必死の土下座と取引
授業が終わった後、私はルカリオ様に屋上へと呼び出された。
何の話かはもう分かっている。なので、私は屋上に辿り着き、ルカリオ様の姿を目にした瞬間、素早く土下座を敢行した。
「申し訳ありませんでした」
「いきなりだね。それは何に対する謝罪かな?」
「……問答無用で睡眠魔法をぶち込んだことです……」
改めて口にすると、めちゃくちゃヤバいな私。いくらテンパってたとはいえ、あんな場所で見知らぬ人に睡眠魔法ぶっぱなすとか人の心はないのか?
いやでも、まさかあんなところに王子……王子? 様がいるなんて思わないでしょ!? だから私は無実!無罪放免を所望します!!
「仮に僕が王子でなくとも、あの場で睡眠魔法はダメだと思うよ?」
「…………」
返す言葉もございません。でも心は読まないで頂きたいです。
「まあ、僕が君を呼び出したのは、別にそのことを糾弾したかったからじゃない。そこは安心して欲しい」
「そ、そうなんですか……良かった、地下牢に入れられて鞭打ち千回からの、裸で街中を引きずり回されて、最後は火炙りの刑に処されるのかと……」
「君は僕をなんだと思っているの?」
ものすっごい呆れ顔を向けられてしまった。
おかしい、本でそういう刑罰があるって読んだだけなのに。
「まず、改めて確認するけど……君、“仮面の魔女”なんだよね?」
「……ヒトチガイジャナイデショウカ」
「今更それは無理があると思うよ?」
分かってますよ!! でもだからって素直に「はい」なんて言えるわけないでしょう!?
「まあいいや。“仮面の魔女”メアリア・アースランド。君には、僕の護衛任務を任せたい」
「ご……護衛!? 殿下の!? む、無理無理! 無理ですって!! そんなの、近衛騎士とかに任せればいいじゃないですか!!」
「この学園は、貴族も平民も王族も、皆平等に学ぶ場所だと謳っているんだ、そんな場所で、僕だけ露骨な護衛を連れ歩くわけにもいかないだろう?」
「だ、だからって、もっと良い人選があるでしょう!? こんな何処の馬の骨とも知れない、ミジンコ以下のド陰キャぼっち女じゃなくても!!」
「そ、そこまで自分を卑下することはないんじゃないかな……? そもそも、僕にはそうした王家の権力にあまり頼れない事情があるんだ。君なら分かるんじゃないかな?」
……えっ、何だろう。全然分からない。
「男装癖がバレて、陛下との親子仲に亀裂が、とか……?」
「いや、違うからね? まあ、目の付け所はそう間違ってもいないんだが……」
屋上のフェンスに軽く腰掛けながら、殿下が足を組み替える。
にこりと微笑むその仕草はどこか艶っぽくて、同性だって分かってるのに少しドキッとしてしまった。
「僕は、第一王子のルカリオじゃない。双子の妹……要するに、影武者なんだ」
「……なんで、ですか?」
我ながら、要領を得ない質問だと思う。
どうして、王子殿下に影武者が必要なのか。
どうして、その役目を同じ王族である貴女がこなしているのか。
どうしてそれが……王族の力を借りられない理由に繋がるのか。
色んな意味が籠った私の「どうして?」に、殿下は淀みなく答えていく。
「まず、この国は民の皆が思っているほど安定した情勢じゃない。西にインラオン連合国、東にアルバート帝国に挟まれている上、国内は世界有数の魔物多発地帯……一騎当千の魔導師を多く抱えているから辛うじて独立を保っているが、いつこの均衡が破られてもおかしくないんだ」
そのあたりは、私も魔法発展の歴史について勉強している時に軽く触れたから、何となく分かる。
ハインツラル王国は、土地こそ豊かだけど、国土はそんなに広くないし、何より魔物が多くて生きるには厳しい地域……だから、王家はずっと昔から魔法の発展に力を注いで来たんだって。
「そんな中で今、王家の跡取りは第一王子の兄上ただ一人。それが万が一暗殺されるようなことになれば……国家の基盤が揺らいで、内部崩壊を起こしかねない」
「……それを望む人達が、ルカリオ殿下の暗殺を狙っている……と?」
「ああ。僕が選ばれたのは、単純に似ていたからさ。女の僕は、最悪死んでも構わないしね」
どこか達観したような言葉に、私は胸が締め付けられるような思いがした。
そんな私の気も知らずに、殿下は語り続ける。
「それに、“スペア”といえど王族は王族だ。死ねば国として本気で対処に動く良い大義名分になる。反対しようものなら、それだけで叛意ありとみなせるような状況だからね。要するに……」
僕は巨大な撒き餌なんだ、と。
なんの躊躇いもなく言い切った殿下に、私は何か言おうと口を開いて、でも何も言葉が見付からなくて……結局、ただ黙り込むことしか出来なかった。
「でも、僕もただ何もせず殺されるだけなんて、ごめんだからね。撒き餌は撒き餌なりに、自衛しようと思って」
「……それが、私なんですか?」
「ああ。“仮面の魔女”は神出鬼没、誰一人その正体を知らず、故にどの陣営にも属していない魔導師だ。何の力もない偽物の王子を守ってくれるとしたら、彼女しかいないと思ったのさ」
だから、白竜出現の報を受けて、わざわざあんな辺境の地まで足を運んだんだと殿下は言う。
距離が距離だから、相当力を入れた飛行魔法か、魔法で強化された高価な軍馬を使わないと、たった一日で往復なんて出来ない。
よっぽど必死だったんだなってことは、十分伝わって来た。
「で……どうかな? お互いに相手の秘密を握った者同士、この学園を卒業するまでの三年間を共に過ごさないか?」
「……分かり、ました」
どっちにしろ、私にとって最大の秘密を握られてしまった以上、拒否権はない。
それに、影武者だろうと何だろうと、王族と繋がりが出来るんだから、これを切っ掛けに殿下とお近付きになりたい人達と仲良くなれたら……。
あれ? でもさっきの話だと、殿下に近付いてくる人って暗殺者かもしれないんだよね? ダメじゃん!! 誰とも仲良くなれない!!
「ありがとう、そう言ってくれると思っていたよ。……ああ、そうそう、僕達が一緒に行動する理由付けだけどね」
もしかしてこれ、友達を増やすという人生最大の目的において、これ以上ないくらい最悪の展開なのでは? と頭を抱える私に対して、殿下は更なる爆弾を投下して来た。
「僕が君に一目惚れして、愛人として囲おうとしているってことにしようかと考えているんだ。よろしく」
「……ほへ?」
愛人? 愛人って、あの愛人?
へー、ほー、愛人、愛人かぁ……愛人!?
「えぇーーーーー!!?!?」
なんで!? どうしてそうなるの!?
私の魂の叫び声は、澄み渡る青空にどこまでも響き渡るのだった。




