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許しがたい暴言

 サンフラウ公爵領、領主館。

 私の実家、アースランド家の屋敷とはもう、月とスッポンなんて言葉じゃ言い表せないくらい、圧倒的な格差を感じる豪華さと広さを併せ持つその場所に、私は“仮面の魔女”としてやって来た。


 ただし、正面から向かうのはアティナ様と、私の魔法で一介のメイドに扮したルルーナ様の二人だけだ。


 “仮面の魔女”が傍にいると分かれば、そのラットンっていう男も本音を隠したまま、時間稼ぎに徹しようとするかもしれない。


 私達の……アティナ様の目的は、弟の救援だけじゃなく、その後に被害に遭った西部地域の救援を果たすところまで含まれている。

 ラットンが本当に悪巧みをしているのか、単に私達が考え過ぎなだけなのか、それを暴くのも大切だけど、そのためにあまり時間をかけるわけにもいかない。


 最速で、真正面から、その真意を見極める。

 そのために“仮面の魔女”の名も、ルルーナ様のことも、今は伏せておくべきだというアティナ様の提案だった。


「何も無ければいいけど……」


 そんなわけで、私は現在、サンフラウ家の屋敷の外で、一人じっと待っている。


 アティナ様とルルーナ様の二人には盗聴魔法を仕掛けたし、いざという時のためにサンフラウ家を覆う結界魔法の解析を進めてるから、手持ち無沙汰ってことはないんだけど……そわそわして、落ち着かない。


『随分と早いお帰りじゃないか、アティナお嬢様』


 そうこうしていたら、アティナ様に話し掛ける野太い男の声が聞こえて来た。


 多分、こいつがラットンなんだろう。

 結界の解析に割いていた思考リソースを、ちょっとだけこの会話に振り直す。


『当たり前でしょう、ラットン叔父様!! お父様とお母様が亡くなったというだけでも、戻るには十分過ぎる理由だけれど……カリルを捕らえたって、どういうことですか!? あの子は今どこに!?』


『落ち着きなさい、サンフラウ家の令嬢ともあろう者がみっともない。これは必要な措置なのだよ』


『どこがですか!? お父様が亡くなられた今、サンフラウ家の第一継承権はカリルにあります!! 叔父様が独断で、このような暴挙に及ぶ正当性などありません!!』


 いつになく荒れているアティナ様の声を聞いているだけで、余裕がないのが伝わって来て……胸が痛い。


 でも、そう思っているのは私だけだったのか、ラットンはただ淡々と言葉を重ねていく。


『正当性? あるに決まっている。今このサンフラウ家の当主は、この私なのだからな』


『“代理”でしょう!? それも、お父様達が亡くなったどさくさに紛れて、家門会議も何も経ず、強引にその立場に収まっただけ!! あなたに賛同する人間が、どれほどいると!?』


『ふ、ははは……はははは!!』


 ラットンが、不気味に笑う。

 その自信に満ちた態度にアティナ様が黙り込んでいると……バサリと、紙の束か何か? がテーブルに置かれた音がした。


『いるとも。サンフラウ家のやり方に文句がある西部貴族くらい、いくらでもな』


『これは……!』


 アティナ様が、明らかに動揺してる。

 よっぽどとんでもないことが書かれていたんだろうと思うけど、盗聴魔法じゃその内容まで分からない。


『アイルス、ツヴァーニ、ドラコイ、クイテロ……西部の主だった有力貴族、その継承権を持つ子弟が、既に何人も私の同志となっている。彼らもまた、既に私と同じように行動を起こし、家の実権を握っているはずだ』


 と思ってたら、ラットンがご丁寧に解説してくれたよ。

 だからって、その内容は全然嬉しくないけど。


『……まさか……西部地域一帯で、これほど一斉に魔物の被害が発生したのは……!』


『ええ、我々の計画通りです』


 直接見なくても、ラットンが勝ち誇ったニヤけ顔を晒しているのは、声色だけで容易に察せられた。


 同時に……アティナ様が、深く傷付いてるってことも。


『どうして……どうしてそんな酷いことを!!』


『酷い? ははは、心外だな!! 今まで我々を虐げて来たのは、お前達だろうに!!』


『な……何を……』


『魔法の素質があれば優遇し、なければいないもの同然として冷遇する!! そんな差別を公然と続けておいて、今更被害者面するとは……才能も、環境も、全てが恵まれたお前のような小娘には、我々のような持たざる者の苦悩など理解出来ないのだろうな!! まったく、虫唾が走る!!』


『それ、は……』


 ラットンの追及に、アティナ様は明らかに元気がなくなってる。


 それが分かるからこそ、私はどうしても苛立ちが募っていく。


『これは因果応報だ!! 魔法に傾倒し、魔法ばかりを至上のモノとするお前達が、然るべき報いを受ける時が来たに過ぎない!! そして、腐った支配者を排したこの地は、真の平等を取り戻すのだ!! インラオン連合国の名の下になぁ!!』


 ガチャリと、不穏な音が響く。

 それが何なのか、音だけだと確証が持てなかったけど……続く言葉で、最悪の予想が当たってしまったことを理解した。


『それは……一体……?』


『“銃”だよ。魔法に拠らず、どんな人間でも少しの訓練で扱えるようになる、連合国の開発した新たな武器だそうだ。お前のような、恵まれた立場の人間を殺すには、最適な武器だと思わないか?』


 ……ああもう、面倒臭い!!


『死ね』


 ズガンッ!! と、無機質な発砲音が響く。

 けれどその時には既に、私は強引に結界をぶち破り……サンフラウ家の屋敷に風穴を空け、アティナ様の前に立ち塞がっていた。


「お、お前は……!! まさか、“仮面の魔女”!? なぜここに!!」


 対物理結界で銃弾を防いだ私は、初めてラットンの姿を視界に収めた。


 年齢は、三十代後半くらいだろうか?

 でっぷりと太った体。少し後退しつつある生え際。

 手にした銃は、思っていたよりもずっと近代的な、リボルバー式の拳銃だった。まだ何発か撃てそう。


 でも、そんなことどうでもいい。


『アティナ様は……別段、魔法の素質に恵まれているわけじゃありません』


「はあ? いきなり、何を言って……」


『魔法の腕前は、大別すると知識量、魔力制御技術、魔力量の三項目から成立し、このうち“生まれ持った素質”とされているのは、魔力量です。アティナ様の魔力量は、贔屓目に見ても平均レベル……劣っているとまでは言えませんが、特別優れているわけでもありません』


 アティナ様は、魔法実技の成績においても私に次ぐ二番手だ。

 だけど、魔力量だけに絞って見れば、アティナ様より優れた人なんて、クラスの大半の生徒が当てはまる。


 それでもアティナ様が好成績を収めているのは、その洗練された魔力制御技術と、豊富な知識量のお陰。

 つまり、弛まぬ努力の賜物なんだ。


 そんなアティナ様だから……私は、心の底から尊敬してる。


『人によっては、努力出来る環境こそが何よりも得難い才能だと言う人もいるでしょう。私だって、それは否定しません。……ですが』


 私は、ラットンの体を指差した。

 醜く肥え太り、だらしなく弛んだその体を。


『あなたに、それを言う資格はない』


 軽く解析した限り、この男の魔力量はアティナ様より上だ。

 天才とまでは言えないけど、これくらいの魔力量で、第一線に出て活躍している魔導師なんて、いくらでもいる。


 それでいて、この男が環境面で劣っていたとも思えない。

 少なくとも、インラオン連合国が目を付けて、代理当主に押し上げるくらいの立場にはいたんだから。


『自分の努力不足を棚に上げて、本当に恵まれない人達を盾にして、自分勝手な被害妄想を正当化するあなたが……アティナ様をバカにするな!!』


「くっ……!! この、黙れ、黙れぇ!!」


 ラットンが、連続して引き金を引く。

 それを物理結界で弾きながら、私は魔法を発動した。


 《幻影世界ファントムワールド》。

 私の切り札を、全力で。


『《終末ノ空(カタストロフ)》』


 天井へ向けて突き上げた手のひらから、光の柱が点へ向かって放たれる。


 屋敷の天井をぶち破り、空に広がる満天の星空。

 真昼の晴天を漆黒の夜空に変えた私は、腕の振りに合わせてそれを“落とす”。


『そんなに才能が憎いなら、私が見せて上げますよ。本物の……“才能”の暴力を!!』


 星空が、降ってくる。

 無数の、流星となって。


『降り注げ、星天!! 《終末ノ流星カタストロフ・スターライト》!!』


 雨霰と降り注ぐ流星が、屋敷を、そこにいる人達を呑み込んで、全てを蹂躙し破壊し尽くす。


 まるで世界の終わりを見せられているかのような光景に、ラットンは恐怖のあまり失禁し、意識を失い──


 私が魔法を解除した瞬間、“全て何事も無かったかのように”元に戻った。


 崩壊した屋敷も、流星に押し潰されたかに見えた人達も、全て。

 まあ……幻とはいえ、一度自分が死んだショックはそう簡単に抜けないだろうから、今この屋敷内にいて、意識を保っている人はそういないと思うけど。


「……今のは、ちょっとやり過ぎじゃないかな?」


 アティナ様の少し後ろで控えていたルルーナ様が、情けない姿で転がるラットンを指して、ちょっと震えながら呟く。


 いや、うん。

 流石に私も……それは、否定出来ない。

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