘れる!? あんな派手に助けてくれたのに忘れる!? 俺、あの時レオン先生見て『この人みたいになる』って思って学院来たんだけど!?」


 その言葉に、レオンの動きが一瞬だけ止まった。黄緑の瞳が、ほんのわずかに見開かれる。

 そして───そのまま、ゆっくりと息を吐いた。


「……ははっ」


 低く、喉の奥で笑う声が漏れた。

 次の瞬間、掴んでいたはずの手は離れるどころか、そのままノエルの頭をがしっと抱え込んだ。


「おいっ!?」


 視界が一気にレオンの胸元に埋まり、次の瞬間には容赦なく頭をわしゃわしゃと撫で回されていた。力は強いが乱暴というより、獣がじゃれるような勢いだった。


「お前、そういうこと言うようになったか」


「ちょ、やめろって! 髪! 髪崩れる!」


 ノエルの抗議はまったく届かなかった。レオンは満面の笑みを浮かべている。それは戦場で見せる冷酷な笑みではなく、獲物を見つけた野生の獣が、心から気に入ったものを前にした時だけ浮かべる、危うくも楽しげな笑みだった。


「いいじゃねぇか、成長したなぁ」


「話聞けよ!」


 頭を乱暴に撫でながらも、その手つきにはどこか妙な優しさが混じっていた。壊さないように、確かめるように、そして手放さないように。張り詰めていた演習場の空気は、その瞬間ふっと緩み、静かな余韻へと変わっていく。その中心で、ノエルは必死にもがきながら叫んでいた。


「だから! 俺はあの時のこと忘れてないって言ってんだろ! レオン先生のバカ力で助けられたのも! その後“本気で強くなりたいなら、学院へ来い”って言われたのも全部覚えてるって!」


 その言葉にレオンの手が一瞬だけ止まり、黄緑の瞳がわずかに細くなったまま、低く静かに言った。


「……そうか」


それは短い一言だったが、その声には確かな満足が滲んでいた。

しかし、その余韻は長くは続かず、次の瞬間にはいつものような荒々しい笑みに戻っていた。


「なら、なおさらだな」


「何がだよ!」


 レオンはノエルを抱えたまま、軽く持ち上げるようにして笑った。まるで軽い荷物を扱うように、しかし大切なものを確かめるように。


「お前はあの時よりも、ちゃんと強くなった。それで十分だ」


「……っ!だからって頭ぐしゃぐしゃにするなって言ってんだよ!!」


一瞬、ノエルの言葉が喉に詰まる。だがすぐに顔を真っ赤にし、勢いのまま叫び返した。その必死な反応に演習場は再び笑いに包まれる。


レオンはようやくノエルから手を離し、満足げに肩を回した。その横顔には、戦場で見せる獣のような鋭さと、大切なものを見守るような柔らかな気配が同時に宿っていた。


「いい顔になったな、ノエル」


 ぽつりと呟いたその声は、誰にも届かないほど小さかったが、そこには確かに誇らしさが滲んでいた。

 コンラッドは笑いを堪えながら、登録書へ署名する。


「陽の妖精王ソル、陰の妖精王ルナ、古代守護機兵一号機から四号機、以上六体。ノエル・メレディスの契約召喚獣として、正式登録を許可します」


 コンラッドが学院印を押すと、観客席から拍手が起こった。

 フィンは大きく手を叩き、アイリスはわずかに微笑みながら静かに拍手を送る。シャスールもまた落ち着いた様子で手を打ち、生徒会の面々もそれぞれの形で合格を祝っていた。

 その中でアルベルトは誰よりも早く立ち上がり、誰よりも大きな拍手を送っていたが、自分が目立っていることに気づくと、途端に手の動きを小さくしてしまった。


「嬉しそうだな」


 グレイシアは静かに弟へ声をかけた。

 アルベルトは前を見据えたまま、淡々と答えた。


「当然です。同室者が不合格になれば、僕にも迷惑がかかりますから」


 その言葉に、グレイシアは一度だけ小さく目を細めた。


「そうか」


「何ですか」


「いや」


 短い沈黙のあと、グレイシアは穏やかに言う。


「よい友人を得たな」


 アルベルトは一瞬だけ言葉に詰まった。視線の先には、疲労を滲ませながらもなお笑っている少年の姿がある。その光景を見つめたまま、アルベルトは静かに息を吐いた。


「はい……自慢の友です」


 そう言ったアルベルトの口元には、わずかながら確かな微笑みが浮かんでいた。



       

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