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アティナの戦い 前編

 私……アティナ・サンフラウの継承順位は、ラットン叔父様よりも下の三番手だ。


 継承権一位のカリルがまだ幼いから、緊急事態につき代理当主の座に着く……という、建前だけなら叔父様と何も変わらない状態。


 だからこそ、やるべきことはたくさんある。

 まずは魔法で強化された特殊な伝書鳩を使って、比較的信用の置ける西部貴族達と連絡を取り合い、私が指揮を執ることになった報告と、被害のある地域への救援要請を出していく。


 同時に、被害の遭った地域に伝令役を送って、現地の様子を確かめさせた。


 仮面の魔女(メアリア)も動いてくれているんだから、同じところに人を送るのは二度手間かもしれないけど……あの子が回らなきゃいけない範囲は広大だ。

 人助けも最小限だろうし、後詰めの救援部隊をどれくらい送らなきゃいけないかどうか、情報が欲しい。


 そう、思っていたんだけど……伝令役から上がって来た報告に、私は目を丸くした。


「え……救援不要……?」


 ──“仮面の魔女”の活躍により、当方は治安を回復しつつあり。こちらから人を送ることは難しいものの、緊急の支援が必要な状況にはあらず。他地域を優先されたし。


「……バカ。無理しないでって、言ったのに……」


 私との約束も忘れて、目の前の人達を全力で救って回っているんでしょうね。

 直接見なくとも、容易にその光景が目に浮かんでしまう。


 本当に……バカなんだから、メアリアは。


「救いがあるとしたら、“無貌の魔導師”様が動き始めたらしいことかしら……あの子の負担が、少しでも減ってくれればいいのだけど……」


「全くだね。他の王宮魔導師の消息は未だ掴めないままだし、少しでも彼女を楽にして貰えるとありがたいんだが」


「ええ、本当に……って、ルルーナ殿下!?」


 当たり前のように会話に混ざっていた第一王女殿下に、私は椅子から転げ落ちるかと思うほどに驚いた。


 今いるのは、サンフラウ家にある私の部屋。

 ルルーナ殿下の部屋は客人用の、もっと離れた場所にあるはずだから……たまたま通り掛かったわけではなく、わざわざ足を運んだんでしょう。


 それでこうも気配を消されると、心臓に悪い。


「すまない、最初は別に驚かすつもりはなかったんだが……鍵が掛かっていなかったから、ついね。こんな状況だ、戸締りはキチンとしておいた方が良いよ」


「……ご忠告、ありがとうございます」


 正論過ぎて、何も言い返せない。


 もちろん、部屋の鍵をしたからといって、身の安全が保証されるわけではないけれど……対魔法処理が施された扉を破ろうとしたら、絶対に相応の魔法が必要になる。


 同じ襲撃を受けるにしても、音もなく知らないうちに殺されるのと、派手に強襲されて殺されるのでは、その後の対応にも……私の生存率にも大きな違いが出るから、この緊急事態では大事なことだ。


 ただそれは、目の前の王女殿下にも当てはまるわけで。


「殿下、あまり不用意に出歩くと、何か起きた時に危険ですよ」


「だからこうして、ここに来たんじゃないか。要警護対象は、出来るだけ固まっていた方が守りやすいだろう?」


 それに、と。

 ルルーナ殿下は、私に優しい笑みを向けた。


「彼女に頼まれたからね。“アティナ様を頼む”と。だから、様子を見に来たんだ」


「そう、ですか……彼女が……」


 それだけ心配されていると思うと、嬉しくもあり、辛くもある。

 私はあの子の親友だっていうのに、守って貰ってばかりで……。


「君が何を考えているかは、容易に想像がつくが……あまり気にし過ぎないことだ。そんなこと、彼女は望んでいない」


「それは分かっております。でも……」


「僕達の役目は、帰って来た彼女が“頑張って良かった”と思って貰えるように、笑顔で迎え、労ってあげることだ。それこそが、“待つ側”の責務なのだと、僕は思うよ」


「……慣れていらっしゃるんですね、待つことに」


「王族をしていると、どうしてもそうなる。君もいずれ分かるよ、アティナ」


 ルルーナ殿下が、メアリアにどんな感情を向けているのか、私は知っている。


 学園のクラスメイト達の中には、ただからかって遊んでいるだけだろうとか、兄への対抗心なんじゃないかと邪推する人もいたけれど……こうして何度も顔を合わせていれば、そうじゃないことなんてすぐに分かるわ。


 本気なんだ、って。


「ルルーナ殿下は……いつから、彼女とお知り合いに?」


「一ヶ月ほど前かな。北方に向かった時、偶然彼女の戦いを目撃してね。それ以来、ゾッコンという奴さ」


 一ヶ月前の北方というと、ちょうど白竜ホワイトドラゴンの騒動があった時だ。


 例年にない異常気象に見舞われたスノーウェルト領だったけれど、それだけでは数の少ない王宮魔導師を派遣する理由足り得ない。


 だからこそ、対処が後手に回ってしまい、このままだと街が丸ごと滅びかねない、というタイミングで現れたのが“仮面の魔女”だったという。


 今や、スノーウェルト領では“仮面の魔女”に対する人気が凄すぎて、領主像の代わりに彼女の銅像を建てる計画まで進んでいるというのだから驚きだ。

 しかも、領主主導で。


「そういう君は、いつから?」


「……七年前、ですね」


「七年? “仮面の魔女”が主に活動していたのは、ここ五年ほどだと聞いているが?」


「はい。あの頃はまだ、“霧の妖精”と呼ばれていましたから」


「……そんなにも前から、活動していたのか。いやはや……それは、凄いね」


 もう、それ以外に言葉が見付からないとばかりに、ルルーナ殿下は呟いた。


 その感想も、当然でしょうね。

 だって、あの頃のメアリアは、まだ八歳だ。

 魔導師としての活動以前に、攻撃魔法だって普通ならまだ教わることもないだろう年齢で……あの子は、私を助けてくれた。


 社交界から帰る途中、たまたま遭遇した魔物の群れ。

 このままじゃ全滅だという危機に見舞われて、不思議な霧が辺り一帯を覆い尽くしたの。


 誰もが混乱する中で、次々と気絶して倒れていく魔物達。

 その先で、確かに私は見た。


 霧の中に浮かぶ、銀色の妖精を。


「当時は、極限状態で見た幻だって、誰も信じてくれませんでした。だって、私と同い年くらいの子供が、本職の騎士すら全滅を覚悟する魔物の群れを打ち倒したなんて、あり得ないですもんね」


 今でも、“霧の妖精”と“仮面の魔女”は別人だっていう意見は根強い。外見年齢が合わないから。


 でも……真実を知った今なら、あれは間違いなく彼女なんだって、断言出来るわ。


「あの時から、ずっと……彼女は私の、唯一無二の英雄です」


「ふふ……そうか。ならば尚更、信じて待とう。僕達の英雄は、多少の無茶で壊れてしまうほど柔ではないし、僕達との約束を破るほど薄情でもない。そうだろう?」


「はい、そうですね」


 ルルーナ殿下との話が一段落すると、自分でも驚くくらい心がスッキリしていた。


 今の私に、メアリアと肩を並べて戦える力なんてない。

 ならせめて、あの子を信じて……あの子が笑顔で帰って来られる場所になってあげないといけないって、分かったからかしら。


 そのことに、感謝の気持ちを口にしようとして……ふと、屋敷の外が騒がしいことに気が付いた。


「何かしら?」


 窓の外を見ると、門の前で騎士達が剣を構えているのが見えた。

 その切っ先にいたのは、明らかに武装していると思しき一人の青年。


 ハインツラル王国で目にすることのない特異な形状のそれは、ラットン叔父様が持っていた“銃”よりずっと大きい。


 いくつもいくつも、体のあちこちにぶら下げられたうちの一つを、男が無造作に肩に担ぎ……私の方へ、その先端を向けた。


「え……」


「アティナ、伏せろ!!」


 ルルーナ殿下が、私を抱えて床に転がった……次の、瞬間。


 私のいた部屋は、とてつもない大爆発と共に吹き飛んだ。

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