アティナの戦い 後編
「う……」
どれくらい、意識を失っていたか分からない。
覚えているのは、私の部屋に“何か”が撃ち込まれて、大きな爆発音と共に全てが吹き飛ばされたことだけ。
「……ルルーナ殿下、ご無事ですか?」
「ああ……何とか、ね。アティナは?」
私に覆い被さるようにして倒れていた殿下に問い掛けると、逆に心配されてしまった。
普通逆だろうと、思わず苦笑してしまう。
「殿下が庇ってくれましたから。それより、一体何が……?」
「“敵”の襲撃が遭ったということだけは、確かだろうね」
そうやって話している間にも、凄まじい轟音が屋敷の前で鳴り響いている。
激しい戦闘が今も行われているのは、間違いないでしょう。
「カリルのところへ急ぎましょう。あの子を地下道から安全なところへ避難させます」
「現状、それしかないだろうね」
今この瞬間にも、警護の騎士達が戦ってくれている。
それは、残されたサンフラウ家の血筋を……私と、特にカリルを守るためだ。
彼らの献身を無駄にしないためにも、私はカリルを連れて急いで逃げなければならない。
ルルーナ殿下と共に部屋を飛び出すと……向こうも同じことを考えていたのか、カリルを抱いたメイドとバッタリ遭遇した。
状況が飲み込みきれず、目に涙をいっぱい浮かべた弟を軽く撫でて勇気付けると、私達はそのまま屋敷の地下へ向けて走り出す。
「それで? 実際のところ、地下道とやらはどれくらい安全なんだい?」
「中は街の地下水路に通じていて、複雑に入り組んでいます。水路全体の保全を名目として感知系魔法が働きにくい仕掛けもしてあるので、一度逃げ込めば後から追ってくるのは難しいでしょう」
「なるほど……つまり、一度は敵を振り切らなければならないわけだ!」
「っ!?」
曲がり角に差し掛かったところで、ルルーナ殿下に抱えられるようにして大きく前に倒れ込む。
直後、私達の頭上を暴虐の嵐が通り過ぎた。
「お嬢様っ!?」
メイドの悲鳴のような声が聞こえる。
絶え間なく続く破裂音は、ラットン叔父様が使っていた“銃”に似ているけれど……あれよりもずっと凶悪で、何より信じられないほど大量に連射していた。
初撃こそ外したようだけど、ただ倒れているだけの私達は良い的だ。すぐに狙いを修正されてしまうでしょう。
「《風爆》……!!」
だから私は、すぐさま体の近くで空気を破裂させ、その衝撃で私自身とルルーナ殿下の体を曲がり角の向こうへと吹き飛ばす。
すぐに、状況を確かめるべく起き上がると……私達がいた場所は、壁も床も穴だらけになっていた。
一瞬でも遅れていたら、今頃は蜂の巣だっただろう。
そう考えるだけで、ゾッとする。
「よぉ〜、一応聞くけどさぁ、お前らがサンフラウ家の嫡子ってことで合ってるかぁ?」
廊下の先から、粗野な声が聞こえて来た。
それを聞いて、私は手振りでメイドに先へ行くよう促す。
私を置いて、カリルを逃がすようにと。
「そうよ、私がサンフラウ家を今取り仕切っている代理当主、アティナ・サンフラウよ!! そういうあなたは、何者なの!?」
「俺かぁ? 俺はインラオン連合国第七連隊副隊長、ガールソン・インバウドだ。冥土の土産に覚えときな」
どうやら、最低限の会話をするつもりはあるみたい。
これで時間を稼げれば、カリルやルルーナ殿下を逃がす時間は十分に稼げ──
「なるほど、ならば僕も名乗ろうか。ハインツラル王国第一王女、ルルーナ・ゼラ・ハインツラルだ。短い付き合いになるだろうが、よろしく頼むよ」
「殿下!!?!? なんで逃げてないんですか!!?!?」
あまりにも予想外過ぎる展開に、私は状況も忘れて絶叫した。
一方のルルーナ殿下は、「何を今更」とばかりに首を傾げる。
「言ったろう? 彼女に君のことを頼まれたんだ。それなのに、君を見捨てて僕だけ逃げるわけにはいかないよ」
「自分の立場をお考えください!! あなたは王族ですよ!? こんなところで無駄死にしていい存在ではありません!!」
私は、サンフラウ家の直系ではあるけれど、カリルよりも継承順位は落ちる……つまり、最悪私が死んでも、カリルさえ生き残ってくれればいい。
相手の狙いがサンフラウ家の嫡子である以上、標的の一つである私が残って足止めするのは理にかなっているけれど、そこに殿下まで加わる必要なんて……。
「なら、共に生き残れば無駄死にではないね」
「は……? いえ、それは、そうかもしれないですけれど……」
「手、震えているよ。怯える女の子を一人残しておめおめ生き延びたなんて知られたら、彼女に失望されてしまう」
「っ……!?」
自分でも、気付かなかった。
こういう状況になっている以上、私だっていつ殺されるか分からないし、カリルのために命を投げ出す覚悟なんてとっくに固めたつもりだったのに。
「忘れたのかい? 彼女は最初から、君一人のためにここに来て、君一人のために戦っているんだ。その君が失われてしまったら……たとえこの地域一帯を守れたとしても、彼女の笑顔は永遠に失われてしまう。だから……」
生きろ、と。
ルルーナ殿下は、私にそう言った。
「……王族としてどうかと思いますよ、たった一人のために命を懸けるのは」
「構わないさ。僕の王族としての立場は、彼女がくれたものだから。彼女のためなら、失っても惜しくはない」
「……愛されてますね、あの子」
ルルーナ殿下とメアリアの間で、どんな出来事があったのかは分からない。
けれど……妙に納得感があるというか、容易に想像出来てしまう。
きっとあの子は、自分の損得も何も関係なく、全力で殿下を救ってあげたんだろうって。
今まさに、私のために西部を駆けずり回ってくれているのと、同じように。
「作戦はあるんですか? 殿下」
「一つだけ。問題は、それをあいつに打ち込む隙があるのかどうか……それと、この作戦を果たして実行出来るかどうか、といったところか」
「よおよお〜、楽しいお喋りはまだ続くのかぁ〜? 俺も混ぜてくれよぉ〜」
廊下を歩く、ゆっくりとした足音が聞こえて来る。
あいつの武器は、恐ろしい連射能力を持つ特殊な銃と、部屋を一発で吹き飛ばした大きな筒。どちらも、中〜遠距離用の装備だ。
つまり、あの男を倒せるチャンスがあるとしたら、それは接近戦だけ。
私達を狙うために、今隠れている曲がり角に差し掛かる瞬間……チャンスがあるとしたら、ここだ。
ここで、私達があの男を倒せるかどうか。
全てはそれに掛かっている。
「やるよ、アティナ」
「ええ」
手を繋ぎ、互いの魔力を混ぜ合わせる。
発動するのは、共鳴魔法。
本来は、魔力の放出とその制御を二人で役割分担することで、より強力な魔法を操るための技術だけど……今回は、二人で魔力を放出し、二人で魔法を制御することで、更にもう一段上の魔法にする作戦だ。
学園の授業では、暴発のリスクが大きすぎるとして禁止されていたやり方。事実、メアリアがルカリオ殿下と共鳴魔法を使った時は、一歩間違えば大事故だった。
それでも……今この場を切り抜ける方法があるとしたら、これしかない。
「あ〜……女二人で、仲良く抵抗するための作戦考えて貰ったところ悪いんだけどよぉ……」
ルルーナ殿下がタイミングを測りながら、相手の出方を窺っている最中。不意に、足音が途切れた。
「──そのチンケな作戦に、俺が律儀に付き合う必要なんかないんだわ」
コロン、と。
男が放った金属製の何かが、私達の隠れている曲がり角に転がって来た。
それが何なのか、私には分からない。
けれど……ロクでもないものだということは、すぐに分かった。
「アティナ、結界!!」
殿下の言葉が耳に届く頃には、私もすぐさま準備していた共鳴魔法を中断し、結界を構築した。
殿下と合わせて、二重の防壁が私達を守る。
けれど……目の前で起こった爆発は、容易にそれを打ち砕き、私達二人を大きく吹き飛ばした。
「くっ……!!」
「きゃあぁ!!」
全身が痛い。
体がバラバラになったかと思ったけれど、辛うじて手足はちゃんとくっ付いていた。
隣を見れば、殿下も怪我こそしているものの、生きてはいるみたい。
ただ……これで、作戦は完全にご破算だ。
曲がり角には既に男が……ガールソンが到達し、私達に巨大な銃を向けている。
「残念だったなぁ? 悪いが、素人が考えるような作戦なんざ、俺だって簡単に思い付くんだよ。対策の一つや二つ、あって当然だろ?」
「うぅ……!」
ニヤニヤと、私達を嘲るように嗤うガールソン。
それに対して、私は歯を食い縛って立ち上がる。
「はあ、はあ……殺すなら……」
「今更、“殺すなら私だけにして”とかはナシだぜ? 王女様の首なんて、戦功としちゃ最高の品だからな、見逃せるわけがねえ。……ああ、それと」
私の言葉を先んじて封じたガールソンは、顎をしゃくって私の背後を示す。
一体何かと思えば……そこには、明らかに敵だと分かる男が一人、逃げたはずのカリルを抱えて立っていた。
「お姉さまぁぁ!!」
「カリル!! あなた、カリルを離しなさい!!」
「ああ、言われずとも離してやるとも」
男は、どこか呆れたような顔でそう言って、カリルを放り投げる。魔法によって拘束され、身動きが取れない状態で……私の真後ろ、ガールソンの構える銃の射線上に。
「俺は博愛主義者なんでなぁ……どうせ殺すなら、家族一緒の方が良いかと思ったんだ。どうだ? 嬉し過ぎて涙が出そうだろ?」
「っ……!! この、下衆が……!!」
「ははは!! 敵からの罵倒は最高の褒め言葉だぜ!!」
本当に、涙が出てくる。
メアリアが、ルルーナ殿下が、命懸けで……こんなにも、力になってくれたのに。
守るべき弟も、私自身も……何一つ、守れない。
情けなくて、情けなくて……膝を屈しそうになった、その時。
そんな私とは対照的に、隣で立ち上がる人がいた。
「諦めるな、アティナ……手を……!! 結界、だ……!!」
「っ……」
殿下が伸ばした手を、反射的に掴む。
そこから流れ込んでくる魔力を知覚した私は……ほぼ無意識に、殿下のやりたいことを察して、魔法を紡ぎ上げた。
「纏めて死ね、王国のゴミ虫共が!!」
ガールソンの構えた銃が、咆哮を上げる。
同時に、私達も魔法を発動した。
「「共鳴魔法……《神ノ盾》!!」」
つい先程のように慎重に準備したわけでもない、咄嗟の共鳴魔法。それでもどうにか形になったのは、もはや奇跡と言っていいと思う。
普通の結界と違い、完全に反撃を捨てて閉じ籠ることを目的とした、とにかく"守る"ことに特化した結界だ。
ただ、そんな魔法であっても防ぎ切れないくらい、ガールソンの武器が強力過ぎるのか……あるいは、咄嗟に使ったせいでどこかに綻びがあったのか。
みるみるうちに結界に罅が入り、今にも砕けそうなほどボロボロになっていく。
「諦めるな……最期まで」
もうダメだと思い始めた時、それでもルルーナ殿下は凛とした表情で結界の維持と補強に注力していた。
どうして、と視線で問う私に、殿下はニヤリと笑ってみせる。
「英雄は、いつだってここぞの場面で来てくれるものだ。そうだろう?」
結界が、粉々に砕け散る。
もうダメだと思ったその瞬間……私達を、白い霧が覆い隠した。
「なんだ? 何が起こってやがる?」
撃っても手応えがないからか、ガールソンが連射を止めて困惑の声を上げる。
私も、驚いていた。
だって、そんな……こんなにも、都合の良いことが、あっていいの?
「そろそろ、戻って来る頃だと思っていたよ。……おかえり、僕の愛しい魔女」
ただ一人、この未来を予見していたかのように呟いたルルーナ殿下の視線の先で、霧が晴れる。
そこにいたのは、銀色の髪と黒いローブ、そして白い仮面を付けた……私の、たった一人の英雄。
『私の、大切な人達に……何を、してるんですか……?』
仮面の魔女が……怒りの滲む声で、私達の前に立ち塞がっていた。
『絶対に、許しません。覚悟してください』




