学園の友達
十五歳になった私は今、王立魔法学園に通っている。
ここハインツラル王国最大の学び舎で、身分を問わず優秀な魔導師の卵を集め、教育している所だ。
王都においては、王族が暮らすお城に次いで大きな校舎を構え、敷地面積に関してはなんとその王城より広いというんだから驚きだ。
この国が、どれだけ魔法技術に力を入れ、優秀な魔導師を一人でも多く欲しがっているか、これだけでもよく分かると思う。
そんなエリート校に、私みたいなゴミクズぼっち陰キャがどうして入学したのかといえばもちろん、ここなら魔法の話題にさえついて行ければ、会話に困らないから!!
情けないとか言わないでよ!! ずっと魔法漬けの毎日だったから、他に何も提供出来る話題がないの!! “仮面の魔女”のこと以外だとね!!
それに……ここには私の、唯一無二の友達もいるしね!!
「メアリア〜!」
私が暮らす女子寮の前でしばらく待っていると、私を呼ぶ大きな声が聞こえて来た。
目を向ければ、こちらにやって来るのは制服に身を包んだ絶世の美少女。
明るくて華やか、かつフワフワと柔らかなウェーブを描く金色の髪と、宝石のようにキラキラと輝く翡翠の瞳が特徴的な、サンフラウ公爵家ご令嬢。
アティナ・サンフラウ様だ。
「あ、アティナ様! おはようございます!」
若干キョドりながら、私は精一杯の挨拶をする。
それを受けて、アティナ様はちょっと不服そうに頬を膨らませた。なぜ!?
「もう、メアリア? 前から言ってるでしょう? “様”なんて畏まった言い方じゃなくて、もっと砕けた感じでいいって」
「そ、そういうわけには……周りの目もございますし……」
公爵家という、王族を除けば貴族社会でトップに立つ大貴族のご令嬢でありながら、その優しく慈愛に満ちた態度から非常に人気が高く、誰もがお近づきになりたいと願う大天使。それがアティナ様だ。
そんな彼女と、私のようなへっぽこが砕けた口調で語らうなんて、たとえ神が許しても他のご令嬢が決して許さないはず。
今こうして、待ち合わせまでして一緒に学園に登校しているのも、全てはアティナ様の優しい計らいのお陰。そうでなければ、話し掛けることすら私には恐れ多い。
……あれ? これってちゃんと友達だよね? 実はアティナ様のお気に入りのペット枠とかだったりしないよね?
「うーん……じゃあそうね、人がいる時はこれまで通りでいいから、二人っきりの時はもっと特別な呼び方をするっていうのはどうかしら? それなら、誰にも怒られたりしないでしょう?」
「は、はいぃ……!」
そんな私の懸念を吹き飛ばすように、アティナ様は悪戯っぽく唇に人差し指を添えて微笑んだ。
そのあまりの破壊力に、私の理性は軽々と粉砕され、胸を押さえて膝を突いた。
ああ、アティナ様……好きです……!
「ふふふ、メアリアはいつも面白いわね。私も好きよ、メアリアのこと」
「あれ、私の心の声、漏れてました!?」
「いつもダダ漏れよ?」
くすくすと微笑むアティナ様に、私は羞恥のあまり顔を両手で覆ってしまう。
うぅ、絶対にバレてはいけない秘密があるのに、こんなことではいつかヤバいやらかしをしてしまいそうだ。気を付けないと。
「それより、メアリア! 例の件、もう知ってるかしら?」
話がひと段落したところで、アティナ様が興奮気味に問い掛けて来る。
それに対して、私はいつものように頷いた。
「はい、“仮面の魔女”様のことですよね? 今度は北方のスノーウェルト領に現れたとか」
「そう! そうなの! 今回は冷気を操る白竜が相手だったのに、炎の魔法で一方的に倒してしまったとか!」
先程までの悪戯好きな大天使といった様子から一転、まるで恋する乙女のように、アティナ様は語り出す。
そう、私がこうしてアティナ様に気に入られ、お友達として一緒に学園へ登校出来ているのも、全ては“仮面の魔女”という共通の話題があるからだ。
共通の話題というか、ほぼアティナ様が一方的に語ってるのを、私が相槌を打つのがメインだけどね!
こらそこぉ!! 十年もかけて作った話題でその程度(笑)とか言うなぁ!! これでもいっぱいいっぱいなんだよぉ!!
「本当にすごいわ、十年くらい前、西の辺境で初めてその存在が確認されてからずっと、困っている人の前に現れてはその魔法で颯爽と助けて、名前も告げずに、返礼も求めずに去っていく謎の魔導師……分かっていることと言えば、真っ黒なローブと白い仮面を付けた、銀髪の美女ということだけ……どんな人なんでしょうね……」
うっとりした表情で語るアティナ様に、私はこう、ムズムズと込み上げて来るものを感じて、頬が緩まないように抑えるのでいっぱいいっぱいだった。
いやもう、大分慣れて来たとはいえ、やっぱりアティナ様からこんな風に言って貰えてるのって、すっごくこう、自己肯定感が爆上がりして気持ちがいい。
大天使アティナ様に尊敬される存在だと実感するだけで、私みたいな陰キャでもひとまず十年は生きる権利を得られた気がするよ。
「ねえ、メアリアは、どんな人だと思う?」
「いやー、どうでしょうね!? 案外、話してみたらそこら辺にいる、普通の女の人みたいな感じかもしれませんよ?」
「えー、そう? でも、もしそうだったら……私と、お友達になってくれないかしら……」
「なれますよ! アティナ様に友達になりたいって言われて、断る奴なんて世界に一人たりとていません! もしいたら、私がぶん殴ってやります!」
「ふふふ、ありがとうメアリア。でも、そんなことで暴力はダメよ?」
メッ、と小さな弟を叱るように、私の額を指先で軽くつつくアティナ様。
そんな仕草すら、あまりにも可愛い。私、本当にこんな人と友達なの? やっぱり私が見てる都合の良い夢だったりしない?
「次はどこに来てくださるのかしら、仮面の魔女様……」
「アティナ様は、どこに来て欲しいですか?」
「うーん……王都の近くに、ゴブリンの群れが現れたっていう報告があったみたいだから、欲をいえばそこに来て欲しいかしら。その位置なら、もしかしたら王都でばったり出会えるかもしれないし」
ただ……と、アティナ様は付け加える。
「東の方で水の大精霊が暴れていて、川の氾濫で村が一つ流されちゃったみたいなの。そっちの方が大変そうだから……助けに行ってあげて欲しいわ」
「……優しいですね、アティナ様は」
「そんな、これくらい普通よ。仮面の魔女様も、きっと同じように考えると思うし」
あははは、と笑うアティナ様から、私はそっと目を逸らす。
ごめんなさい、友達と話す共通の話題が欲しいなんてゴミみたいな理由で、人助けやってて。
何なら、アティナ様が望むならまずはゴブリン退治から行くかぁ! なんて思ってました、はい。
自己肯定感が爆上がりからの爆下げという、ジェットコースターのような朝の一時を過ごしながら、私とアティナ様は教室へ入る。
いつものようにやたらとおっぱいの大きな先生が入ってきて、いつものように朝のホームルームが始まる……かと思いきや、今日はちょっとだけいつもと違った。
先生の隣に、すごく見覚えのある《《美少年》》が立っていたのだ。
「んなっ……!?」
ザワザワと騒がしくなる教室内で、私一人だけ変顔みたいになりながら絶句する。
赤色の髪。スラリとした長身。キリッとした眼差し。
間違いなく、スノーウェルト領でばったり出会したあの人だ。
なんで、どうして。どうしてあなたがここに……しかも、“男装”なんてしてんの!?
「はい、静かにー。ご存知の人も多いと思うけど、こちらにおわすのは我が国の第一王子殿下だ。王家の都合で入学が丸一ヶ月遅れたけど、お前達と一緒に授業を受けることになる。失礼のないようになー」
「初めまして、皆さん。第一王子のルカリオ・ゼラ・ハインツラルです。どうぞよろしく」
キラン、と輝く笑顔でウインクする王子様に、教室内から黄色い悲鳴が上がるけど……私には分かった。
あいつの目が、真っ直ぐ私の方を向いていることに。
「終わった……」
「メアリア!? どうしたの!?」
バタリと目の前のテーブルに突っ伏して魂が抜けていく私に、お隣のアティナ様が心配そうな声を上げていたけど……流石に今の私には、それに答える余裕はなかった。




