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セイレーンは終焉を歌わない 〜十二の曲と六芒獣〜  作者: 白雪藤
第一章 王立アストル魔法学院編
33/69

☆1-18☆登録試験 ①


 王立アストル魔法学院、北棟

校舎本棟から長い渡り廊下を抜けた先には、魔獣や対人戦を専門に扱うための巨大な訓練施設が存在していた。

 “学院北棟演習場”直径百メートルを超える円形の演習場には、召喚された存在の魔力を安定させる銀製の導線が幾重にも埋め込まれている。

 外周を囲む分厚い石壁には、衝撃吸収、魔力拡散、精神干渉遮断、空間固定といった複数の古代術式が刻まれ、そのさらに外側を透明な防護結界が覆っていた。

 飛行型の魔獣が逃げ出さないよう上空には半球状の障壁が展開され、地中へ潜る大型魔獣を想定して地下にも同規模の封鎖術式が敷かれた学院内でも最高水準の安全設備である。


そんな場所の中央に立ちながら、ノエルは正面に並ぶ教師たちを見渡した。


「これ、本当に召喚獣の登録試験だよな?」


「そうだよ」


審判役を務めるコンラッド・スターリットは、手元の書類に目を落としながら静かに答えた。ネイビーの髪がわずかに揺れ、穏やかなピーコックグリーンの瞳が紙面を追う。いつも通り柔らかな笑みを浮かべたままであり、胸元には審判用の銀色の徽章を着けていた。


「処刑場じゃないよな?」


「今のところ、その予定はないよ」


「今のところって言った!」


ノエルの向かい側には三名の実践担当教師が並んでいた。その中で最初に目を引いたのは、ワインレッドの髪を上品なシニオンにまとめた美女だった。彼女は扇型の魔法杖を片手に持ち、口元を隠しながら、切れ長のストレートグレーの瞳でノエルを値踏みするように見つめている。実践魔法担当にして「豪炎華」の称号を持つローザ・フレイルである。


「メレディス君。試験である以上、わたくしたちは真剣に務めます」


「一年生相手には、適度な手加減という文化があると思うんだ」


「実戦において、敵が一年生だからと配慮してくださるのですか?」


「配慮してくれる敵とだけ戦いたい」


「その心構えでは不合格ですわね」


「まだ開始してない!」


 二人目は、オレンジ色の髪と黄緑色の垂れ目を持つ細身の青年だった。右目元には星形の印が刻まれている。実践戦闘および武術を担当し、学院警備の最高責任者でもあるレオン・ファルケルである。


「まあまあ、ローザちゃん」


 レオンは軽い調子で肩を回した。


「そんな怖い顔するなって。初めての本格試験なんだから、優しくしてやろうぜ」


「あなたが最も信用できません」


「何で?」


「昨年度、演習用ゴーレム二十七体を、一度に壁へ埋め込んだのは誰です?」


「並び方が綺麗だったから、まとめて殴った」


「備品を整列させてから破壊しないでください!」


「でも、回収しやすかっただろ?」


「壁ごと剥がすことになりましたわ!」


三人目は、歴戦の傷をその身に刻んだ老剣士だった。白髪に鋭い琥珀色の瞳を持ち、無駄のない鍛え上げられた体躯は長年の実戦を物語っている。実践戦闘および剣術を担当する教師であり、かつて王国騎士団副団長を務めた男──ガレス・クインランである。


「メレディス君」


 ガレスは静かにノエルへ視線を向けた。


「昨夜の睡眠時間は?」


「一時間未満です」


「正直でよろしい」


「よろしいのか?」


「よろしくありません」


「どっちだよ!」


 ノエルのツッコミを受けても、ガレスは表情を崩さず厳かに頷く。


「睡眠不足は集中力を低下させます。集中力が乱れれば呼吸が乱れる。呼吸が乱れれば筋肉へ影響します。魔法も剣術も全ての基礎は筋肉からです」


「召喚術も?」


「当然です」


「妖精も筋肉で呼ぶのか?」


『妾たちに筋肉は少ない』


ノエルの右肩にちょこんと座ったソルが、淡々と口を挟んだ。手のひらほどの小さな体にミディアムの金髪とオレンジ色の瞳を持ち、小さな和服をまとった陽の妖精王である。


『ノエルよりはあるかも』


左肩のルナも、同じく静かに呟く。腰まで伸びる金髪と青い瞳を持ち、小さな和服をまとった陰の妖精王。


「俺にも筋肉はある!」


『見えない』

『行方不明』


「人の筋肉を行方不明扱いするな!」


観客席から、ざわめきと笑い声が広がっていた。

今回の召喚獣登録試験には、通常では考えられないほど多くの見学者が集まっている。

 最前列にはアルベルト、アイリス、フィン、シャスール、そしてカティアの姿が並び、その後方には生徒会の四名───生徒会長グレイシア、副会長カルム、書記フローラ、会計コールが控えていた。

 さらに最上段では、記録用の魔道具と大量の紙を広げた女性教師ヒストリア・ヴェルディンが、静かに試験の全過程を記録している。

本来、召喚獣登録試験に立ち会えるのは担当教師とごく一部の関係者に限られている。


 しかし今回は事情が異なっていた。


 妖精王が二体、古代守護機兵が四体。合計六体もの召喚獣が一度に登録されるという、学院史上でも前例のない規模の契約が行われようとしていたのである。

 さらに昨夜、地下神殿から発見されたばかりの古代兵器までもが正式登録の対象となっており、その内容は歴史的にも極めて異例だった。

 ノエルとアルベルトは教員と共に古代守護機兵の存在を内密にしていたが、称号鑑定の際に妖精王を含む四体の契約が確認されたことが教師達の情報操作により、瞬く間に学院中へ広まり、その存在が妖精王と並ぶ規格外の召喚獣であるという噂が上級生たちの間で一気に拡散した。


 本来、学院側は見学者を入れる予定はなかった。

 しかし想定以上の噂の広がりに「……仕方がない。隠すほど噂と好奇心が膨らむだけじゃ。それならば公開した方がまだ良い。学びにもなる」という学院長の最終判断により、異例の許可が下りることとなる。

 その結果、興味本位の生徒たちが次々と集まり、試験会場は前例のない観客数で埋め尽くされていた。


 今回の試験では特例として、教師陣とノエルの胸元にネックレス型の魔道具が装着されていた。これは音声を正確に拾い、クリアな声として記録できる装置であり、スイッチの切り替えによって使用状態を制御する仕組みになっている。スイッチを押しながら発した音声は、離れた場所に設置された録音用の魔道機器へと送信され、最終的には演習場全体へ共有されるようになっている。

 また、このネックレス型収音魔道具は記録および生徒たちの監視を担う生徒会メンバーに加え、今回特例としてノエルの応援と緊張を和らげるという目的で、フィン、アルベルト、アイリス、シャスールにも同様に装着されていた。


静かな緊張と抑えきれない好奇心が入り混じる中、会場全体はただ試験開始の瞬間を待つ空気に支配されていた。


「本当に四体とも出すのか?一体でも国家級の発見だぞ。四体まとめてなら、いくらくらいになるんだろうな」


 観客席から身を乗り出したフィンが、純粋な興味と商人としての計算を混ぜた声でノエルに問いかけた。


「売るな!俺の契約相手を値札で見るな!」


「いや、売らないって。商人として価値を考えただけだよ」


「その目、半分くらい本気だったぞ!」


 ノエルの指摘に、フィンは肩をすくめて軽く笑った。そのやり取りを横で聞いていたシャスールが、淡々とした声で追い打ちをかける。


「フィンの目は全部本気」


 ノエルが頭を抱える中、アイリスは腕を組み、演習場を見下ろしながら冷静に言い放った。


「試験前から騒ぐ余裕があるなら、少しでも精神を整えなさい」


「俺は今、眠ることで精神を整えたい」


「そのまま永久に眠らせましょうか?」


「怖いこと言うな!」


 アルベルトは誰よりも真剣な表情でノエルを見つめていた。昨夜、学院地下の神殿で四体の存在と実際に戦った経験がある彼は、それぞれの戦闘能力の高さと、本来の防衛命令に従って連携した際の完成度を身をもって知っている。だからこそ、六体同時の契約がノエルにどれほどの負担を強いるのかを、誰よりも深く理解していた。


「ノエル」


アルベルトが呼びかける。


「何だ?」


「無理だと思ったら、すぐ降参しろ」


「開始前から負ける前提かよ」


「魔力切れで倒れるなと言っている!」


「心配してる?」


「同室者が医務室に運ばれれば、僕の生活にも支障が出る!」


『心配してる』

『かなり心配』


「違う!」


アルベルトの声はやけに大きく響き渡り、周囲へ反響していた。

その後方で椅子に座っていたカルムは、耳を押さえながら小さく首を傾げる。


「弟くんって、あんなに声が大きかったっけ?」


「昔からだ。幼少期は、私を見るたびに“兄上”と呼んで満面の笑みで後ろをついてきた」


グレイシアは即答したが、その表情は相変わらず氷のように動かない。


「それは……良い思い出だね」


「事実を述べただけだ」


「その割に、今すごく誇らしげに見えるけど」


「気のせいだ」


 グレイシアは淡々と否定したが、その膝の上には学院公式のものではない小型記録水晶が置かれており、しかもその角度は完璧にアルベルトを中心に捉えるよう調整されている…まるで“弟専用撮影装置”のようだった。


「それ、学院の備品?学院長の私物?」


「学院資料の予備だ」


「予備っていうには、弟くんしか映ってないけど」


「偶然だ」


「偶然でそこまで構図が完璧になる?」


 カルムが笑いを堪えきれずに言う。


「あとで部屋の大型肖像画の隣に置くの?」


その瞬間、パキン、と乾いた音が響き、カルムの肘掛けはいつの間にか完全に凍りついていた。


「じょ、冗談、冗談だよ!」


「笑えない」


グレイシアの声は一段低くなり、カルムは両手を上げて即座に降参した。


「ごめんごめん、撤回する」


 そのやり取りを横で見ていたコールが、にこやかに手を挙げた。


「必要でしたら、記録映像を壁一面に拡大投影する装置も作れますよ」


「頼んでいない」


「アルベルト君の動き、かなり良い素材ですからね」


「そういう評価をするな」


「設計図だけでも用意しておきます」


「用意しなくていい」


グレイシアの即答は、氷魔法よりも冷たかった。

 その一方で、アルベルトが今もなお、ノエルへ何かを熱弁しており、その声は相変わらずよく通っている。その様子をグレイシアは一切瞬きをせずに見つめ続けていた。

カルムは小さくため息をつく。


「この兄弟、どっちも極端すぎるんだけど」


 その横では、フローラが幼馴染のシャスールへ軽く手を振っていた。


「シャスール、久しぶりね」


 明るく声をかけるフローラに対し、シャスールは淡々とした表情のままフローラの方へ振り向く。


「昨日会った」


「あら?知らないのかしら。一日会わなければ、人間にとっては久しぶりになるのよ」


シャスールの言葉にフローラは一瞬だけ目を細めると、まるで当然の理屈であるかのように言い返す。


「フローラはハーフエルフ」


「細かい男は嫌われるわよ」


「細かくない。フローラは相変わらず理不尽だね」


「褒め言葉として受け取っておくわ」


 シャスールの一言にフローラはまったく気にした様子もなく、にこりと笑った。


 観客席最上段では、ヒストリアが羽根ペンを走らせ、古代守護機兵に関する観察記録をまとめていた。


「古代守護機兵の地上環境下における活動性能、召喚契約による魔力供給方式、自律思考の範囲、現代語への言語変換経路、自己修復機構、内部構造、分解した場合の───」


「最後は却下です」


 演習場外周で結界を調整していたアミュが即座に口を挟む。


「分解しないわよ」


「本当に?」


「本人たちが同意すれば」


「同意を取りにいかないでください」


 アミュは肩をすくめると、両手を大きく広げた。薄紫の髪が魔力の風に揺れる。


「それじゃあ、安全結界を展開するぞ!」


地面に刻まれた銀の導線が一斉に輝き始め、一層、二層、三層と光が重なり合いながら透明な障壁が幾重にも展開されていくと、それはやがて訓練場全体を包み込み、観客席から上空、さらには地下に至るまで完全に覆い尽くした。


「通常演習の五倍の強度だ!」


アミュは胸を張る。


「相当派手に壊しても外には漏れない。安心して暴れてくれ!」


コンラッドが振り返る。


「安全管理者が暴れることを推奨しないでください!これは試験です!」


「派手な方が楽しいだろ?」


「楽しさを基準にしないでください!」


「お前にだけは言われたくねぇよ。まぁ、壊れたら僕が直すから安心しろ」


「壊さない努力をしてください!」


 教師陣のやり取りに、観客席から小さな笑いが起こる。学院の教師たちは、生徒を守る“守護者”であると同時に、問題が起きていない時には驚くほど悪ノリをする大人たちでもあった。そんな空気の中、コンラッドは小さく咳払いを一つすると、気持ちを切り替えるように審判席へと立った。


「召喚獣登録試験の規則を説明します」


 拡声魔法によって、コンラッドの声が演習場全体へと響き渡る。


「受験者は契約存在を顕現させ、基本命令への反応、魔力維持能力、安全性、そして戦闘時の連携能力を示してください」


 説明を聞きながら、ノエルは片手を上げる。


「質問」


「どうぞ」


「あの四体に“安全性”ってあるのか?」


 その瞬間、演習場の地面に四つの巨大な召喚陣が同時に展開され、魔法陣が強烈な光を放ちながら空間そのものを揺らがせた。


《質問の意図を確認、当機群は高い安全性を有する》


  低く、機械的な声が響いた。闇の中から姿を現したのは一号機。巨大な剣と盾を装備した重厚な守護機兵で、規律と防衛を最優先に設計された典型的な前衛型の機体だった。


《ただし、安全の定義が現代と一致する保証はない》


続いて二号機。弓と魔導砲を融合させたような遠距離戦特化型で、冷静かつ合理的な判断を下す一方、どこか皮肉めいた口調が特徴的である。


《現代の安全基準に興味》


三号機が現れた。長槍と複数の観測器官を備えた索敵・記録型であり、周囲を観察するように静かに視線を巡らせている。


《安全、好き。危険、嫌い》


 そして最後に四号機。分厚い装甲と強力な防御術式を備えた、最も堅牢な個体であり、他の三体と比べても明らかに慎重な性質を持っていた。

 四体の古代守護機兵が完全に顕現した瞬間、演習場の観客席からどよめきが広がった。銀灰色の巨体は地面を震わせながらゆっくりと姿勢を正し、その胸部では赤く脈打つ魔力核が不気味な光を放っている。五千年以上の時を経たとは思えないほど整然と保たれた古代装甲は、冷たい威圧感を漂わせていた。


「本物だ」


グレイシアが目を細めて呟いた。


「既存の古代兵器記録とは構造が異なります。恐らく、テラが活動していた時代でも特殊な部類でしょう」


コールは観測器を操作しながら冷静に分析する。


「内部を見たいわね」


ヒストリアは純粋な好奇心を隠さず呟くと、その言葉に機兵の一体が反応した。


《分解を拒否》


「聞こえていたの?」


ヒストリアが目を瞬かせる。


《観客席全域を索敵中。会話も記録》


その言葉に、カルムの動きがぴたりと止まる。


「全部?」

《全部》


「さっき僕が女子生徒について話していた内容も?」


《生徒会副会長カルム・クワイエットによる容姿評価を記録済み》


「消して!」


《記録の改竄は禁止》


「頼むよ!」


必死に叫ぶカルムの横で、フローラがにこやかに微笑んだ。


「後で全学年へ配布しましょうか」


「本当にやめて!」


 ノエルは四体の機兵を見上げた。

 それぞれが異なる反応を示しながらも、確かに“意思”を持ってそこに立っている。


「今日は試験なんだ。ちゃんと俺の命令を聞いてくれよ」


《暫定契約者の命令を受理》

《ただし合理的な指示に限る》


 一号機の淡々とした応答に、二号機が即座に補足を入れる。


《不合理な命令には従う必要がない》


「条件つきなのかよ」


《高度自律判断型守護機兵であるため》


 二号機は胸を張るように姿勢を正した。


「いや、機兵としての自覚はあるのか?」


《自己判断機能を有するため、従属型機兵ではない》


「ややこしいな……」


 ノエルが頭をかくと、三号機が一歩前へ出る。


《質問。試験合格後、現代菓子の調査は可能か》


「それは俺じゃなくてソルとルナに聞け」


 三号機の視線がノエルからその肩にいるソルとルナへ向く。


『駄目』

『妾たちの分が減る』


 即答だった。


《交渉を開始》

「今するな!」


 ノエルの制止も虚しく、場の空気が一瞬だけ“菓子交渉会議”に傾きかける。

 その横で四号機は、ひたすら地面を見つめていた。


《地盤強度確認…基準内。ただし衝撃による陥没の可能性あり。結論、怖い》


「お前は守る側だろ!」


《自機も保護対象に含まれる設計》


「正論だけど今言うことじゃない!」


 ノエルが叫ぶと、コンラッドが軽く咳払いをした。


「では、そろそろ試験を開始するよ」


 その一言で、ようやく場が“試験”へと戻る。

 ノエルは深く息を吐き、四体の機兵を見据えた。


「……よし。じゃあ始めるぞ」



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