☆0-1☆召喚士
───それは五年前のことだった
まだ朝の空気にひんやりとした冷たさが残る時間帯、ルーベ村の小さな広場には、いつもより早くから多くの村人たちが集まっていた。普段は子どもたちが走り回るだけの素朴な場所も、この日ばかりはどこか厳かな雰囲気に包まれている。
今日は年に一度、王都から巡回神官が訪れ、称号を鑑定する日であった。
【称号】とは、単なる職業名ではない。魂、資質、血統、人生、本人の願いなどが複雑に影響し、世界から与えられる特殊な力の名称であり、同じ系統の称号でも、能力や発現方法には個人差がある特殊な天賦の才能である。
広場の中央には、子どもの背丈ほどもある透明な水晶が据えられている。その周囲には丁寧に白い布が敷かれ、銀の器に焚かれた香草からは細い煙がゆらゆらと立ち上り、朝の空へと溶けていく。普段見慣れない光景に、子どもたちは興味津々で、水晶を遠巻きに眺めていた。
十一歳のノエル・メレディスは、その列の中にいた。
順番を待つ子どもたちの列の中で、彼は落ち着きなく両手を握ったり開いたりしている。指先にはじんわりと汗が滲み、同じ動作を何度も繰り返していた。緊張をどうにか紛らわせようとしているのだが、その様子はどう見ても余裕があるとは言えなかった。
「ノエルお兄ちゃん、さっきから変な踊りしてる」
後ろに並んでいた八歳の妹リーナが、兄の手元を覗き込みながら無邪気に言った。
「踊ってない。緊張をほぐしてるんだ」
ノエルは振り返りもせず、必死に平静を装って答える。
「手をぐーぱーする踊り?」
「だから踊りじゃない」
「名前は?」
「ない」
「じゃあ今つけるね。ノエルお兄ちゃんの、びびり踊り」
「人が真剣に緊張してる時に、恥ずかしい名前をつけるな!」
思わず声を荒げたノエルに、周囲で様子を見ていた村人たちからどっと笑い声が上がった。広場の空気が一気に和らぎ、ノエルは顔を真っ赤にしながら振り返った。
「笑うなよ!」
「大丈夫だ、ノエル!」
鍛冶屋仲間の大男が腹を抱えて笑いながら声を張り上げる。
「どんな称号が出ても、お前がセキレイさん似の可愛い坊主だってことは変わらねえ!」
「そこは励ましになってない!」
「安心しろ、女の子の称号が出ても誰も驚かねえ!」
「そんな称号あるのかよ!」
再び笑いが広がる。からかい半分、期待半分の温かい空気だった。ノエルはその場から逃げ出したい衝動に駆られたが、列の外へ視線を向けると、母のセキレイが胸の前で手を組み、穏やかな笑顔でこちらを見守っているのが見えた。その隣には、腕を組んで立つ父フォーガスの姿もある。
大柄な父は、遠目に見れば野盗の頭領のような威圧感を放っている。しかし今は、その顔に浮かぶ緊張が隠しきれていなかった。普段は頼もしい背中も、この時ばかりはどこか落ち着かず、息子の結果を待つ父親としての顔を見せていた。
「あなた、そんなに怖い顔をすると、水晶が怯えて割れてしまいますよ」
セキレイが小声でたしなめる。
「俺はいつも通りだ」
フォーガスは低く答えるが、その声にもわずかな硬さがあった。
「さっきから同じ場所を行ったり来たりしていますけれど」
「足腰を鍛えている」
「広場で?」
「広場でだ」
「ノエルお兄ちゃんのびびり踊りと同じだね」
「違う」
きっぱりと言い切ったフォーガスだったが、その耳はほんのり赤く染まっていた。
やがて神官が名簿へ目を落とし、静かに名前を呼ぶ。
「次、ノエル・メレディス」
「はい!」
思わず声が裏返ってしまい、またしても村人たちの笑いが起きる。
「うるさい!」
ノエルは涙目で抗議しながらも、意を決して列から抜け出し、広場の中央へと歩み出た。
水晶の前に立つと、その透明な表面には、自分の顔がぼんやりと映る。緊張で汗ばんだ右手を、ゆっくりとその表面へ置いた。
「目を閉じ、自分の内側にある力を意識してください」
神官の落ち着いた声が響く。
「自分の内側……」
「難しく考えなくて構いません。あなたが何を望み、何を守り、どのように生きたいか。水晶は、その魂に刻まれた可能性を映します」
ノエルは言われた通り、目を閉じた。
(…何を望むのか)
まだ十一歳の彼には、立派な答えなど思い浮かばない。それでも、胸の奥にある素直な願いを探るように意識を向ける。
────強くなりたい、父のように
────優しくなりたい、母のように
────リーナを守れる兄になりたい
────そして村のみんなが笑っていられるようにしたい
形にならない願いが、静かに胸の中で重なっていく。その瞬間、水晶の内部で光が弾けた。
「うわっ!」
ノエルは反射的に手を離すと、水晶の中を、金と銀、二色の光が螺旋を描くように駆け上がっていく。その光はやがて収束し、一つの文字列を形作った。
広場から音が消え、巡回神官が目を見開く。
「これは……」
「な、なんですか?」
ノエルは戸惑いながら問いかける。
神官は水晶へ顔を近づけ、何度も文字を確認した。そして、信じられないものを見るような表情でノエルを振り返る。
「称号──【召喚士】」
「召喚士?」
聞き慣れない言葉に、ノエルは首を傾げた。
「それ、強いんですか?」
「強い、弱いという基準で語れる称号ではありません」
神官の声はわずかに震えていた。
「召喚士は、他の生命と契約を結び、その力を借りる者。記録が正しければ、数百年に一人現れるかどうかという、極めて希少な称号です」
「数百年に一人……」
その言葉に村人たちがざわめき始め、フォーガスが一歩前へ出た。
「つまり、うちの息子はすごいってことか?」
「可能性だけを言えば、計り知れません」
「おお!」
歓声が上がる。
ノエルの胸も大きく高鳴った。自分が特別な存在なのだと告げられたようで、心が一気に浮き立つ。
「じゃあ俺、竜とか召喚できるのか?」
「契約を結ぶことができれば、可能性はあります」
「巨大な狼は?」
「相手が認めれば」
「空を飛ぶ鳥は?」
「同様です」
「父さん! 俺、すごいかもしれない!」
「ああ。俺は最初から知ってたぞ」
「あなた、つい先ほどまで水晶が割れそうな顔をしていましたよ」
「それは関係ない」
フォーガスは咳払いを一つしてから、ノエルの頭へ大きな手を置いた。
「だが、称号が何であろうと、お前はお前だ。浮かれすぎるなよ」
「分かってるって!」
「もう浮かれてる顔だね」
リーナがくすりと笑う。
「浮かれてない」
「竜に乗ってる顔してる」
「どんな顔だよ、それ」
その日のノエルは、村中から祝福された。
“数百年に一人の召喚士”
誰もが彼の未来に期待した。
ノエル自身も、すぐにでも何か偉大な存在が現れ、自分を選んでくれるのではないかと本気で思っていた。
だが──
一日が過ぎ、一週間が過ぎ、一か月が過ぎたが、何も現れなかった。
村には召喚士の育成方法を知る者がいなかった。巡回神官が残した古い手引書にも、曖昧な言葉しか記されていない。
【心を開け】【魂を重ねよ】
【名を呼べ】【絆を結べ】【十二の想いを奏でよ】
ノエルは、それらをすべて試した。
森へ入り、動物たちへ話しかけたし、川辺に座り、魚へ心を開こうとした。
ある時は夜空を見上げ、まだ見ぬ契約相手の名を呼んだ。当然、名前など知らないため、思いつくままに呼ぶしかない。
「偉大なる竜の王、ゴンザレス! 俺と契約してくれ!」
静かな森に声が響くだけで、何も起きなかった。
「森を統べる銀狼、シルバーファング!」
近くにいた普通の犬が、驚いたように吠えた。
「天空を駆ける神鳥、アルティメットフェニックス!」
その直後、木の上から鳥の糞が落ちてきた。
期待していた奇跡は訪れず、現実だけが淡々と積み重なっていく。それでも諦めきれずに続けた試みは、やがて空回りしていることを自覚させるものへと変わっていった。結局、授かった希少な称号は、何も応えてはくれなかった。
☆
「───ちゃん」
まだ夢の中にいるような、ぼんやりとした意識の奥で、誰かの声が響いた。柔らかな朝の光がカーテンの隙間から差し込み、部屋の空気をほんのりと温めている。
「ノエルお兄ちゃん」
今度ははっきりとした声だった。遠くから呼ばれているようでいて、すぐそばにいるような、不思議な距離感。ノエルは布団の中で小さく身じろぎし、寝返りを打つ。
「あと少し……」
眠気に抗う気もなく、ぼそりと呟く。
「もう朝だよ」
すぐに返ってくる声は、どこか呆れたようで、それでも優しさが混じっていた。
「朝には昼まで寝ていい朝もある……」
布団に顔を埋めたまま、ノエルは理不尽な理屈を並べる。
「ないよ」
「今日くらいは……」
「明日、学院に行く人が何言ってるの?」
現実を突きつける一言に、ノエルの眉がわずかに動くが、その直後、肩を軽く揺すられた。ノエルは反射的に布団を頭まで引き上げ、外界との接触を拒む。
「旅立つ前だからこそ、故郷の布団との別れを惜しんでるんだ」
布団の中からくぐもった声が響く。
「布団は帰ってくるまで待っててくれるよ」
リーナはあっさりと返した。
「俺がいない寂しさで痩せるかもしれない」
「布団は痩せないよ」
「分からないだろ」
「じゃあ起こすね」
その声色が、ほんの少しだけ変わる。
「話を聞け、リーナ。兄妹には対話が必要だ」
ノエルは布団の中から必死に訴える。
「三、二、一」
しかし、リーナは容赦なくカウントを始めた。
「待て、何の数だ?」
嫌な予感がして、ノエルは布団の中から顔だけを出す。
「お母さん直伝、布団剥がし」
「そんな技を母さんが───うわあっ!」
次の瞬間、掛け布団が勢いよく引き剥がされた。朝の冷たい空気が一気に流れ込み、寝間着越しに肌を刺す。ノエルは思わず体を丸め、肩をすくめた。
「寒い! 人の心はないのか!」
震えながら抗議する。
「あるよ。だから優しく一回で起こしてあげたの」
リーナは胸を張って言う。
「今のどこに優しさがあった!」
「二回目はベッドから落とす予定だったから」
「比較対象が凶悪すぎる!」
ノエルが勢いよく上半身を起こした瞬間、頭の上から小さな重みが二つ、ころりと転がり落ちた。
ひとりは金色の髪を肩口で切り揃え、橙色の瞳を持つ少女。もうひとりは腰よりも長い金髪と青い瞳を持つ少女。どちらも手のひらほどの大きさで、色違いの着物をまとっている。
橙色の瞳の少女──ソルは枕の上へ軽やかに落ちると、無表情のまま乱れた袖を整え、青い瞳の少女──ルナはノエルの膝へふわりと着地し、同じく無表情で長い髪を指先で整える。
『ノエル』
ソルが静かに口を開いた。
『寝起きが悪い男は、将来嫌われる』
「朝一番で未来を否定するな」
ノエルは顔をしかめる。
『安心して。今も十分嫌われる要素はある』
ルナが淡々と補足する。
「補足になってない!」
『妾たちはノエルが好き』
「それはありがとう」
『顔が可愛いから』
「そこを評価基準にするな!」
ノエルは思わず声を荒げ、ソルとルナは小さく首を傾げる。
『ノエルは世界一可愛い。保証する』
「俺は可愛いって言われたくないんだよ!」
『では、世界一美しい』
「悪化した!」
そのやり取りを見て、リーナが腹を抱えて笑っている。
「ほら、いつまで笑ってるんだ。着替えるから出てけ」
ノエルは布団を押しのけながら言った。
「はいはい。朝ご飯、冷めちゃうよ」
リーナは軽やかに返す。
「分かった」
「今日はお兄ちゃんが作らなくていいからね」
「なんで念を押すんだ?」
ノエルが眉をひそめる。
「明日、旅立つ前に家族全員がお腹を壊したら困るから」
「俺の料理を毒みたいに言うな」
ノエルが抗議すると同時に、ソルがひらりと飛び上がり、彼の肩へ乗った。
『ノエルの料理は毒物』
「お前まで言うのか!」
ノエルは肩越しに睨む。
『毒物に失礼』
ルナも反対側の肩へ着地し、淡々と続ける。
『毒物は用途を守れば役に立つ』
「俺の料理には用途がないって言いたいのか!?」
ノエルの叫びが部屋に響く。
リーナは笑いながら部屋を出ていった。
「早く着替えてね。お父さん、朝からずっとそわそわしてるから」
扉の向こうから声が届く。
「父さんが?」
ノエルは首を傾げる。
「何か隠してるみたい」
「隠し事?」
「鍛冶場に近づくなって言われた」
リーナは扉を少しだけ開け、顔だけを覗かせると、意味ありげに笑った。
「たぶん、お兄ちゃんに関係あることだよ」
そう言い残して、扉は静かに閉まる。
ノエルはしばらくその扉を見つめたまま、寝癖のついた髪をかき上げた。
「俺に関係あること、ねえ」
ぼそりと呟く。
『借金』
ソルが即座に言う。
「父さんは借金なんてしない」
ノエルは即否定した。
『勘当』
ルナが続ける。
「旅立つ前日に息子を勘当する親がいるか!」
ノエルは思わず声を上げる。
『では、婚約』
「なんでそうなる!」
ノエルは頭を抱えた。
『ノエルは村の老人たちに人気』
「それは孫を見る目だろ!」
騒ぎながらも着替えを済ませ、ノエルは階段を下りていく。木の階段が軽く軋み、朝の静かな家の中に音が響いた。
一階の食卓には、焼きたてのパンの香ばしい匂いが広がっている。野菜のスープ、卵料理、燻製肉が並び、いつもより少しだけ豪華な朝食が用意されていた。
「おはよう、ノエル」
台所から振り返った母セキレイが、柔らかな笑みを向ける。
「おはよう、母さん」
ノエルも自然と笑顔になる。
「よく眠れましたか?」
「リーナに殺されかけるまでは」
苦笑しながら答える。
「優しく起こしたよ」
すでに席についていたリーナが胸を張る。
「布団を剥がすのは優しさじゃない」
「ベッドから落とさなかった」
「お前の優しさの基準、見直した方がいいぞ」
ノエルは呆れたように言った。
食卓の端には父、フォーガスが座っている。
普段なら鍛冶場にいる時間だが、今日は腕を組み、落ち着かない様子で足先を小刻みに動かしていた。
「父さん、おはよう」
「おう」
「何かあるのか?」
「何がだ」
「リーナから、俺を勘当するって聞いた」
「言ってないよ!」
リーナが慌てて否定する。
「誰がお前を勘当するか!」
フォーガスの太い声が室内に響き、窓枠がわずかに震えた。その振動に合わせるように、ソルとルナがノエルの肩からふわりと飛び立ち、食卓の上へ降りる。
『朝からうるさい家族』
ソルがパンをじっと見つめながら言う。
『仲が良い証拠』
ルナは蜂蜜の壺に視線を向けている。
「蜂蜜が欲しいなら、そう言えよ」
ノエルが苦笑する。
『欲しい』『妾も』
二人は同時に答えた。
「素直だな!」
ノエルはパンをちぎり、小皿に乗せて蜂蜜をかけると、二人の前へ差し出した。二人は無表情のまま、羽だけを忙しなく動かしながら食べ始める。
『『いただきます』』
小さな声が揃う。
「そういうところは礼儀正しいんだな」
『ノエルよりは』
「比較するな」
全員が席につき、朝食が始まった。フォーガスはほとんど喋らず、黙々と燻製肉を噛んでいる。その様子を横目で見ながら、セキレイは穏やかに微笑んでいる。
「あなた。お肉ばかりではなく、野菜も食べてください」
「食ってる」
「それは添えてある葉です」
「野菜だ」
「飾りです」
「食える飾りなら野菜だ」
「お父さん、子どもみたい」
リーナが呆れたように言う。
「鍛冶屋には肉が必要なんだ」
フォーガスは真顔で返した。
「ガレス先生みたいなこと言ってる」
ノエルが笑う。
「誰だ、それは」
「学院の案内書に載ってた剣術教師。『剣術も魔法も全ての基礎は筋肉から』って書いてあった」
「良い先生じゃないか」
「会ったこともないのに気が合ってる!」
セキレイがスープを飲みながら首を傾げる。
「魔法も筋肉から出るのですか?」
「出ないよ、母さん」
「でも、お父さんは筋肉がたくさんあります」
「だからって父さんから魔法が出たことはないだろ」
フォーガスが真顔で自分の腕を見つめる。
「まだ鍛え方が足りないのかもしれん」
「真に受けるな!」
ノエルが慌てて止める。賑やかな食卓、いつもと変わらない朝の光景だった。…だけど、明日になればノエルはここにいない。その事実が、何気ない会話の隙間に静かに入り込む。
ノエルはふとスープへ視線を落とした。王都ミネルヴァまでは馬車で三日。その先にある王立アストル魔法学院で、四年間の寮生活が始まる。長期休暇には帰れるとはいえ、これまでのように毎朝家族と食卓を囲むことはできない。
「ノエル?」
セキレイに呼ばれ、ノエルは顔を上げた。
「どうかしましたか?」
「いや。スープ、美味いなって」
少しだけ照れたように言う。
「まあ。いつもと同じですよ」
「だから美味いんだよ」
その言葉に、セキレイは一瞬驚いたあと、嬉しそうに目を細めた。
リーナがじっとノエルを見つめる。
「お兄ちゃん、寂しくなった?」
「なってない」
「声が寂しそう」
「気のせいだ」
「泣いてもいいよ」
「泣かない」
「胸、貸してあげようか?」
「三歳下の妹に慰められるほど落ち込んでない!」
「身長、あんまり変わらないけどね」
「それを言うな!」
リーナは椅子に座ったまま背筋を伸ばす。彼女は十三歳ながら、最近急に背が伸びてきているが、一方でノエルの成長は、本人の期待ほどではない。
「まだ俺の方が高い」
「三センチだけ」
「三センチも、だ」
「来年には抜くね」
「学院で四年伸びて帰ってくる」
「何が?」
「身長だよ!」
『ノエルは今のままでも可愛い』
ルナが蜂蜜まみれの口元で言った。
「だから可愛いをやめろ!」
ノエルは即座に反応する。
『大丈夫』
ソルが小さなパンを食べ終え、淡々と続ける。
『成長しなくても需要はある』
「何の需要だ!」
ノエルのツッコミに、食卓に笑い声が広がった。
ノエルもつられて笑い、胸の奥にあった寂しさが、少しだけ和らいだ気がした。
朝食を終えると、ノエルは木剣と荷物を手に取る。玄関へ向かう足取りは軽いが、その背中にはどこか決意のようなものが宿っていた。
「村の外で練習してくる」
振り返って言う。
「明日出発なのに、今日もやるの?」
リーナが首を傾げる。
「明日出発だからだよ。学院に着いた瞬間、田舎者だからって笑われたら悔しいだろ」
「女の子だって間違えられる方が先だと思う」
「縁起でもないことを言うな」
ノエルは顔をしかめる。
「ノエル」
その時、フォーガスが低い声で呼び止め、ノエルは足を止めて振り返る。
「昼前には戻れ」
「分かった」
「戻ったら鍛冶場へ来い」
「鍛冶場?」
「ああ。話がある」
フォーガスはそれ以上説明せず、席を立った。大きな背中がゆっくりと扉の向こうへ消えていく。ノエルはその背中を見送りながら、隣にいるリーナへ視線を向けた。
リーナは得意げに眉を上げる。
「ほら。何か隠してるでしょ」
「勘当ではなさそうだな」
ノエルは苦笑する。
『婚約かも』
ルナがぽつりと言った。
「まだその話を続けるのか!」
ノエルは思わず声を荒げ、肩に乗ったルナを軽く指でつついたが、ルナはまったく気にした様子もなく小さく首を傾げるだけだった。




