サンフラウ公爵領へ
私の部屋で、ルルーナ様と打ち合わせをした後……すぐに、アティナ様と会うために学園の校門前で待ち合わせた。
“白い仮面”を被って、ルルーナ様を間に置く形で。
「──というわけで、彼女の力を借りてサンフラウ領に直行することになったんだ。もう一人くらいなら同行出来るそうだから、君もどうかな?」
「“仮面の魔女”様が……」
アティナ様は、“仮面の魔女”のファンだ。
だから、喜んで貰えると思ってたんだけど……何だか、反応が鈍い。
えっ、もしかしてアティナ様って本当は“仮面の魔女”のファンでもなんでもなくて、ただ私に話を合わせてくれていただけだったり!?
「メアリアが、ルルーナ殿下にお願いしてくれたのですか?」
「ああ。僕のコネで、君を助けて欲しいと言っていたよ。あんなに必死な彼女は、なかなか見られるものじゃないだろう」
「そうですか……」
そう呟くと、アティナ様が私の前にやって来て……私の手を握ろうとする。
今の私は幻影魔法の変装を纏っている状態だから、その位置に生身の手はない。
慌てて幻影を調整しながら握り返すと、何とか違和感は持たれなかったみたい。
「ありがとう……本当に、感謝します」
『……お礼は、まだ早いです。全てが片付いた後に、とっておいてください』
風魔法で声を少し変えながら、そう伝える。
ぶっちゃけ、魔法によるボイスチェンジは独特な響き方をするから、声を変えていることはアティナ様にもバレただろう。
でも、アティナ様はそれを気にすることなく、泣き笑いのような表情を浮かべた。
「もちろん、全てはこれからだということは分かっています。でも……あなたがこうして、私のために動いてくれた。それが……何よりも嬉しいの」
万感の思いを込めるように心情を吐露するアティナ様に、何だか顔が熱くなってきた。
か、勘違いするな私!! アティナ様はあくまで、“仮面の魔女”に感謝しているのであって、私に感謝しているわけじゃないの!!
『そ、それでは行きましょうか。ルルーナ様、よろしいでしょうか?』
「ああ、お願いするよ」
ルルーナ様、そしてアティナ様に手を差し伸べ、その手を握る。
魔力を活性化させ、二人の体を包み込むように放出していく。
一人で飛ぶ時はスピード重視で、負担はそこまで考慮しない形の飛行をしてるんだけど、今回はちゃんと安全第一で……それでも可能な限りスピードを出すために、普段なら念入りに組み込んでる認識阻害を排除。
魔法陣の再構築、完了。飛行魔法、展開。
『お二人とも、必ず安全に送り届けますので、どうか飛行中は、出来るだけ動かないようにお願いします』
二人が頷いたのを確認して、私はすぐに空へと飛び立つ。
「きゃあぁぁぁ!?」
私にとっては慣れたものだったけど、やっぱり荒事の経験がないアティナ様には刺激が強すぎたのか、可愛らしい悲鳴が大空に響く。
……だけなら良かったんだけど、アティナ様は咄嗟に、私の腕にしがみついて来た。ちょっ!?
『アティナ様!?』
「ご、ごめんなさい! でも……!」
ヤバい、涙目で震えるアティナ様、可愛すぎる。
問題は、あまりにも強くしがみつかれたせいで、私の幻影が崩れかけてることだけど……幸いというかなんというか、アティナ様は高速飛行のせいでいっぱいいっぱいになっていて、気付いていない。
「……わー、怖いなー」
『ちょっ、ルルーナ様!?』
凄まじい棒読みを披露しながら、反対からルルーナ様まで抱き着いて来た。
幻影による体格差を理解しているからだろう、“生身”の位置をしっかり看破して体を寄せる。
何してんですか!? と抗議の眼差しを送ると、ルルーナ様はそのまま耳元に囁いてきた。
「あまり固くなり過ぎるな、メアリア。アティナが余計に不安がるだろう?」
『……私、そんなに緊張してました?』
「ああ、かなりね」
私としては、普段通りのつもりだったんだけど。
でも、否定するには状況が逼迫し過ぎていて、あまり強く言い返せない。
「君は君の思うままにやればいい、後のことは、僕がいくらでもカバーするから。きっとそれが、最善の結末をもたらしてくれると、僕は信じているよ」
僕の時のようにね、と。
信頼の眼差しを向けるルルーナ様に、私は照れ隠しにそっぽを向いてしまった。
『……言ったからには、ちゃんと責任取って貰いますからね』
「もちろん。今の僕の全ては、君のお陰でここにあるんだから。君の道を切り開くためなら、喜んで全てを賭けよう」
重いよ、もう。
でも……不思議と、ルルーナ様にかけられる期待は心地良かった。
『アティナ様、少しお話する余裕はありますか?』
「そ、そうね!! 何とか……少しずつ、慣れてきたから!! ちょっとだけ……なら!!」
うん、あまり余裕もなさそう。敬語も崩れてるし。
ぶっちゃけ、到着してから落ち着いて話した方がいいかもしれないけど……到着したその先で、落ち着いて話せるタイミングがあるかも分からない。
だからもう、ここで言質を取ってしまおう。
『アティナ様は、到着した後はどうなさるおつもりですか?』
「……そうね、まずは代理当主のラットンを、問い詰めて……弟の、カリルを、解放させるわ……!!」
『……それが上手く行くなら、間違いなく最善です。でも……話を聞く限り、ラットン様が素直に解放してくれるとは思えません。むしろ、アティナ様のことも捕縛しようとするのではないでしょうか』
「それは……」
アティナ様も、当然そのことは考えていたんだろう。答えられずに、目を逸らしてしまう。
『アティナ様、もし最悪の事態になったら、私は武力行使も辞さない覚悟です。アティナ様と、弟さんはこの手で必ず助け出します』
「なっ……!? ま、待ちなさい!! 相手は代理とはいえ、公爵家の当主なのよ!? 前当主の娘でしかない私とは違う、本物の権力者なの!! そんな真似をしたら、あなたの西部地域での立場まで危うく……!!」
『知ったこっちゃないんですよ、そんな事は』
私がそう断言すると、アティナ様は目を見開いて絶句する。
ルルーナ様に背中を押されて、私も完全に覚悟が固まった。
私は今回、やりたいようにやるよ。
アティナ様のために。
『私は今回、アティナ様を助けるためにここに来ました。西部地域のためでも、見知らぬ誰かのためでもありません。ですから……アティナ様のためなら、犯罪者になったって構わないと思っています』
「どうして……? どうして、そこまで……?」
『あなたに、救われたからですよ』
え……? と、アティナ様が呆ける。
多分、アティナ様は覚えていないだろう。
七歳の時……相変わらず友達の一人も作れず、社交場でも完全ポツンとひとりぼっちになっていた私に、手を差し伸べてくれたこと。
笑顔で手を引いて、令嬢達の輪に入れてくれて……でも私は、やっぱり何一つ上手く話せなくて、浮いてしまって。
そんな情けない私を、それでも見捨てずに傍に置いてくれた、天使のように優しい女の子。それが、アティナ様だった。
あの出会いがなかったら、きっと……私は今もぼっちだったし、“仮面の魔女”になることも出来なかったかもしれない。
『だから私は今回、何があってもあなたの味方です。あなたが望むなら、西部地域全てを敵に回したって構いません!!』
「……望まないわよ、そんなこと。私は、この西部地域を……愛する故郷と、残された家族を助けたいだけなんだから」
『……す、すみません』
調子に乗って、とんでもないことを口走ってしまった。
そうだよね、アティナ様は優しい人だもん、何があったって、西部地域の民が危険に晒されるようなことは望まないはずだ。
あーもう、私のバカ!! こういう時くらいバシッと決められないの!? ここはもっとこう、「西部地域の人達は全員私が救ってみせます(きりっ)」みたいなこと言うべきだったでしょ!?
「でも……ありがとう」
一人反省会をしていた私を、アティナ様が思い切り抱き締める。
これまずいちょっと幻影魔法強めないと明らかに体のサイズが小さいのバレる!!
「本当に……ありがとう」
焦る私とは対称的に、ただお礼の言葉を繰り返すアティナ様。
いつになく小さく見えるその身体を、私もそっと抱き返しながら──私達は、サンフラウ公爵領に到着した。




